連載 新しい観光の芽 探検隊🔍~5年先の旅のカタチを探る~

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新しい観光の芽 探検隊🔍~5年先の旅のカタチを探る~

【第23回】天文学者・田中賢幸さんに聞く、5年先の旅のカタチ

天文学者として活躍する田中賢幸さんが考える、「未知」を探求する面白さとは?

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本コラムでは、今後の観光や旅行のトレンドの把握と、変化の兆し(=新しい観光の芽)を捉えることを目的に、 旅行分野にとどまらない様々な分野の第一人者への「探検記(=インタビューの様子)」をお届けします。
 今回は、ハワイにある「すばる望遠鏡」を通じて、宇宙の様々な謎を研究されている田中賢幸さんにお話を伺いました。


Profile

田中 賢幸 さん

田中 賢幸 さん
1979年生まれ。国立天文台ハワイ観測所准教授。東京大学理学系研究科天文学専攻博士課程修了(理学博士)。国立天文台ハワイ観測所特任助教を経て、2018年より現職。主な研究テーマは観測天文学による銀河の形成進化について。また、ハワイ観測所業務(すばる望遠鏡の運用)や市民天文学プロジェクト「GALAXY CRUISE」のリードまで、天文学における幅広い分野で活動中。

親の間違いから始まった天文学者への道

探検隊

本日はよろしくお願いいたします。最初に、田中さんの現在の研究内容についてお伺いできますでしょうか?

田中さん

いわゆる「銀河」と呼ばれる宇宙の天体を研究しています。銀河とは星の大集団です。「天の川」は皆さんもご存じかと思いますが、あれは星の大集団で「天の川銀河」という1つの銀河を形作っています。太陽も「天の川銀河」を構成する一つの星なのです。そういう星の集団が宇宙でどのように生まれて、どういう風に育ってきたのか、というのを望遠鏡を用いて観測的に理解したい、というのが僕の研究になります。

探検隊

ありがとうございます。そもそも天文学者の道に進まれたきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

田中さん

僕が小学生の頃、子ども向け教材の訪問販売がまだまだ一般的でした。ちょうどその時、ハレー彗星が地球に接近するということで世間が盛り上がっていて、訪問販売で望遠鏡が売られていました。そこで親が何かの間違いでその望遠鏡を買ってしまった(笑)。せっかくだからとその望遠鏡で月を見せてもらったら、「なんだこれは!」と衝撃を受けたのが最初のきっかけですね。親の間違いから天体って面白いなと思って今に至ります。

 

©国立天文台

詩的な学問である天文学

探検隊

天文学とは具体的にどのような学問なのでしょうか?

田中さん

天文学はその手法で観測天文学と理論天文学に大きく分けることができます。僕のメインは観測天文学で、これは望遠鏡で宇宙を直接観測して知見を得る領域です。私が所属するハワイ観測所の「すばる望遠鏡」は、ハワイ島マウナケア山の標高約4,200mの山頂にあり、サンセットツアーなどで多くの観光客も訪れます。すばる望遠鏡では、人の目で見える可視光線に加えて、人の目に見えない赤外線なども捉えることができます。また、人の目に見えない光の場合はチリにあるアルマ望遠鏡のような電波望遠鏡も使われます。一方で、X線のように地球の大気で吸収されて地上に届かない光もあります。そうした光を観測するためには、人工衛星を打ち上げて宇宙から観測します。このように、光の波長に応じて様々な観測手法を組み合わせ、宇宙がどのように成り立ってきたのかを調べるのが観測天文学です。もう一つの理論天文学とは、数式を基に例えばコンピュータシミュレーションを行い、知見を得る領域です。物理法則をコンピュータープログラムに組み込み、銀河の成り立ちをコンピュータで演算し再現することで、惑星や銀河の誕生・成長などを理解しようとするものです。

探検隊

天文学は研究対象だけではなく、手法によっても分野が異なるのですね。天文学を追求していくと、社会にどのような価値を提供することができるのでしょうか?

田中さん

天文学は範囲が非常に広いので一概にはいえないのですが、こと私が専門とする銀河研究に関しては社会的に見れば「何の役にも立たない」学問かもしれません。こんなことを言うと怒られてしまいますが(笑)。ニュースで「凄く遠くの銀河が見つかりました」と報じられても、「へえ、すごいね」で終わる話で、それによって明日の私たちの生活が良くなるわけではありません。なので天文学は物理学の一部ですが、やっている活動はむしろ文学の活動に近いと思っています。誰かが書いた小説を読んで、みんなが「面白い」と感じるのに似ているかなと。「遠くの銀河の新しい姿が分かった」と発表して、一般の方々が「そうなんだ、面白いね」と感じてくれる。それが天文学の提供できる価値、文化的貢献だと思います。一方で、確実に社会に影響するものがあるとすれば、「地球外生命体」の探査です。もし他の惑星で生命の痕跡が見つかれば、長期的に見て人類に非常に大きな影響を与える発見になると思います。

探検隊

天文学は人々の知的好奇心を刺激する、という文脈で価値を提供しているのですね。では、そのような天文学における現在のトレンドはどのようなものがあるのでしょうか?

