ヘルスツーリズムは、旅行という楽しみの中で、健康の回復や健康増進を図る活動、そして旅をきっかけに健康へのリスクを軽減する活動です。体験プログラムなど地域の観光振興の1つのテーマとして広がっていきましたが、現在では「健康」×「観光・交流」を軸に、「健康まちづくり」や「健康経営®」、「観光衛生マネジメント」など、社会の課題解決に活用され、領域を拡大しています。

ヘルスツーリズムの定義

ヘルスツーリズムの定義は様々です。当社は日本ヘルスツーリズム振興機構の「健康・未病・病気の方、また老人・成人から子供まで全ての人々に対し、科学的根拠に基づく健康増進(EBH:Evidence Based Health)を理念に、旅をきっかけに健康増進・維持・回復・疾病予防に寄与する」活動と定義します。

重要なのは、「旅で健康になる」ではなく、「旅をきっかけに健康になる・健康を意識する」という点です。1回、2回の温泉入浴やウォーキング、短期の保養滞在で疾病が改善するというものではありません。「旅」を日常とは異なる空間を利用した行動変容の場と位置付け、予防という観点で、健康的な日常生活を手に入れるということを目的とします。

一方、政府や旅行業界団体の定義では、医療に近いものからレジャーまで、観光形態の1つとして広義に定義されています。当社は日常生活にもつながる健康への意識の変化を重視している点に違いがあります。

マインドフルネス
©イーストホームタウン沖縄株式会社
木曽馬
©一般社団法人木曽おんたけ健康ラボ

ヘルスツーリズムの歴史

健康と旅行の融合の歴史は古くから存在します。海外では、ギリシア・ローマ時代に定着した休養・保養文化が、17世紀以降、近代医学の発達とともに復活し、温泉や海浜の保養地形成にまで発達した経緯があります。温泉や海などの自然による医学的効果が注目されるようになり、温泉に加え海浜には治療や保養を目的とする上流階級の人が訪れるようになり、欧州を中心に健康回復・増進を目的とする観光が発達しました。ドイツのバーデン・バーデン、イギリスのバースなどはその代表的な例として知られています。

日本では、奈良時代から「温泉が病を治す」として、湯治の習慣が存在していたといわれています。湯治は温泉地に3廻りから4廻り(1廻りは7日間)もの長期滞在をしながら農作業の疲れをとり、傷や病を癒すというものです。人々の自由な行動が制限されていた江戸時代でも、参拝と湯治においては移動(旅)が認められ、江戸期中期頃には大衆化するほど盛んになりました。

ヘルスツーリズムという用語がはじめて用いられたのは、1973年の官設観光機関国際同盟(International Union of Official Travel Organizations=IUOTO)総会です。

日本でヘルスツーリズムとしての取り組みが本格的に始まったのは、2007年の「観光立国推進基本法」の施行が契機です。同法で「観光は健康の増進に寄与する」点について言及され、さらに、ニューツーリズム、着地型観光の一つとして認知され、現在に至ります。


参考文献:前田勇「現代観光総論」学文社

ヘルスツーリズムの分類

ヘルスツーリズムは、健康増進を目的とした「疾病予防」領域と、病気の早期発見や治療を目的とした「メディカルツーリズム®(医療インバウンド)」領域に分類できます。

ヘルスツーリズムの分類
引用:Typology of tourism in relation to health, medical and wellness tourism. Source:Adapted from USAID(2008, p.18)に髙橋伸佳加筆・修正(2019)

疾病予防に該当する活動

ヘルスプロモーション

WHOは「人々が自らの健康とその決定要因をコントロールし、改善することができるようにする過程」と定義しており、個人の知識や技術だけでなく、社会的な環境要因も必要としている。従来の疾病予防を目標とするのではなく、well-being(良い状態・幸福)を目標とする。

特定疾患の予防

メタボリックシンドロームやメンタルヘルス対策など特定疾患の予防を目的とした位置づけ。特に企業の人事施策や健保組合の施策として注目が集まってきている領域です。例えば、わが国で制度化された「宿泊型新保健指導プログラム(スマート・ライフ・ステイ)」などが該当。

ウェルネスツーリズム

旅先でのスパ、ヨガ、瞑想、フィットネス、ヘルシー食、レクリエーション、交流などを通して、心と体の健康に気づく旅、地域の資源に触れ、新しい発見と自己開発ができる旅。個々人がリフレッシュや原点回帰し、明日への活力を得る旅のことでありライフスタイル色が強い分野。

メディカルツーリズム(医療インバウンド)に該当する活動

わが国においては主にインバウンドを指す領域となっています。訪日外国人の患者さんに対して、日本の先進医療を提供するサービスとなっており、内容自体は観光性が低いというのが特徴です。

ヘルスツーリズムの認証制度と日本や世界の取り組み状況

日本における取り組み

日本では、経産省が主導となり、「旅と健康」という新しい視点でサービスの品質を客観的に評価する「ヘルスツーリズム認証制度」を立ち上げました。2020年5月時点で37のプログラムが認定を受けています。評価・認証のポイントは、「安心・安全への配慮」、「楽しみ・喜びといった情緒的価値の提供」「健康への気づきの促進」で、利用者がその品質を一目で分かるよう「見える化」しています。

ヘルスツーリズム認証プログラムが多い山形県上山市は、ドイツの「クアオルト(健康保養地)」という考え方を取り入れ、市民への健康啓発活動や市内の整備を進めるとともに、地域の宿泊事業者や飲食事業者、また観光協会などと協力してプログラムを開発しています。また、群馬県みなかみ町は、地元の旅行会社がラフティング事業者や山岳ガイドと協力し、認証プログラムを「みなかみヘルスツーリズム」と名称を統一して開発・運営し、飲食事業者や宿泊事業者も含め、地域全体で、「ヘルスツーリズム」のブランディングを行っています。

世界での取り組み

世界では、歴史ある欧州で取り組みが盛んです。認証制度も各国の考え方に基づき、目的や基準が異なります。オーストリアの「Best Health Austria」認証は、施設対象で、スパ・保養施設やリハビリ、医療機関が中心です。

スペインはヘルスツーリズム認証専門の公益組織spaincaresが、スペイン観光品質協会の観光事業認証「Qマーク」と連携し、「観光視点での医療機関認証」を推進しています。

ドイツはクナイプ療法が知られていますが、19世紀にバイエルン州のセバスチャン・クナイプ神父が「水の治癒力」を試し、クナイプ療法を確立し国内に広めたのが始まりです。そのクナイプ療法の伝統、質、独自性を維持するため1940年にクナイプ同盟が設立され、認証を行っています。対象は、保育所、学校、老人ホーム、農家やゲストハウスやスパなどの施設や事業所です。療法事業者がクナイプマークを取得することによって、クナイプ療法の施術が一部保険適用されることがあります。

ISO(国際標準化機構)によるヘルスツーリズム関連規格開発の動き

ISO(国際標準化機構)では、分野ごとにTC(専門委員会)が設置され、国際規格の開発が行われています。観光関連サービスについては、ISO/TC 228( Tourism and related services)が設置されており、このTCの下部に設置されたWG (ワーキンググループ)、WG2:Health Tourism Servicesでは、これまでにウェルネススパ規格(ISO17679)とタラソテラピー規格(ISO17680)を開発・発行しています。今後もヘルスツーリズム関連規格の開発が想定される中、国際標準化の動向はインバウンドに関連するサービス産業をはじめとして、国内の産業に少なからず影響をもたらすようになると考えられます。