連載 新しい観光の芽 探検隊?~5年先の旅のカタチを探る~

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新しい観光の芽 探検隊?~5年先の旅のカタチを探る~

【第17回】フラワーデザイナー・菊川裕幸さんに聞く、5年先の旅のカタチ

大学講師やフラワーデザイナーとして活躍する菊川裕幸さんが考える、花を通じた「つながり」とは?

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本コラムでは、今後の観光や旅行のトレンドの把握と、変化の兆し(=新しい観光の芽)を捉えることを目的に、 旅行分野にとどまらない様々な分野の第一人者への「探検記(=インタビューの様子)」をお届けします。
今回は、大学講師として農業や農村社会の在り方について研究・教鞭をとる傍ら、フラワーデザイナーとして数々の作品を制作なさっている菊川裕幸さんにお話を伺いました。


Profile

菊川裕幸 さん

菊川裕幸 さん

1989年兵庫県生まれ。神戸学院大学現代社会学部講師。1級フラワー装飾技能士/上級園芸療法士/環境カウンセラー/農福連携技術支援者。京都大学大学院農学研究科博士課程単位取得満期退学(農学博士)。農業高校教諭、丹波市教育委員会学芸員等を経て、2022年より現職。大学にて農村や農業について教鞭を執る傍ら、フラワーデザイナー・園芸療法士として活動中。

現在につながる高校時代

探検隊

本日はよろしくお願いいたします。最初に、菊川さんのこれまでのご経歴や現在のお仕事内容などについてお伺いできますでしょうか。

菊川さん

経歴からお話しますと、岡山大学の農学部を卒業し、兵庫県内の農業高校で教員を8年ほど担当していました。高校教員を辞めて1年間だけ短大で教鞭を執ったあと、兵庫県丹波市の教育委員会に所属し学芸員として新しい博物館の立ち上げに加わりました。それと同時期に京都大学の大学院で放置竹林の研究をしていました。博物館の立ち上げミッションが終了し、2022年から現職である神戸学院大学で講師を務め、2024年に大学院で博士号を取得しました。大学では主に農業や農村に関することを教えている感じです。また、フラワーデザイナーや園芸療法士(植物や自然を活用し心身機能を良い状態にすることをサポートする専門家)としても活動しています。フラワーデザイナーとしては作品を制作するのはもちろんのこと、各地で実施されているフラワーデザイン講習会などの講師も担当していますね。つい先日は岩手県で実施しました。ちなみに、それで47都道府県全て訪れたことになりました(笑)。

探検隊

全都道府県制覇!すごいですね!菊川さんが農業関係の研究やフラワーデザイナーを目指し始めたきっかけはどういったものだったのでしょうか?

菊川さん

どちらのきっかけも高尚なものではないです(笑)。農業に興味を持ったきっかけは、勉強が嫌いだったというところからでした。そんな中でも、元々自然や植物が好きだったので、農業高校を選択しました。入学してみると先生たちが凄く楽しそうに教えていたんですよ。そういう光景を目の当たりにして、僕もこういった大人になりたいと思うようになり、大学では農学部で学びつつ教職課程を履修し、そして農業高校の教員の道へ進みました。フラワーデザイナーについては、女性にモテたかったからです(笑)。フラワーデザイン・フラワーアレンジメントを始めたのも高校生の時だったのですが、現在とは異なり、当時出場していたお花の大会やコンテストで男性は私一人だけ。ここでなら「女性にモテる!イケる!」と思って始めたのですが、20年間その恩恵を受けたことは全くないですね(笑)。

作品に息づく地域や花文化への想い

探検隊

菊川さんがフラワーデザイナーとして作品を制作する際に意識している点や大切にしている考えなどがあればお伺いできますでしょうか。

菊川さん

できるだけその地域に根差した花や地域の伝統工芸品などの文化を取り入れるようにしています。例えば、沖縄に行って作品を制作した時には、琉球瓦の廃材や現地に生えているドラセナという植物を活用しました。なぜこのようなことを意識しているのかというと、地域の花の生産者、ひいては地域の花業界が存続してほしいと想っているからです。そもそも、花は必需品ではなく嗜好品です。そのため、花の消費量は景気にかなり左右されること、母の日などの特定の時期にしか消費が見込めないことなどに起因して、花業界自体が不安定なんです。そこに現代では地方の人口減少が重なって生産者不足が深刻化し、このままでは花の生産者がゼロになる地域もあるでしょう。最悪、地域から花文化が消失してしまう事態も想定できます。そうはなってほしくないと想い、少しでも地域内の花文化に対する興味関心を高めたり、生産者の売上増加に貢献できるよう、地域の花や文化などをデザインに活かしています。

