災害時における宿泊施設での避難者や被災者の受け入れ
近年、地震などの大規模災害の発生時や、台風や大雨などの事前避難が必要となる場合などに、ホテルや旅館が避難者や被災者の受け入れ先として活用されるケースが増えています。本稿では、災害時における宿泊施設での避難者・被災者の受け入れに関わる制度や対応について整理するとともに、宿泊施設が地域防災を支える重要な役割や、受け入れを考えるうえで押さえておきたいポイントについて解説します。
はじめに
真夏の酷暑の中で発生した「令和8年熊本地震」では、地震に伴う停電で避難所の冷房が使えず、多くの被災者がやむを得ずエアコンをつけた車中で避難生活を送りました。厳しい暑さの中での避難生活が長引く中、少しでも心身の負担を軽くし安心して過ごせるようにと、国と熊本県は73の宿泊施設で2,200人分の客室を確保し(*)、「ホテル・旅館への避難(ホテル等避難)」を実施しています。
(*編集注:本稿を執筆された2026年8月1日現在の数字です)
災害時、宿泊施設は避難者や被災者等の受け入れで地域に貢献しています。一方で、どのような状況で、だれを受け入れるのか、受け入れた避難者や被災者にどこまでのサービスを提供したらよいのか、対価(宿泊料金)は支払っていただけるのか、など、宿泊事業者側に受け入れに対する誤解や戸惑いが生じることがあるようです。
当コラムは、災害時における宿泊施設での避難者や被災者の受け入れに関わる制度や対応について整理し、宿泊事業者に災害時に積極的な受け入れを考えていただくきっかけとなることを期待して執筆しました。
災害フェーズ別にみる宿泊施設の受け入れ対応
まず、災害のどのようなフェーズで、どのような対象者の受け入れがあるか、それらの場合の対価・宿泊料金がどうなるかを一表に整理してみました。

この表でわかるように、フェーズごとにさまざまな対象者の受け入れニーズが発生し、それぞれで受け入れに対する対価・宿泊料金を収受できる・できない、だれが負担するかが異なります。
それぞれの受け入れについて、もう少し詳しく解説します。
1.「災害予想時における宿泊施設への立ち退き避難」
台風や大雨など、災害発生が予想されるとき、住民は安全な場所としてホテル・旅館に避難できます。政府も災害発生が予想されるときの地域住民の事前避難の選択肢のひとつとして、「安全なホテル・旅館への立ち退き避難」を推奨しています。宿泊施設へ事前避難する場合の宿泊料は自己負担が原則で、事前の予約・確認が必要です。

一部の自治体では、事前避難する住民向けに割安な宿泊料金を提供する協定を宿泊施設と結んでいます。筆者が実際に現地で確認したケースである岐阜県下呂市では、災害警戒レベル3「高齢者等避難」が発令された場合、住民は宿泊施設の空室を避難先として利用できます。宿泊費用は住民の自己負担です。

また、奈良市では、市内に住む住民で宿泊施設への避難を必要とする者が、奈良市内のホテル・旅館の客室に避難滞在できる避難支援業務を行っています。避難する住民の負担は1人1回(24時間以内)1,000円で、奈良市が1人1回の利用につき5,000円を宿泊施設に委託料として支払います。

このやり方は、宿泊施設に事前避難して安心できる住民と、予約キャンセルとなった部屋を有償で住民に提供できる宿泊施設の双方にメリットがあります。
協定がない地域でも、災害発生が予想される時に宿泊施設に事前避難することは一般的になってきていますし、台風等で交通機関の運行見合わせが予想される時に、通勤できなくなる従業員を近隣に宿泊させる事業者は多く見られます。
2.「突発的な災害発生時の緊急避難」
緊急避難とは、地震や火災、テロの発生時、津波警報発令時など、命を守ることを最優先に安全な場所へ避難することです。緊急避難してきた人を受け入れるかどうかは、宿泊事業者の判断に委ねられますが、実際には施設の安全が確認できない時以外、避難者の受け入れを拒否することは難しいでしょう。「どのような状況で緊急避難者を受け入れるか、避難者を施設内のどこに誘導するか」を予め決めておけば、迷うことなく迅速に緊急避難者の受け入れに対応できます。
いったん緊急避難者を受け入れたら、周囲の安全が確認できるまで避難者を施設内に留めておかなければなりません。避難者が施設内に滞在している間は、可能な範囲で食料や飲料水を提供するとともに、保温やトイレなど避難者のニーズに対応します。宿泊施設に緊急避難してきた地域住民は、移動が可能になれば自治体が開設する指定避難所に移っていただきます。
緊急避難者の受け入れに対して、自治体からの費用の補償や「宿泊費」の支給はありません。ただし一部の市町村では、緊急避難者の受け入れを事前に協定している宿泊施設に対し、非常食や避難者受け入れに必要な物品の購入費用を補助するケースもあります。
3.「帰宅困難者の一時滞在」
