連載 新しい観光の芽 探検隊?~5年先の旅のカタチを探る~

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新しい観光の芽 探検隊?~5年先の旅のカタチを探る~

【第19回】デザイナー・増谷誠志郎さんに聞く、5年先の旅のカタチ

デザイナーとして幅広く活躍する増谷さんが考える、最適解を導き出す想像力とは?

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本コラムでは、今後の観光や旅行のトレンドの把握と、変化の兆し(=新しい観光の芽)を捉えることを目的に、 旅行分野にとどまらない様々な分野の第一人者への「探検記(=インタビューの様子)」をお届けします。
今回は、デザインを通じて様々な企業の課題解決をされている増谷誠志郎さんにお話を伺いました。


Profile

増谷 誠志郎 さん

増谷 誠志郎 さん

 
企画からプロトタイピング、量産・運用までをデザインを軸に、一気通貫で設計する。iF Design Award、GOOD DESIGN AWARD BEST100 をはじめ国内外のデザイン賞を複数受賞。現在は医療×デザインの領域にも挑戦している。

デザイナーとしての自由を得るために選んできた道

探検隊

現在、増谷さんはデザイナーとしてどんなお仕事をされているのですか。

増谷さん

主にデザイナー兼プランナーとして企業のプロダクトや雑誌、WEBサイトなど企画やビジュアルデザイン、コミュニケーションデザインをしています。企業に伴走してゼロから企画や売り方を考えるような仕事です。

探検隊

増谷さんは工業高校の電気科を卒業して自動車メーカーのエンジニアリングのお仕事をされていましたよね。その後、東京デザインプレックス研究所に入学してデザインを勉強されたようですが、と思います。なぜデザインの道に進まれたのでしょうか。

増谷さん

昔から絵を描いたりすることは好きでした。自動車メーカー勤務時の同僚の中には、会社を辞めてカメラマンになる人や、服を作るために学校に行く人なども多くいました。そのため、ゆくゆくは自分も好きなものでチャレンジしたいなという想いがすごくあって、ある程度お金が貯まったところでデザインの道に進みました。でも最初はデザインというものを全く理解していなくて、「デザインって何?」みたいな感覚でした。どちらかというとアートという領域で好きな絵を描いて、友達とインスタレーション(※1)やメッセージ発信みたいな企画をしたり、自分たちで展示会を開いていました。
※1 インスタレーション:ある特定の室内や屋外などにオブジェや装置を置いて、作家の意向に沿って空間を構成し変化・異化させ、場所や空間全体を作品として体験させる芸術。

探検隊

東京デザインプレックス研究所を卒業された後、現在のデザインユニット「SANAGI design studio」を立ち上げられたのですか。

増谷さん

上京するタイミングで、メーカー勤務の時にファッションとか音楽で繋がった友達と一緒に住み始めたんですよ。彼は少し違う領域ですが、デザインという部分は共通していたので卒業後に二人でモノを作って、お金を得ようところから始まりました。

探検隊

一般的なデザイン会社勤務だと色々な制約があると思うのですが、自分たちで作った組織だからこそ出来ることはありますか。

増谷さん

会社にいたら多分ここまで自由にアイデアを考えられないと思います。でも最近すごく思うのは「自分で取捨選択が出来て自由なんですけど自由じゃない」ということです。僕も会社員時代はフリーランスってすごく自由でいいんだろうなみたいなイメージがあったんですけど、自由を得るために営業をしたり、見えない部分でどれだけの努力をしないといけないということがすごく見えてきました。自分が無人島に放たれた時にどうやって生きるかみたいなことをよく考えるんですよ。そういう時に多分最後に生き残っていく人は、自分で木を加工する技術知識がある人や魚の獲り方が分かる人だと思います。それと同じで「会社」という肩書きをなくした時にどうやって生きていくかみたいなところや自分たちでお金を生み出すことにすごく興味があったので、それを敢えて選んでいます。

 

 

相手をいかに想像してデザインで最適解を見つけられるか

探検隊

敢えてその難しさを選んでいるのですね。現在SANAGI design studioでは具体的にどのようなデザインを行っているのでしょうか。

増谷さん

印刷会社と協業してその印刷技術を使ったBtoC向けの商品をつくったり、縫製や伝統工芸の会社と組んで、その縫製技術を使った新しい商品を開発したりと、自社の強い技術を生かしたいといった企業と組むことが多いです。以前コンペに応募したことがあって、その繋がりで企業を紹介して頂くことが多いですね。

探検隊

以前のコンペというのはグッドデザイン賞を受賞された「さかなかるた」のことですね。

増谷さん

そうですね。これはコロナ禍真っ只中の時期にずっと男二人で家にいたので本当にやることがなくて、何かできないかというところから、力試しとして様々なコンペに提出していました。そこで賞を受賞することができたという感じですね。

探検隊

なんで、見た目も手触りも魚の表皮をリアルに再現した魚のかるたを作ろうと思われたのでしょうか。

増谷さん

これ言うとあんまり面白くないかもしれないんですけど…(笑)、当時その印刷会社の持っている技術を最大限活かすために、めちゃめちゃ出した200くらいの案の中からそれが最適解だったというだけで特に魚が好きだったという訳ではないんですね。二人でホワイトボートに色々書きながら、アイデア出しの型で発想を拡散させ、そこからこれ面白いよねとか、派生させたらどうなる?みたいなことを出していました。テーマは決まっていたのでその中で使えるリソース、費用、コロナ禍という情勢、今後どうやってか企業の強みを伸ばしていくかをしっかりと設計しました。

