デジタルノマドビザ制度導入に向けて、今、準備すべきこと~デジタルノマドビザの概要とデジタルノマドの特徴から~
コロナ禍の影響で一気にリモートワークが普及したことで新たなライフスタイルとして世界で浸透しつつある「デジタルノマド」。日本でも2023年度の「骨太の方針」にデジタルノマドビザの導入に向けた制度整備が盛り込まれ注目を集めていますが、実際に誘致や受入れ準備を進めるための情報や議論が不足しており、ごく一部の地域でしか着手できていません。従来のワーケーションの受入れとの共通点と違い、さらにその可能性や課題について、海外での最新調査の結果を交えながら考察していきます。
コロナ禍の影響で一気にリモートワークが普及したことで新たなライフスタイルとして世界的に注目を集めている「デジタルノマド」。日本でも2023年度の「経済財政運営と改革の基本方針2023(骨太の方針)」(※1)にデジタルノマドビザ導入に向けた制度整備が盛り込まれた。デジタルノマドは長期間滞在する海外からのワーケーターと言い換えることもできるが、受入れ側では従来のワーケーションとの関係や期待される効果、想定される課題や海外の動向などが知られておらず議論も不十分である。本稿では前編でデジタルノマドの特性やデジタルノマドビザの概要、後編でデジタルノマドビレッジとして名高いポルトガルのマデイラ諸島やブルガリア、バリ島等での現地調査についてレポートし、デジタルノマドの今後の受入れについて考察する。
1. デジタルノマドの特性
デジタルノマドとは「IT技術を活用し、場所に縛られず、ノマド(遊牧民)のように旅をしながら仕事をする人達のこと」 (※2)で、新型コロナウイルスの感染拡大を機にリモートワークが普及したことで急速に増加している。A Brother Abroad 社の調査では2021年時点の世界のデジタルノマド人口は3500万人以上とされ、さらに今後3~4年で倍増すると予測されている。また、その経済効果は全世界で7870億USD(約114兆円、1人あたり約326万円※1USD=145円換算)にも及ぶと試算されているものの、その規模は正確には把握できていない。
デジタルノマドが注目される第一の理由としては、高収入層が多い上に滞在期間が長く、経済波及効果が大きいことがあげられる。民泊や短中期の賃貸プラットフォームを提供するFlatio 社が発表した2023年の調査レポート(※3)では、デジタルノマドの49.2%が31,000ユーロ以上の収入があり(図1)、回答者の55.1%が1ケ所に1~4ケ月間滞在すると回答した(図2)。




