火がめぐり、海と山がひとつになる場所【前編】
国土の約3分の2を森林が占める日本では、ほんの数十年前まで、身近な山の木々が薪や木炭となり、人々の暮らしを支えていた。生活の一部として山へ入り、木を切り、里へ運ぶ。その火で土地の海や山のものを調理し、皆で食べる。自然、エネルギー、食、そして人の仕事は、地域の中で切り離されることなくつながっていた。 現代では見えにくくなった地域のつながりを、一軒の薪火レストランからたどり、旅の中で体感する意味を考える。
静岡県松崎町にある、地域で生成された薪を用いて調理・給湯・暖房の熱エネルギーを100%自給する薪火レストラン(2025年7月開業)。同地域周辺で古道を再生したマウンテンバイクツアーやカヤックフィッシング体験、宿泊施設の運営などを行う株式会社BASE TRESが運営する。古道や周辺の山を手入れする中で生じた木を薪にし、調理するだけでなく、ウッドボイラーでつくった熱を給湯や食洗機で使用する湯、冬場の暖房にも利用。燃焼後の木灰は土壌改良剤として地域の農家へ還元している。 地域の森林資源をエネルギー、食、観光へつなぐ取り組みが評価され、環境省「グッドライフアワード 森里川海賞」、農林水産省「INACOMEビジネスコンテスト」優秀賞・企業賞、観光庁「第3回サステナブルな旅アワード」準大賞、スペイン政府観光局主催「Spain Talks」コーポレート・アワードなどを受賞。

現代の暮らしでは、目の前の食材がどこから来たのかを知ることはあっても、それを調理する火や熱の出どころを具体的に考える機会は少ない。山を手入れする人、食材を育む人、料理をする人、旅行者を迎える人の仕事も、それぞれに分かれていることが多い。
そんな中、古道の再生に始まった山の手入れによって生じた木が、薪となって店を動かす熱を生み、地域の食材を調理し、最後は灰となって土へ還る循環が生まれている。その火の手前にある山や海、人の仕事をたどることで、別々に見えていたものの間につながりが見えてくる。
1. 西伊豆の小さなレストランで燃える、地域の火
海沿いを走る国道に立つ、一見すると地方でよく見かけるような建物にQUEBICOはある。以前は、町の文房具店だったという。扉を開けると、外から受けた印象は大きく変わる。店内には、近くの山から店のスタッフが自分たちで切り出した木をふんだんに使った、テーブルや家具が並ぶ。そこに異国を思わせる色鮮やかな布や装飾、絵が添えられ、素朴な木の空間に旅先の空気があふれている。
奥には、調理のプロセスがすべて見えるオープンキッチンがあり、大きなウッドボイラーと薪火の調理台が並ぶ。薪から炎が高く立ち上がる場所、その隣で炭化した薪が赤い熱を蓄える熾火の場所。スタッフは調理法に応じて、食材を置く位置や火との距離をテンポよく変えていく。時に火の粉が舞い、カウンター席にまで熱を感じられる迫力。目の前で焼かれているのは、すぐそばの海で先ほどカヤックから釣り上げた魚である。下処理後、シンプルに塩をかけてそのまま直火で焼いていく。専用の道具で熱されたバターが料理にかけられた瞬間、濃厚で香ばしい匂いが辺りに広がった。
一般的なキッチンでは、ガスをひねれば火がつき、蛇口からはお湯が出る。一皿の料理の向こうには、必ずそれを支えるエネルギーがある。でも、食材の産地や生産者に目を向けることがあっても、それがどのようにつくられているかまで考える人は多くはないだろう。
この場所で燃える火は、見知らぬどこかから、持ってきたものではない。薪と食材、その生まれた元をたどると、背後にある地域の循環が見えてくる場所である。

2. 山の火で海を食べる、ガスを一切引かない覚悟
近年、欧米やアジアのファインダイニングを中心に、薪火料理が注目を集めているという。その魅力は、揺らぐ炎、木の香り、食材に残る焦げ目など、ガスや電気による調理とは異なる味わいを生み、また火を扱うプロセスそのものも食体験の一部となることなどにある。しかし、QUEBICOにおける薪火の役割は、食材を調理することだけにとどまらない。調理に加え、キッチンの給湯や食洗機、パネルヒーターの暖房まで、店を営むために必要な熱エネルギーを自分たちの手で切り出した地域の薪から生み出している。
何より驚くことに、この店にはガスが引かれていない。パフォーマンスとしての薪火ではなく、調理、給湯、暖房の熱源に化石燃料を使わず、必要な熱エネルギーを100%自分たちが切り出した広葉樹の薪でまかなうことに、彼らの覚悟とこだわりがある。代表の松本潤一郎さんは「ガスを引いたら嘘になっちゃうでしょ。」と笑う。最後に燃え尽きて残った木灰は、地域の農家に土壌改良剤として還元している。ここまで徹底的に地域で自給し、循環させる仕組みが、飲食の枠を越え、環境、農林水産、観光の各分野から注目されている。
