本コラムでは、今後の観光や旅行のトレンドの把握と、変化の兆し(=新しい観光の芽)を捉えることを目的に、 旅行分野にとどまらない様々な分野の第一人者への「探検記(=インタビューの様子)」をお届けします。
今回は、空き家や店舗の遊休スペースを活用した小規模植物工場「スパイスキューブ」を展開する須貝翼代表に、農業への熱い思いから独自のビジネスモデル、そして次世代へつなげたい未来について、深くお話を伺いました。
Profile
須貝 さん
1983年千葉県生まれ。スパイスキューブ株式会社代表取締役。資材づくりの会社でサラリーマンと週末業業の兼業農家を経て、「土」の農家の難しさを経験し、自らの知見を活かして2018年にスパイスキューブを設立。生産から流通まで独自の方法で行う。子供たちの世代にも安心安全でおいしい野菜をと願う、自称農業オタク。
「土」の農業から「室内植物工場」へ
探検隊
本日はありがとうございます。まず、須貝さんの自己紹介をお願いします。
須貝さん
改めまして、スパイスキューブの須貝です。僕はもともと兼業農家なんですよ。今42歳なのですが、25歳の時に農業と出会って。平日はサラリーマン、週末は農家みたいな形で10年やって、今は土じゃなくて、水と電気を用いて室内で野菜を作る農業技術を展開しているおじさんです(笑)。
僕がなぜ農業をやっているかというと、子どもたちのためですね。僕自身の人生はもう満足しているので、次の世代でも日本に農業があってほしい。食卓に美味しい野菜が並んでてほしいなと思ってやっています。
探検隊
週末農家の兼業から、スパイスキューブを立ち上げるまではどのような経緯だったのでしょうか?
須貝さん
サラリーマンの時は、電力とか通信インフラを支えるような資材を作っているメーカーにいて、もともとものづくりの要素が自分の人生の中にあって、それを週末の趣味だった農業と組み合わせて、今のスパイスキューブという会社を作っています。
僕のトマトの師匠、鳥取のおじいちゃんがいるんですけど、その人がすごく影響を与えてくれて。収穫が終わった閑散期に何をしていたかというと、都会に出て、昼はパチンコ、週末は競馬、夜は歓楽街で半年過ごす、というもので。奥さんにめっちゃ怒られていました(笑)。だいぶファンキーなおじいちゃんで、人生を楽しむっていいな、と思いました。
探検隊
なぜ、土の農業ではなく、施設内で生育環境を管理する植物工場を選ばれたのですか?
須貝さん
土の農業はビジネスとして難しいんです。ひとつ目は自然環境。台風でハウスごと飛ばされて収穫ゼロとか、イノシシに畑を荒らされるとか、日常茶飯事です。二つ目は自ら値付けができないこと。一番悔しかったのは、一生懸命無農薬で美味しいトマトを作っても、隣の農家さんの適当に作ったトマトと同じ産地として一つの箱にまとめられて、同じ値段で出荷されちゃう。何のためにこだわっているのか、わからなくなるんです。
だから僕は、価値がちゃんと伝わるお客さんを選んで、自分たちで売りたい値段で売るビジネスがしたかった。それができるのが植物工場でした。

(写真:土の農家だったころ)
探検隊
スパイスキューブさんの植物工場は、大規模なものとは違うのですよね。
須貝さん
そうです。世間では3億円くらいかけて巨大な工場を作るのが主流ですけど、うちは逆。空き家とかコインランドリーの跡地とか、今ある遊休スペースを活用して、200万円くらいから始められる小さい植物工場を作っています。実はこの装置の最も大きな特徴は、二酸化炭素の吸収というSDGsにつながっていることです。空気中の二酸化炭素を固定化させることができる装置を使い、住環境から排出される二酸化炭素を野菜に吸収させることができます。野菜を育てながら二酸化炭素削減にも貢献できるという、地球にも優しくて、とても画期的なシステムです。
探検隊
植物工場で収穫した野菜の流通先も、通常とは異なるのでしょうか。
須貝さん
はい、異なります。主に飲食店の料理人に販売しています。その方が配送コストを抑えることができるし、毎週決まった量をリピートしてくれます。スーパーなどの小売りへ卸すと、お店の都合に合わせて値段が調整されてしまうこともあります。

(料理人への流通の確立)
農業界の構造問題と、スパイスキューブだからできること
探検隊
創業から7年、事業は順調に拡大されてきたのでしょうか。
須貝さん
いえいえ、とんでもない。前の会社を10年勤めて、辞めた時の退職金で会社を作ったんですけど、創業1年目の僕の年収、120万円切ったんですよ。2年目も思うように収入を得られず、父親として何やってるんだろうって、半年間ほどうつ病で引きこもっていました。人と喋れなくなって。よく「ピンチはチャンス」って言うじゃないですか。僕、あれ言ってる人信用しないんですよ。ピンチはピンチで。ここ2、3年で、ようやく会社員時代の最高年収に追いついたくらいです。
探検隊
御社の植物工場は、全国に展開しているのでしょうか。
須貝さん
はい、B2Bですでに全国展開しています。北海道にもありますし、大阪の鉄道会社のビルの中や売り手も買い手もつかないビルのワンフロアを丸々植物工場にしました。大丸百貨店のショーウィンドウに装置を置いて、栽培している様子を展示したこともあります。

