本コラムでは、今後の観光や旅行のトレンドの把握と、変化の兆し(=新しい観光の芽)を捉えることを目的に、 旅行分野にとどまらない様々な分野の第一人者への「探検記(=インタビューの様子)」をお届けします。
今回は、環境音楽家・音環境デザイナーとして、音を軸に研究・教育・空間デザインの現場で活動する小松正史さんにお話を伺いました。
Profile
小松 正史 さん
環境音楽家・音育家・音環境デザイナー。1971年、京都府宮津市生まれ。明治大学農学部(農業土木・緑地学専修)卒業。明治大学大学院農学研究科博士前期課程(農業経済学専攻)修了。京都市立芸術大学大学院音楽研究科修士課程(作曲専攻)修了。大阪大学大学院工学研究科博士後期課程(環境工学専攻)修了。博士(工学)。
音楽だけではない「音」に注目し、それを教育・学問・デザインに活かす。学問の専門分野は、音響心理学とサウンドスケープ論。BGMや環境音楽を制作し、ピアノ演奏も行う。多数の映像作品への楽曲提供や音楽監督を行う。また、京都タワー・京都国際マンガミュージアム・京都丹後鉄道・耳原総合病院などの公共空間の音環境デザインを行う。聴覚や身体感覚を研ぎ澄ませる、独自の音育(おといく)ワークショップも全国各地で実践。
京都橘大学デジタルメディア学部教授(2026年4月着任)。
現在の音の活動に出会うまでの道のり
探検隊
小松さんは環境音楽家・音環境デザイナーとしてどのような活動をされているのでしょうか。
小松さん
僕の中には、Be(ありたい自分)とDo(義務)っていう言葉があって、Beのところを深めていくことをすごく大事にしています。自分の特性とか、好きなことを深めていくためには、やはり音が欠かせなかったんです。音っていうのは、色々な分野やジャンルのハブみたいな存在になっていますよね。専門としては音響心理学、環境心理、作曲で、すごくポテンシャルがある分野なんだけれども、それをどうやって開拓していったらいいのか。研究や教育、実践を通じて模索しながら、アイデアを共有できたらいいなと思って過ごしています。また、京都精華大学で25年教鞭をとりました。もともとは人文学のフィールドワークで、学生と一緒に社会調査をしていく中で、感覚の領域を扱うような授業をしていました。僕自身、ピアノを弾いたり作曲をしたりしていて、音楽はずっと趣味として、Beの領域の自己表現としてやっていたんですね。それを突き詰めている中で、別の大学で新しい学部ができるタイミングでご縁をいただいて、2026年4月からは京都橘大学デジタルメディア学部で教えています。
探検隊
研究、教育、空間デザインの現場、メディアなど、音を軸にさまざまな活動をされていますね。そもそも、なぜ音を研究するようになったのでしょうか。
小松さん
もともと僕の故郷は、京都府北部の丹後半島で、天橋立のすぐ近くです。伊根町の舟屋の里っていう、湾に舟屋が並ぶ風景の中で育ちました。大学は農学部で、地域活性化とか景観工学をやっていて、なぜ風景が美しいのか、なぜ自分の故郷が魅力的なのかを理系的に調べたいと思ったんです。視覚って、人が外界から得る情報の8~9割を占めると言われていて、まずはそこから研究しました。天橋立や伊根町の景観について調査をして、論文も書きました。でも、なんか足りないんですよね。最後の一歩というか、実感というか、Beの部分が満たされないなって。その後、大学3~4年生の頃に、昔から音が好きだったこともあって、「あ、音しかないな」って思ったんです。風景を研究してきたからこそ、もう一段、本質的な実感の部分に踏み込みたいと思って、必然的に音に行き着いた、という感じですね。そこから、視覚の研究と音の研究を重ね合わせるようになりました。大学院では環境心理学に進んで、空間や都市、まちづくりを感覚的な側面から捉える研究をしてきました。最終的には、「空間のデザインの要素の一つに、音がある」というところに落ち着いたんです。学部時代は目で見る風景、そこから音風景へ、博士課程では、その両方を重ね合わせて研究してきたという流れですね。
探検隊
小松さんの研究では聴覚だけではなく、視覚も大事にされているということですね。
小松さん
仰る通りですね。人は五感と言いますけど、実際には五感の融合、いわゆる多感覚、を使っていて、視覚と聴覚を分断して感じているわけではないんですよね。頭の中で自然に統合されて、相互作用しながら空間を感じています。大学院では、木の葉が擦れ合う音を研究していました。樹木のそばにいると気持ちいいって思うじゃないですか。それは目で見る風景だけじゃなくて、音からも、その気持ちよさが生まれている。ただ音だけを切り取るとノイズにしか聞こえないこともある。でも、風景を見ながら音を聞くと、視覚と聴覚が相互作用して、音が気持ちよく感じられる。そういう研究をしてきました。例えば都市の車の騒音も、樹木を植えることで視覚的に和らぐだけでなく、葉の擦れ合う音が心理的なマスキングとして働いて、不快感が下がるということが実験でも確認できています。だから樹木は、景観だけでなく、音の資源としても大事だなと思っています。

写真:「伊根の舟屋」の風景
環境デザインの現場でつくる違和感のない音
探検隊
これまで200以上の現場で音環境のデザインに携わってこられたと思います。京都タワーや美術館など、さまざまな場所で、どのような取り組みをされてきたのでしょうか。
小松さん
