連載 新しい観光の芽 探検隊?~5年先の旅のカタチを探る~

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新しい観光の芽 探検隊?~5年先の旅のカタチを探る~

【第5回】空間経済学・中島 賢太郎さんに聞く、5年先の旅のカタチ

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本コラムでは、今後の観光や旅行のトレンドの把握と、変化の兆し(=新しい観光の芽)を捉えることを目的に、旅行分野にとどまらない様々な分野の第一人者への「探検記(=インタビューの様子)」をお届けします。
今回は、現在一橋大学の教授として空間経済学の実証研究を中心に研究を行う、中島 賢太郎さんにお話を伺いました。


Profile

中島 賢太郎 さん

中島 賢太郎 さん

2003年東京大学経済学部卒業。2008年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了(博士(経済学))。東北大学大学院経済学研究科地域経済金融論寄附講座(七十七)准教授、一橋大学経済研究所経済制度研究センター准教授、東北大学大学院経済学研究科准教授を経て2023年より一橋大学イノベーション研究センター教授、経営管理研究科教授、商学部教授。衛星画像データやスマートフォンGPSデータ、歴史データなど幅広いデータを用いた空間経済学の実証研究を行っている。

都市経済学・空間経済学とは人の移動によって作られる都市を研究すること

探検隊

中島さんは都市経済学や空間経済学の分野でどのようなことを専門的に研究されているのでしょうか。

中島さん

経済活動はある場所には集まり、ある場所には集まらないなど、空間的に不均質な広がりを持っています。なぜそのような不均質な空間が出来るのか、なぜそのようなことが起こっているのかを調査しています。現在も色々なプロジェクトを進めていますが、観光に関連するテーマだと、GPSデータ(※注1)を活用した人流把握があります。コロナ禍に人口がどのくらい、どこで減ったのかや、移動の減少が今後の都市のかたちをどのように変化させるのかを研究しています。
※注1:GPSデータ:人流把握をする際に用いるデータについては匿名化されたスマートフォンユーザーのアプリから取得される位置情報。

探検隊

都市経済学と空間経済学の違いについても教えて頂けますか。

中島さん

都市経済学と空間経済学では空間のスケールが異なっています。都市経済学はひとつの都市について考える学問、空間経済学はもう少し広いスケールで考える学問です。例えば東京の中でも大手町はオフィスとして利用され、郊外には住宅地があって都心に通勤する。都市の中でなぜそのような違いが生まれるのかを考えるのが都市経済学です。一方で空間経済学は日本全体の中でなぜ東京に人が集まるのかなどを考えます。

 

 

探検隊

コロナ禍では人流の減少が見られたとのことですが、その理由はどのようなものがあったのでしょうか。また、コロナ禍は都市の構造も変えてしまったのでしょうか。

中島さん

人流の減少理由の1つ目はコロナ禍で職場に通勤しなくなったことで、それはGPSデータからも綺麗に見えます。2つ目は通勤以外の移動がコロナの時期に大幅に減っていることです。都心の人流がなぜ減少したかという要因を分解してみると、遠くからわざわざ都心に買い物や会食をしに行くとか、そういう機会が減ったという理由もありますが、それだけだと都心の人流減少が説明できないんですよね。人は日々色々な目的地を組み合わせていて、例えば家からコンビニに行って、会社、ランチに行って、会社に戻って、帰りに居酒屋、スーパーマーケットに立ち寄るといったトリップチェーンを組んでいます。このトリップチェーンの減少、特に都心の職場に行かなくなったことによって都心の人流の激減が説明でき、それがこれからの都市構造にどのように影響するのかを考えることが出来ます。2023年時点である程度人流はコロナ前の数値に戻っていますが、完全に戻りきってはいません。リモートワークが定着化しても、一般的には通勤や移動そのもの自体が好きな人は多くないので、移動の先に、その辛さを超えた何か得られるものがあるからこそ人は移動するのだと思います。コロナ禍でリモートワークといった移動をしなくてもよいオプションが出来てしまった。今後長期的な都市のかたちにどう影響するのかは非常に興味を持っています。

人の移動、そして都市のかたちを変える要因とは?

探検隊

コロナ禍以外にも様々な要因で都市の構造が変わることがあると思うのですが、どのようなものが都市の形を大きく変える要因になるのでしょうか。

中島さん

複数の要因があると思うのですが、ビルの高さ、容積率などの「規制」ですね。企業が都心にオフィスを持ちたい理由の1つは、色んなところに住む人を集めやすいことです。ターミナル駅は交通の便がよいので魅力的ですよね。もう1つは、都心は多くの人が集まるので情報交換、打合せがスムーズになるので生産性が向上することです。このように企業活動が特定の地域に集中することで得られるメリットを、都市経済学の中では「集積の経済」と言います。集積の経済で得られる価値があるために企業は都心に集まりますが、過剰な規制が入ることでその価値が損なわれてしまい、街自体の価値を減じることに繋がると思います。規制によってはその都市自体の価値や構造を変える可能性が十分にあります。
あとは「交通インフラ」も重要な要因ですね。公共交通の価値の重要性は多く研究されていて、所得によって公共交通の価値が変わると言われています。公共交通手段がないと車とかで移動しなくてはならないので大変で、職場が自分の家から遠くなると、よい職場に出会えなくなるということも起こり得る。公共交通をしっかりと整備することも、誰がどこに住み、どこで働くかという観点で都市づくりに重要です。

