件数から価値へ ─進化するMICE評価基準を読み解く

いま、MICEの評価基準は変化しつつあるのではないでしょうか。これまで開催件数や参加者数といった「数」で語られてきた都市や国の実力が、近年ではより多面的な「価値」によって評価され始めています。こうした動きは、単なるランキング手法の更新ではなく、「MICEの価値とは何か」を改めて問い直す変化として注目されています。
*本コラムは、「月刊MICE Japan 2026 6月号(株式会社 MICEジャパン)」に掲載された原稿を、許可を得て再掲するものです。

小島 規美江

小島 規美江 客員研究員

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目次

開催価値重視へのシフト

近年、MICEの評価基準そのものを見直す動きが世界的に進みつつあります。これまでMICEとりわけ国際会議や学会などのC:Convention(コンベンション)において、開催件数や参加者数といった「数」を中心とした統計が主要な指標として用いられてきました。これらの数値は国や都市の実績を示す分かりやすい尺度であり、開催地選定の際の有力な判断材料として機能してきたことは間違いありません。その結果、各国・都市がランキングの順位を上げることを目標に取り組んできたことも当然の流れであったと言えるでしょう。
 しかし現在では、開催件数に加え、開催地が持つ産業集積や研究環境、ビジネスネットワーク、参加者にもたらす体験価値など、より多面的な視点から開催地を評価しようとする動きが広がりつつあります。特にM:Meeting(企業ミーティング)やI:Incentive(インセンティブ)の分野では、企業内部の活動として実施されることが多く、開催件数などの統計が表に出にくいという特徴があります。そのためMとIの主催者やプランナーは、国際会議の開催実績を一つの指標として活用しながら、「どの地域が目的に対して最も価値を生み出せるか」という観点から開催地を選定している可能性があります。実際、一部の先進的なコンベンションビューローでは、単なる会場紹介や誘致活動にとどまらず、国内の研究者やアカデミア関係者、企業などとの連携を支援する動きも見られます。これは、開催件数だけでなく、地域の研究・産業ネットワークそのものが開催地の価値として重視されていることを示しているのかもしれません。

分野別競争力が可視化され始めたICCA統計

こうした考え方の変化は、C:Convention(コンベンション)やE:Exhibition(展示会)の分野にも波及し始めています。従来は開催件数や参加者数・来場者数などの規模を中心に評価されてきたこれらの分野においても、単一の数値だけでは地域の実力を十分に表現できないという認識が共有されつつあります。その象徴的な動きが、近年の国際会議統計における新たなランキングの導入です。
 ICCA(国際会議協会)による統計レポートにおいては、従来の開催件数に加えて分野別のランキングなど、多面的な指標による評価が行われるようになっています。今月発表された2025年の分野別ランキングでは、日本は「テクノロジー」部門で2位、「科学」部門で3位、都市別でも東京が「科学」部門の2位になっています。「EVERY SECTOR HAS ITS CHAMPION (それぞれの分野に強みを持つ都市)」と題された分析コメントの中で「日本は、国別の開催件数ではトップ5に入っていないものの、テクノロジー分野では高い存在感を示しており、東京・大阪・横浜の3都市で多くの国際的なテクノロジー系会議を開催していると分析されている。これは、単純な開催件数だけでは見えにくい『分野別の競争力』が、今後より重要な評価軸になっていく可能性を示している。」と書かれています。

日本のMICE政策にも広がる“価値評価”の視点

この流れは、日本のMICE政策とも無関係ではありません。観光庁がこの度発表した「MICEマーケティング戦略」においても、開催件数だけでなく、消費額、地方誘客、付加価値の高い体験、人材育成などが重要な視点として整理されています。つまり現在は、開催価値を含めてMICEの競争力をあらゆる視点で高めていく段階に入っていると言えるのではないでしょうか。