このFlatio社のレポートによると、デジタルノマドの特性として、男女比は55.3%:44%とほぼ拮抗。年代別では29歳以下が22.4%、30歳代が52.6%と若い世代が主流だが、40歳代も19.7%を占める。職種では「IT、テクノロジー」「メディア、広告、PR、マーケティング関連」がともに19.3% と多いものの、WFA(Work From Anywhere)の浸透により、全体の31.5%をフルタイムで企業に雇用されデジタルノマド的なライフスタイルを実践している “Digital Nomadic Employee”が占めており、従来のフリーランス型から主流が移ってきたことが特筆される。(図3)このほか、アントレプレナー・ビジネスオーナーが13.6%、起業関連の従事者が17.2%と、スタートアップに関わる人たちにデジタルノマドが多いことがわかる。(図4)
2. 海外におけるデジタルノマドビザ発給国の急増とそのメリット
こうした特性を持つデジタルノマドを自国に誘致する動きが世界で急増している。デジタルノマド関連の情報サイトNomad GirlのオーナーのTracey Johnson 氏 によれば、2021年2月時点でデジタルノマドビザを導入または準備中の国は21ケ国だったところ、2023年6月には58ケ国と3倍近くに増えている(※4)。直近では、韓国が高所得・高資産所有者の外国人を対象に韓国で1~2年滞在することができるワーケーションビザ(仮称:デジタルノマドビザ)を2023年12月を目途に導入する方針を発表し、話題となった(※5)。
Tracey Johnson 氏はレポートの中でデジタルノマド誘致が各国で急速に進んだ理由として以下の5点を指摘している。
- コロナ禍によるインバウンド観光客の激減に対応するため、人数は少なくても長期間滞在するデジタルノマドに着目しターゲットとしたこと
- パンデミック期間中にWFH(在宅勤務)が新たな勤務形態となり、国境を越えてリモートワークを行うことが容易となった結果、より高収入なtechpats (remote technology workers)やデジタルノマドを生み出したこと
- パンデミック以降、ホームスクールとオンラインスクールが社会的に受け入れられるようになり、より多くの家族が海外で長期間滞在することが可能になってきたこと
- 高所得者であるデジタルノマドは、滞在中の消費による地域経済への貢献だけでなく、付加価値税、輸入関税、申請料などの税収への貢献が期待できること(一方で、健康や社会的コストの負担をほとんどしていないといった問題はあること)
- 特に、デジタルノマド誘致に力を入れている国の中にはこれまで長期にわたり国内から高学歴の人々が国外に転出する「頭脳流出」がみられ、こうした頭脳流出を逆転し自国に呼び込むチャンスとして捉えられていること
また、ハーバード・ビジネス・スクールのPrithwiraj Choudhury(※6) 准教授は、デジタルノマドは、地域課題解決の一助になり、新たな知識の共有や、イノベーションや新規事業創出の芽が生まれるなど多くのメリットをもたらすと指摘している。いわばデジタルノマドが持ち込む知見に自分たちの既存の知識や経験を組み合わせる「知の再結合」が生み出す好影響への期待は大きい、と言えよう。
別表は、主な国のデジタルノマドビザの特徴と要件をまとめたものである。収入要件、医療保険の加入義務は共通した要件となっていることがわかる。また、在留期間や延長の有無、取得に必要な費用、預貯金などの資産要件、求められる活動、電気通信技術を使用して働くことの証明、国外企業との雇用契約または自営業の証明、配偶者および家族の帯同の可否(※7) などを定めている国が多い。
その一方で、ビザ取得要件とは別に、デジタルノマドの所得税の取り扱いについては国によってバラつきがみられる。例えばマルタでは、リモートワークビザでの地方所得税は完全免除。マレーシアでも海外企業からの雇用やフリーランスから得た収入は不課税としている。スペインなどでも非居住者向けの優遇所得税率を最大6年間にわたり適用するなど、様々な優遇措置が設けられている。
デジタルノマドにとって、所得税などの税を巡る条件は非常に関心が高く、滞在先を選ぶ上で強力なインセンティブとなる。その一方で、「(納税)居住者」とそうでない「非居住者」に対する税制のあり方は各国間の租税条約などにも関係する複雑な問題であり、今後さまざまな議論が行われるものと考えられる。
3. 日本におけるデジタルノマドビザ制度創設に向けた動き
こうした潮流をとらえ、デジタルノマドという国境を越えて旅をしながら働く人たちを日本に呼び込もうと、政府は一定の要件のもとで日本でもデジタルノマドビザの導入に向けた検討を始めた。今年5月30日に観光立国推進閣僚会議で決定された「新時代のインバウンド拡大アクションプラン」では、デジタルノマドの呼び込みのための制度環境整備について触れ、「国際的なリモートワーカー(いわゆる「デジタルノマド」)の呼び込みに向けビザ(査証)・在留資格など制度面も含めた課題についての把握・検討を行い、本年度中の制度化を行う」との方針が明記された。筆者も有識者として出席した6月18日の自民党のワーケーション推進議員連盟(※8)でも内閣官房、内閣府、デジタル庁、法務省、総務省、財務省、厚生労働省、観光庁、外務省から構成される省庁横断チームで準備を進めることが確認された。
日本版デジタルノマドビザの詳細については今後の検討が待たれるが、①国外での雇用もしくは業務の受託実績、国外企業の経営または管理を行っていること、②収入要件、③申請時における相当額の預貯金、④海外傷害保険などの医療保険への加入などが要件となることが予想されている。
デジタルノマドの受入れ推進については、経済財政運営と改革の基本方針2023(骨太の方針)でも触れられており、観光立国のひとつの起爆剤となることが期待されている。また、2023年4月の「海外からの人材・資金を呼び込むためのアクションプラン」の決定を受け、日本社会のアップデートやイノベーションのために高度な技術を持った労働者が滞在しやすい環境が整備されることが期待される。
4. 訪日ロングワーケーターとしての海外からのデジタルノマドの可能性
多くのデジタルノマドたちは既に世界で「遊牧」を開始しているが、日本への関心も高いようだ。Nomado List(※9)等の主要なデジタルノマドオンラインコミュニティが行った調査では、行ってみたい国や都市として日本や日本各地が上位にランキングされている。
先日、リスボン最大のコワーキングスペース「SECOND HOME」を訪問しマネージャーに話を聞いたところ、約200名いるメンバーの多くはデジタルノマドビザを取得しておらず、1~3ケ月程度の滞在で移動していく人が多いという。
Flatioの調査でも、デジタルノマドの半数以上がデジタルノマドビザを取得していないとの結果が出ており(図5)、日本でもデジタルノマドビザの発給はまだ行われていないものの、3ケ月間の滞在期間内に旅を楽しみしながら仕事を行う「隠れデジタルノマド」として来日している外国人は相当数存在しているものと考えられる。

その意味で、コロナ禍の3年間以上にわたり日本に来たくても来られなかった世界のロングワーケーターの来日は、デジタルノマドの本格的な受入れ開始に向けた壮大なリハーサルともいえる。これまでワーケーションで培ったノウハウを活かし、関係人口の創出や地域との交流、グローバル越境学習によるイノベーションの促進など、新たな「日本型デジタルノマド」を構築していくチャンスでもある。
福岡市では世界のデジタルノマドを誘致する「COLIVE FUKUOKA, JAPAN 」(※10)が本年10月に1ケ月実施されるなど、グルーバルロングワーケーターに向けた動きが着実に進んでいる。まだまだ未知の要素が多いデジタルノマド。日本がその新たな聖地となるためにも、受入れ地域や事業者の声、実際に日本に長期滞在したロングワーケーターの声などを戦略的に集め、受入れ体制の整備と誘致に向けた契機としてくことが重要である。

※1 経済財政運営と改革の基本方針2023(骨太の方針)
「国際的なリモートワーカー(いわゆる「デジタルノマド」)の呼び込みに向け、ビザ・在留資格など制度面も含めた課題についての把握・検討を行い、本年度中の制度化を行うこと」が明記された。(P15)
※2 勝野(2022)「世界を旅するデジタルノマドの誘致可能性を考える」JTB総合研究所
※3 Flatio launches its first Digital Nomad Report 2023
※4 nomadgirl Digital Nomad Visas
※5 Korea.net 文化体育観光部 観光需要喚起策を発表
※6 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー 「デジタルノマド」のためのビザが地域経済を活性化させる
※7 海外ではポルトガル、スペイン、エストニア、マレーシア及びクロアチアなどが家族の帯同を認めている
※8 旅行新聞 デジタルノマド呼び込みに向け制度整備を 自民党ワーケ議連第4回総会
※9 Go nomad
※10 Colive Fukuoka