薪火による炎や熾火は、ガス火のように均質ではない。強い炎で表面を焼く場所、穏やかな熱を伝える場所、赤い熾火の上でじっくり仕上げる場所。料理人は異なる熱を見極め、食材の位置や火との距離を変える。薪火ならではの穏やかな熱と揺らぎによって、同じ食材の中にも、香ばしさ、水分、焼き色のコントラストが生まれ、シンプルだからこそ素材の味が活きるという。
その火で調理されるのは、主に周辺の畑や海から届く食材、そして土地の和製ハーブがアクセントになっている。木の種類が変われば、燃え方も香りも変わる。その違いは、土地ごとの火と料理の個性となり、食材とハーブで多様な組み合わせが生まれる。山と海は、地図の上で近いだけではなく、西伊豆を表現する一つの味として重なりあっている。


3. 山と人々の生活から生まれた古道
QUEBICOで使われている薪は、そもそも火を得るために切られた木ではない。2012年ごろから始めた古道を再生する活動と、その様子を知った地元の人たちから徐々に依頼受け、手入れを行うようになった周辺の山から生じている木である。最初は宿泊施設の熱エネルギーとして使うことから始め、浴室の湯沸かしや給湯、冬場の暖房をまかなえることがわかり、薪火レストランのアイデアにつながった。
伊豆半島の西海岸では、山地が海の近くまで迫り、小さな河川が駿河湾へ注いでいる。山、川、里、海が近い距離にあり、かつては薪や木炭の生産、桜葉をはじめとする農業、豊かな漁業に関連した鰹節加工が盛んであった。そこに温泉や景観、海水浴と結びついた民宿などの観光業が育まれてきた。
このような背景から山の中には、人々が日常的に歩き、馬で行き交い、木材や生活物資を運び、時に山頂の寺に参拝するなどの生活の道が多数あったとされる。松崎町には1200年ほど前から古道があったとされ、地域の人々の暮らしや仕事を結んでいた。しかし、道路ができ、交通手段の中心が車となり、エネルギーの入手方法や生活様式が変わると、人々は山へ入らなくなった。やがて道は草や倒木に覆われ、人々はその存在を忘れていった。


現代では、山をその美しさを眺めたり、レジャーのために訪れたりする場所として捉える人も多いだろう。中には、自然は人が手を加えないほど豊かになると考える人もいるかもしれない。しかし、かつて人の手が入っていた山では、放置することが必ずしも豊かさにつながるとは限らないという。
人が継続的に山へ入り、木を利用しながら適切に手入れをすることで光が届き、下草や多様な植物が育つ。落ち葉や下草に覆われた土は雨を蓄え、ゆっくりと川へ流すほか、木の根とともに土砂の流出や崩壊を抑える役割も持つ。また、そこに住む野生動物たちの生息域と、人間の生活圏との適切な緩衝地帯にもなってきた。一方で、山を手入れしても、切った木の利用先がなければ、その営みを続けることは難しく、課題の一つにもなっている。
山と海のつながりは、物理的な近さだけではない。山に降った雨は、土や岩の間を通り、川や地下水となって海へ流れ込む。その水は山から様々な成分を運び、海藻や植物プランクトンをはじめとする海の生態系にもつながっていく。山を手入れすることは、単に環境を整えるだけでなく、地域全体のバランスを保つことでもある。
彼らの取り組みは、人が入らなくなった山へ再び入り、そこで生じた木から新たな循環をつくることで、山と現代の暮らしとの関係を結び直すこととも捉えられる。古道や山の手入れから生じた木が、熱となって料理へと姿を変え、最後には地域の土に還される。その流れをたどると、山、川、里、海、そして人の営みが、別々ではなく、互いにつながっていることが見えてくる。
4. 自ら動き、土地のつながりを体感する旅
QUEBICOだけを切り取れば、レストランでの薪火料理体験である。しかし、その火の源である古道や山をたどり、さらに海や食材まで視点を広げると、QUEBICOはこの土地を巡るハブになっていることがわかる。彼らはその火の手前にある山や海、木や食材が得られる場所まで、旅行者自身が入っていけるよう様々な体験を提供している。
彼らの取り組みの始まりは、古道再生。そして再生した古道をマウンテンバイクで走るYAMABUSHI TRAIL TOURである。山頂付近まで車で上がり、そこからマウンテンバイクに乗って、古道を一気に駆け下りていくツアー。初心者から上級者まで、参加者のスキルや希望に応じて様々なルートが用意されている。
