連載
新しい観光の芽 探検隊🔍~5年先の旅のカタチを探る~
【第25回】数学者・加藤文元さんに聞く、5年先の旅のカタチ
数学者として幅広く活躍する加藤さんが考える、AI時代における対話力とは?
本コラムでは、今後の観光や旅行のトレンドの把握と、変化の兆し(=新しい観光の芽)を捉えることを目的に、 旅行分野にとどまらない様々な分野の第一人者への「探検記(=インタビューの様子)」をお届けします。
今回は、数学者として、数論幾何学を専門にZEN大学のZEN数学センター(ZMC)の所長などを務めている加藤文元さんにお話を伺いました。
Profile
加藤 文元 さん

1997年1月に京都大学で博士(理学)を取得し、九州大学助手、京都大学准教授、熊本大学教授、東京工業大学教授を歴任。専門は代数幾何学および数論幾何学、特にリジッド幾何学(非アルキメデス的幾何学)で、日本語と英語の両方で専門書を出版するなど、長年に渡りその基礎付けの仕事に携わる。また、数学史や数学者の思想・生涯、さらには数学の考え方などを題材とした一般の読者向けの書籍も多数出版し、数学の啓蒙活動も行う。加藤教授趣味はピアノと合唱、で、学生時代にはプロの指揮者に師事して指揮法を学ぶほどの音楽好き。現在は、2025年4月に開学した通信制の4年制大学、ZEN大学で教授として教鞭を取る。
数学理論との出会いが導いた数学者への道
探検隊
加藤さんのこれまでの取組みと現在の活動を教えてください。
加藤さん
大学で数学の博士号を取り、それ以降研究活動をしてきました。大学卒業後は九州大学、京都大学で准教授などを担い、熊本大学で初めて教授になって、2015年からは東京工業大学で教授をしていましたが、2022年に一度大学教授を辞めました。というのも、会社の社長になってみたいなと思い、会社を作りました。それと同時にZEN大学を立ち上げる手伝いをして2025年4月の開学と同時に大学教授に戻り、ZEN数学センター(ZMC)という研究所の所長を任されてプロジェクトを運営・遂行しています。数学っていうと理論的な学問で、紙と鉛筆、そして黒板に向かって黙々と数式を書いている姿を思い浮かべられると思うんです。しかし、最近はAIの出現等々で研究の姿も変化してきています。将棋の世界と同じで、AIをどう活用していくか、どう付き合っていくか、AI時代の数学研究とは何かという研究に取り組んでいます。
探検隊
数学とAIの共存といった新しい時代のテーマに取り組まれているのですね。そもそも加藤さんはなぜ数学の道に進まれたのでしょうか。
加藤さん
もともと僕は物理、特に素粒子をやりたかったんですよ。大学にはそういう先生もたくさんいたのでこれはもう本当に最高のところに入ったなと思っていたのだけど、お金にならないなと、そういうことを考え始めるわけですね。その当時は「細胞の分子生物学」という本が出て分子生物学の研究が活発になり、いわゆるバイオテクノロジーなんて言葉が注目され始めた頃なんです。それをやり始めたら、絶対食いっぱぐれないと思って、生物学に進もうとしました。ただ、解剖がどうしても嫌でね(笑)。身の回りの人たちは喜んで解剖していてのナマコとかエビとかを解剖した後に、家に持って帰って食べるって言うんですよね。僕はそれを聞いて自分とは違うと思って、辞めました。結局、自分が一番好きなことがやっぱり数学なんだなということに最後は気付いたということですね。
探検隊
数学者の道に進みたいと思ったきっかけなどはあったのでしょうか。
加藤さん
高校までは数学が得意で、苦労もしていませんでした。数学は好きだったんだけど、これをすごい学問だ、自分の仕事にするんだ、と思ったことは全くなかったんですね。大学で生物学が立ち行かなくなって、進路を考え直さなければいけないというときに仙台の実家に戻りました。祖父が数学者で、中学生の時に買ってもらって一度も開けたことのなかった数学の本を読んでみました。その本にはこれまで、どこでも習ったことないような内容が書いてあって、これは何だろうと思って計算を始めたら止まらなくなりました。20時間計算して、寝て、また20時間計算するという生活を数週間繰り返しているうちに、新しい数学の理論を発見したと思ったんですね。