災害に伴う交通障害のために移動・帰宅できなくなった自館の利用客や地域内に滞留する帰宅困難者を一時的に受け入れることです。帰宅困難となったお客様に一時的に施設内に滞在していただくことは宿泊事業者の責任ですが、それ以外の帰宅困難者の一時滞在を受け入れるかどうかは、宿泊事業者の判断に委ねられます。
多くの観光客が訪れる観光地では、帰宅困難となった観光客を公的施設だけで受け入れようにも収容力に限界があります。宿泊・観光事業者が帰宅困難者の受け入れに協力することが不可欠です。
帰宅困難となった利用客等を宿泊施設に滞在させる場合、「宿泊料金」を請求できるか、という疑問があります。お客様が客室での「宿泊」や「延泊」を希望する場合は、提供可能なサービスに応じた「宿泊料金」の請求が可能です。一方、ロビーや宴会場等で一時滞在する場合、宿泊サービスの提供とはいえないので、宿泊約款上も宿泊料金を徴収するのは難しいでしょう。この考え方を基本に、料金の扱いを事前に検討しておくと、いざというときスムーズです。
4.「災害対応関係者の宿泊」
災害発生後は、通常の観光客の需要はほぼゼロになりますが、被災地で活動する災害対応関係者(医療、警察、消防、自治体応援職員、電力・通信事業者、ゼネコン、損保会社など)が、全国から被災地に集まり、宿泊需要が急激に高まります。
令和6年能登半島地震の際には、石川県内の宿泊施設で予約キャンセルが相次ぎました。被害の大きかった能登地方では、ほとんどの宿泊施設が被災したため、能登での宿泊施設が確保できず、多くの災害対応関係者が金沢市内のホテルに宿泊し、金沢では各ホテルが満室状態となりました。宿泊事業者は、災害により急減した観光需要に代わる災害対応関係者の需要を積極的に受け入れることで、地域貢献と収益確保の両立を図ることができます。行政などと事前に連携し、「災害対応関係者の宿泊受け入れ」に関する協定を結んでおくと良いでしょう。
5.「福祉避難所」
通常の避難所での生活が困難な人のために、市町村が必要に応じて開設します。福祉避難所の対象者は、高齢者や障がい者に加えて、「妊産婦、乳幼児、病弱者等、避難所での生活に支障をきたすため、避難所生活において何らかの特別な配慮を必要とする者とし、その家族まで含めて差し支えない」と規定されています。老人介護施設や保育園など福祉避難所に指定された公的施設が不足する時は、宿泊施設がその役割を担うことがあります。
宿泊施設に「福祉避難所」開設の協力を求める際は、事前に自治体から打診があります。その時点の予約状況や施設の空き状況を考慮して受け入れを判断できます。受け入れが困難な場合は辞退することも可能です。
6.「二次避難所」
避難生活の長期化に伴い、指定避難所から生活環境がより整った場所へ移る二次避難の受け入れです。行政は避難者の生活維持のため、ホテルや旅館を二次避難所として活用することを判断し、宿泊施設へ協力の打診を行います。福祉避難所開設の協力と同様、宿泊施設は、その時の状況で受け入れ可能かどうかを判断します。行政からの要請はあくまで協力依頼であり、施設側の事情により受け入れが困難な場合は辞退することが可能です。
能登半島地震では、半島内の避難所の収容力が不足したことに加え、避難期間が長くなったこともあり、石川県内外の他地域の宿泊施設を利用した避難所に移す「二次避難」が広く行われました。同様の動きは東日本大震災でも見られました。地域を超えて被災者を受け入れる宿泊施設を利用した避難所を活用することについて、政府も積極的に取り組みを進めています。宿泊施設は、今や災害時に地域を支える重要なインフラとして期待されているのです。
7.「復旧・復興事業関係者の宿泊」
災害後、復旧工事や復興事業が始まると、工事関係者をはじめとする宿泊需要が増加します。工事関係者は、数週間から数か月の長期にわたり、宿泊施設を生活の場として利用します。観光客に提供するような豪華な料理やきめ細かいサービスは必要ありませんが、汚れた作業着を洗濯する洗濯機や物干し場など、復旧・復興事業関係者固有のニーズに対応する必要があります。
避難者受け入れの経営判断
災害時に長期的に避難者を受け入れた宿泊施設では、館内が「生活の場」となり、洗濯物を干したり、室内で飲食をしたりするため、内装に生活感や損傷が残るケースが見られました。その結果「生活臭がつく」という問題や、一般営業を再開する前に内装の修復にかなりな費用と時間が必要になったという課題が残りました。社会貢献はできたものの、経営面では大きな負担を強いられたと感じる経営者もいます。長期的な避難者の受け入れを判断する際には、以下の4つの視点から総合的にリスクとメリットを検討するとよいでしょう。
1. 施設の安全(絶対条件)
受け入れ判断の絶対条件は、今後、余震や土砂災害等があっても建物内が安全であることです。壁のひび割れ(クラック)がある、隣接する急傾斜地が崩れる可能性があるなど、安全面に懸念がある場合は受け入れを断る判断が必要です。
2. サービス提供能力
