1. コラム
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研究員コラム

観光マーケティングを、いま「アップデート」する ―世界と地域をつなぐ新思想『TPM (Travel Professional Marketing)』―

山下 真輝

フェロー

公開日

2025年の訪日外国人旅行者数は4000万人を超え、過去最高を記録しています。しかし、数の回復は地域の豊かさを意味しません。世界中のデスティネーションが奪い合う欧米市場で問われるのは、発信量を増やすことではなく、観光マーケティングそのものをアップデートできるかです。本コラムは、自治体・DMOのための新たな観光マーケティングの考え方を提唱します。

1.なぜいま、観光マーケティングを問い直すのか

広告を打ったが効果が見えにくい。海外商談会に出展しても翌年につながらない。ファムトリップ(招請型視察旅行)を実施しても招請者と継続的な関係を結べない。観光分野に関わる多くの方が、こうした課題を一度ならず感じてこられたのではないでしょうか。
コロナ後、訪日インバウンドは力強く回復しました。一方、観光地の現場では人手不足、混雑、住民生活への負荷、受け入れインフラの限界も顕在化しています。もはや問われているのは人数ではなく、「その来訪が地域にどれだけの価値を残しているのか」です。
これからの主戦場となるのが、欧米を中心としたロングホール市場における高付加価値旅行です。観光庁「訪日外国人消費動向調査」が示すように、欧米豪市場の旅行者は一般にアジア近隣市場の旅行者と比べて滞在日数が長く、一人あたりの旅行支出も明らかに大きい傾向があります(主要欧米豪市場の一人あたり旅行支出は、アジア近隣の主要市場のおおむね1.5~2倍前後の水準にあるとされます)。来訪者総量を無闇に増やさずに地域の経済効果を伸ばせる、「量から質」への転換の鍵となる市場です。一方で、世界中のデスティネーションが同じ市場を狙う、競争の激しい領域でもあります。

2.誰に届けるべきか ―見落とされてきた「旅を設計するプロ」

欧米市場へのインバウンド施策を考えるとき、多くの地域はまず消費者への認知拡大を思い浮かべます。広告、SNS、SNS上で影響力を持つ発信者(インフルエンサー)、海外向けウェブサイト。これらはもちろん重要です。

しかし、長距離・高付加価値旅行では、旅行者がすべてを自分で決めるとは限りません。複数都市を巡る旅程、宿泊、食、文化体験、ガイド、特別なアクセスなど、要素が複雑になるほど、旅行者は以下のような「旅を設計するプロフェッショナル」に依存します。

図1:旅を設計するプロフェッショナルの3類型

出典:筆者作成(AI画像生成ツールにより作成)

 

地域が選ばれるかどうかは、最終消費者の認知だけでなく、こうしたプロがその地域を知り、自信を持って提案できるかに大きく左右されます。多くの地域が見落としてきたのは、情報が届いていない相手は旅行者だけではない、という事実です。むしろ旅行者の意思決定に影響するプロにこそ、日本の地域情報は十分に届いていません。プロが知らなければ、旅程には入らない。旅程に入らなければ、旅行者は選びようがないのです。
観光マーケティングは、最終旅行者の手前で旅を編集する「媒介者」を、設計対象に組み込む必要があります。


3.なぜ、これまでのやり方では届きにくいのか

従来の海外向けプロモーションは、リーチ数や表示回数を指標とする、個人消費者向け(BtoC)の認知拡大が中心でした。しかし自治体・DMOの担当者が問われているのは、露出の量ではなく、「その支出は地域に何をもたらしたか」です。
広告が何回表示されたかではなく、どの市場のどの層に届き、どの問い合わせ・商談につながり、どの来訪・消費・地域事業者の収益に結びついたのか。そこまで説明できなければ、観光プロモーションは単なる活動報告にとどまりがちです。税を原資とする予算では、その成果に対する説明責任の観点でも、この「見えなさ」は重い課題と言えます。

では、プロに直接働きかける、企業間取引(BtoB)の施策に切り替えれば解決するのかというと、現実にはここにも壁があります。海外商談会、営業訪問(セールスコール)、ファムトリップ、現地イベント。いずれも重要な手段ですが、以下のような課題を抱えています。