それを東北大学の先生にお見せしたところ、「これは20世紀の初め頃にドイツ人のクルト・ヘンゼルという人がつくったp進数という新しい数の体系の一つなんだ。あなたがそれを自力で証明をしたのはすごい。」と言われ、僕が発見した定理に関する専門書を教えてもらいました。当時はまだ専門的な数学経験がないわけなので、そこからさらに半年くらいかけて読み解いたんです。そうすると、今まで僕が何週間も計算して、一生懸命言葉にしようと思って苦労したことが、すごくエレガントな言葉で整理されているわけですよ。これは一生をかける価値があると思いました。すごいものに出会えたと圧倒されちゃって…。

数の裏側を探る数論幾何学とAIとの共存
探検隊
加藤さんをそこまで圧倒させるすごい理論だったのですね。加藤さんのご専門は数学の中でも数論幾何学、リジット幾何学という分野でしょうか。
加藤さん
リジット幾何学というのは、数論幾何学の一つの分野だと思っていただいていいと思います。当時の僕は先ほどお話したクルト・ヘンゼルの理論であるp進数の体系をすごく新しいと思い、その原点を活かせる研究をしようと思いました。
探検隊
リジット幾何学とは、どのような学問なのでしょうか。
加藤さん
「普通の数」の体系の上に幾何をする(※1)のではなくて、p進数みたいな「普通じゃない数」の上で幾何をする世界です。
※1 幾何をする:その数を使って、図形や空間の性質を考えること
※1 幾何をする:その数を使って、図形や空間の性質を考えること
探検隊
普通の数、普通じゃない数…。それはどういうことでしょうか。
加藤さん
これがね、説明が大変なんですよ(笑)。普通の数は「実数」と言うと分かるかと思います。ルート(√)とか円周率とかも実数の中に入ります。例えば円周率だったら「3.1415・・・」と続いて小数点以上(3)と小数点以下(1415・・・)の数字に分かれていますね。普通の数の体系では、小数点以下が無限に続きますが、小数点以上は有限桁しか並びません。これが実数というものが持っている性質なんです。あまりそういうことを考えたことがないと思うんだけど、それを逆にして、小数点以上を無限桁にして、小数点以下を有限にする、というような数も実は考えられるんです。
探検隊
・・・?
加藤さん
ほら、気の狂った数でしょ(笑)。そういう小数点以上と以下の役割をひっくり返すような数の考え方というのは実は世の中に存在していて、ちゃんと幾何まで出来てしまいます。専門的には、普通の数は「アルキメディアン」、普通じゃない数は「ノンアルキメディアン」と言います。皆さんが高校までに習う数学というのは全てアルキメディアンな数学なんですけど、もう一つのノンアルキメディアンな数学も重要です。例えば方程式の整数解や有理数解を考えるとき、実数だけ見ていても分からないことがあってノンアルキメディアンを見て初めて分かることがあるんですね。つまり、数の裏側を見ないといけないということになります。こういう理論は暗号理論などにも応用されています。
探検隊
分かりやすい解説ありがとうございます。そんな数があるとは今まで考えたこともありませんでした。加藤さんはAIを使って数学の証明をコンピュータ上で形式化・検証する研究、まさに数学とAIの共存といったテーマに取組まれていると思います。このような数学の難しい理論を解き明かすためにAIを活用されているのですか。
加藤さん
AIは沢山使っています。僕が特徴だと思っているのは、とにかく「チャットをする」ことなんですよね。一回命令しても大したことはやってくれないけど、ずっとチャットをして自分のやりたいことを知ってもらうことによって、自分の出来なかったこと、知らなかったことまで教えてくれます。最近は数学の世界でもAIを使って新たな発見ができたっていうことが矢継ぎ早に報告されています。今解いている問題の難しさなんかを、どんどん共有して、新しい突破口を提案してもらうような感じの付き合い方ですね。
探検隊
まさにAIは数学者の共同研究者のようになりつつあるのですね。

ZEN大学提供
AIが導く未来の旅と変わらないリアルな対話
探検隊
加藤さんは普段旅行をされますか。
