連載 「線」と出会う旅への視点

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「線」と出会う旅への視点

肉体を超え、距離を超え、人と人が出会う旅【後編】

旅行者の日常と非日常の間にある「線」に着目し、「旅」への捉え方や視点を考える企画。第5回で取り上げるのは、前回に続き、株式会社オリィ研究所が開発した分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」。テクノロジーが進化する現代社会において、旅が果たす役割とその未来とは?

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 テクノロジーの進化は私たちの生活を大きく変え、旅のあり方にも変化をもたらしている。分身ロボット「OriHime」の開発者である吉藤オリィ氏は、自身の経験や出会ってきた人たちの声などから「人類の孤独の解消」をミッションに掲げ、研究開発を行っている。その活動は、様々な理由で孤独に悩む人たちの技術的支援にとどまらず、人と人との出会いや心のつながり、コミュニティの創出まで及んでいる。オリィ氏の視点を通して、テクノロジーがもたらす新たな旅の可能性、そして人と人との繋がりを深める旅の未来について考える。
Profile
吉藤オリィ氏:株式会社オリィ研究所 所長

奈良県生まれ。小学5年~中学3年まで不登校を経験。高校時代に電動車椅子の新機構の発明を行い、ジャパン・サイエンス&エンジニアリング・チャレンジ(JSEC)にて文部科学大臣賞、インテル国際学生科学技術フェア(Intel ISEF)日本代表として出場しGrand Award 3rd を受賞。早稲田大学を経て、孤独解消を目的とした分身ロボットの研究開発を独自のアプローチで取り組み、2012年株式会社オリィ研究所を設立。2021年、最も優れたグッドデザイン賞に贈られるグッドデザイン大賞2021を受賞。

「孤独の解消」に旅が果たせる役割とは

前編では、分身ロボットOriHimeと、分身ロボットカフェ DAWN ver.β(以下、カフェDAWN)で働くパイロットたちについて紹介した。彼らは身体的な制約や距離の壁を越えて社会とつながり、様々な人と出会い、新たな交流の可能性を拓いている。
後編では、OriHimeの開発者であり「人類の孤独の解消」をミッションに掲げる吉藤オリィ氏に、人と人とのつながり、そして旅の可能性について話を伺った。

非効率でも人は、外に出て、直接人に会いたい

(筆者)ミッションとして一貫して「人類の孤独の解消」を掲げて活動されていますが、旅にはどんな可能性があると考えられますか?

(オリィ氏)旅には孤独を解消する可能性があると考えています。まず「孤独の解消」には「移動」、「対話」、「役割」が重要です。これらを阻害する障害を取り除くことで、孤独は解消できるというのが私の仮説です。
私自身、引きこもりだったので、「なぜ人は外に出るのか?」とずっと考えていました。学校や会社に行くために、朝ごはんを食べたり、シャワーを浴びたり、服を選んで鏡の前で整えたり、移動に片道1時間かかるとして、大体1日3時間ぐらいは移動のために使っています。
かつては、家から出ずに生きることは難しかったと思いますが、今はリモートワークが普及し、オンラインでできることも増え、私たちもOriHimeを使って移動が困難な人たちのサポートをしています。つまり、移動しなくても生きていける時代になったと言えるのに、人は移動をやめない。多くの人がその時間を投資してでも、直接人に会い、社会とつながりたいと考えている。合理的ではないが、それだけの価値が「外に出る」ことにあるのだと思います。

(筆者)その「外に出る」価値とは何でしょうか?

(オリィ氏)私は幼少期、ほとんど人と話すことなく過ごし、様々な方法を試して克服しました。同じように孤独から復帰した人たちも、状況も方法もそれぞれですが、1つだけ共通して皆が言うのは、「あの時、あの人がいてくれたおかげで今の自分がある」ということです。
私は高専で、人工知能で癒しを得られるのではと友達ロボットの研究をしていましたが、引きこもりから復帰した時に、「人との出会いによって自分が構成されていた」そして、「自分に合わせてくれる人工知能ではなく、人と話したり、自分と合う友人と出会うことで人は癒されるもの」と気づき、その研究をやめました。
自分を変えようとして失敗してきた私は、人も自分もなかなか変わらないものだと思っています。でも誰かと出会う、話を聞く、一緒に何かをやる、そういった人との出会いが人生に影響し、転機になり得ることを何度も体感してきました。

自身も旅が好きというオリィ氏、OriHimeで「一緒にそこにいる」という感覚を追求している
(写真提供:株式会社オリィ研究所)