探検隊

中島さんが今まで関わった地域で都市のかたちが変化したと感じたような印象的な地域はありますか。

中島さん

プライベートなお話をすると、僕が福岡出身なので思い入れがあって研究していたこともあり、福岡市の土地利用に関心があります。福岡市の場合は典型的な開発規制がありました。福岡市は空港が都心に近いので、開発が制限されているんですよね。ビルの高さ規制でいえば、航空法では空港からの距離に応じて建てられる建物の高さが決まっています。福岡空港の場合、博多駅は空港から3km、天神駅は空港から6kmしか離れていないので、例えば博多駅前では54.1m以上の高さの建物を建てられないんです。高いビルを建てた方が床面積が大きくなって土地を購入する人にとっては賃料が多くもらえるのですが、規制によって、床面積の需要に応じて本来建てたい高さのビルは建てられないわけです。これによって福岡市の土地の価値がどのくらい減じているかみたいなことを推測していました。現在は規制緩和によって天神ビックバンといった再開発プロジェクトも開始し、福岡市で高層ビルが建ち始めていて、それが福岡市の都市のかたちや生産性をどう変えるのか研究しています。

 

長期視点で考える未来の都市のかたちとは?

探検隊

都市経済学や空間経済学の視点から、5年先の日本の大都市と地方都市はどんな都市になっていくと推測されますか。

中島さん

大都市についてはリモートワークが割と定着する可能性がありそうなので、その場合にオフィスはどうするのか興味があります。週に1日のリモートワークになるとオフィスに必要な面積が5分の4になる。貴重な来社日におけるコミュニケーションをしっかり確保するためにフリーアドレス化するなどオフィスのかたちが変わっていく。また大都市のオフィスの家賃が下がってきていて、今までは大企業しか購入できなかった大都市のオフィスが新興企業も購入できるようになり、都心に参入してくる可能性もあると思います。そうするとこれまでとはまた違った集積の経済を活かすようなことが可能になって都市の成長の形が変わってくるかなと思います。
地方都市についても、リモートワークが広がることで、都心(中心部)のオフィス価値は下がる可能性があります。一方で、地方都市は、東京のような大都市のように人口が溢れているわけではないので、今後どのような変化を遂げていくのか、推測しづらいところがあります。先ほど、都市のかたちを変える要因として「規制」があるとお話しましたが、大都市も地方都市も一時的な混雑などを考える「短期的な目線」だけではなく、都市経済学の「長期的な目線」で見ていく必要があります。

探検隊

「短期」、「長期」の時間軸によっても都市のかたちの変化の仕方が異なるということですね。都市経済学や空間経済学での「短期」、「長期」の目線はどこまでの期間を指すのでしょうか。

中島さん

短期、長期目線については、人や企業がまだ場所を動かないようなタイミングを「短期」、人や企業が立地をする場所を変える時期を「長期」と考えています。ニセコを例にとると、インバウンド客がニセコに来るようになった時期を「短期」、それに対応してニセコにローカルの人がたくさん住んでサービスを提供しだしたのが「長期」と考えます。

探検隊

そうすると長期目線で考えたとき、オーバーツーリズムが都市を変える可能性もあるのでしょうか。また旅行の分野では人流を分散させるような動きも出てきています。人の抑制についても都市の機能の一つになるのでしょうか。

中島さん

都市の混雑をどのように避けるかというのは数多く議論されてきて、その解決策の一つに開発規制があると思います。その中でオーバーツーリズムが話題になっているので、どのように混雑を抑制するかは重要なポイントだと考えています。都心に観光客が増えると観光客向けのサービスが多くなってしまい、住民に必要なサービスが追いやられ、都心に住めなくなって、外へ広がってしまう。長期的に都市の形を変えてしまう重要な問題である可能性が高いと思うんですよね。どうしても短期的な混雑というところに目が行きがちなのですが、都心にインバウンドが集中してしまい、地元の人が行かなくなって、住む場所も職業も変わっていくことで長期的な「都市のかたち」が変わる。つまり、人が動いたとき初めて都市が変わる。そういうところが都市経済学の視点であり、非常に面白いと思います。

今回の探検で見つけた「芽」

今回の探検で発見出来たのは、規制などの様々な要因によって人流が変わり、「人の移動は都市のかたちを変えてしまう」ということでした。観光分野では人流の大きさや周遊の順番などから、地域の魅力的な観光地や訪れる理由などの心理を推測し、プロモーションや誘客に繋げることが出来ます。一方で未来の街づくりを本気で考えていく為には、もう少し時間軸と空間を広げ、長期的な目線で都市の価値、都市のかたちを考えていかなければならないことを改めて実感しました。(YVR)