展示会産業でも始まった多次元評価への転換

展示会(Exhibition)分野においても、同様の流れがより明確な形で表れています。2026年3月に発表された世界の展示会産業レビュー(Global Industry Performance Review 2025)では、初めて多次元的なフレームワークによる国別ランキングが導入されました。このランキングでは、市場の魅力度、ビジネス・エコシステムの質、競争機会という三つの観点から総合評価が行われています。結果として、中国、アメリカ、フランス、ドイツなどの主要市場に加え、UAEやインドといった新興市場の存在感が示されるなど、従来とは異なる視点で市場が捉えられるようになっています。
 特に注目すべきは、「ビジネス・エコシステムの質」という指標が導入された点です。これは「展示会を間接的に支えるインフラや制度が評価対象」と書かれており、関連産業、制度、物流、人材など、展示会を支える周辺環境全体を評価対象とするものです。このような多面的な評価の導入は、従来の単一指標では見えにくかった市場の特性や成長可能性を可視化するものであり、各国・都市が自らの強みをより明確に示す機会を生み出すという点で、歓迎すべき変化であると言えるでしょう。
 尚、この「ビジネス・エコシステムの質」ランキングにおいて、日本は10位に位置付けられました。国内市場中心で発展してきた日本の展示会産業は、しばしば独自性の強い市場と評価されてきました。また、経済産業省の「令和6年度補正クリエイター事業者支援事業 (展示会産業の国際化のための実態把握等に関する調査研究)」においても、「展示会の潜在的な価値の大きさとその活用方法について、もっと社会に認識されるよう示していくべきである。」という結論が報告されました。今回のビジネス・エコシステムの質ランキングの結果は、日本の制度やインフラ、人材といった基盤が国際的にも一定の評価を受けていることを表します。この点は、日本の展示会産業が今後グローバル市場との接続を深めていく上で、大きな意味を持つと言えるでしょう。言い換えれば、日本の展示会業界は、自らが持つ強みをより正しく認識し、日本の各産業が世界市場で存在感を高められるよう支援していくキープレイヤーとなる必要があるのではないでしょうか。

 

評価軸の多様化とランキング透明性への課題

一方で、このような新しい評価手法が広がる中では、その評価方法そのものにも目を向けていく必要があります。従来の開催件数や来場者数、展示面積といった指標は、数値として明確に把握できるため、比較の前提が分かりやすいという特徴がありました。それに対し、「市場の魅力度」や「ビジネス・エコシステムの質」といった概念は、何を基準に評価し、どの程度の重み付けを行い、最終的な順位をどのような考え方で導いているのかが、外部から見えにくい場合もあります。ランキングが国や都市の評価、さらには政策判断にも影響を与える現在、新たな評価軸の登場は歓迎すべき流れである一方で、その算出プロセスの透明性や結果の公平性が高いランキングのみが信頼性のあるものとして活用されていくと考えられます。

再定義が期待されるMICE価値

こうして見ると、現在起きている変化は、単に新しいランキングが増えたという現象ではなく「何をもってMICEの価値とするのか」という根本的な問いに対する再定義の過程であると言えるのではないでしょうか。
 もちろん、開催件数や参加者数といった従来型の指標が、その重要性を失ったわけではありません。これらの数値は、比較基準が明確であり、国や都市の活動実績を客観的かつ継続的に把握できるという意味で、今後もフェアな比較が可能な重要指標であり続けると考えられます。
 その上で、今後は、開催件数の順位だけではなく、MICEのテーマや目的、参加者層、求められる体験価値に応じて、最適な開催地が選ばれていく傾向が強まっていくのではないでしょうか。
 評価の軸が増えるということは、それだけ多様な価値が認識され始めていることを意味します。だからこそ、これからのMICE推進においては、ランキングそのものに一喜一憂するのではなく、自都市・地域がどのような分野や価値に強みを持っているのかを正しく理解し、それを必要とする主催者や参加者に的確に届けていく視点が重要になります。
 開催件数のような定量指標と、産業集積、研究環境、ビジネスネットワーク、参加者体験といった開催価値の両方を踏まえながら、自らの特徴を明確に打ち出していくことが、より自都市に適したMICE誘致の成功につながっていくのではないでしょうか。
 
出典:株式会社MICEジャパン「月刊MICE Japan 2026 6月号」
*本コラムは、「月刊MICE Japan 2026 6月号(株式会社 MICEジャパン)」に掲載された原稿を、許可を得て再掲するものです。