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  2. 【後編】地方の家族経営旅館における事業承継の現状―親族内承継と第三者承継(M&A)を成功させる条件―

研究員コラム

【後編】地方の家族経営旅館における事業承継の現状―親族内承継と第三者承継(M&A)を成功させる条件―

宮口 直人

客員研究員

公開日

地方の小規模な家族経営旅館では、施設の老朽化や債務、人手不足などを背景に、事業承継が重要な経営課題となっている。本稿では、自らも旅館を経営し、関連するコンサルティングを行う立場から、親族内承継と第三者承継(M&A)の双方について、何を受け継ぎ、何を変えるのか、承継後の運営体制をどのように構築すべきかを考える。 なお、本稿は前編・後編の2回に分けて掲載する。前編では事業承継をめぐる現状と課題を、後編では承継後の運営体制やPMIについて考察する。

※本コラムの前編は こちら からご覧いただけます

6. 譲受候補企業は旅館の何を評価するのか

旅館の譲受を検討する企業が評価するのは、現在の土地・建物の市場価値だけではない。施設が老朽化しており、不動産としての評価額が高くない場合でも、観光地としての知名度、交通アクセス、温泉とその利用権、周辺の飲食・交通・体験、地域で築かれてきた信用や取引関係などに、将来の事業価値を見いだすことがある。

ただし、こうした資源を持っているだけで、高い事業価値が認められるわけではない。建替えや改修によって魅力ある宿泊施設に再生できるか、新たな顧客層を開拓できるか、適切な価格で販売できるか、支配人や従業員を確保できるかなど、承継後の事業計画と実行体制が重要になる。譲受候補企業は、地域資源の希少性とともに、それらを将来のキャッシュフローに結びつけられるかを評価しているのである。

この点を具体的に示すため、以下ではAtonaと共立メンテナンスを取り上げる。両社は、個別の家族経営旅館における第三者承継(M&A)の成約事例として紹介するものではない。Atonaは、地域資源に資本、ブランド、開発力を組み合わせる「投資・開発型」の事例であり、共立メンテナンスは、販売、人材、DXなどの機能を共通化する「運営基盤型」の事例である。両社を比較することで、旅館の潜在価値を実際の収益に変えるために、譲受側にどのような能力が求められるかを確認する。

6-1. 資本と開発力によって地域資源を事業化するAtona

株式会社Atonaは、Kirakuとハイアットの関連会社が2022年に設立した合弁会社である。2025年9月、ハイアット、Kiraku、竹中工務店は、Atonaブランドに特化した不動産ファンド「Atona Impact Fund」が総額220億円でファイナルクローズしたと発表した。同ファンドは、Atonaブランドで運営する旅館の開発・改修に投資し、地方にある希少性の高い観光資源を生かしながら、地域の長期的な価値向上を目指している[1]。

この事例が本稿の議論と関係するのは、地方旅館の価値を、既存建物の状態や現在の収益だけで評価していない点にある。温泉、地域の食、自然や文化などを、国際的なホテル運営の知見、ブランド、建築・開発力、投資資金と組み合わせることで、新たな宿泊事業として成立させようとしている。

家族経営旅館の承継に置き換えれば、建物の市場価値が低くても、立地や温泉などの地域資源に希少性があり、改修後の事業計画に十分な収益性が認められれば、譲受対象となる可能性があることを示している。

6-2. 運営基盤によって事業価値を高める共立メンテナンス

共立メンテナンスは、ビジネスホテル「ドーミーイン」とリゾートホテル「共立リゾート」を全国で展開している。同社は、中期経営計画において、リゾート事業を2028年に5,500室まで拡大する目標を掲げ、年平均3~4事業所の新規出店を計画している。また、需要に応じた販売価格の設定、訪日外国人旅行者の取り込み、DXによる集客費用の適正化と労働生産性の向上、人材の採用・育成などを成長戦略として位置づけている[2]。

共立メンテナンスの事例から得られる示唆は、旅館の事業価値を承継後に高めるには、販売、予約管理、価格設定、採用、人材育成、設備管理などを継続的に支える運営基盤が必要だということである。特に小規模旅館では、経営者や支配人に業務が集中しやすい。第三者承継では、既存従業員の経験や地域との関係を尊重しながら、譲受企業が持つ販売網、人材、システム、資金管理の仕組みを組み合わせることが重要になる。

