JTB総合研究所の「考えるプロジェクト」 

リスクコミュニケーションの重要性  -危機発生・拡大時に発出する情報を単純化することの功罪-

2020.08.25 河野まゆ子  JTB総合研究所 主席研究員

7月31日、政府の感染症対策分科会は、新型コロナウイルスの感染状況を4段階に分け、段階に応じた対策を国や都道府県に促すこととした。PCR検査体制や医療提供体制の拡充が進んだことを受け、統一的な対策や基準を示して自治体側の対応とその判断を容易にすることが目的だ。
4段階は「感染ゼロ散発」「感染漸増」「感染急増」「感染爆発」。感染者数や医療提供体制への負荷などをもとに指標をつくり、どの段階にあたるかを都道府県などが自ら判断できるようにするとしている。なお、7月末日時点での東京都や大阪府などは「感染漸増」に当たるとしている。「感染爆発」は、集団感染の連鎖が起きて保健所や病院が機能不全に陥るという深刻な事態を想定しており、日々感染者数が増えてはいるものの、医療機関にまだキャパシティがある現状は「漸増」にあたるとの認識だ。
とはいえ、「漸増」とは、一般的な語彙として「徐々に増えること」を意味し、日々200名を超える感染者が確認されている状態を「徐々に」と捉えるかどうかは個々人によって感覚的に差異があるものであろう。危機のレベルを表現する際に、一般消費者の「言葉に対する肌感覚」とのギャップをどのように埋めていくかについては、簡単ではない問題だ。

山梨大学工学部の秦康範准教授が5月下旬に学生を対象として実施した「3密」に対するメッセージへの理解状況の調査において、情報の伝わり方を確認している。
調査結果をみると、「「密閉」「密集」「密接」が重なるところを「3密」と呼ぶ」と理解している人が過半数となっているほか、「3つの密が重ならないことが大事」も半数程度、「屋外の公園や海辺などでは3密を避けられる」が30%弱と、必ずしも正確な理解に結び付いてはいない(※3つの密はそれぞれ避けるべきものであるほか、これらと別に接触感染リスクは密と無関係に存在する)。これにより、最大のリスクを避ける行動はとれるが、リスクを包含するその他のさまざまな場所・機会における警戒心が低下してしまうという新たなリスクが発生するおそれがある。本調査結果は、サンプル数些少とはいえ、情報伝達を端的なメッセージとして発することのリスクについては示唆があるものと言えよう。

「3密」に対するメッセージへの理解状況の調査

<引用>
調査名:新型コロナウイルス感染症アンケート
調査実施者:山梨大学工学部 准教授 秦康範
対象:土木系学部一年生 N=63
調査実施時期:2020年5月21日(木)~27日(水)

 

参照したチラシ

参照したチラシ

 

リスクコミュニケーションにおいて、言葉を単純化することには功罪がある。危機発生時または危機が拡大するリスクがある場面で、緊急に行動指示を促したい段階においては、メッセージ性が強く端的・単純な情報を発出することの効果は大きい。大きなリスクを回避するメッセージを消費者ひとりひとりが短時間で、且つ感覚的に理解することで、大きなリスクを伴う行動を避けるよう促すことができる。しかし一方で、個々人が自らの判断においてより正確な行動をとるためには、リスク状況が正確に理解されていることが重要だ。リスク情報を発信した際には、単純化させたメッセージが市場にどの程度正確に伝わっているかどうかを併せて検証し、問題に対する状況理解が十分でないと判断された場合には、危機の進捗に応じてメッセージの発信手法を修正していくことも必要になる。

リスク情報の受信者は、関係のある家族や同僚、友人に情報を共有するほか、SNSで発信する。リスクは関係者の間で双方向的に共有・理解されることによって回避・低減される可能性が高まる。言い換えれば、メディアや専門家が一方的に発信するだけではリスクコミュニケーションが目指す効果は十分ではない。その先に、リスクを共有する関係者間における情報流布と相互理解がなされることによってはじめて、リスクに対する正しい理解を通じた信頼と連携のもとで、正しい行動が面的に実行される。
危機の状況が日々変化し、新たな情報が数多く専門家や自治体から発出される中において、情報の受信者である社会のひとりひとりが、リスクコミュニケーションの主体者(発信者)にもなっていることを理解することが、リスクに対してより正確に対処していくための第一歩となる。

2020.08.25河野まゆ子 JTB総合研究所 主席研究員

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