人流データは重ねて活きる ―データの価値は「組み合わせ」で高まる―
人流データを導入したものの、「結局どう活用すればよいのか」と悩む地域は少なくありません。データの価値は単体ではなく、他の情報と組み合わせたときに高まります。本稿では、アンケート調査や交通、防災などの多様なデータと人流データをGIS上で重ね合わせることで、観光地の課題発見や意思決定にどう活かせるのかを、具体的な分析事例を交えて紹介します。
1.はじめに
近年、観光戦略の立案において人流データへの注目が高まっています。人流データとは、「いつ、どこで、誰が、どのように移動したか」を定量的に表すデータです。観光地を訪れる人は、どこから来て、どこを回り、どこで立ち止まっているのか。こうした動きを可視化する人流データは、観光戦略を考えるうえで有効な手がかりになります。ただし、人流データだけで観光客の行動理由や地域課題のすべてが分かるわけではありません。重要なのは、分析の目的に応じて、アンケート調査、観光施設、交通、防災情報など様々な情報を組み合わせて分析することです。本稿では、人流データ“だけ”を分析するのではなく、人流データと様々な情報を組み合わせることで、観光地の意思決定にどのように活かせるのかを、具体的な分析例とともに紹介します。
2.観光分野における人流データとは? ―人流データの有効性と限界―
観光分野で活用される代表的な人流データには、携帯電話の基地局データ、特定のアプリなどを経由して得られるGPSデータ、Wi-Fiアクセスポイントの接続データなどがあります(表1)。人流データにはその取得方法によって特徴や分析できる項目に違いがあり、人流データを活用する際はそれぞれの特性を理解することが重要です。
表1 観光分野で活用される主な人流データの種類とその特徴

人流データというと、先述のようにIoT機器を通じて収集されたビッグデータをイメージする方が多いかと思います。しかし、従来行われてきたアンケート調査を基にしたパーソントリップ調査1などの統計データも、人の移動を追ったデータですので、広い意味では人流データと捉えることができます。では、IoT機器から取得されるいわゆる人流ビッグデータと、アンケート調査などをベースとする従来型の統計データでは、どこに違いがあるのでしょうか。
まず、思いつくのがデータ量の違いです。人流ビッグデータでは時に数十億件にも及ぶログデータを分析することもあります。従来のアンケート調査では不可能だった大規模なデータを、継続的・効率的に取得し分析できるという点は、人流ビッグデータの大きなメリットです。では、データの質という点ではどうでしょうか。人流ビッグデータは対象となるIoT機器の位置情報を、緯度経度単位で自動的に収集するため、データの種類にもよりますが、理論上は数分単位や数十m単位での分析も可能です。この点において、広域かつ詳細な人々の動きを捉える能力は、従来型のアンケート調査よりも優位であると言えます。しかし、IoT機器から取得できる情報は、位置情報や時間などの定量的な情報が中心であり、その人が移動する動機や、その背景にある嗜好性などの定性的な情報を把握することは、容易ではありません。一方で、アンケート調査をもとにした従来型の統計データであれば、アンケートの項目を追加することで、動機や嗜好性のほか家族構成や年収といったパーソナルデータなども、比較的容易に取得することができます。
このように、大規模な人流ビッグデータを使った分析であっても、そこから得られる示唆には限界があります。こうした人流ビッグデータの限界を補い、その価値を高めるうえで有効なのがGIS(地理情報システム:Geographic Information System)です。GISを使うことで、様々な情報をデジタル地図上で重ね合わせて、人流データだけでは把握できない背景や要因を分析できます。なお、本稿では以降、携帯電話基地局データやGPSデータ、Wi-Fiアクセスポイントデータなど、IoT機器を通じて取得される人流ビッグデータを「人流データ」として扱います。
1 パーソントリップ調査(PT調査)とは、都市に住む人を対象に1日の移動パターンを尋ねることで、「どのような人が」「どのような目的で」「どこからどこへ」「どの時間帯に」「どのような交通手段で」移動しているかを把握することを目的とした調査です。
3.観光戦略を加速させるGISの力
GISとは位置情報を持つ様々なデータをデジタル地図上で重ね合わせて、位置情報に基づく分析や視覚的な表示ができるシステムです。GISでは観光施設・鉄道路線・行政区域などを点・線・面で表し、そこに利用客数や人口などの属性情報を持たせ、それらを組み合わせて分析することが可能です。日本では2007年制定の地理空間情報活用推進基本法に基づき、誰もが地理空間情報2を使い、高度な分析に基づく的確な情報を入手できる「G空間社会」の実現に向けて、様々な取り組みが行われてきました。その一環として、地理空間情報のオープンデータ化が進んでおり、防災・ドローン・自動運転など様々な分野で地理空間情報を扱うツールとして、GISが活用されています。近年では、コロナ禍において人流を可視化するツールとしても、GISは大きな役割を果たしました。
観光は目的地となる“場所”があり、そこへ人々が“移動する”ことで成り立ちますが、GISはこうした“場所”や“移動”といった情報を表示・分析することが得意です。例えば土産物店・宿泊施設や駅・バス停などは点データとして表現できますし、道路や鉄道路線・バス路線などは線データとして、行政区域・テーマパークや国立公園・湖沼などは面データとして表現できます。これらのデータに、営業時間や利用客数、施設名称や施設ジャンルといった属性情報が紐づいており、位置情報と属性情報を組み合わせた分析が可能となります。また、ある地域内の人口分布や高齢化率、宿泊施設の定員数の合計値などは、地域を一定間隔四方で区切ったメッシュデータとして表現することもできます。
図1 GISのイメージ

