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新しい観光の芽 探検隊

第27回

株式会社ストライド・福地孝さんに聞く、5年先の旅のカタチ

宮崎 沙弥

副主任研究員

公開日

本コラムでは、今後の観光や旅行のトレンドの把握と、変化の兆し(=新しい観光の芽)を捉えることを目的に、 旅行分野にとどまらない様々な分野の第一人者への「探検記(=インタビューの様子)」をお届けします。今回は、「足元からの健康」を掲げ、ランニング専門店「STRIDE LAB」を展開する株式会社ストライドの福地孝さんにお話を伺いました。

プロフィール
福地 孝
福地 孝さん
株式会社ストライド 代表取締役社長

米国の大学で運動生理学を専攻。病院のインターンを通じ、呼気ガスによるVO2MAX測定、呼吸商測定など、生理学的なアプローチを習得する。米国在住時の2010年、シューズブランド「ALTRA」の創業メンバーと出会い、ブランドに参画。2012年より日本での販売を開始する。2016年に株式会社ストライドを創業。STRIDEグループとして国内外に「STRIDE LAB」を広める。また、企業へのコンサルや独自のシューズ開発、補給食開発など、シューズだけでなく、様々な角度から健康へのアプローチを提供している。

考えすぎずに飛び込んだからこそ得られたもの

探検隊 株式会社ストライドについて教えてください。

福地さん 株式会社ストライドは、昨年末に2社が合併して現在の体制になりました。もともとは海外商品の輸入販売からスタートし、約10年前に小売事業へ参入しました。現在は国内外で約22店舗を展開するほか、フットコンディショニング事業を行う子会社も運営しています。私は新規事業の立ち上げや海外ブランドとの交渉を主に担当しています。

探検隊 福地さんは、高校卒業後に渡米し、大学では運動生理学を学ばれたそうですね。運動生理学とはどのような学問なのでしょうか。

福地さん 運動生理学は、外的な要因に対して体がどう反応するかを研究する学問です。栄養学や運動学など、さまざまな分野と関係しています。例えば、何かを食べたとき、栄養そのものは栄養学のテーマですが、それによってホルモンや代謝など、体がどう反応するかは運動生理学の領域です。脂質の摂取や代謝とスポーツパフォーマンスとの関係なども学び、アスリートのパフォーマンス向上にどうつなげるかを考えてきました。

探検隊 運動生理学がカバーする領域は多岐にわたりますね。そもそも、なぜ運動生理学に興味を持たれたのでしょうか。

福地さん 高校時代は野球部でプロを目指していましたが、まったく届きませんでした。それまでスポーツしかやってこなかったので、それならばスポーツを勉強しようと考えたんです。当時、日本は学問におけるスポーツ分野では遅れていると感じたので、アメリカに行こうと。ただ、英語は全くできず、コーヒーすら注文できない状態でした。思い返せば、渡米することも、スポーツや運動生理学について学ぶと決めたことも、深く考えて決めたわけではないです。そこまで大変なことだと思っていなかったですね。(笑)

大学で好きなことを学ぶようになってからは、図書館に入り浸ってずっと勉強していました。英語ができないので、まずは異文化コミュニケーションの学位を取った後に、運動生理学などの専門分野の学位を取得しました。授業後は必ず教授のところへ行き、分からなかった内容をもう一度説明してもらっていました。学年が上がって専門性が高くなると、大学院生のチューターにも支援してもらいました。高校で野球しかやっていなかったときは、「図書館で勉強する」という行為自体に憧れていたこともあったので、勉強は苦にならなかったです。(笑)

「すべての一歩を健康に」に欠かせない“コミュニティづくり”

探検隊 現在の事業内容をみると、小売業や卸業といったいわゆる「モノ」を扱うことだけではなく、イベントやコミュニティづくりなどの「コト」について、力を入れられているように感じます。

福地さん 株式会社ストライドのパーパスは、「すべての一歩を健康に」です。社名の「ストライド」には「歩幅」という意味があり、歩くことや走ることの価値を広めたいという想いも込めています。パーパス実現のために何ができるかを考えると、健康には運動習慣の獲得がとても重要です。そして、その中でもコミュニティづくりは、運動を始め、続けるきっかけになる大きなハブだと考えています。