(駅改札での植物工場)
探検隊
すごいですね。
須貝さん
ありがとうございます。でもこれからやりたいのは、本当の空き家、個人宅を借りて、そこに私たちの小さな植物工場を入れ、「農業サブスク」のようなサービスを展開したいです。自治体が農地を貸し出す「貸し農園」の室内版ですね。これをフィールドに、農業をもっと身近な文化にしていきたいです。
探検隊
須貝さんは、農業界全体がもっと盛り上がってほしいという強い思いをお持ちですね。最近のスマート農業と呼ばれるような動きとかっていうのはどのように思われたりされますか?
須貝さん
拡大してほしいし、農業界が注目されてほしいと思っています。僕は植物工場っていう選択肢ですけど、ドローンとか、ロボット化とか、とにかく農業が盛り上がってほしいんですよ。今、一次産業は衰退しすぎています。特に農業は、利益を追求しにくい構造のために担い手がどんどん減っている。統計では、毎年10万人の農家さんが高齢化で辞めていきます。ところで皆さんは、新しく農業を始める人は何人いると思いますか?
探検隊
半分だと5万人…もっと少ないとしたら1万人くらいでしょうか…?
須貝さん
その通りです。でも、その1万人が2年後も続けているかというと、残っているのは1,000人以下です。夏のビニールハウスは60℃を超える灼熱地獄になってしまうので、深夜・早朝に作業しないといけない。それでいて時給に換算すると100円か200円。これでは生活できません。だからロボットとか最先端技術を活用し、ちょっとでも農業が楽になって、ちょっとでも農業を好きになってもらえるような素地みたいなのを我々企業が作っていかないといけないなと思っています。
探検隊
確かにそうですね。
須貝さん
大きな視点では、やはり農産物の流通構造を変えること。「売りたい値段で売る」という当たり前の文化を作ることです。そして小さな視点では、農業をもっと身近に感じてもらうこと。私たちの植物工場なら、種を植えた次の日にはもう芽が出ます。その感動を、特に子供たちに体験してほしい。私がここまでこだわるのは、食料安全保障への危機感もあります。日本の食は輸入に大きく依存していますが、もし仲の悪い国から輸入した食品に何か仕込まれていたら?と想像すると、本当に恐ろしい。特に生で食べる野菜やお刺身は、自国で安全に作れる状態を絶対に維持しなければいけないんです。
探検隊
確かに、「生産業」はますます重要になりますね。スパイスキューブの植物工場を設置されたところは、皆さん兼業みたいな形で取り組んでいるのでしょうか。この小さな植物工場は、会社の一角に設置するようなイメージでしょうか。
須貝さん
そうですね。今は、企業が新規事事業して取り組まれたり、社会福祉の団体が植物工場を活用したりすることも増えてきています。設置されている企業は社員の野菜摂取をサポートする、という福利厚生的な意味で設置していることと、地産地消の野菜の六次産業として会社の副業的な意味で設置しているところがあります。

(企業内での植物工場の設置)
探検隊
逆に、企業が御社の植物工場を導入する際、どのような点が障壁になりますか?
須貝さん
私たちの顧客は中小企業が中心なので、皆さん初期費用が200万円といっても導入には非常に慎重です。一番の懸念は「販路」ですね。「野菜は作れるだろうけど、それをどこに売るのか?」という点です。私たちはグループ会社での販売実績を見せたり、一緒に販路開拓の計画を立てたりしますが、やはり最後は「やったことのないことにチャレンジする勇気」が課題になります。
旅に求めるのは「家族の笑顔」
探検隊
少し視点を変えて、「旅」についてお伺いします。普段、旅行はされますか?
須貝さん
会社を作ってから数年間は、どん底で全く行けませんでしたが、ここ2、3年でようやくまた家族旅行に行けるようになりました。最近はリゾートホテルに泊まって、非日常を味わうのにハマっています。
探検隊
旅には何を求められますか?
須貝さん
家族、特に妻と子供が喜んでくれることです。普段食べられないものを食べたり、関西では体験できないような自然に触れたり。今年は長野に行きました。僕の幸せのピークは、妻と結婚できた時と、子供が生まれた時。もうそれを超える幸せはないと思っているくらいなので(笑)。家族が喜んでくれるポイントを探すのが、僕の旅の目的なのかもしれません。
探検隊
素敵なことですね。苦労された時もそばにご家族がいたことは、心強かったのではないでしょうか。
須貝さん
そうですね。
探検隊
小規模植物工場という新しい取組みをされている須貝さんですが、5年後の旅はどのようになっていると想像されますか?
須貝さん
「コンテンツの充実」と「効率化」が組み合わさっていくと思います。つまり、アクティビティや食事など、感動体験につながるコンテンツ量を増やすこと、そしてそれらを効率よく巡ることができるようにすることが重要になってくるはずです。旅行中をもっと計画的にできるようになればいいなと思いますね。
探検隊
なるほど。きっとご家族にも喜んでもらいたいという思いがあって、しっかりと計画を練られるのかもしれませんね。須貝さんの熱い思いと、それを支える緻密な戦略がよく分かりました。本日は貴重なお話を本当にありがとうございました。
今回の探検で見つけた「芽」
須貝さんの挑戦は、単なる農業革命に留まらない大きな可能性を秘めていると感じました。弊社が向き合う地域活性化に対し、「食」を起点とした新たな解決策を提示してくれたように思います。また、野菜を育てる体験は、中小企業の新規事業に留まりません。大企業の職場においても新たな癒しとなり、従業員のメンタルヘルス向上に繋がるのではないでしょうか。家族を大切にしながら、食の未来だけでなく、地域と人の心をも豊かにする植物工場。これからますます発展していく未来が見えた気がします。(ROR)