1回のショーで15,000歩

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中国版「Sleep No More」の舞台は、上海の中心部にある7階建てのビルの中にあり、3時間の公演中、観客が歩く歩数は平均で15,000歩、階段を約11~15階移動するとも言われています。

中国版「Sleep No More」の舞台は、上海の中心部にある7階建てのビルの中にあり、3時間の公演中、観客が歩く歩数は平均で15,000歩、階段を約11~15階移動するとも言われています。
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中国版「Sleep No More」公式サイト

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2021年6月に東京・お台場に日本初の常設イマーシブシアター「Venus of Tokyo」がオープンし、現在約9カ月間に渡るロングラン公演が行われています。「没入型演劇」とも呼ばれるイマーシブシアターとは、固定された座席や舞台はなく、建物内のあちこちで役者による劇が同時に演じられ、観客は自分の意思で移動しながら自由に鑑賞します。時に役者とコミュニケーションを取ることもあり、従来の観劇方法とは異なる「役者と同じ空間にいて、自分の意識や希望に応じて物語の一部として参加する」新しいアプローチといえます。

過去にも2018年9月~11月に、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン®のアトラクションとして「ホテル・オブ・アルバート」が設置され、また2021年6月に京都にある「HOTEL SHE, KYOTO」では実際のホテルでの宿泊を伴う「ミッドナイト・ホテル」が公演されるなど、日本でも広がりつつあります。

没入型演劇は世界的に注目されており、非常に速いペースで成長しています。米国の「没入型エンターテイメント産業年報」によると、世界の没入型エンターテイメント産業(テーマパーク、AR/VR、お化け屋敷、脱出ゲーム、没入型演劇、体験型アートミュージアムなどを含む)は、2019年に617億ドルに達し、2018年から1年で24%増加しました。特に、テーマパークを除いたその他の没入型エンターテインメント市場は116%に増加し、関連技術への投資も増加しています。没入型演劇の発祥の地はロンドンであり、この分野の先進国である英国は、2019年没入型エンターテイメントの複数のプロジェクトに対し、総額200万ポンドの助成金を発表しています。

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(図)世界における没入型エンターテイメント産業の市場規模の比較(2018/2019)
出所:HERE Institute「没入型エンターテイメント産業年報2020」

現在、世界で最も有名な没入型演劇は、ニューヨーク・マッキトリックホテルの「Sleep No More」ではないでしょうか。10年前から上演されているロングランショーで、ストーリーはシェイクスピアの「マクベス」をベースにしています。独自性や精巧に作られたストーリーが話題となり、今ではオフ・ブロードウェイ作品を代表する作品です。会場であるマッキトリックホテルは、1939年に当時のニューヨークで最も華やかなホテルとして建設された、地上6階と地下1階の建物です。第二次世界大戦の影響により1度もオープンを迎えることが無かった、幻のホテルと言われ、完成から75年後の2014年より「Sleep No More」の会場として使われています。

2016年、上海では中国版「Sleep No More」の上演が始まりました。中国版「Sleep No More」の舞台は、上海の中心部にある7階建てのビルの中にあり、1階から6階までを舞台「マッキノンホテル」に改装して上演されています。マクベスのほか、中国古代の伝説「白蛇伝」を巧妙に取り入れ、シアターの一部には竹林のセットが作られるなど、中国の観客にとってより興味深いものとなっています。総面積6,500平方メートルの空間に、90以上の異なる部屋を配置し、数百の扉と3,000以上の引き出しがあり、観客は自由に探索できます。
 毎晩、ホテルでは30人近い役者がそれぞれのストーリーを演じており、観客は興味のある役者を自由に追いかけることができるため、自分だけのストーリーを体験できます。3時間の公演中、観客が歩く歩数は平均で15,000歩、階段を約11~15階移動するとも言われています。そのため、多くの観客が公演の前後に劇場周辺で飲食し、周辺地域の経済消費を促進することにもつながっています。

中国版「Sleep No More」は、パンデミックにより3ヶ月以上公演が中断した時期以外は、5年間継続して上演されてきました。公演総数は1,300回を超え、観客動員数は40万人を超え、興行収入は3億元(約4,300万米ドル)を超えています。現在、上海のタクシーの3キロ初乗り運賃は約14元程度の中、鑑賞料金は約700~900元(約100~130ドル)となっており、「Sleep No More」を鑑賞した観客は、中国の都市部における高所得な消費者グループの象徴と言えます。

没入型演劇は、固定席がなく、一度に収容できる観客数が通常の劇場よりも少ないこと、上演中の会話が一切禁止されていることなど、従来とは異なる特徴を持っています。これは感染対策としても有効であり、パンデミック時代のエンターテインメントとしては、かえって安全と言えるかもしれません。(ゆい)

<参考>
〇「Venus of TOKYO」公式サイト
https://venus-of-tokyo.com/
〇マッキトリックホテル「Sleep No More」公式サイト
https://mckittrickhotel.com/
〇中国版「Sleep No More」公式サイト
https://www.sleepnomore.cn/sleepnomore/en.htm
〇「没入型エンターテイメント産業年報2020」 HERE Institute
https://everythingimmersive.com/storage/website-files/documents/2020%20Immersive%20Entertainment%20Industry%20Annual%20Report.pdf