月刊JTMレポート : 2009年2月号
執筆 : 小林裕和(客員研究員)
「言語の障壁」は、訪日市場の拡大、受け入れ体制の整備の大きな課題となっている。現在、携帯電話を使って音声により翻訳が実現する技術の開発が進められ、実現に向けて官民が協力し、ほぼ実用化できる段階となっている。その最前線をレポートする。
日本政府観光局(JNTO)の「TIC利用外国人旅行客の訪日旅行動向調査報告書」によれば、回答者が日本に滞在中「最も失望したこと、不便と感じたこと」のうち、記述式回答を集計した結果、「言葉が通じないこと、外国語による標識、説明・案内表示不足、路上以外での外国語での説明不足、地図の問題が原因で迷う等の不便」といった指摘が最も多かった(有効回答521人のうち211件)。
またJNTOが実施した訪日外客の満足度調査では、訪日前よりも訪日後のほうが「日本には言語面での障害がある」と感じる割合が高くなっている。言語の壁を乗り越えることは、訪日観光の満足度をあげるためには重要課題のようだ。
現在、政府の主導で、異分野技術の融合や、官民協力、実証研究などを通じて、「世界に開かれた社会 言語の壁を乗り越える音声コミュニケーション技術」を実用化するプロジェクトが進められている。このプロジェクトは、プロジェクトリーダーである内閣府の他、総務省、経済産業省、国土交通省と複数の関係省と専門分野の大学教授や民間企業など外部の専門家から構成されている。
プロジェクトでは、5年後に到達する目標を定め、そこに至るまでのマイルストーンを策定し、海外旅行や訪日旅行客の観光・ショッピングシーンなどで、音声翻訳システムの実証実験を行うこととしている。
このプロジェクトの一環として、2008年8月、北京オリンピックの開催中に携帯電話を使った音声翻訳システムのモニター実験が行われた。これは、携帯電話に向かって会話をすると、翻訳されて音声で結果が再生される、という技術である。
携帯電話に向かって、「こんにちは」と話し翻訳ボタンを押すと、「ニイハオ」と音声が出る。ユーザーの声の特徴を登録できる、場所に応じて辞書を選択できる、翻訳結果を再度元の言語に翻訳し、翻訳結果が正しいかどうかを確認することができる、など、新しい技術も取り入れた。
筆者も実験に参加し、実際に試してみた。一番近い地下鉄の駅はどこですか、郵便局はどこですか、といった簡単な日本語であれば、中国語への変換はほぼ実用レベルで行われ、日本語がほとんど通用しない北京の街中では、とても役に立った。
外国語翻訳はすでに携帯電話会社でも商用サービスが開始されている。たとえばNTTドコモでは、905iシリーズで「しゃべって翻訳」というiアプリを提供している。日本語英語の翻訳で、サーバには旅行会話に限定した7万5000語が登録されているという。
今後、日本を訪れる中国、韓国からの旅行客が増えることが予想されるが、これらの言語を学ぶ日本人の数が少ないため、通訳・翻訳のニーズに十分に応えることが難しいだろう。中国語、韓国語への対応は訪日旅行拡大の緊急課題である。
こうした状況において、観光案内所、旅行中の緊急時など、音声翻訳機の活躍の場は多くありそうである。北京での実験では、交通量が多く騒音の大きいところなどでは音声認識が難しい、翻訳スピードが十分でない、など技術上の課題もまだあった。それでも多くの訪日観光客が大きな言語の壁を感じていることを考えれば、音声翻訳機械をコミュニケーション支援の技術として使うことも、意味があるだろう。
なお、冒頭の調査では日本滞在中に最も良かったことも聞いているが、「日本人との出会いが最も良かった」が多く、駅や道で迷った際に親切に助けてもらった、とのコメントもあった。ホスピタリティある日本人の気持ちが伝わっていることはうれしいことである。
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