探検隊

外部環境の調査や製品・価格設計などマーケティングの戦略を考えながらデザインを出していくのですね。最終的に「さかなかるた」を選んだ決め手は何だったのですか。

増谷さん

価格や実際に作れるかというところもあるんですけど、身近な人の子供が喜ぶか、顔が思い浮かぶか、なども重要な要素としてありました。そういうイメージが想起できたら決めやすいかなと思います。最後はお互いにこれしかないと意見が一致していたんですよね。あとは僕らがいかに楽しめるかみたいなところも大きいですね。

探検隊

お客様の課題や使ってくれる方に対する想像を膨らませることを大事にされているんですね。他にもブラックライトで照らすと化石が浮かび上がる体験型絵本&シールセット「化石みっけ」などの素敵な作品を世に出されていると思いますが、増谷さんが特に楽しかったと思う作品はありますか。

増谷さん

「さかなかるた」のときはギフトショーにも出展しました。その時のブースのデザインの設計が面白かったです。モノを作るだけじゃなくて、その販促方法も考えるんですね。「さかなかるた」でいうと展示デザインとしてどう体験設計に組み込むか、いかによさを伝えるかみたいなことを考えました。まずはパッと見の印象で引き寄せるためのキャッチコピーを考え、3m×3mの壁面に印刷してインパクトを出したり、Appleのショールームみたいに全種類並べて展示したり、ブースで実際に触れられる場所を作りました。あとは製造工程の中で発生した一般の方は分からないくらいのエラーがある製品を配布するパンフレットにサンプルとして入れて、持ち帰ったあとでも体験できるようにしました。

探検隊

モノだけではなくイベントなどの空間や売り方まで設計されているのですね。他にも今後デザイナーとしてチャレンジしたいことはありますか。

増谷さん

医療×デザインの領域に興味があります。医療分野については自分のことなのに将来について何も考えていないという現状があって、僕らが考えているのは「ペットと人」という関係性からくる健康についてです。まだまだデザインが入っていない領域だったりするので「ハッピー&ヘルシー」というテーマで楽しみながら健康になるにはどうしたらよいかということに挑戦してみたいなと思っています。

 

 

今の時代だからこそ旅で体験したい非日常

探検隊

ここからは旅のお話をしたいと思います。増谷さんは普段旅行をされますか。やはり旅行に行くとデザインのことが気になりますか。

増谷さん

めちゃめちゃ旅行をするわけではないですが年1~2回は海外に行っています。去年はインドネシア、今年はベトナムに行きました。職業病じゃないですけど、日本と海外のデザインの違いみたいなものが目につきますね。日本だったら店内の作りはこんな作りにしないよなとか、美術館の紙コップ面白い形しているな、テイクアウトのコーヒーの飲み口が全然違うなとかすごく感じますね。インドネシアのバリのお店も内装が竹を使っていたり、自然のものがいっぱいあって日本帰ってきたときに日本の店内がちょっと嘘くさい感じがしました(笑)。

探検隊

自然をそのまま生かしたデザインは素敵ですね。増谷さんはそもそもどのような目的で旅をすることが多いのですか。

増谷さん

シンプルに知らないことを知りたいというのが目的としてあります。基本的に僕は計画を立てて行かないんですよね。だいたいの行く場所は決めて、ホテルも一日目は取るけど、二日目からは決めないことも多いんですよね。そういう無計画みたいなものが好きで、偶発的なハプニングを敢えて起こしています。そういうのが楽しいというか、非日常の中でもっと窮地に立たされた時にどうするかみたいなものをやったりするんですね。以前、現金を持たずに旅行したときに次のホテルまで行けなくて、たまたま通りがかった日本好きの人がホテルまで送ってくれたんですよね。そういう偶然がとても楽しいんです。

探検隊

最近の若い方々や、増谷さんみたいな人間力を高めようと思っている方々の中で、このような予定通りじゃない旅をする方が増えているのかなという感覚があるのですが、5年先の旅はどのようになっていると思いますか。

増谷さん

それは僕もすごく思っていて、この前発売されたAppleのAirPods Pro 3がリアルタイム翻訳機能付きでした。あのような技術の進歩を見ると、今後旅に不自由さがなくなりそうな気がしています。旅の不自由さが旅の面白さの1つだと思うので、あえて不自由さを設ける旅が増えそうな気がします。先日80歳くらいのおばあちゃんと話す機会があったんですけど、その世代の人たちが当時20代の頃に行っていた「文明が発展していない旅行」ってもう戻れなくて、本当に何にもないというか、そういうのがすごく羨ましいなと思います。今は農業体験とかもありますけど、お金を払ってでもやりたいみたいな価値観があります。

探検隊

便利な現代だからこそ旅で非日常、想像できないもっと違う世界を味わいたいということですね。

 

 


今回の探検で見つけた「芽」

今回の探検で発見したのは、相手を深く想像し、その課題やニーズに対して最適な解決策をデザインとして導き出す論理的思考と想像力でした。その活動は「さかなかるた」のようなプロダクトデザインからブース設計といった空間デザイン、今後は医療分野への挑戦といった、まさに社会全体に貢献する地域デザインとも言えます。そして今の時代だからこそ私たちは非日常空間という想像力を発揮せざるを得ない状況に身を置くことで、自身の想像力をより鍛え上げることが出来るのではないのでしょうか。(YVR)