田中さん

一つは「太陽系外惑星」の研究です。太陽系の外側にも地球のような惑星があり、そこに生命がいるかもしれない、というのは非常に面白いテーマです。もう一つは「暗黒物質」と「暗黒エネルギー」です。これらは宇宙の約95%を占めるとされながら、正体は全く分かっていません。「暗黒」というのは「正体不明」という意味です。これは物理学と天文学における長年の大問題であり、この研究は今後も大きく進んでいくと思います。また、ここ2,3年で新しい望遠鏡や大規模な観測プロジェクトが次々と始まります。例えば、南米チリでは「ベラ・ルービン天文台」が稼働を始めています。ここでは、「時間とともに変化する宇宙」を捉えようとしています。これまでの観測は一回撮っておしまい、というものが多かったのです。しかし、実のところ宇宙は時々刻々変化しています。同じ天域を繰り返し観測することで、星の爆発である「超新星」や星の明るさが変化する「変光星」、活動的な「ブラックホール」など、これまで見過ごされてきた現象が数多く見つかるはずです。

探検隊

ありがとうございます。そのトレンドを踏まえて、5年先の天文学・宇宙領域はどのような進化を遂げているとお考えでしょうか?

田中さん

5年先がどうなっているかと問われれば、一つは暗黒物質や暗黒エネルギー、太陽系外惑星に関する理解が格段に深まっていること、もう一つは「時間とともに変化する宇宙」の姿が明らかになっていると思います。ただ、個人的には「今わからないこと」が起こるのが一番楽しいと思っています。5年先にこうなっている、と今から予想できることが起きてもあまり面白くない。研究の醍醐味は、自分の想像を超えたこと、期待が裏切られた瞬間にありますから。むしろ、「どうなっているかわからないでいたい」というのが本音です。

 

 

宇宙を旅する市民天文学プロジェクト「GALAXY CRUISE」

探検隊

田中さんは市民天文学プロジェクト「GALAXY CRUISE」を主導していらっしゃったかと存じます。2025年に本プロジェクトは終了しておりますが、どのような内容のプロジェクトだったのでしょうか?

田中さん

このプロジェクトは「市民科学」と呼ばれるタイプのもので、研究者だけでなく、一般市民の方々にも協力していただき、研究を進めるという取組です。具体的には、「衝突銀河」(銀河同士が重力で引かれ合って形が崩れている・合体している天体)を分類していただく、という内容です。ウェブサイト上で実際にすばる望遠鏡を用いて撮影した画像を提示して、「衝突しているか」「どのような特徴が見えるか」といった質問にボタンで答えてもらうシステムです。また、参加者には船の乗組員として参加していただき、分類を進めると客室のグレードが上がったり、お土産がもらえたりといったゲーム要素も取り入れていました。

 

「GALAXY CRUISE」Webサイト
©国立天文台

「GALAXY CRUISE」における銀河分類画面
©国立天文台

探検隊

一般の方でも楽しんで続けられるようにゲーム要素も取り入れているのですね。このプロジェクトを始めるにあたってどのような経緯があったのでしょうか?

田中さん

最初のきっかけを率直に言うと、「外圧」です(笑)。国立天文台が数年ごとに行われる外部評価で、「社会との双方向コミュニケーションが不足している」という指摘を受けたのです。その改善策の一例として挙げられたのが市民科学でした。ちょうどその頃、すばる望遠鏡に「ハイパー・シュプリーム・カム(HSC)」という超高性能な巨大デジタルカメラが搭載され、膨大な画像データが得られるようになりました。私は「衝突銀河」の研究をしていてこれを膨大な画像データの中から探し出す必要があったのですが、その数はあまりにも多く私一人で探すのは不可能でした。そこで一般の方々にも協力してもらおうと考えたのです。そして、先ほども言ったように天文学は文化的意味合いが強く、研究した内容を一般の人たちに還元して宇宙に対する理解や興味を高めることが社会に対する大きな貢献だと思っています。一般市民にも協力いただけるこのプロジェクトは良い社会貢献になるのではないかなと。そうして始まったのが「GALAXY CRUISE」です。

探検隊

「GALAXY CRUISE」という名称や「宇宙を旅する」というコンセプトから「旅」を意識されていると感じました。このような名称・コンセプトにした想いやきっかけはあったのでしょうか?

