本コラムでは、今後の観光や旅行のトレンドの把握と、変化の兆し(=新しい観光の芽)を捉えることを目的に、旅行にとどまらない様々な分野の第一人者への「探検記(=インタビュー)」をお届けします。
今回は、沖縄を拠点に活動する環境コンサルタントの佐川鉄平さんに、海洋環境の現状やその保全活動についてお話を伺いました。自然と人間社会の調和を追求する佐川さんの視点から、未来の観光のあり方を考えます。
Profile
佐川鉄平 さん
1979年(昭和54年)生まれ。東京都杉並区出身。一般財団法人沖縄県環境科学センター課長。技術士(環境、建設、総合技術監理)。琉球大学大学院理工学研究科 博士課程中退(海洋生態学)。(公財)WWFジャパン サンゴ礁保護研究センターでのサンゴ礁モニタリングや、沖縄県内のサンゴ礁生物調査ダイバーとして従事した後、現職であるサンゴ礁をメインフィールドとする環境コンサルタントとして活動中。
環境コンサルタントになった経緯
探検隊
最初に佐川さんが海洋環境に興味を抱くようになったきっかけについて教えてください。
佐川さん
私が海に興味を持つようになったのは、子供の頃叔父さんと過ごした夏の思い出が大きいです。都会暮らしの私を、千葉や佐渡島の海に泊りがけでよく遊びにつれて行ってくれました。シュノーケリングをして楽しんだりしていたのですが、海にいると「気持ちいい」と感じて海が好きになっていきました。
海が好きで生き物にも興味を持つなかで、受験を考えるときに琉球大学で海洋生物学を学べることを知りました。せっかくなら遠くに行ってみたいという想いもあり、沖縄の大学で学ぶことに決めたのです。
探検隊
なるほど、その体験と学びが今のお仕事につながっているのですね。
佐川さん
はい、確かにそうですね。18歳の時、大学入学とともに沖縄に来ましたが、以来ずっと沖縄にいるので沖縄生活の方が長くなりましたね。大学でサンゴ礁の生物やその生態について学びました。卒業後、自然保護団体に所属し、石垣島のサンゴ礁の保全活動に携わりました。この期間は、地域の自然を守るために何ができるかを真剣に考える貴重な時間でした。その後、先輩の誘いで環境調査会社に移り、ダイバーとしてサンゴ礁の生物調査を担当しました。さらに多くの経験を積みながら、サンゴ礁の海にたくさん潜れて楽しかったですね。石垣島では10年くらい過ごした後、沖縄本島に戻って現在の環境コンサルタントとして活動を始めました。
探検隊
環境コンサルタントとして、具体的にはどのような業務を行っているのでしょうか?普段の業務内容について教えてください。
佐川さん
主に官公庁や自治体からの委託を受けて、沖縄県内の自然環境調査や環境保全計画の策定、対策の実施などを行っています。例えば、環境省や沖縄県の自然保護課の委託事業のなかで、地元の自然環境を守るための具体的な対策を提案および実行することが私たちの役割です。具体的なプロジェクトとしては、沖縄県の生物多様性保全利用指針作成、石西礁湖のサンゴ礁保全再生、宮古島の自然環境調査などに関わってきました。
探検隊
沖縄県外も調査されることがありますか?
佐川さん
ほとんどが沖縄県内ですが、チームとしてはパラオなどの海外調査もあります。
探検隊
パラオ!うらやましいです!
近年の海洋環境について
探検隊
そのようにいろいろと海洋調査をされている中、近年の海洋環境はどのような状況なのか、教えてください。
佐川さん
現在の海洋環境は非常に厳しい状況にあります。特に沖縄では、気候変動による海水温の上昇が主因となる、サンゴの白化現象が頻発しています。サンゴ礁は多くの海洋生物の生息地であり、サンゴ礁が失われると、そこに依存する魚たちも減少し、漁業資源の減少につながります。これは地域の経済にも大きな影響を及ぼします。
探検隊
白化現象はニュースなどでよく聞きますね。私自身もダイビングをしますが、一面が白化してしまったサンゴ礁を見たことがあります。一方で、海水温が上昇しているために、サンゴ自体の生息域がどんどんと北上していると聞いたことがあります。世界全体で見たときに、どのような変化があるものでしょうか。
佐川さん
確かに、海水温が上昇してサンゴが北の方でも生息できるようになっていると考えられています。しかし、魚など他の海洋生物が生息するには、サンゴがサンゴ礁になる必要があります。しかし、サンゴが生息していても“サンゴ礁”という地形になるとは限らず、“礁”になるには時間がかかります。各地域には、それぞれの自然環境にあった生活、漁業を始めとする生業のスタイルがあります。サンゴが北上しても、その地域の人々がすぐにその変化に対応できるかというと、なかなか難しいと思います。
探検隊
環境の急激な変化と、人々のこれまでの生活スタイルとがバランスを欠いている状況、ということでしょうか。
佐川さん
そう思います。
環境コンサルタントとして大事にしていること
探検隊
そうした地域の生活や文化を大切に思う気持ちが、環境保全においてとても重要だと思うのですが、具体的な取り組み事例はありますか?
