連載 玲玲細語

バックナンバーをすべて見る

玲玲細語 ~中国人研究員が見て感じた日本と中国~

「緑水青山こそ金山銀山」、中国国家公園の初認定

2021年10月12日、中国雲南省昆明市で開催された「国連生物多様性条約会議第15回締約国会議(CBD COP15)」にて、「三江源国家公園(三江併流国家公園)」、「ジャイアンパンダ国家公園」、「東北虎虎豹国家公園」、「海南熱帯雨林国家公園」、「武夷山国家公园」の計5か所が中国本土初の国家公園(国立公園)に指定されました。

印刷する

1.中国国家公園設立までの歩み

2008年に、国家公園の概念が当時の環境保護部(2018年に廃止)と旧国家旅游局(2018年3月、中華人民共和国文化和旅游部に変更)からはじめて提起されました。
 2012年の第18回党大会以降、「緑水青山就是金山銀山(緑水青山こそ金山銀山)」という言葉が広がりつつあり、自然環境保護と経済発展は支えあう関係であるとして、人と自然の調和を取れた経済発展を図り、豊かな社会の実現を目指そうとしています。
 2013年11月、中国共産党第18回三中全会にて国家公園体制を確立することが提案されました。続く2015年9月、中国共産党中央委員会と国務院が発行した「生態文明体制総合改革計画」において、国家公園体制の確立に関する具体的な条件が示されました。
 国家公園体制の確立には横断的組織が求められ、「重要な生態系の保護と利用を強化し、各省庁で個別に設定した自然保護区、景勝地、文化遺産、自然遺産、森林公園、ジオパークなどの体制を改革する」、「ありのままの自然生態系と自然文化遺産の健全さを保護する」という方針が明確に打ち出されました。
 2015年には、国家発展委員会と中央編弁、財政部、国土部、環境保護部、住建部、水利部、農業部、林業局、旅游局、文物局、海洋局、法制弁等計13部門が連携し、「建立国家公園体制試点方案(国家公園体制づくりの試行計画)」が公表されました。「三江源国家公園」をはじめ、10箇所で国家公園の試験的な運用が始められました。ちなみにリコーグループは、2007年8月より、三江併流(長江、メコン、サロウィン)の3つの大河が並行して流れる三江併流地域における生物多様性保全に関する仕組みづくりに取り組んでいます。
 2018年4月、国家林業と草原局、国家公園管理局が正式に設立され、2019年に中共中央弁公庁、国務院弁公庁が「関于建立以国家公園為主体的自然保護地体系的指導意見(国家公園を主体とした自然保護地体系の構築に関する指導意見)」を公表しました。そして2021年に、冒頭に紹介した5箇所が初の国家公園として指定されました。
 

2.中国国家公園と国家級風景名勝区、国家級旅游景区の違い

 中国国家公園(英語表記は「National Park」)は、国が直轄で指定・運営・管理しています。そのミッションは、「生態系の保全・保護は最重要である」「国の代表的な自然生態系である」「全国民にとっての公益性がある」の3点が挙げられています。国家公園の方向性については、主に以下の3点にまとめられます。
(1)景観資源の保存と保護を行う
(2)資源と環境の調査と科学研究、環境教育の場の提供
(3)観光の持続可能な発展に向けたバランスの取れた活用

国家級風景名勝区は、2006年12月1日から施行された「景勝地に関する規則」によって中国国務院が国レベルの景勝地を承認するものです。観賞、文化または科学的価値を有し、自然景観、人文景観が適度に集中し、環境が優美で、人々が観光や科学、文化活動を行うことができる区域を指します。海外の国立公園に似たようなところがありつつも、中国の特徴も有することから、その英語表記は「National Park Of China」と規定されています。日本でよく知られる杭州西湖は国家級風景名勝区に該当し、2017年時点の国家級風景名勝区は計244箇所です。
 国家級旅游景区は、旧国家旅游局が定める観光地です。観光地の等級は高い順から低い順に、AAAAA(5A級)、AAAA(4A級)、AAA(3A級)、AA(2A級)、A級の5段階に分けられます。観光地の等級認定は、環境(空気、騒音、地下水、汚水排出等)、交通利便性、ガイド案内、衛生面、年間延べ訪問者数、安全保障、郵便サービス、旅行者満足度等をもとに総合的に判断されます。
 例えば、5A級国家級旅游景区のガイドスタッフは、ガイド資格を有し、4年制大学卒業者がガイド人数の3割以上を占めること、年間延べ訪問者数は60万人(うち、外国人5万人)以上などが規定されています。2021年6月時点では、北京故宮博物院(紫禁城)を含め、5A級国家級旅游景区は計306箇所です。

3.中国国家公園設立の意義

上記のほか、中国には国家級自然保護区474軒、国家級ジオパーク214軒、国家級森林公園897軒、国家級湿地公園898軒、国家級種質資源保護区450軒があります。但し、自然保護や管理を行う上で、多くの課題を抱えています。具体的には、主に以下の3点があると考えられます。
(1)縦割りの管理体制により、生態系の一体的視点が損なわれることや、管理部門によって保護する方針や措置なども異なることから、全体を俯瞰した持続的な管理の視点が欠けている。
(2)これらの認定保護区や景勝区などにおいて、複数の区域が重なり、責任の所在がはっきりしないことがあり、重複する建設や複数部門の管轄による管理コストの増加などがみられる。
(3)保護と開発のどちらかに偏ることが多く、保護と開発の共生を妨げる可能性がある。

民間レベルでみると、自然環境保護に関する代表的な取組みは2016年よりスタートした「アントフォレスト」が該当します。2019年、国連最高の環境賞である地球大賞(UN Champions of the Earth Awards)も受賞しました。これはアリババ集団傘下にある「アリペイ(デジタル決済とライフサービスプラットフォーム)」のアプリを活用し、ユーザー参加型の低炭素行動を植樹につなげるプロジェクトです。
 その仕組みは、ユーザーが低炭素の行動(自家用車の代わりに徒歩や公共交通機関等を利用するなど)をとることでポイントが換算され、ユーザーに還元されるというものです。そのポイントでバーチャルツリーを育てることができ、一定数のポイントが貯まると、アントフォレストが代行して植樹します。2021年までの5年間で、6.13億人を超える人々がこの活動に参加し、3.26億本以上の樹木が植樹されました。自然環境保護、SDGsに対する関心はますます高くなってきており、ボランティア活動にも熱心なミレニアル世代、Z世代が増えています。
 中国のデジタル発展と一緒に成長してきたこれらの世代は、自然保護やボランティア活動への関心が高く、2030年までに国家公園の体制づくりを整えるという目標が掲げられている中で、自然生態系、代表的なエリア、公共サービス(国民満足)という3つの視点で自然環境を保全しつつ、持続可能な利用を必要としています。
 「緑水青山こそ金山銀山」は、“言うは易し行うは難し”。国家公園の体制づくりは、単なる公園づくりではなく、カーボンニュートラルの実現、次世代への豊かな自然を残し、自然環境保護と経済発展が互いに支え合えるように、行政のあり方・官僚の考え方の改革につながるでしょうか。

※2021年4月より、公益財団法人日本交通公社出向中