月刊JTMレポート : 2010年3月号
執筆 : 小林 裕和(客員研究員)
ちょうどこの原稿を書いているときに、バンクーバーオリンピックが始まった。選手の活躍はもちろん楽しみではあるが、それ以外に興味深かったのは、フリースタイルとスノーボード会場となるサイプレスマウンテンの雪不足に関する報道が多かったことだ。競技への影響が心配されることはもちろんであるが、この問題が地球温暖化と結びつけて伝えられたのである(実際には、近隣の山から雪を移してくるなど関係者の努力により無事開催された)。折しも昨年12月、コペンハーゲンで開催された気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)で、「京都議定書」で定められた第一次約束期間以降の合意がなされず、また、今年1月には気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2007年に発表した第4次評価報告書の一部に科学的根拠がなかったことが報道されるなど、気候変動問題に対する世の中の機運が冷めているような雰囲気の中でのことだった。
気候変動問題への対応は、適応と緩和、という2つの側面がある。例えばスキーエリアでは、産業としてはスキー客を対象とした宿泊、飲食などのサービス、索道会社など、スキー市場に多くを依存している。したがって、雪不足によりスキー客が減れば、売上が下がり、雇用を維持できなくなるなど、経済面、雇用面など直接的に社会的な問題が生じる。このような気候変動から生じる課題に対して、どのように「適応」していけばいいか、という側面がひとつ。もうひとつは、スキー産業がより拡大し、環境に無配慮な観光やスキー場開発が増え、二酸化炭素などの温室効果ガスをまきちらす活動が増えれば、地球温暖化の促進につながることが想定される。したがって、そのような活動を、温室効果ガスの排出が少なくなるようにすること、つまり、地球温暖化をどう「緩和」するか、というのが2つ目の側面である。
このように、産業自身は、地球温暖化の被害者でもあり、同時に、温室効果ガスを排出する、という加害者の両面が表裏一体で現れる。もちろん、これは観光産業を含めた全産業にとって同様である。
これまで観光産業における気候変動問題に対する取り組みは、航空機や鉄道などの交通機関による二酸化炭素排出の低減や、宿泊機関などによる排出物規制など、個別の取り組みが多かった。しかし最近、低炭素社会の実現を目指す動きの中で、観光地自体が全体として環境に配慮し持続可能な観光を実現する、いわば"低炭素観光地"を目指す動きが活発化している。例えば昨年7月、カリブ海諸国が参加した会議では、観光資源の脆弱性や観光への影響を測定・評価したり、地域や国レベルの気候変動をモデル化したりするなど、世界で"初"の低炭素観光地となることをめざすとした。またスコットランドは、欧州でもっとも持続可能性の高い観光産業となることを目指し、観光戦略「変化への観光枠組み the Tourism Framework for Change」を設定した。特徴的なのは、マーケティングのターゲットの設定を、環境破壊を引き起こしがちな「観光客数」の拡大に置くのではなく、観光の質的な転換を促す、観光客の「消費額」としたことである。なんと2015年まで50%向上させるとした(現在経済環境下で見直し中)。地域の観光協会レベルでも持続可能な観光を戦略的に推進するようになっている。
日本でも低炭素型観光地を目指す動きが始まっている。昨年11月に富山県の宇奈月温泉地域において、黒部・宇奈月温泉観光活性化協議会の主催により、「でんき宇奈月プロジェクト低炭素社会型観光まちづくり講演会」が開催された。ホームページには、「小水力発電事業及び電気自動車による公共交通事業を試行し新しい電化型温泉地としてのコンセプトに基づいて観光客誘致を促進するとともに、地元事業者による新規ビジネスの創出を検討するプロジェクト」とある。温泉街中心部へのガソリン車の乗り入れを原則禁止したり、温泉地の外に自家用車を置いて電気路線バスなどを利用するパーク&ライドを検討している。
また、昨年エコプロダクツ大賞環境大臣賞を受賞した「Ecoバイク「旅チャリ」」(JTB首都圏、パナソニックサイクルテックが2社共同で受賞)は、環境、観光、健康に配慮したアイデアサービスである。低炭素社会に向けたエコ観光の「NEWビジネスモデル」であることが評価された。電動アシスト自転車によるレンタサイクルを観光地に導入することにより、まち歩きに代わる、あるいは補完するような新しい観光スタイルを生み出すかもしれない。
2008年、政府主導のもと、「低炭素都市推進協議会」が発足し、都市、地域づくりおける低炭素型への取り組みが始まった。観光によるまちづくりを目指す地域であれば、持続可能性は、今後戦略的に取り組むべき分野であるといえるだろう。
しかし、各地の自発的な取り組みだけでは、ノウハウ、人材面などに限界がある。イギリスを例にとれば、スコットランドで始まった環境認証の制度、「緑の観光事業スキーム」the Green Tourism Business Schemeは、現在イギリス全土で展開されている。政府や事業者がトータルで取り組めるような認証制度を定めた。具体的には、宿泊事業者、観光施設、飲食・商店、その他(観光案内所、会議施設、ツアーオペレーターなど)といった分野ごとに、金・銀・銅のランクで認証し、すべてウェブサイトで公開している。
スコットランドは積極的にこの取り組みを進め、欧州におけるエコツーリズムをリードしていると自認している。実際、調査によれば、スコットランドを訪れる観光客の80%はスコットランドが自然環境を保護している、ということ感じ取り、40%が環境への関心が旅行先を決めたとしている。さらに、現在ではイギリス人の80%が、環境にやさしいホテルであれば1泊30~70ポンドの追加料金を払ってもよい、と思っている。(出典:http://www.greentourism.org.uk/marketinfo.html)
ここで重要なことは、彼らは持続可能な観光を環境保護という理念だけですすめているのではなく、さまざまな市場データに基づき旅行者のニーズを把握し、それに対して戦略的に対応している、ということである。
今後、政府はインバウンド3000万人時代を目指すことを明確な政策目標として掲げている。観光は国境を越えてますます活発になり、経済的に、社会的に、環境的に、さまざまな影響を与えるようになるだろう。それは同時に、観光に携わるものにとって、持続可能な社会を実現する責任を負うことも意味している。
日本政府がCO2削減に野心的な目標を掲げる中、雇用者数の広がりでは自動車産業に次ぐといわれる観光産業が、21世紀の日本のリーディング産業として自負をするならば、地球温暖化問題においても、リーダーシップを発揮できることが強く望まれる。
<参考資料>
でんき宇奈月プロジェクト
http://unajin.unazuki-onsen.com/?p=3242
スコットランド the Green Tourism Business Scheme
http://www.green-business.co.uk
Interview Implementing sustainable tourism in Scotland : an interview, Journal of Sustainable Tourism, Volume 17 Number 6 November 2009,pp.747-752
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