移動できない最大のハンディキャップは、“人生で出会いと発見がないこと“

(筆者)つまり、「人と出会う」ために「外に出る」ことが重要なんですね。

(オリィ氏)私は20歳くらいから他人に興味を持つようになり、人の歩んできた人生を聞くうちに、それぞれに家庭環境や苦労が背景にあり、自分とはまったく違う価値観や人生観があることに面白さを感じるようになりました。
加えて私の場合、障害を持つ人と接する機会が多く、特に彼らは人生について考えている人が多いと感じます。「なぜこの病気になってしまったのか」、「誰かがいなければ生きていけない自分は、迷惑なのでは」と悩みながら、「自分は何をして生きていくべきか」を考えており、気づかされることも多いです。
特に2017年に亡くなった、私の寝たきりの親友で、秘書だった番田雄太は「移動できないことの最大のハンディキャップは、“人生で出会いと発見がないことだ”」と言っていました。家の中すら移動できない、窓の外を見られない、冷蔵庫も開けられないなど、寝たきりによる不便は数多くあります。でも4歳から20年間、ほぼ病院で寝たきりで、学校にも通えず、気の合う友人もほとんどいないまま生活していた番田にとっては、何より「出会いと発見がないこと」がハンディキャップだったんです。

(筆者)番田さんはご自身の「寝たきりの20年」について、一緒に講演もされていたそうですね。

(オリィ氏)彼らとの対話がなかったら、知ることのなかった人生観であり、学びでもあります。自分と違う人生を歩むことはできないけど、知らない人生を聞くことで広がる感性や価値観は大きなものだと思います。
そのような経験もあり「自分がそこにいた」という感覚をどうにか作れないかと、OriHimeにはリアルにこだわるようになりました。もちろん VRやメタバースも昔から好きで、そうしたアプローチもできると思います。でも「リアルタイムで、リアルな場所に、現実にいる」感覚、そして「離れた場所にいても、会いたい人に会えるように」という想いから、OriHimeと名付けました。大学時代に最初に構想したものが、今につながっていますね。

(筆者)番田さんの言葉にもあったように、移動の自由が制限されると出会いの機会は減ってしまう。一方で、移動に不自由がない人でも、孤独を感じる人はいます。出会いを得るためには、何が必要だとお考えですか?

(オリィ氏)孤独の状態とは、「自分と気の合う人」にまだ出会えていないだけかもしれません。ただ、出会うって何かがないと難しいですよね。例えば都内の電車で毎日何百人と一緒に移動をしているなら、その中から友人ができてもおかしくない、と思うんですけど現実は違う。つまり、出会い方が大事なんですよね。
そういう「お互いの人生観を語り合うような対話」が、どういう条件で生まれるのかに興味があり、旅先のコミュニケーションのように、自然と質問が発生する状況をつくることによって、良い出会いにつながるのでは、という仮説を持っていたんです。それはカフェDAWNの現状を通して確信になりつつあります。

カフェDAWNの入り口にある “寝たきりの、先へ行く” というメッセージ。カフェにも番田さんのアイデアが生かされている。
(筆者撮影)

分身ロボットとともに歩く新しい試み

オリィ氏との対話では、「人類の孤独の解消」にとっての旅の可能性を示唆していただいた。そしてオリィ研究所はカフェDAWNにとどまらず、OriHimeを肩に乗せることによる街歩く、という新たな体験の可能性を模索している。

OriHimeを肩に乗せて街に出る

筆者は肩乗りOriHimeを連れて街を歩く機会に恵まれた。カフェDAWNでは対面で交流するが、肩に乗ったOriHimeは、同じ視点で歩くまるで相棒のような存在感となり、また新しい体験であった。
東京で当たり前に毎日移動して生活している私と、自由に普段歩くことがない、もしくはその場所を訪れたことがないパイロットとは、同じ場所を歩き、同じ視点で風景を見ているのに感じ方や気づき、興味の対象も異なる。「今はどんな風が吹いていますか?気温はどうですか?」、「今、鳥の声が聞こえた気がしましたが、何かいましたが?」と会話していると、自分の中で当たり前になりすぎていたことに意識が向いていく。生身の人間と一緒に歩いていても発見はあるが、パイロットとの交流は背景の差が大きい分、さらに多くの気づきが生まれるように感じた。

これの体験をガイドツアーとして展開できないか、実証が始まっている。一般的なガイドツアーでは、ガイドはお客さんを誘導し、用意していた情報を伝え、案内する役割がある。しかし、肩乗りOriHimeの場合、情報提供はできるが、実際に歩くのはお客さんであり、寄り道したりしても制御はできない。
 またOriHimeを肩乗せて歩いていると、その存在感から見知らぬ人との偶然の会話が起きやすい。最初は「なんだ?」と思っていた近所の人たちが、今は挨拶してくれるようになってきて、子供たちが駆け寄ってくるという。筆者が体験したときも、旅行中の外国人の子供たちに囲まれたり、通りすがりの女性にニコニコ話しかけられたりもした。