6-3. 譲受候補企業を何によって選ぶべきか

Atonaと共立メンテナンスの事例は、地方旅館の事業価値が、地域資源だけで決まるものではないことを示している。温泉や立地などの資源に、資本、開発力、ブランド、販売力、人材、運営ノウハウを組み合わせ、安定した収益を生み出せるかが重要である。

したがって、第三者承継では、譲渡価格や譲受候補企業の資金力だけで承継先を選ぶべきではない。地域資源の価値を理解しているか、必要な設備投資を実行できるか、承継後の運営責任者を配置できるか、既存従業員の意欲を維持しながら改革を進められるか、地域との関係を長期にわたって築けるかを総合的に判断する必要がある。これらの能力があって初めて、承継前には十分に評価されていなかった旅館の潜在価値を、持続的な事業価値として顕在化させることができる。

ただし、旅館の潜在価値を顕在化することは、旅館一社の収益を改善することだけを意味しない。地域の観光資源を基礎として生み出した価値を、雇用、調達、周辺事業者への送客などを通じて地域へ還元できるかも、承継先を評価する上で重要な視点となる。次章では、この点を観光庁が示した「ヤドの課題」と関連づけて検討する。

7. 観光庁の「ヤドの課題」と地域内経済循環

観光庁は、2022年に策定した「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりに向けたアクションプラン」において、高付加価値旅行者を地方へ誘致するための課題を、「ウリ」「ヤド」「ヒト」「コネ」に「アシ」を加えた五つの観点から整理している。このうち「ヤド」とは、施設や設備などのハード面だけでなく、サービスなどのソフト面でも質が高く、宿泊を通じて地域固有の文化や物語を感じられる宿泊施設を指す。同プランは、こうした宿泊施設が、特に地方部で不足していると指摘している[3]。

また、観光庁は、上質な宿泊施設の整備を進めるためには、地方自治体、地域金融機関、地域企業、観光事業者などが中心的な役割を担う必要があるとしている。一方、多くの地域では、観光戦略が策定されていない、あるいは関係者の間で十分に共有されていないため、地域にどのような宿泊施設が必要なのかが明確になっていない。さらに、宿泊施設の立地候補や周辺インフラに関する情報、想定する顧客層、施設のコンセプトや規模、開発事業者を選定するための知識やネットワークが不足していることも課題として挙げられている。

同プランは、主として高付加価値旅行者の誘致に向けた宿泊施設の整備を対象としているが、その指摘は、既存旅館の事業承継にも当てはまる。旅館の承継を一社だけの問題として捉え、譲渡価格や譲受候補企業の資金力だけで承継先を決めてしまうと、承継後の旅館が地域の観光戦略と合わなくなる可能性がある。事業承継を進める際には、その旅館が地域の中でどのような役割を担ってきたのか、また、承継後にどのような役割を担うべきかを整理する必要がある。

ここで重要なのは、地元企業への承継を一律に優先することでも、外部資本を排除することでもない。承継先が、旅館の収益力を改善するとともに、地域の観光資源や事業者との関係を維持・発展させられるかを見極めることである。譲受候補企業の所在地や資本の属性だけで判断するのではなく、承継後の事業計画、運営体制、雇用方針、地域との連携方針を具体的に確認する必要がある。

また、不動産の保有者と旅館の運営者が、同一である必要はない。例えば、外部の投資家が土地・建物を保有し、地域企業と専門運営会社が設立した会社が旅館を運営する方法も考えられる。このように、不動産の保有、旅館業の経営、日常の運営、地域マーケティングの役割を分け、それぞれの責任を明確にすることによって、外部の資金や運営ノウハウを活用しながら、地域との結びつきを維持することができる。

旅館は、食材、酒、工芸、交通、飲食、体験、金融など、地域内の多くの産業と結びついている。したがって、旅館の事業承継を評価する際には、旅館単体の売上高や利益だけでなく、地域雇用の維持、地域内からの調達、周辺の飲食店や体験事業者への送客などを通じて、地域内にどの程度の経済効果が生まれるかを確認する必要がある。重要なのは、承継先が地元企業か外部企業かという形式ではなく、承継後に生み出された価値が地域内にどの程度還元されるかである。