走り始めは、細い道や急な斜面、落ち葉や岩などに怖さを感じるが、慣れてくると木々の中を駆け抜ける迫力と、刻々と変わる景色を楽しめるようになってくる。その道は、人々の生活の道であったがゆえに、石積みや炭焼きの痕跡などが残っていたり、間に現役のみかん畑などが現れたり、最後は海を臨む人々が暮らす町へ下りていく。「古道」と言葉だけ聞いても、ピンとこない人もいるかもしれないが、その高低差や道の険しさを実感し、変化する景色を見ながら進むことで、かつての道の役割や人々の生活を、自らの移動を通して体感できるようになっている。
山から町に向けて始まった彼らのツアーだが、その先にある海の体験も用意されている。カヤックフィッシングツアーでは、一般的なカヤックのように手でパドルを操るのではなく、ペダルを漕いでドライブを動かす、安定性の高い足漕ぎカヤックを使用する。参加者は、自らの脚でカヤックを動かし、風や波を受けながら進む。カヤックから水面までは手を伸ばせば届くほど近く、プランクトンの姿や海底の岩陰をのぞきながら釣り糸を垂らす。この地域が面する駿河湾は、沿岸の岩礁から深い海まで、異なる環境が近い範囲にあり、季節ごとに多様な魚が生息しているという。
釣れた魚はカヤックの上で下処理をし、持ち帰ってQUEBICOで調理する。山や古道の手入れから生じた薪で、自ら海で釣った魚に火を入れる。木や食材が得られる現場へ自分の身体で入り、味わうところまで一つの体験としてつながっている。
海から陸を見ると、海からすぐに山々が立ち上がるこの地域の地形が、より立体的に見えてくる。陸からは見えにくい地層や岩肌、波によってつくられた洞窟、陸路では行くことのできない小さな浜。カヤックで海岸線をたどると、この地域のダイナミックな表情が、息をのむほどの迫力で現れる。単なるカヤックや釣り体験ではなく、山から見ていたこの土地の構造を、違う角度からとらえ直す時間であった。


その他にも彼らは、ハイキングしながら薪を集めて焚火をするツアーや、山に自生する和製ハーブや木の実、野草などを探すフォージングを行いQUEBICOで料理するツアーなど、多面的にこの地域を体験する機会を提供している。彼らが提供するツアーに共通するのは、参加者が自らの身体を動かして、土地に入ること。斜面や木の根を読み、自分の足で森や川の中を歩き目標を探し、風や波を受けながら海を漕ぐ。完成した景色だけを切り取るのではなく、絶えず五感を使い、土地に向き合い入っていくからこそ、参加者の内側にも発見が起きやすいのかもしれない。
それは、山へ入り、自分たちで得た木から熱を生み出すQUEBICOの熱エネルギー自給とも重なる。その火の手前にある山や海へ、参加者もまた、自分の身体のエネルギーで入っていく。目的地まで運ばれ、完成したものだけを受け取るのではなく、自ら動くことで見えてくる土地の姿がある。山や海で身体を動かした後、旅行者を迎えるのが宿泊施設LODGE MONDOである。山の手入れで生じた木の形や表情を生かした装飾や家具が置かれ、客室は一室一室異なる木と鮮やかな色彩でデザインされており、浴室ではウッドボイラーで沸かした湯に浸かることができる。
古道を下り、海を進み、薪で沸かした湯に温まり、その土地のものを薪火で調理して食べる。旅行者が一度の滞在で地域の循環をすべて理解できるわけではないかもしれない。それでも、完成した料理や景色を見るだけの観光ではなく、その手前にある場所やプロセスを自らの身体で体験することで、別々に見えていた山、海、木、火、食、人の営みのつながりが見えてくる。それは現代の暮らしでは見えにくいだけで、かつてのこの土地で暮らした先人たちには、当たり前のつながりだったのかもしれない。
5. 自分たちで担うから、自分たちの言葉で語れる
BASE TRESでは、スタッフ全員が山へ入り、古道や周辺の山を整え、生じた木を運び、薪にし、宿を営み、食材を調理し、旅行者を古道や海へガイドする。森林整備、観光、宿泊、飲食、ガイドなど、仕事の違いで役割を固定するのではなく、全員が複数の現場を横断し、それぞれのプロセスに当事者として関わっている。