「カフェDAWN内とは違い、外では様々な偶然や予想外の要素がたくさんある。それらを楽しみながら、旅をつくる共同作業。一緒に考えたり、気づきを共有したり補填し合いながら、お客さんによって全く違う旅になる。いわゆるガイドツアーとは異なるが、そこがユニークであり面白いと思ってもらえれば」とパイロットは話してくれた。

(左)何度も改良が重ねられた一緒に歩くための特製リュック
(右)パイロットの目線では、誰の肩に載るかで毎回高さも注目する風景も変わるという
(左/筆者撮影 右/写真提供:株式会社オリィ研究所)

テクノロジーが人々の常識も社会の風景も変えていく

肩乗りOriHimeは、カフェDAWNよりも前から考えられていたアイデアだという。当初は「そんな恥ずかしいことをする人はいない」と否定的な声もあったとのことだが、今はAIやロボットの普及、コロナ禍による生活様式の変化、外国人観光客の増加など、社会の変化に伴い、受け入れられやすくなっているという。たしかに街中で、スマホと無線イヤホンを使い、独り言のように話しながら歩く人が当たり前になったように、テクノロジーは私たちの常識も社会の風景も変えていく。

肩乗りOriHimeは「外出できない人を外に連れて行く」代行体験としても可能性も秘めている。例えば、寝たきり子どもがパイロットとして参加し、修学旅行や遠足など諦めていた行事に参加することはもちろん、同年代の小学生の何気ない日常を体験する、そんな“人生の交換体験”も未来の旅のカタチとして面白いかもしれない。

本来、日常では出会う可能性が低い人同士が、一緒に移動をすること。それは一方通行の関係ではなく、互いの背景や視点、感覚を交え、気づきから内省していく機会になり得る。従来の「目的地を訪れる旅」とは異なる、旅を通じて人と出会い、互いの視点や価値観を交換することで、人生を豊かにする体験。旅がこれまで以上に、心の交流を目的とするものへと進化していく可能性を感じた。

テクノロジーが進化させる“旅”と現代での意味について

OriHimeは、身体の制約や距離の壁を越え、人々が出会う機会を創出するという「旅の根源」を体現している。そして旅する側だけでなく、カフェDAWNで働くパイロットのように、孤独を感じてきた人々に、新たな繋がりと役割も提供している。

オリィ氏は、あらゆる人々が新しい発見や出会い、そして特別な場所や人とのつながりを生涯にわたって築き続けられるような、そんな旅の形を創出したいと考えている。また高齢化社会や多様化社会において、人は孤独を感じずに生きるためには、他者から必要とされ、“ありがとう”と感謝される役割を持つことを大切にしている。「『移動』を軸に、テクノロジーを使って観光産業の人手不足といった社会課題にも応えながら、孤独の解消をさらに進めていきたい」と語っていた。

この春、デンマークで期間限定の分身ロボットカフェがオープンした(期間 :2025年4月2日〜9月30日)。パイロットたちは移動が困難でも、OriHimeを通じて8000km以上離れた仲間と“同じ職場で働く”感覚を共有しながら、たくさんの現地の人たちとの交流している。距離も障害も常識も乗り越えるOriHimeの挑戦は続いている。

出会うはずがなかった人々がつながり、互いの背景や視点を交換し、気づきを得る。そして人生が豊かになっていく。これが「旅」の本質であり、その先に提供価値や仕事を生み出すのがツーリズムともいえる。出会いと交流はテクノロジーによって形を変えながらも、私たちの心に深く刻まれ、その後の人生に影響を与え続けていくだろう。

デンマークでの期間限定分身ロボットカフェのスタッフたち、距離も時差も言語も越えて共に働く
ここでも多くの交流が生まれており、海外でも注目されている
(写真提供:株式会社オリィ研究所)

「線」の観察者の一言

日常の中での出会い(育った土地、学校、会社、趣味の活動など何かしらの接点)とその積み重ねによって、基本的に人の価値観や人生観はつくられている。情報化社会と言われる現代では、一見、世界は広がっているように見えるが、私たちが日々触れる情報は効率化とパーソナライズ化され、視野が狭まっている可能性すらある。フィルターバブル* 1やエコチューンバー現象* 2などの話題も耳にする。
旅は昔から経済成長への寄与だけでなく、視野を広げ、文化や価値観への相互理解を深める手段と言われてきた。だからこそ現代の旅には、情報化社会の弊害を乗り越え、多様な価値観を越境して触れる役割がより一層、期待されるのかもしれない。

執筆者:副主任研究員 中尾 有希

*1 フィルターバブル:個人の嗜好に合わせた情報ばかりが表示され、多様な情報に触れにくくなる現象。結果として視野が狭まり、固定観念が強まる可能性も。
*2 エコチューンバー現象:似た意見や思想の人が集まる場でコミュニケーションが繰り返されることにより、特定の情報が反復・増幅され、極端な意見が形成される現象。客観的な情報や異なる視点が排除されることで、社会の分断を深める要因となることも懸念されている。