田中さん

先行研究で行われていた衝突銀河の分類作業は、画像を見てボタンを押す作業を延々と繰り返すもので、僕的にはほぼ修行でした(笑)。せっかく参加してもらうのだから楽しんでほしいと思い、先ほど言ったゲーム要素を加えることにしました。そしてただゲーム要素を加えるよりも、参加者が没入できる「世界観」を設定した上でゲーム要素を取り入れた方が面白いんじゃないかなと。「GALAXY CRUISE」の機能を振り返ると、ウェブサイトではGoogleマップのように宇宙を自由に探索できる機能をつけていました。分類作業に飽きたら、研究者が見ているのと同じ宇宙の画像を基に自由に航海して楽しんでほしい、という想いを込めて。そうした理由から「クルーズ」や「宇宙を旅する」というコンセプトが採用されたのです。それで、私は「船長」と呼ばれるようになりました(笑)。

探検隊

画面上とはいえ、宇宙を旅することはできるというのはロマンに溢れていますね!「GALAXY CRUISE」からどのような研究成果が生まれたのでしょうか?

田中さん

精度の高い「衝突銀河カタログ」ができたことが大きな成果です。プロジェクト開始当初、「なぜ分類にAIを使わないのか」と言われました。しかし、AIに画像を認識させるには、あらかじめ「これが衝突銀河です」という正解ラベルが付いた大量の教師データが必要です。当時はそれが存在しなかった。すばる望遠鏡のような非常に高性能な望遠鏡で観測して初めて、銀河が衝突している微かな痕跡が見えてきます。だからこそ、まずは人間の目で分類する必要があったのです。そして分類結果を分析してみると、銀河が衝突するとその内部で星が生まれる活動が非常に活発になること、そして中心にあるブラックホールも同時に活動的になることが明らかになってきました。

探検隊

今後、「GALAXY CRUISE」のような市民天文学を続けるご予定はあるのでしょうか?

田中さん

市民天文学は社会的意義も高くぜひやりたいなと考えているのですが、今のところ次の予定は決まっていないというのが率直なところです。研究の次のステップは、光の「スペクトル」、いわば「虹」を分析して、銀河の詳細な性質を明らかにする段階になります。ただし、この研究はかなり専門的な用語やグラフが並ぶので市民科学的手法を取ることは難しく、現時点では市民天文学は一旦お休みという感じです。

 

 

「未知」に惹かれる天文学と旅

探検隊

田中さんが考える旅についてお伺いできればと思います。ご自身が旅をする際に求める「もの」や「こと」は何かあるのでしょうか?

田中さん

最近は家族での旅行が多いので家族の求めることを優先してしまいますが、結婚する前はよく一人旅をしていました。昔から「古いもの」が好きで、特に古代文明に惹かれます。マチュ・ピチュやイースター島、アテネなどに行ったことがあります。なぜ古代文明に惹かれるんだろうと考えると、「圧倒されたい」という気持ちがあるのだと思います。そこには今はもう見ることができない人々の営みがあったわけで、宇宙と同じ「得体の知れない」「よくわからない」ものに「圧倒されたい」という気持ちがあったのかもしれません。

探検隊

旅も天文学も「未知」だからこそ、より追求したくなるのでしょうか?

田中さん

そうですね。宇宙と同じで、目に見えないからこそ知りたくなる。遺跡は残っていても、そこにいた人々の生活は見えません。だから、残されたものから想像を巡らせ、知りたくなる。宇宙も肉眼で見える星の数は限られていますが、すばる望遠鏡を使えば無数の星が見えてくる。パッと目には見えない、簡単には理解できないからこそ、知りたくなる。そこは共通しているのかもしれません。

探検隊

最後の質問になりますが、「5年先の旅」はどのようになっていると想像されますか?

田中さん

やはり研究と同じで、全く想像がつかないような旅行の形が生まれていてほしいですね。「5年前にこんな旅は考えられなかったよね」と言えるようなものがあると楽しいと思います。現実的に考えると、天文に絡んだ旅行がもっと盛り上がっていると嬉しいですね。今でもグランピングと天文を掛け合わせたものがあったりしますが、例えば「ガチの天文学者が同行するツアー」とか面白いかもしれません。

探検隊

近年では旅の経験に「本物」を求める方が増えてきています。「ガチの天文学者が同行するツアー」というのもその流れにあったものですので、需要は高いのではないかと思います。本日は貴重なお話をいただきありがとうございました!

 

 


今回の探検で見つけた「芽」

インターネットが発達した現代では、旅行先の情報を事前に・詳細に得ることが当たり前になっていると思います。そして、これからAIやメタバースなどが発展することで、旅全体を「事前体験」することが可能になっていくのではないでしょうか。一方で、今回田中さんのお話にあったように、旅の楽しさ、旅の本質の1つは「知らないもの(=未知)に出会う」ことだと思います。5年先、旅はどのようにして「未知」を提供しているのか、はたまた旅は「未知」の提供をやめてしまうのか、注視しておくべきではないでしょうか。(TOY)