探検隊

地域における花文化衰退への危機感から、「地域性」をデザインに取り入れているのですね。
では、個々の作品のテーマやデザインの発想はどういったところから得ているのでしょうか?

菊川さん

それこそ旅行ですね。旅行先で博物館に赴いて地域の歴史や伝統工芸品を見ることでかなりインスピレーションを受けています。あと、移動中の飛行機で見かける機内誌を参考にすることもあります。たまに花の特集をやっていることがあるんですよ。そこから着想を得て、次の講習会ではこれを使ってみようと考えたりしています。自ら作品のテーマを探すこともある一方で、依頼された内容で制作することもあります。そういう時には、その地域のことをより深く知るためにまずは地域の特産品を送っていただいたりします。先ほどお話しした琉球瓦を用いた作品はこれに該当するものです。

沖縄に自生するドラセナや琉球瓦の廃材を使用したアレンジメント

これからのフラワーデザイナー

探検隊

菊川さんが大学講師など他の仕事と並行して20年近くフラワーデザイナーを続けている理由は何でしょうか?

菊川さん

フラワーアレンジメントをやっていると楽しい、癒されると感じるからですね。フラワーデザイナーとしては作品を生み出し続けて、コンテストに参加し賞を獲得するという形でないとこの業界で生き残ることは難しいです。仕事として大変な部分は沢山ありますが、フラワーアレンジメント自体はとても楽しく、息抜きにもなっています。

探検隊

ここまでお話をお伺いしてきてフラワーアレンジメントとフラワーデザインという2つの言葉が出てきていると感じました。両者にはどういった違いがあるのでしょうか?

菊川さん

フラワーアレンジメントとフラワーデザインには大きな違いはないと思っています。フラワーアレンジメントは、組み立てる(=アレンジメント)という意味合いが強く、花を生ける行為自体を指します。そして、フラワーデザインはフラワーデザイナーが行う行為のこと。つまり、フラワーアレンジメントとフラワーデザインには大きな違いはありません。

探検隊

ありがとうございます。話を戻しますと、フラワーアレンジメントは楽しい、癒されるとのことでしたが、花自体にもそういう効果があったりするのでしょうか?

菊川さん

花自体に癒しの効果はあると思っていて、それは人の五感を刺激する機能を有しているからだと考えています。視覚的には花の色味や形の多様さ、触覚は材質感、嗅覚はハーブの匂いとか、聴覚は風が吹いて葉が擦れあう音、味覚は一般的には少ないですが、そういった五感を刺激する要素を多く内包している。五感を刺激され活性化するからこそ、人々は癒しを享受することができるのだと思います。また、花には記憶を想起させる機能もあると考えています。花の見た目と匂いは今も昔も基本的には変わらないものです。だから花に触れると、当時の花に関連する記憶を想起しやすい。それを起点として前後の様々な記憶を思い出すこともできます。懐かしい思い出に浸ることも癒しにつながると思いますので、そういう側面からも花には癒しの効果があると考えています。

探検隊

菊川さんがフラワーデザイナーとして活動していく中で、フラワーデザインの持つ力を感じたことはありますか?

菊川さん

以前、被災地の仮設住宅に住まわれている方向けに1つの作品を複数人で制作する「お花のお弁当箱」というプログラムを実施したことがあります。仮設住宅での生活の問題の1つとして、多様な背景の人々が集まっている関係上コミュニティが形成しづらい点が挙げられます。このプログラムをきっかけに顔見知りになった、会話が生まれるようになったという感想をもらいました。そもそも、人が1対1で対話をして関係性を一から構築しようとすると、どうしても緊張してストレスが溜まってしまう。加えて、被災者となると、彼らが既に抱えている心理的・身体的ストレスは計り知れません。そういった場合でも花を介することで人々の共通の話題となってコミュニケーションを創出することができる。つまり、「人をつなげる」、そんな力がフラワーデザインにはあると考えています。

探検隊

フラワーデザインには人をつなげる力がある。とても興味深い観点だと思いました。では、これからのフラワーデザイナーにはどんなことが求められるとお考えですか?