こうした地域との役割分担や経済循環に関する方針は、関係者の理念として掲げるだけでは実現しない。承継後の事業計画や運営体制に落とし込み、実施事項、責任者、目標を明確にする必要がある。特に第三者承継では、これらを承継後のPMI(※1)に組み込むことが重要になる。

(※1)PMI(Post Merger Integration) M&A成立後に、経営統合、関係者との信頼関係の構築、業務統合を進めるプロセス

8. 成否を分ける承継後の運営体制とPMI

事業承継は、経営権が移転した時点で完了するものではない。前章で示した運営方針や地域との役割分担を、承継後の経営と日常業務に具体的に落とし込み、新しい経営体制を定着させる取組の出発点である。親族内承継では、後継者が既存の信頼関係を損なうことなく、従来の経営手法にとらわれずに意思決定できるかが問われる。AIやDXを導入するだけでなく、PMS(宿泊管理システム)、会計、顧客データを連携させ、客室単価、稼働率、RevPAR(※2)、食材原価、人時生産性、直販比率などを月次で確認し、改善につなげる必要がある。特に、自社サイトの多言語化、顧客関係管理、SNS、地域体験を組み合わせ、海外の顧客へ直接訴求できれば、OTA(Online Travel Agency)への過度な依存を抑えながら、顧客との関係を自社の資産として蓄積できる。

(※2) RevPAR(Revenue Per Available Room) 販売可能客室1室当たりの客室売上高。客室売上高を販売可能客室数で割って算出する。

第三者承継でも基本的な考え方は同じだが、異なる組織を統合するため、難易度は高くなる。力量のある支配人やマネージャーを配置できるか、既存従業員の雇用と仕事への誇りを守りながら業務を変えられるか、観光協会、DMO、商工会・商工会議所、金融機関、他の旅館経営者と良好な関係を築けるかが重要である。前オーナーが一定期間、相談役として関与する例もある。ただし、関与する期間、権限、連絡経路が曖昧であれば、誰が最終的な意思決定者なのかが不明確になる。前オーナーの知見と地域とのつながりを引き継ぎつつ、新経営者の意思決定を妨げない役割設計が求められる。

中小企業庁の「中小PMIガイドライン」は、M&A後に取り組む領域を、経営統合、信頼関係の構築、業務統合の三つに整理している[4]。旅館の第三者承継では、これらを契約締結後に検討し始めるのでは遅い。基本合意の段階から、承継後100日間と、その後3年間の二つの時間軸で、実施事項、責任者、必要資金を具体化しておく必要がある。

時期経営統合信頼関係の構築業務統合・成長施策
契約前–Day 0経営方針、ブランド方針、投資上限、資金計画、権限分担を合意する。温泉利用権、不動産、許認可、経営者保証を確認する。従業員、金融機関、主要取引先、地域団体への説明内容と順序を決める。安全、衛生、設備、予約、会計、人事に関する情報を確認する。休業・改装期間を事業計画に反映する。
Day 1–30支配人とPMI責任者を明確にし、日次の資金繰りとサービスの継続を最優先する。全従業員と対話し、雇用・処遇方針を説明する。前オーナーとの連絡窓口を一本化する。予約引継ぎの漏れや二重予約、給与・仕入れの遅延、設備故障による営業停止を防ぐ。急激なブランド変更や人員整理を避ける。
Day 31–100月次KPIと会議体を定着させ、設備投資と改善施策の優先順位を決める。地域関係者との共同施策を小規模に開始し、従業員の改善提案を経営に取り入れる。価格、販売チャネル、直販、多言語対応、シフト、メニュー、調達を改善し、低コストで仮説検証を行う。
1–3年基準・下振れ・改装遅延の3シナリオによる事業計画を四半期ごとに更新し、財務規律と成長投資を両立する。地域調達、地域内送客、雇用に関するKPIを関係者と共有し、進捗を可視化する。改装、ブランド再構築、DX・AI、人材育成、新市場の開拓を段階的に実施する。