加藤さん
旅行するのは多いと思いますね。国立大学の教授だった頃は、多くて年に4~5回くらい海外に行っていました。東工大の教授だった頃は、JICAを通じてエジプトの大学を支援するプロジェクトに参加していたので、1週間エジプトに行って、帰ってきて1週間東京で講義して、また次の週エジプトに行くこともありました。
探検隊
加藤さんは海外出張や留学のご経験もあるかと思います。それらの経験を通じて得られたものはありますか。
加藤さん
色んなことを得ているのでなかなか言語化しにくいですが、一番大きかったのは研究スタイルの違いですね。20代終わりの研究者として駆け出しの頃、ドイツに2年間留学していました。その経験は僕にとっては非常に大きかったと思います。日本だと机に向かって一心不乱に計算するというスタイルの研究が多いのに対して、ドイツの研究者たちというのは、皆と一緒にコーヒーを飲んで、お菓子を食べながら、ホワイトボードや黒板に向かってとにかく話をする。先程AIの話でも言った通り「チャット」なんですよね。とにかくチャットをする。そういう中で、新たなアイデアが生まれてくるパターンが多いわけです。この違いは良し悪しではなくて、両方できた方がいいんだということに気付くことが出来ました。
探検隊
加藤さんも海外で得た研究スタイルを取り入れられているのですか。
加藤さん
今月もスコットランドのエディンバラで1週間のプロジェクト合宿を行います。国際的なプロジェクトなので最初はオンラインでやればいいじゃんと思っていたんですけど、オンラインだとやっぱりダメだということに気付きました。気の入りようが全然違うんだと思います。例えばオンラインで10時間やろうっていうのは難しいけど、合宿で実際に会って、10時間一緒に研究するって言ったら全然おかしくないですよね。そういう場が与えられてそういうポスチャーになるというか、そういう空気になるんだと思います。無制限一本勝負の仕事っていうのが、研究では結構重要なんだと思うんですね。
探検隊
研究の世界でも実際に会うからこそ出来ることがあるんですね。
5年先、旅はどのように変わっていくと思いますか。
5年先、旅はどのように変わっていくと思いますか。
加藤さん
変わるとしたらAIでしょうね。旅で何を得るのかというところから始まって、チャットしまくって、その人がどういう旅の満足感を目指しているのか、その人がどのくらい体力があるのか、キャパシティの問題と経済力の問題などの様々なファクターが長い間増えていくと、「旅のコンシェルジュ」になってくれるわけですよね。非常にパーソナライズされた感じになる気がしています。 AIとかITはすごいスピードで社会を変えているので5年先なんて言ったら、もうかなり変わっちゃっている可能性はあるのかなと思います。
探検隊
先程合宿のお話で話されていた無制限一本勝負でやることもこの先大切な要素になると思われますか。
加藤さん
オンラインでも多くのコミュニケーションができますけど、カットされてしまう情報量というのも非常に大きいと思うんですよね。例えば現場の空気とか匂いとか。それから相手の熱気もそうでしょうし、実は色々な情報が欠落しているんだと思うんですね。だから、それを全部補完することができるのであれば、オンラインで全然大丈夫だと思うんですよ。オンラインで20時間とか一緒に作業することもできると思います。ですが、チャットする相手が人間であり、オンラインだけでは伝わらない空気を感じ取れるコミュニケーションを直接とる、ということは大事だと思います。少なくともわたしの場合は、ですが。笑

今回の探検で見つけた「芽」
今回の探検で発見したのは、AIとの対話を通じて新たな価値を生み出す「AIとの対話力」と、現場でしか得られない「リアルな対話力」の重要性でした。AIとのチャットを重ねることで個々に最適化された提案へとつながっていく一方で、研究の現場ではリアルな対話の中で生まれる空気感や熱量といった価値の大切さも改めて感じました。デジタルとリアル、それぞれの対話の特性を活かしながら共存していくことで、私たちはより深い思考と創造力を磨いていく必要があるのではないでしょうか。(YVR)