探検隊 コミュニティの重要性を実感した具体的な経験はありますか。

福地さん アメリカでの経験が大きいですね。アメリカには「ランスペシャリティショップ」と呼ばれるランニング専門店が数多くあります。日本のような国民皆保険がなく、医療費を抑える意識が高いんですね。例えばランニングをしていて膝が痛くなったとき、すぐ病院へ行くのではなくランスペシャリティショップへ相談することがあります。そこには生理学や運動学を学んでいるランニングスペシャリストも多くいて、きちんとしたアドバイスを受けることができます。また、カフェを併設する店もあり、ランニングに強い関心がない人も気軽に立ち寄ることができます。このようにランニング専門店を中心とした定期的に人が集まるコミュニティが形成されており、こうした仕組みを日本でも再現できないかと考えました。

ストライドラボ東京本店

探検隊 全国各地に店舗を展開されていますが、地域に根差した出店も、コミュニティづくりの考え方と関係していますか。

福地さん そうです。地元にある店舗であればコミュニティへの参加に対する心理的なハードルが下がると考えています。例えば、渋谷のおしゃれなキラキラした店舗のコミュニティには自分から参加しにくい人でも、地元の雰囲気の中にある店なら、もう少し入りやすくなるというか、ハードルが下がりますよね。(笑)能動的に参加できる人は自らコミュニティに参加してくれて運動を続けますが、周囲に誘われて始めたりする受動的な人の運動習慣にはつながらない。先ほどもお話ししましたが、当社のパーパスは「すべての一歩を健康に」です。能動的にコミュニティに参加できる人ではなく、むしろ受動的に参加する人を増やしていく必要があります。そのために、地域にきちんと店を構え、その土地に根ざしたコミュニティをつくることに意味があると考えています。

歩くことが、健康と創造性を高める

探検隊 そもそも、歩くことや移動すること、その行為自体にはどのような価値があると考えていますか。

福地さん 運動生理学的には、軽度の運動をすること自体に意味があります。人は脂質と糖質を使ってエネルギーをつくっていますが、その割合は食事や運動習慣による個人差があります。軽い運動を始めると脂質代謝が高まり、乳酸やケトン体なども脳のエネルギーとして使われます。脳への酸素供給も増え、パフォーマンスが上がると考えられています。一方、運動強度が高まり糖質代謝が優位になると、複雑な思考はしにくくなります。これが、歩きながらのミーティングには生産性や創造性を高める効果がある、といわれている要因のひとつです。

探検隊 あくまでも“軽度”の運動を続けること、習慣化することが大事なのですね。耳が痛いです・・・。(笑)
トレーニングジムのランニングマシンで運動することも考えられますが、外を歩くこと自体の良さはあると思いますか。

福地さん あります。外を歩けば気分転換になりますよね。あとは、例えば2人で話しながら歩く場合、同じ方向を見て歩くので目を合わせ続ける必要がありません。心理的な緊張を下げながら話せるという点では、外でウォーキングしながらミーティングをすることは理にかなっています。トレッドミルでは機械の音や距離の問題もあり、会話はしにくいと思います。(笑)

また、歩きやすい街、走りやすい街は経済が活性化します。ウォーカブルシティ(※1)を実装した海外の事例では、街の中心部の売上が上昇したという研究があります。また、歩きやすさを示すスコアが高い街は、地価も高いとされています。つまり、歩きやすさは健康だけでなく、経済の面でも重要なんです。
(※1)誰もが安心して歩いて移動できる街のこと。単に歩きやすいだけでなく、自動車中心だった都市空間を人中心へと再構築し、歩くことで人々の交流や多様な活動が生まれる街づくりの考え方。

探検隊 歩きやすい街は経済も活性化するのは意外です。人が歩きやすい街と、人が歩きたくなる街は同じでしょうか。

福地さん 目的によって違います。走ることが目的なら、障害物や滞留する場所は少ない方がよいでしょう。一方、歩くこと自体を楽しんでもらうには、途中に立ち寄る場所やにぎわいが必要です。ただ、どちらの場合も、車を入れず安全に歩ける環境をつくることが前提になります。