例えば、人流データで「A地点からB地点への移動が多い」という事実が分かったとしても、なぜそのルートを選ぶのか、そのルート上には何があるのかまでは分かりません。しかし、GISでそのルート上に存在する観光施設、飲食店、交通機関、さらには景観情報などを重ね合わせることで、観光客の選択理由や潜在的なニーズを理解する手がかりを得ることができます。また、人流データで特定の観光地への訪問者が少ないことが分かったとしても、それが「アクセスが悪いからなのか」「魅力的な施設が少ないからなのか」「単に情報が届いていないだけなのか」といった、具体的な理由は判別できません。しかし、GIS上で人流データと交通インフラ、観光施設データ、SNSの口コミデータなどを組み合わせることで、複合的な要因を推定するための手がかりを得ることができ、改善策の検討に役立てることができます。
このようにGISを活用し、人流データと他のデータを重ね合わせることで、人流データ単体やこれまでの表やグラフで表現される統計データ・アンケート調査だけでは分からなかった地域特性や課題に対して、多角的な分析が可能になるとともに、その結果を地図上で直感的に理解できるようになるのです。
2 地理空間情報とは、位置とそれに関する様々な情報を持つデータの総称です。人流データのほかに地形図や土地利用図などの地図データ、人工衛星や航空機による空中写真データや各種観測データ、道路や河川などの台帳データ、人口や農業などの統計データなど様々な種類があります。
4.人流データとGISを活用した分析例
当社では、人流データを地図上で可視化・分析できる独自システム「Japan Travel Bridge™」を有しています3。Japan Travel Bridge™では日本国内の任意のエリアで、外国人を含む様々な国の人がどこに訪れているかを、地図上で視覚的に分析することができます。ここではそのJapan Travel Bridge™から抽出された人流データに、様々なデータを重ね合わせることで、どのような分析ができるかをみてみましょう。
(今回取り上げる事例は本コラムのために分析したものであり、一部独自に加工したデータを含むものがあります。)
3 Japan Travel Bridge™の詳細はこちらから
事例1 人流×アンケート調査結果で市内飲食促進に向けた施策を考える
ある地域では、市内の観光スポットを訪れた来訪者を対象に、訪問時間帯や昼食場所などを尋ねる街頭アンケート調査を実施しました。その結果、12時前後の来訪者が多いにもかかわらず、他の調査スポットと比べて市内で昼食を食べた人の割合が低い、観光施設Fや歴史的観光スポットGなどのスポットがあることが分かりました(図2)。しかし、アンケート結果だけではその要因を把握することはできません。
そこで、市内を訪れた人の人流データと、それぞれの調査地点ごとの市内での昼食喫食率、市内の飲食店を重ね合わせたところ、図3のようになりました。図3から、昼食時間帯の来訪者が多いにも関わらず市内で昼食を食べた人の割合が低い観光施設Fや歴史的観光スポットGでは、周辺の飲食店が比較的少ないことが、その一因として考えられます。また、飲食店が多い中心市街地や自然景勝地Bとの間に一定程度の人流がみられるものの、それが必ずしも飲食に結びついているとは言えないことも分かりました。
このような分析から、今後の施策検討にあたっては、単に観光施設への集客を強化するだけでなく、飲食店が多い中心市街地や自然景勝地Bと連携した周遊ルートの設計、クーポンやスタンプラリーなど、市内で昼食を取る動機づけを組み合わせることが有効だと考えられます。
図2 来訪者アンケートの結果