PMIで避けるべきなのは、譲渡価格や改装構想の検討に時間を費やす一方、承継後に現場を率いる人材を決めないまま契約を進めることである。小規模旅館では、支配人一人の力量が、収益、従業員の定着、地域との関係に大きく影響する。譲受候補の探索と並行して運営責任者を選定し、着任可能な時期も事業計画に織り込む必要がある。

8-1. 事業計画と資金繰り計画

精度の高い事業計画と資金繰り計画は、親族内承継と第三者承継(M&A)のいずれにおいても、意思決定の基礎となる。ただし、単一の強気な予測だけでは不十分である。少なくとも、基準、下振れ、改装遅延の三つのシナリオを作成し、売上高だけでなく、資金が不足する時期がないかを確認する必要がある。温泉設備、屋根・外壁、厨房、消防設備、空調、エレベーターなどの更新が、客室改装より優先される場合もある。借入金の返済、税金、運転資金、休業期間中の損失、採用・研修費までを月次の資金繰り計画に反映し、実績との差異を踏まえて継続的に更新することが欠かせない。

承継前に最低限そろえる10項目
①直近3年分の月次試算表 ②部門別の売上高・原価 ③予約経路別の売上高・手数料 ④人員配置・賃金・シフト ⑤借入金・担保・経営者保証 ⑥不動産・賃貸借・境界 ⑦温泉利用権・源泉設備 ⑧許認可・法令・消防・衛生 ⑨今後10年間の修繕・設備投資計画 ⑩地域関係者、取引先、前オーナーを含むPMI関係者マップ

9. 結論

今後、地方の家族経営旅館では、親族内承継と第三者承継の双方を検討する機会が増えると考えられる。インバウンド需要の地方への広がりは、従来、取引対象になりにくかった小規模旅館にも新たな評価軸をもたらしている。しかし、需要の回復だけで、施設の老朽化、債務、人手不足、収益力の低下が解消されるわけではない。潜在的な事業価値を実際の収益に結びつけるには、運営を担う人材と、必要な投資を実行できる財務基盤が不可欠である。

親族内承継で重要なのは、先代と同じ経営を続けることではない。受け継いだ事業資源を起点に、許容可能な範囲で新たな取組を試し、地域の事業者や外部人材と連携しながら、不確実な環境に対応することである。この姿勢は、エフェクチュエーションの実践といえる。一方、第三者承継では、譲受候補企業の属性や譲渡価格だけで成否は決まらない。経営統合、信頼関係の構築、業務統合からなるPMIと、地域内のネットワークや地域内経済循環を、承継前から設計する必要がある。

旅館の事業承継は、株式や不動産、屋号を移転すれば完了するものではない。何を守り、何を変え、誰がどのような体制で運営するのかという、経営の仕組みそのものを再設計する取組である。その設計図となるのが、当事者の意思と条件を明確にした承継方針と、実績に応じて更新される事業計画・資金繰り計画である。親族内承継では、経営権限や役割を段階的に移すための移行計画が必要となる。第三者承継では、それに加えて、承継後100日間と、その後3年間を見据えたPMI計画が重要になる。これらを承継前から準備することによって、家族が守ってきた宿を、地域の将来を支える事業として次の世代へつなぐことができる。

参考文献・参照資料
[1]Hyatt Hotels Corporation(2025)Atona Impact Fund final close(2025年9月11日)(最終閲覧日:2026年9月2日)
[2]共立メンテナンス「長期ビジョン・中期経営計画」および「CFOメッセージ」(最終閲覧日:2026年9月2日)
[3]観光庁(2022)「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりに向けたアクションプラン」(最終閲覧日:2026年9月2日)
[4]中小企業庁(2022)「中小PMIガイドライン~中小M&Aを成功に導くために~」および関連実践ツール(最終閲覧日:2026年9月2日)

著者

客員研究員

宿泊施設の再生、地域活性化、観光人材育成を専門とし、自ら旅館を経営しながら、宿泊業を中心とした地域づくりやインバウンドマーケティングを実践している。大学では旅館経営に関する研究・教育に取り組む一方、実務の現場では日本の地域と海外観光客をつなぐ新しいビジネス創出にも挑戦している。

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