もともと音楽自体は小学生の頃に始めた電子オルガンなど、純粋に趣味として好きでした。京都精華大学に来た2002年頃に自分のピアノ曲ができて、アルバムも作りました。音楽はずっとBeの領域の自己表現として活動していました。一方で、空間デザインや実験心理学の研究もしていましたが、実はこの二つは長い間、あまり結びついていなかったんです。転機になったのが京都タワーでした。僕は、京都タワーが好きでよく上がってたんですけど、ある夜に行ったとき、直感的に「なんか落ち着かんな」って思ったんです。夜景はきれいなのに、音が良くなかった。床のカツカツする足音、耳元で流れ続ける通り唄(※注1)のBGM、アーケードゲームの音。閉じた空間にそれが全部混ざっていて、正直、気持ち悪いな、嫌やなと思っちゃったんです。知り合いのスタッフさんに「ちょっとこれ、良くしたほうがいいんじゃない?」って話したら、翌年、40周年リニューアルのタイミングで音環境デザインを任されました。そこで考えたのが、マイナスをゼロにするということです。余分な音を取る、床をビニールからカーペットに変える、アーケードゲーム機を撤去する。これだけで、かなり静かになります。さらにプラスして、風景を引き立たせる音を入れようと思い、自分のピアノ曲を仮に流してみたら、「あ、収まったな」って思えたんです。
※注1 通り歌:京都の通りを覚えるための唄(京の通り唄)
探検隊
このゼロをプラスにする音楽というのはどのようなものなのでしょうか。
小松さん
言語化は難しいんですけど、結局、「違和感がない」っていう言葉しか出てこないんですよね。違和感があると、感覚のセンサーが働いて、だいたいネガティブになる。よく賑わいづくりでBGMを入れますけど、そうではなくて、自然音の成り立ちに近づけるように作る。音楽は劇薬ですけど、やり方次第で、ちゃんと収まる。結果的に、音を変えただけなのに、視覚の印象まで良くなりました。耳はずっと開いているから、音は無意識に他の感覚にも影響しているんですよね。この経験で、音楽の表現と空間研究が、実践的に結びついた感覚がありました。
探検隊
多様な方々がいらっしゃる空間の中で、多くの人にとって違和感がない音楽ということなんですね。観光施設以外にも取り組まれている場所などはありますか。
小松さん
最近は病院ですね。大阪の病院では、不安や緊張を少し和らげるための音楽を作りました。現在は兵庫県内の病院で、小児集中治療室(PICU)の環境整備に取り組んでいます。機械音が多くて圧迫感のある空間の中で、必要なのは「今、生きてる。それでええやん。」っていうBeの感覚だと思って空気の流れを少し良くするようなピアノ曲を、朝・昼・夜やスポットで流す形で作りました。音はポジティブにもネガティブにも使えるけど、どんな場所でもハブになり得ると感じています。
音が旅の満足感を決める、最後の一振りとして
探検隊
音は日常生活のあらゆる場面に関わっていますが、旅においても可能性は大きいと感じました。小松さんは、よく旅はされますか。
小松さん
はい、旅は大好きですね。割と国内中心で行っています。家族で行く場合は、いわゆるリトリートとしての旅が多いです。現実からちょっと距離を取って、調和とか鎮静みたいなものを求める旅ですね。例えば、好きな石垣島に行くときは、一軒家を借りて、4~5日ぼーっと過ごす。あちこち移動するんじゃなくて、その場所で感じることを大事にする、そんな旅です。求めているのは刺激よりも、多感覚的な調和とか潤いですね。これはもう旅全体の変化でもあると思います。京都という観光地に普段いますけど、同じ場所にずっといると、人ってやっぱり停滞する。民俗学で「ハレとケ」という言葉がありますけど、日常の中でどうしても汚れが溜まってくる。それをリセットするために、違う環境に滞在することがすごく大事だと思っています。
探検隊
自身の環境を変えてリセットする旅ということですね。今後、5年先の旅はどのようになっていると思いますか。
小松さん
今は経済格差も進んでいて、旅のあり方もかなり枝分かれしていくと思います。安価な旅を何度もする人もいれば、リトリート的な体験に価値を感じる人もいる。ただ一つはっきりしているのは、デジタルインフラによる疲れですね。コロナ以降、多くの人が無意識に疲弊している。だから、そこをリセットする場所を求める人は確実に増えています。イベントを点で消費する旅じゃなくて、人生の流れの中で、自分だけのマイストーリーを感じられる旅。そういうものは、5年後、10年後にさらに加速していく気がします。つまり、自分のBeに回帰していく旅がより求められるようになりそうですね。
探検隊
そんな5年先の旅の中で、音というのはどんな役割を果たすのでしょうか。
小松さん
人間の脳は視覚処理が圧倒的に多くて、音や他の感覚は後ろに追いやられがちなんです。でも、最後の満足感を決めるのは音なんじゃないかなと思っています。
料理で言うと、最後の一振りですよね。ちょっと塩を振るだけで、全然味が変わる。音もそれと同じで、自然音がかすかにあってなんとなく安心する空気があると、満足度が無意識に上がる。つまり、音は満足度を爆上げする錬金術のツールなんじゃないかなと。そこに価値があって、戦略的に空間をつくれる場所があれば、自然と人は集まると思います。
今回の探検で見つけた「芽」
今回の探検で印象的だったのは、「違和感のなさ」を軸に、感覚や直感に委ねるだけでなく、実験や数値といった理論的な裏付けを踏まえながら、両輪で空間デザインを行う小松さんの思考でした。音は前に出るものではなく、体験にそっと効いてくる存在であり、まさに旅の「最後の一振り」のように、満足感を静かに引き上げていくものだと感じます。この空間と人をつなぐ音の力こそが、これからの旅の価値を決める重要な要素になっていくのではないでしょうか。(YVR)