中国個人観光ビザ解禁は、世界の観光地との競争の序章

月刊JTMレポート : 2009年8月号

カテゴリ : 訪日旅行

執筆 : 小林裕和(客員研究員) 

いよいよ中国人の個人観光旅行が日本でも実現した。経済不況の中、中国人海外旅行市場は世界の各国から注目され、中国人旅行者の獲得に向けた世界の観光地間の熱い競争が始まっている。今回は中国人海外旅行市場の概観とそのポテンシャルを見てみよう。

7月1日、中国からの訪日個人観光ビザの申請受付が北京、上海、広州の日本大使館・総領事館で開始された。7月8日には同ビザにて入国する第一陣が来日、成田空港ではビジットジャパンキャンペーン中国観光親善大使の「ハローキティ」がお出迎えするなどのセレモニーが盛大に行われた。
ちょうど同じ日、日本旅行業協会とツーリズム・マーケティング研究所が共同で開催した「インバウンド勉強会」では、日本政府観光局(JNTO)海外プロモーション部次長の宇山浩司氏が「中国個人ビザ解禁と中国市場の展望について」をテーマに講演をいただいたが、50名様を超える参加者があり、中国人個人観光ビザ解禁への期待と関心の高さが伺えた。

世界的な経済不況や円高、新型インフルエンザなどの影響により、訪日外客数は、今年1月から6月までの累計では310万人と前年実績を28.6%下回っている。そうした状況下で中国からの訪日客だけは、47万8千人となんとか前年比4.2%減と一ケタ台の減少にとどまった。(図表1)。

中国人の入国数を月別にみれば、前年を下回ったのは2月、5月、6月となっており、このうち2月は旧正月のずれによるものであり、5月、6月の落ち込みは、中国における公務旅行の自粛、新型インフルエンザによる団体旅行や教育旅行の中止・延期などの影響によるものとされている。(図表2)

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7月17日のジェトロ通商弘報(北京発)によれば、中国では全体的に景気回復の動きが広がっており、投資は好調で、消費も伸びている。また中国人民銀行は、今年4月~6月期のマクロ経済情勢分析より、実質国内総生産は、前年同期比では7.9%増、前期(1月~3月)比では、14.9%(季節調整済み年率換算)と試算した(2009年7月29日日本経済新聞報道)。中国政府は2010年までに総額4兆元規模の景気対策を進めており、その効果もあり、富裕層の外国旅行意欲は衰えていないとの見方もある(JNTO)。他の国に比べて中国からの訪日客が落ち込んでいない理由はこの辺りにありそうだ。

UNWTOの予測によると、2006年に約3500万人だった中国の海外旅行客は、2020年に1億人と世界第4位の市場に成長し、このペースはさらに速まるとしている。(「The Chinese Outbound Travel Market with Special Insight into the Image of Europe as a Destination」UNWTO(2008))

日本政府は「観光立国推進戦略会議 観光実務に関するワーキンググループ」で、2020年に訪日客が2000万人になる際の市場別訪日数イメージとして、中国からは600万人を見込んでいる。これはUNWTOの予測する1億人の中国人海外旅行客の6%にあたる。逆に中国を訪問する日本人の数は、2008年に345万人、日本人海外旅行者約1600万人の約20%である。観光の相互交流拡大の観点から見れば、もっと多くの中国人観光客を見込むべきだろう。

「中国人観光客市場は、今後どのくらい拡大するだろうか?」最近、この質問を多く受ける。個人観光ビザ解禁で富裕層が多くなる、いや、そう期待通りにはいかない、など、見方によっていろいろあるようだ。しかし「未来を予測する最良の方法は、それを作り出すこと」(米科学者アラン・ケイ)である。マーケティングとは顧客創造、市場創造の営みである。訪日市場の拡大、中国人個人ビザ解禁という市場環境の変化を受けて、それぞれのビジネスをどのようにその市場にフィットさせるのか。商品やサービスを競い合って、中国人に対するサービスが向上していくことが、まさしく観光立国としての日本の競争力につながっていく。

そして、すでにチャレンジは始まっている。ヨドバシカメラは6月に北京で開催された旅行博に出展し、中国人スタッフがいることをアピールするなど、中国人客向けの顧客満足度向上に力を入れている。また英語サイトで圧倒的な人気を誇る日本の情報サイト「ジャパンガイド・ドットコム」は、簡体字サイトを強化し「ショッピング」ページを充実させ、新宿、渋谷、銀座といった中国人に人気の街のショップを詳細に紹介する広告展開を行っている。ここでは各店舗における主要な商品が写真で見られ、またクーポン割引などがダウンロードできる。

さらに、中国人の海外旅行者に対しては、すでに世界規模で奪い合いが始まっている。
中国人の海外旅行目的地は130カ国以上、個人旅行が認められているのは20カ国になる。
例えばタイ政府は3ヶ月滞在のビザを無料とし、これによってビザ申請料230元が不要となる。また台湾では、中国人の団体旅行の最少催行人数を15人から10人に緩和、また滞在日数の制限を10日から15日に伸ばすなど、今年1月から6月までの中国人訪台旅行客は、前年同期の約8倍にあたる25万人で、日本人の32万人に迫っている(7月13日時事ドットコム)。

このような世界的な観光の交流人口を俯瞰すると、明らかに10年前とは違った絵が描かれつつある。中国個人観光ビザ解禁は、すでに始まっている世界的な観光拡大の序章である。過大な期待を抱いてただ観光客を待っていたのでは取り残される。まずは、どのような市場が生まれ、旅行客のニーズは何かを冷静な視点で分析することが必要だ。そして、グローバルな観光市場に積極的に働きかけて行くために、既存の旅行会社は自らのビジネスを変革できるかどうか、新規プレイヤーとして事業を創出できるかどうかといった、新たなグローバル観光市場に参入し獲得する意思があるかどうかが問われているのではないだろうか。

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