AI時代だからこそ求められる“身体性のある旅”

探検隊 福地さんご自身は、旅行に行かれることが多いですか。

福地さん 純粋な旅行は何年も行けていないですね。どの国に行っても仕事に繋げられてしまうので・・・。(笑)
出張先でプライベートの時間が取れたら、美術館へ行ったり、現地でレッスンを受けることもあります。トレーニング、写真、料理など、そのときに興味のあることを学んでいます。会社を経営していると、人前で話す機会が多くアウトプットが中心で、自分の中が空っぽに感じることがあります。旅先で学ぶことは、アウトプットとインプットのバランスを取り戻すいい機会になっています。

探検隊 ずばりお伺いします。5年先の旅はどうなっていると考えますか。

福地さん 自分の専門領域から考えると、東京マラソンのような大会や、各地のレースを目的に移動する旅はさらに注目されると思います。私自身も以前は、出張先や旅先にレースがないか調べて参加していました。AIで旅行プランをすぐつくれる時代だからこそ、身体性や精神性のある体験がより求められるようになると感じます。

探検隊 身体性のある体験とは、具体的にはどのようなことでしょうか。

福地さん 何かを見るだけなら、バーチャルで十分にできることが増えています。それよりも、実際にその場所へ行き、街の石畳を足裏で感じるような体験の方が記憶に残ります。だから、歩いて街を知ることがより重要になると思います。特に日本は「自然」という観光資産が非常に豊かですから、そうした現地でしか得られない体験は、今後さらに求められると思います。「何となくニューヨークへ行ってみたい」ではなく、「ニューヨークで何をしたいか」まで目的が明確でないと、わざわざ現地へ行かなくなるかもしれません。バーチャルでは代替できず、現地へ行くからこそできることは何か。旅行の目的は、より細分化され、明確になっていくと思います。地域側も、山やレースなど、その土地でできることを具体的に発信する必要があります。

探検隊 福地さんなら、どのような体験をつくれそうですか。

福地さん 例えば、リトリートのような心身の回復を目的とするような体験でしょうか。滞在中に現地のコミュニティへ参加し、目的を持って体を動かすプランなどが考えられると思います。国内のお客様だけではなく、インバウンド旅行者に対しても、例えば4週間滞在するなら4週間後のイベントやレースを目標にして、みんなで歩いたり走ったりしてみるとかですね。健康的な食事や生活を送る、ということは、現地のコミュニティに属すからこそできますよね。また、私たちは「足元からの健康」に取り組んでいるので、歩きやすい靴を履き、街を歩くことで新たな発見も促すことができると思います。

英語に「Use it or lose it」という言葉があります。「使わなければ失われる」という意味ですが、歩かないから歩けなくなる。歩かなくてもよい環境をつくれば、さらに人は歩けなくなります。だから、まず歩けることを前提に街をつくる、という発想があってもよいのではないでしょうか。健康な体を保つことは、社会全体の課題解決にもつながると思い、これからもパーパス実現のために幅広く活動していきたいと考えています。

今回の探検で見つけた「芽」

今回見つけた芽は、「歩くこと」を起点に、人・地域・旅がつながる未来です。コミュニティが運動習慣を支え、歩くこと自体が健康や創造性を高める。AI時代だからこそ、実際にその場を訪れて空気や景色を五感で感じる身体性のある体験が、旅の価値としてますます重要であり、これまで以上に求められていくのかもしれません。私たちの身近な「一歩」が、人とのつながりや地域との関わりを生み、新しい旅の可能性を広げていく。福地さんのお話からは、そんな未来のヒントが見えてきました。

著者

副主任研究員

生活者の意識や行動変化をリサーチ・分析し、旅行にもたらされる変化等をテーマにした調査・研究に取り組む。

新しい観光の芽 探検隊

これからの観光や旅行はどのように変化していくのか。
さまざまな分野の第一人者への “探検(=インタビュー)” を通して、
5年先の旅の姿を探ります。

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経営企画部 広報担当

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