古道再生の初期には、平日に山へ入り、整備で生じた木を、カツオを燻すための薪として地域の鰹節事業者へ販売し、週末にマウンテンバイクツアーを行っていたという。山の手入れから生まれた木が、この地域に長く受け継がれてきた伝統の鰹節加工の火となり、海の魚を保存食へ変えていた。やがて、古道を訪れる旅行者の滞在場所として宿泊施設をつくり、地域の木を内装や家具に使うだけでなく、森林整備で生じた木を燃料とするウッドボイラーを導入し、浴室の給湯や館内の暖房に利用した。それらの経験の先に、薪の熱を食材の調理、給湯、食洗機で使う湯、暖房へと広げたQUEBICOが生まれた。今では燃焼後に残った木灰は、土壌改良剤として地域の農家へ渡されている。
古道再生、森林整備、アクティビティ、宿泊、飲食。単体で見れば異なる事業だが、時系列をたどると、一つの営みから次の必要が生まれ、少しずつ連なってきたことがわかる。
その出発点にあったのが、地域の木をめぐる構造への違和感だった。松本さんが古道の再生を始めた当初、感じていたのは、なぜ地域で切り出した木を遠くの市場まで運び、地域では別の場所から燃料を買うのかという疑問だった。木を切り出す人、運ぶ人、エネルギーを調達する人、それぞれの仕事ごとに見れば合理的でも、地域全体として捉えると、無駄があるように思えたという。地域の木を地域内で使えば、仕事もエネルギーも地域で循環する。木の行き先をつくることは、資源を生かすだけでなく、山の手入れを続けるための仕事や経済を、地域の中につなぎ直すことでもある、というのが彼のたどりついた考えだった。
「持続可能性」という言葉があちこちで聞こえる昨今だが、すべてがうまく循環する、完成された仕組みをつくることは容易ではない。何より彼らは最初から循環を目指していたわけではないという。目の前にある木や、地域の仕組みに感じた違和感に向き合い、面白い、必要だと思うことを一つずつ積み重ねてきた。その結果、別々に始まった取り組みがつながり、地域の中で循環する仕組みへと育っていった。
だからこそ、QUEBICOで燃えている木がどこに立っていたのか、なぜ切る必要があったのか、どのように薪になり、どのような熱として使われ、どこへ還されるのかまで、彼らは語ることができる。スタッフが皆、当事者として複数の現場に関わっているからこそ、その流れと地域の山や海との関係を、借り物ではない、自分たちの言葉で伝えられる。それは、かつての暮らしの再現ではなく、地域の中にあった山、海、木、火、食、人の営みの関係を現代の形で結び直し、旅行者が体験できるものにする試みともいえる。


日本各地の山や森は、必ずしも地域資源として十分に生かされているわけではない。木の使い道や手入れの担い手が減り、その維持や管理が地域の課題となっている場所も少なくない。松本さんは、QUEBICOの基本的な仕組みには、他の地域へ広げられる可能性があると考えている。
地域の山を手入れし、そこで生じた木を薪にして、調理や給湯、暖房に利用する。その土地の食材を料理し、木や食材が生まれる場所へ旅行者を案内する。薪火料理はシンプルだからこそ、素材の味が料理に直接表れ、木が違えば、薪の燃え方や香りが変わる。和製ハーブをはじめとする地元食材や食文化、そこで働く人が変われば、料理も語られる土地の物語も、旅行者が得る体験も変わっていく。同じ仕組みを土台としながら、地域ごとに異なる個性を持つ店や体験を生み出せるはずと、松本さんは語る。
現在、QUEBICOで調理を担うスタッフも、初めから薪火を扱う技術を持っていたわけではなく、オープンに合わせて技術を身につけたという。地域の人が現場で経験を重ねながら技術を学び、山を整え、薪をつくり、調理し、旅行者をガイドする担い手になれることは、山間地域に新たな仕事や雇用を生む可能性にもつながる。旅行者は山、海、木、火、食、人の営みを五感でたどり、そこで得た感覚や気づきを日常へ持ち帰る。すぐに行動へ結びつかなくても、国土の約3分の2を森林が占める日本では、この経験を思い出す場面があるだろう。身近な山や地域資源への見方が変わり、日々の選択や行動の変化、新しい活動を生むきっかけになる可能性もある。
後から振り返れば、一連の取り組みは一つの構想に沿って生まれたようにも見える。しかし、松本さんは、初めから現在の全体像を描いていたわけではないという。なぜ松本さんには、山、海、木、火、食、人の営みという別々のものの間に関係を見いだし、一つの循環として結び直すことができたのだろうか。その視点の原点をたどると、世界各地の生活道を歩き、土地の火を囲んできた、一人の旅人の経験へとつながっていく。
後編では、BASE TRES代表の松本さんのこれまでをたどり、古道再生から森林整備、宿、薪火レストランへと、完成図のない中で新しい取り組みを生み出した背景をうかがいます。