図2:従来型BtoB施策が抱える3つの課題

出典:筆者作成(AI画像生成ツールにより作成)

 

BtoBが重要であることは分かっている、しかし継続的な成果に変える仕組みが足りない――それが現場の実感ではないでしょうか。


4.プロを地域の応援団に変える ―「TPM」という考え方

そこで提唱したいのが「TPM(Travel Professional Marketing)」です。これは、商談会やファムトリップを単発施策としてではなく、対象選定、関係育成、商品化、成果測定までを一連の循環として管理する、観光分野のBtoBマーケティングの考え方です。

旅行業界のプロフェッショナル(以下、TP)を対象とし、データに基づいて重要な相手を見極め、継続的なやりとり(エンゲージメント)を通じて信頼関係を築き、販売成果まで追跡します。一言で言えば、「旅行のプロを、地域の応援団に変える」マーケティングです。
従来の商談会・ファムトリップとの違いは、三点に整理できます。

図3:「TPM」がもたらす三つの転換

出典:筆者作成(AI画像生成ツールにより作成)


 この三つの転換は、観光マーケティングを「一度実施すれば消える消費型予算」から、「翌年度以降にも地域の財産として残る投資」へと位置づけ直すものです。
「TPM」の土台にあるのは、TPを単なる販売対象として見ない視点です。TPは旅行者への信頼の媒介者であり、地域の体験を商品に翻訳する編集者であり、現地市場の需要を地域へ戻すパートナーでもあります。「TPM」は、信頼されるプロを通じて地域の価値を旅行者に届けるマーケティングだと言えます。
下図は、これまでの観光プロモーションと、「TPM」で進める観光マーケティングとの違いを、六つの観点で並べたものです。

図4:これまでとこれから ―観光マーケティングの転換

出典:筆者作成(AI画像生成ツールにより作成)

 

5.何から始めればよいのか ―「CONNECT」の7ステップ

「TPM」を現場で動かすための運用フレームとして、本コラムは「CONNECT」モデル(本稿における提案概念の名称)を提案します。「CONNECT」は、地域価値の整理から成果検証までを七つの段階として接続する、循環型のマーケティング設計です。

図5:「CONNECT」の7ステップの考え方

出典:筆者作成(AI画像生成ツールにより作成)


イメージしやすいよう、架空のシナリオを置きます。

ある県のDMOがまず地域の山岳資源と食文化を欧米向けの物語として編み直し(Curate)、アドベンチャートラベル市場に的を絞ると決め(Orient)、欧米でその領域を扱う旅行会社の上位30社をリスト化し(Navigate)、年4回のニュースレターと2回のオンライン勉強会で関係を育て(Nurture)、そのうち関心の高い数社を招請視察に招き、地元ガイドや住民との対話を通じて「自分の言葉で勧めたくなる」動機付けを行う(Engage)。そこから3社と共同で3泊4日の山岳体験商品を造成し(Co-create)、初年度の販売実績と顧客フィードバックを翌年の素材改良に戻す(Transform)。

このような一連の動きが、「CONNECT」です。「CONNECT」は、実行のフレームであると同時に、現状の課題を診断するフレームでもあります。自地域に不足しているのが素材なのか、対象選定なのか、関係維持なのか、商品造成なのか、成果測定なのか。七段階のどこに弱点があるかを照らし出し、補強の優先順位を立てる手がかりになります。
ただし、「CONNECT」が理念で終わらないためには、データと旅行業界プロのネットワーク(Asset)、地域と市場・政策と現場・データと実行をつなぐ運用機能(Hub)、共通言語としてのCONNECT(Framework)という三つの要素が揃う必要があります。
世界の旅行プロフェッショナルにリーチできるBtoBメディアやデータの接点基盤は、ここ数年で大きく整いつつあり、その代表例の一つが、2025年にJTBグループに加わったNorthstar Travel Groupです。同社は公式発表によれば130万人を超えるプロフェッショナル・トラベルバイヤーにリーチする接点基盤を持つとされます。こうした基盤の整備は、かつては一自治体では難しかった「世界のプロから自地域に合う相手を見極め、継続的に関係を育てる」ことを、現実的な選択肢へと近づけつつあります。


