JTB総合研究所の「考えるプロジェクト」 

感染症対策×避難所運営  -2020年、台風10号の対策現場を例に-

2020.10.12 河野まゆ子  JTB総合研究所 主席研究員

2020年9月1日に発生した台風10号は、6日から7日にかけて沖縄県の大東島地方から奄美地方を通過し、特別警報級の勢力のまま九州地方に上陸することが予想され、直前に到来した9号の影響も相まって、事前に十分な対策の必要性がアナウンスされた。結果的に、前の週に東シナ海を北上した台風9号が同じようなコースを通ったため、海水がかき混ぜられて海面水温が下がったことなどによって、当初の予想より発達しなかった。
ここ数年、水害による被害が全国各地で多発したことから、今回の台風に対する事前の避難呼びかけはかなり積極的になされた印象があるが、特筆すべきは、今回はコロナ対策も踏まえた避難所運営を行う必要があったことだ。


長崎県内の避難所運営に携わった職員への聞き取りに基づき、コロナ対策を踏まえた避難所運営に際しての準備や現場の実態について、以下の通りまとめた。

  1. 避難所状況
    • 避難者には女性が多く、高齢者割合が高いという特徴がある
    • 9/6 17時頃から避難者が来始める
    • 9/7 昼までに避難者はほぼ全員帰宅
  2. 新型コロナ対策
    • 受付時に健康状態チェック(検温やアンケート等)
      ※検温にとどまっているケースが多いが、息苦しさ(呼吸困難)、強いだるさ(倦怠感)などの聞き取りができるとなおよい
    • マスク着用・手指消毒の徹底
    • 密にならないよう、滞留場所に予め間隔を開けてマットを敷いておき、場所を固定する
    • 可能な限り窓を開け換気を良くする
  3. 課題
    【通常の避難所運営に関すること】

    • 運営ガイドライン不足
      避難所運営のガイドラインはなく、その場その場で職員と避難者で決めている状況。
      避難所で差はあって仕方ないが、最低限の原則は必要。
    • 空調機
      地域の公民館の空調は使用者が100円(1時間)を入れる仕組みで、職員の現場判断で、自費にて空調費を支払わざるを得なかった。
    • 地元への連絡不足
      「サブ避難所」として自治会所有の施設を避難所として利用する際には事前連絡が必要だったが、避難所開設の所管課が連絡をしておらず鍵が無いなどのトラブルになるケースがあった。

    【コロナ対策に関すること】

    • 運営ガイドライン不足
      立地や環境面(建物の新しさなど)で人気の避難所に人が集中するなどの問題が生じる。
    • 備品不足
      日頃滅多に開設しないサブ避難所においては、日常的な運営管理がなされていなかったことから消毒関係の物品が付与されておらず、職員の私物(持ち込み)により対応したケースがあった。
    • 避難所担当の負担
      密を回避するため、ひとつの避難所に大勢を収容することを避け、避難所を数多くに分散させることになる。そうすると、避難所担当職員の人数がこれまで以上に必要になることから人員が不足し、避難所によっては2交代シフトを取ることができず24時間を超える勤務となった個所があった。
3密を回避する避難方法の検討

出所:徳島県危機管理環境部 資料「過去に例を見ない複合災害への備え」

避難所は、密閉されやすい空間に人が集まり、密集し、長く滞在する。これまでは「密閉」状況に対する配慮を義務化していなかったことから、「空間が何分で換気可能か」がわからないケースも多い。ビル管理法で二酸化炭素の含有率(1,000ppm以下)が定められている(密閉基準)ことから、何人が何時間程度滞在することで密閉になり得るかを予め把握しておくことも有効である。
また、災害の状況によっては、2日間以上連続して滞在することにもなり、その期間中はトイレや水道など、共同で利用する場所や設備も多いため、接触感染の機会も起こりやすい。
さらに、感染症対策のために数多くの避難所に人を分散させることを想定する場合、今年の台風10号の例にみる通り、運営人員不足や備品の不十分さという課題にも直面する。

この課題に対応するために重要なポイントは3つある。
ひとつは上に挙げた「分散避難」の推奨だ。自宅や親戚友人の家、会社など、「公設避難所の代わりになる、避難場所として適切なところ」へ退避するという判断を個々人が行い、避難所への殺到を防ぐことだ。特に、宿泊施設が定まっていない日帰り旅行者については、前後泊地の把握を徹底し、いち早い帰宅支援に繋げるためにも、住民と混在する指定避難所ではなく、安全な立地にある大型の観光施設や宿泊施設等への避難(宿泊予約対応を含む)に誘導できるよう、事前のアナウンスが徹底されていることが望ましい。
次に、自助として行うべきこととして、「これまでの避難グッズの中に、感染症対策グッズを加えておく」ということ。避難所に来る人の数は、予測ができない。複数の避難所を設定していても、それらに訪れる人数にばらつきができることもあり、想定以上の人数を受け容れざるを得ない避難所があった場合、また、想定以上に避難所に待機している日数が長くかかった場合、予め運営サイドが準備していた感染症対策グッズが不足することもあり得る。体温計、マスク、消毒液、除菌シート、使い捨てのビニール手袋、ラップなど、個人で準備することが可能な衛生用品を、予め避難キットの中に入れておくことも重要だ。
最後に「共助」。今後、密回避のために避難所開設数が増えることが想定されることを踏まえ、地域の自主防災組織と市町村が連携を図り、予め協定やルールをもってそれぞれの役割分担を定め、行政職員のみに頼ることのない体制で、スムーズに多くの避難所の開設・運営準備を行うことが、迅速で漏れのない対応につながる。

2020.10.12河野まゆ子 JTB総合研究所 主席研究員

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