避難所や復旧工事関係者の宿舎として最低限のサービスが提供できるかを確認します。停電や断水状態では受け入れは困難ですし、従業員が対応しきれるかどうかの判断も必要です。
3. 一般営業再開への影響(経営的視点)
避難者や工事関係者を受け入れると、施設が「住居」化し、その後の一般営業への影響が長期化します。そのため、下記ポイントに着目した判断が必要です。
・清掃・修繕コスト: 避難者・工事関係者が生活した後の清掃・内装(壁紙など)修繕にかかる費用、および修繕に数週間かかるという時間のリスクを許容できるか。
・期間設定の難しさ: 受け入れ期間を行政と調整し、一般営業再開の目途を立てられるか。
・動線重複のリスク: 一般営業しながら避難者・工事関係者を受け入れる場合は、一般客と避難者の動線が重複する場合、一般客からのクレームやイメージ低下を招くリスクを考慮できるか。
4. 財務上のメリットとリスク
災害後、一般客の売上が激減する状況で、避難者受け入れにより災害救助法に基づき支給される1人1泊1万円以内(食事別)の利用料金をどう評価するか。
・メリット:一般の観光客やビジネス需要が回復するまでの期間、安定した利用料金(例:4人家族で客室平均単価(ADR)4万円相当)を確保できることは、財務上で大きな利点となる。
・リスクとの比較:一般営業再開が遅れることによる機会損失や、避難者等受け入れ後の修繕費用と、利用料金や工事関係者の宿泊料金による収入とのバランス。
おわりに
これまで述べてきたように、災害時には、フェーズごとにさまざまな避難者等の受け入れや宿泊のニーズが生じます。それらのニーズに対して宿泊事業者はこう対応しなければならない、という規則や義務はありません。どう対応するか、対応しないかは、宿泊事業者自身の経営判断に委ねられています。はっきりしていることは、それらのニーズへの対応は、災害時の混乱した状況の中で、短時間に意思決定しなければならないことです。いざという時に、理念や感情論だけではなく、財務と一般営業再開のバランスを踏まえ適切な判断をするためには、平時から災害時の対応の基本方針を定め、事業継続計画(BCP)等に明記したうえで、社内に周知しておくことが大切です。非常時にはその基本方針に沿って具体的な対応を迅速に決定し、実行することができます。そうすることが宿泊事業者の社会的価値の向上と、災害時のより確実な事業継続につながるのではないでしょうか。
<参考>
「災害救助法事務取扱要領」の改正(P.59~P.60)
ホテル・旅館などを活用した避難所設置・運営のルールは、内閣府の「災害救助法事務取扱要領」に細かく規定されています。昨年「災害救助法事務取扱要領」が改正され、避難生活が長期化する場合や、指定避難所が不足する場合には、ホテル・旅館等を避難所として活用できることが明確化されました。また、ホテル・旅館の避難所活用における、サービス提供基準と費用がより明確になりました。
サービス提供の原則は、通常宿泊サービスとして提供されるすべてを求めるものではなく、避難所としての「場所の提供」を主とする点にあります。このため、利用料金は通常の宿泊料金を下回ることが原則とされ、改正前の「三食込み7,000円」から限度額1人1泊あたり税込1万円以内(食事代別)と引き上げられました。宿泊料金の上昇に対応し、現場の負担を軽減することで、より円滑な避難者受け入れが可能となりました。
災害救助法に基づく避難者受け入れにおいて、宿泊施設が提供するサービス水準は、通常の宿泊サービスと同等水準ではなく、「避難所として適正な程度」であることが明確に定められました。公民館などの指定避難所にいる避難者と宿泊施設を利用した避難所にいる避難者との間の不公平感を緩和するとともに、受け入れ施設側の負担を軽減するために設けられたものです。
食事提供の面では、原則1日3食ですが、施設の人員や設備が不足し自施設での調理が困難な場合、お弁当などの外部提供で対応可能とされ、「社会通念上全員に提供できる範囲」の食事とするよう定められています。
アメニティ・清掃については、避難所として最低限必要なもののみで十分です。歯ブラシを毎日提供するなど、通常のお客様向けアメニティをすべて揃える必要はありません。客室の簡単な掃除や布団敷きは避難者自身が行うことを原則とし、タオル交換も最低限で良いとされています。これにより清掃・管理負担が大幅に軽減されます。入浴については、大浴場を時間帯を限定して提供することで十分とされます。また、ペット対応は原則として不要です。
これらの規定により、宿泊施設は通常の「おもてなし」レベルではなく、「避難生活の場所を提供する」という位置づけで対応することが明確になり、負担が大幅に軽減されることとなりました。負担が大幅に軽減されたことで、宿泊施設がラストリゾートとして地域防災の一翼を担い、災害対応を引き受ける上での環境が整えられました。