佐川さん
ひとつ良い事例として、石垣島でのインタープリテーション(※1)計画があります。このプロジェクトでは、地域の方々と協力し、自然環境と人々の暮らしをつなぐ計画を作成しました。石垣島は国立公園ですが、海外は「このエリアが保護区」と明確になっているのに対し、日本の国立公園って保護するエリアと人々の生活エリアが必ずしも明確に区分されているわけではない状況です。そうした中で、「保護」と「暮らし」の計画を考えていきました。この「暮らし」には来訪者も含まれています。
※1 その地域の自然や歴史・文化の魅力や価値を紹介し、来訪者がより深く理解するための教育活動
探検隊
その中で重要になっているのがインタープリター(※2)とよばれる方になると思うのですが、これはどういった方が行うのでしょうか。
※2 その地域の自然や歴史・文化の魅力や価値を紹介し、来訪者がより深く理解するための教育活動を行う人
佐川さん
地域の人々がそれぞれインタープリターとしての役割を担うことを目指しています。この計画では、単に観光客に向けて情報を伝えるだけではなく、地域の人同士や家族間でも自然環境の大切さを共有していくことを考えています。
例えば、おじいちゃんが孫に地域の歴史や自然の魅力を伝えることで、若い世代に地域への誇りを持ってもらい、将来的に地元で活動したいと思ってもらえるようにしたいと考えています。もちろん、観光客に対しても、ただ訪れるだけでなく、地域の自然と文化を深く理解してもらうことを目指しています。
この計画では、地域の自然や文化を「こんなことがあるんだよ」と伝えるストーリーを作り、それを地域の人々や訪問者に共有していくことを考えています。これによって、地域の魅力を再認識し、守っていくための基盤を作っていけるのではないかと思っています。
探検隊
地域の自然資源や、文化や歴史をしっかりと理解して伝えていく、ということは自分たちの地域へのプライドにもつながりそうですね。
佐川さん
そうですね、自然とともにある暮らしの中に、来訪者の方が来られて、自分たちの地域のことを伝えられるようになってもらいたいな、と思っています。
探検隊
来訪者という観点でいうと、従来環境保全と観光は一見対立関係に思えてしまうこともありますが、観光客の訪問についてはどのようにお考えですか?
佐川さん
確かに観光と環境保全は一見対立するように見えるかもしれませんが、実際には共存することが可能だと考えています。観光業は沖縄の重要な産業であり、観光と環境保全が互いにプラスになるような関係を築くことが大切です。
探検隊
実際、どのような取り組みをされているのですか?
佐川さん
ダイビングショップと協力し、「おきなわコーラルガーディアン」という環境意識の高いダイバーを育てる取組みを行っています。そのプログラムを始めたきっかけは、内閣府の事業で新たな観光の形を模索していた時でした。その中で、環境保全をテーマにした取り組みを考えていて、ダイビングという視点から沖縄の自然に関わるプログラムを作れないかと思いました。ちょうどその頃、県内のダイビングショップと仕事でご一緒する機会があり、彼らからPADI(ダイビング教育機関)の「Dive Against Debris」というプログラムがあることを教えてもらいました。これは、ダイバーが海洋ごみについて学び、海中で安全にゴミ拾いをするスペシャリティコースです。それを聞いたとき、これだ!と思いました。
私たちは、科学的な知見を活かして、サンゴ礁やその生態についての知識を楽しく学びながら、実際に環境保全に取り組むことができるプログラムを作りました。参加者された皆様は、海の環境への想いが予想以上に強くて感動しました。
自然保護と観光が融合するようなこれからの旅について
探検隊
そうした自然保護と観光が融合するような旅はこれからも増えていきそうでしょうか?
佐川さん
そうですね、私は「ネイチャーポジティブ」という言葉が本当に好きなんです。これまで私たちが生きてきた中で、自然や生物多様性が失われていくニュースばかりを聞いてきましたよね。でも、ネイチャーポジティブっていうのは、その逆を目指すんです。つまり、時間が経てば経つほど、生物多様性が豊かになっていく世界を作っていこうという考え方です。
この考え方が現実になると、長生きすることが楽しみになりますよね。年を重ねるごとに自然が豊かになっていくのを実感できるわけですから。もちろん、実現するにはいろいろな課題があると思いますが、こうしたビジョンを持ち続けることが大切だと思っています。
探検隊
サンゴ礁の周りに、去年よりももっと魚がいる風景を見られたら、それはうれしいですね。
佐川さん
はい、観光には、このネイチャーポジティブに貢献できるチャンスがたくさんあると思います。この風景が大好きだから少しでも守りたい」とか「何かに関わりたい」と思う気持ちが大事だと考えていて、旅はこうした機会をたくさん作ることができると思いますね。
探検隊
そうした気持ちを行動に移すことができる観光地や観光事業者も必要ですね。
佐川さん
持続可能性を大切にする観光がさらに進み、環境保全に取り組む観光地や観光事業者が選ばれる時代になってほしいと考えていますし、そうした方向に進んでいるのではないでしょうか。観光が自然環境の改善に寄与するような仕組み作りが進み、観光客自身もその価値を理解し、選択するようになることを期待しています。観光が地域社会と自然環境の両方にとってプラスになるような未来を目指したいですね。
今回の探検で見つけた「芽」
環境コンサルタントとして幅広くご活動されている佐川さんのお話からは、自然保護を考える際、地域の自然と文化を深く理解し、共有することの重要性について学ぶことができました。「ネイチャーポジティブ」の考え方は、長期的に自然が豊かになる未来を描き、観光がその一部となる可能性を示しています。これにより、旅が地域社会と自然環境の両方にとってプラスになるような新しいスタイルが生まれるでしょう。一足先にそうした旅に出かけてみませんか。(ROR)
この連載について
連載
新しい観光の芽 探検隊🔍~5年先の旅のカタチを探る~
これからの観光や旅行がどうなっていくのか・・・今後のトレンドの把握と変化の兆しをとらえることを目的に、「新しい観光の芽 探検隊」を結成しました。旅行分野にとどまらない様々な分野における第一人者への「探検(=インタビュー)」を通して、それぞれの方が考える「5年先の旅」とはどのようなものかを考えます。本コラムでは、探検隊による探検記(=インタビューの様子)をお届けします。