菊川さん

これからのフラワーデザイナーに求められることについては、現在、私が取り組む園芸療法につながっていきます。というのも、これからのフラワーデザイナーには福祉的な役割も求められていくと考えているからです。これから人口減少が加速していく中で、嗜好品としての花が求められる機会が減少することは避けられないはずであって、それを扱うフラワーデザイナーの価値も同様に低下してしまう可能性があると思います。フラワーデザイナーは花を生けることだけではなく、「花を生けるという行為を通じて人々の健康やつながりまでもデザインする」役割が求められるのではないかと考えています。

偶然、そしてつながり

探検隊

最後に菊川さんが考える旅や観光についてお伺いできればと思います。
菊川さんご自身が花を求めて旅をすることはあるのでしょうか?

菊川さん

昔は花の生産者を訪ねて現地まで赴き、色々と品種を見せてもらって、育て方も教えてもらうこともしていましたが、最近では講演などでの出張がほとんどになってしまいました。ただ、出張の際にも現地の花・植物や文化に触れて、どう作品に取り入れるかは意識していますし、時間があれば生産者の方にお会いしに行くこともあります。

探検隊

花の生産者とのコミュニケーションも大切にしていらっしゃるのですね。そこで得た知識などは作品づくりに活かしたりしているのでしょうか?

菊川さん

作品づくりに活かすよりも、講習会で活かすことが多いですね。講習会参加者でも居住地域のどこでどんな花を生産しているのかは知らない人が多いです。だから講習会の場で地域の花の知識や販売している場所などをお伝えしています。そこには少しでも地域における花の消費が増えて欲しいという想いも込めています。

探検隊

47都道府県全てに訪れたとお話がありましたが、そういったご経験から考える旅の本質は何だと思われますか?

菊川さん

僕の好きな言葉で(今の大学の元学長がよく仰っていた)「計画された偶然」という言葉があります。旅はある程度行く場所や泊まる場所などは事前に決めて訪れる、つまり「計画された」ものだと思います。一方で、現地での人との出会いやそこで得た知識などは「偶然」のものですよね。先ほどお話しした生産者との会話で得た知識もそうです。僕はそういった「偶然」を楽しみに旅をしています。だから旅は「偶然」に出会うことが本質なのではないかなと思います。

探検隊

最後に、菊川さんは5年先の旅はどうあるべきだと思いますか?

菊川さん

旅の本質である「偶然」を大切にしつつ、そこから生まれた「つながり」が細くても長くつながっていることが重要視されていると良いなと思います。僕がこういう仕事をしているからだと思いますが、農村で頑張っている人がいるから都市部にいるような自分たちが生きていけるのだと強く実感します。だからこそ、色々な人に地域との関係性を持ってもらい、地域のことを少しでも想ってほしいと願っています。その地域への想いは、最初は漠然としたもので良くて、いつかそこに旅をしに行った時により強い関係性を築いてほしいなと。そして、地域との関係性を築くのに最も良い方法が地域の人とのコミュニケーション。僕自身、東日本大震災が起こって1年後くらいに気仙沼や石巻、女川を訪れました。その時に出会った人たちとのご縁は今でも続いていて、年に1回は訪れるようにしています。こうして振り返ってみると、5年先の旅は今の旅のつながりから始まるものではないかと思います。


今回の探検で見つけた「芽」

お花のデザインのみならず、人との関係や社会の在り方などをデザインされている菊川さんのお話からは、「つながり」に対する想いを強く感じました。近年では、ふるさと納税や二地域居住などの制度が整備され、「旅先とのつながり」を創出できる環境が少しずつ整ってきていると思います。一方、「居住地とのつながり」についても考えていく必要があると感じています。唐突かもしれませんが、駅前に植えられている花はどんな花なのか、誰が管理しているのだろうか、と思いを馳せてみてはいかがでしょうか?それが新しい「居住地とのつながり」を得るきっかけになるかもしれません。(TOY)