図3 市内の人流データとアンケート結果・飲食店の分布

事例2 人流×標高データ×避難所データで、外国人観光客の津波避難対策を考える
ある沿岸部の観光地において、アジアからの外国人観光客の人流データと標高データを重ね合わせた結果が図4です。その結果、津波発生時にリスクが高い沿岸部の低地に観光客が集中していることが分かりました。ここに避難所や津波避難ビルを重ね合わせると、この地域の中でも特にエリアCにおいては避難先が相対的に少ないことが分かります。
こうしたエリアでは、避難距離が長くなることや、避難先の選択肢が限られることにより、円滑な避難が難しくなるおそれがあります。特に外国人観光客は、土地勘がないことに加え、避難情報の入手や理解に言語面での課題が生じやすいため、災害時の案内体制を重点的に検討すべき対象と考えられます。これらの複数の情報を組み合わせることで、例えば避難誘導看板を設置する際の重点対策エリアや、発災時に優先的に避難誘導をするエリアを検討することができます。
図4 市内の外国人観光客の滞在分析と標高・避難施設の分布

事例3 人流データから抽出した人気スポット×路線バスのルートで、地域の公共交通施策を考える
訪日外国人の主要な訪問先の1つとなっているある地域において、日本人および北米からの外国人観光客の人流データをもとに抽出した来訪者数上位50施設と、路線バスの運行ルートを重ね合わせて分析しました(図5)。
その結果、夏季には来訪先が比較的広域に分散し、日本人・北米からの外国人観光客ともに、バスの運行頻度の低いエリアにも人流が広がっていることが分かりました。一方で、冬季には特に北米からの外国人観光客において、バスの運行頻度が低いエリアを訪問する人が減少していることが確認されました。この地域では、冬季には積雪もあるため、観光客の交通手段として路線バスへの依存度が増すことが想定されます。こうした傾向から路線バスの運行頻度が低いエリアの観光施設では、交通手段の制限により冬季の来訪機会の逸失が生じている可能性があります。
今後、観光客の訪問先を、年間を通じて地域全体に分散させることを目指す場合、短期的には運行ルートや運行時間帯の見直しなど、中長期的には路線バス以外の交通手段の確保などを検討することが必要になると考えられます。
図5 人流データから抽出した来訪者が多い施設と路線バスルート

5.まとめ ―観光分野でのデータ活用促進に向けた課題と展望―
本稿では人流データと様々な情報をGIS上で重ね合わせ、地域特性や地域課題を多角的に分析し、その結果を直感的に理解しやすく表現することで、人流データの価値をさらに高めることができる可能性を示してきました。
人流データやGISは、データに基づく分析を行ううえで非常に強力なツールですが、地域のあらゆる課題やその解決策を示してくれる魔法のツールではありません。そもそも人流データは大規模なデータであるとはいえ、その地域を訪れているすべての人からデータを取得しているわけではありません。あくまでも従来型のアンケート調査と同様に、来訪者全体ではなく、その一部から取得したデータに基づくサンプル調査であることには、留意が必要です。また、冒頭で述べた通り、IoT機器から感情や動機などの定性的な情報を取得することは容易ではありません。こうしたことから、従来のアンケート調査や、時には地域の観光事業者や地元住民の“現場の勘”から得られる定性的な情報も、依然としてその重要性は失われていません。
昨今では観光分野においても「EBPM(Evidence Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)」が求められる場面が増えており、人流データに限らず多様なデータを容易に取得・分析できるツールが広く普及しています。こうした状況において求められるのは、単にデータを集めることではなく、そのデータを取得する意味を考え、複数のデータから仮説を立て、地域にとって必要な意思決定につなげていく力です。人流データの価値は、データそのものにあるのではなく、それを他の情報と組み合わせ、地域の課題解決につなげることで初めて生まれます。本稿が皆様の地域においても、「どのようなデータを組み合わせれば課題解決につながるのか」を考えるきっかけとなれば幸いです。
【出典】
ツーリズムとよた グルメ
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