6.現場への導入 ―段階別KPIと事業としての説明責任

オーバーツーリズムに悩む都市が、来訪者数の拡大から高付加価値旅行者の誘致へ転換したいとします。従来であれば、富裕層向け広告、海外商談会、ファムトリップが打ち手の中心になりがちでした。
「CONNECT」を使うと、進め方が変わります。地域の高付加価値資源を欧米市場に伝わる文脈へ編み直し、どの市場のどのプロが販売できるかを定め、そのプロと接点を持ち関係を育て、共同で商品化し、問い合わせや販売を測定し、結果を次の対象選定や商品設計に戻す。これにより観光施策を「今年も同じように実施する事業」ではなく、「地域に成果と知見を残す投資」として説明できるようになります。
説明責任の鍵となるのが、段階別のKPI設計です。従来の個人消費者向け(BtoC)型KPIが認知度や表示回数に偏りがちだったのに対し、「TPM」では、認知から学習までの段階を分けて指標を持ちます。

 図6:「TPM」における段階別KPI

出典:筆者作成(AI画像生成ツールにより作成)


なかでも販売段階のKPIは、事業成果の説明責任に直結する最終指標です。一方で、欧米を中心とする長距離市場では、プロへのアプローチから実際の商品化・販売結果が出るまでに1~2年程度の時間差(リードタイム)が生じるのが現実です。
だからこそ、単年度の販売額だけで成否を判断するのではなく、「関係段階」や「商品化段階」のKPIを先行指標として追いかけ、着実に成果へ向かっていることを示す姿勢が重要になります。
翌年度予算の説明資料に、これら段階別KPIの前年度実績と次年度目標を並べて添えれば、「来年度の予算は、誰に届け、何の成果を生むために必要か」を、認知段階から販売段階まで、一連の流れで論理的に示すことができます。これにより、観光マーケティングの予算は、感覚的な広報活動ではなく、成果を可視化できる事業活動として、地域や関係者に客観的に説明できる材料を持ちます。

7.結論 ―「発信」の競争から、「接続」の競争へ

「CONNECT」は、これまでの観光マーケティングを否定するものではありません。広告やSNSといった個人消費者向け(BtoC)の施策も引き続き重要です。特に欧米市場へのアプローチにおいては、従来のBtoCマーケティングと併用して、「TPM」の概念を用いたBtoBマーケティングを戦略的に組み合わせていくことが極めて大事になります。
それらの取り組みを単発の施策として実施するだけでは、次の成長には届きにくくなっています。それぞれを一つの循環の中に位置づけ、成果と学びが積み上がる仕組みへ変えることが、いま求められています。
これからの観光マーケティングは、発信量の競争ではなく、接続の質の競争として位置づけ直されるべき段階にあります。誰とつながるか。どう信頼を育てるか。どう商品を共につくるか。どう成果を測り、次の戦略へ戻すか。自治体・DMOに問われているのは、より大きな声で地域を宣伝することではなく、地域の価値を正しい相手に接続し、成果へ変える設計力です。
「発信」から「成果」へ、「単発」から「循環」へ、「消費される予算」から「蓄積される資産」へ―観光マーケティングの前提を、いま一つずつ更新していく必要があります。
「TPM」を新たな思想として、「CONNECT」をその運用フレームとして位置づけ、デスティネーション・マーケティングをアップデートしていく時が来ています。
 

 

著者

フェロー

観光による地域活性化のための計画・戦略の策定、人材育成、旅行商品開発を専門とする。近年はスポーツツーリズム、アドベンチャーツーリズム分野の調査研究も手掛ける。内閣府地域活性化伝道師として全国の観光振興政策を支援。セミナーやフォーラムでの講演・モデレーター、観光関連研修講師も務める。行政・DMOの観光アドバイザー、観光・地方創生関連政策委員、大学等の教育機関で講師として活動している。

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経営企画部 広報担当

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