第5次観光立国推進基本計画を考察する
第5次観光立国推進基本計画は、訪日客数や消費額のさらなる拡大を目指しつつ、オーバーツーリズムへの配慮を重視。また、宿泊業の付加価値を2030年度に向けて大きく引き上げる目標が掲げられており、人手不足が深刻な中で従来と異なるアプローチが求められている。
*本コラムは、「不動産経済Focus & Research No1578(不動産経済研究所)」に掲載された原稿を、許可を得て再掲するものです。

篠崎 宏 客員研究員
目次
はじめに
第5次観光立国推進基本計画がスタートした。2025年の訪日旅行者数4268万人、消費額9.5兆円からさらなる伸びを期待しつつも、オーバーツーリズムなどによる住民生活への配慮が強い計画となっている。また宿泊業の付加価値を2024年度の4.3兆円から2030年度には6.8兆円へと大きく伸ばすことを目標としており、他産業と比較をしても人手不足が深刻な宿泊業において、目標実現に向け従来とは異なるアプローチが必要である。
第4次観光立国推進基本計画の振り返り
前計画である第4次観光立国基本計画は、本来であれば東京オリンピック・パラリンピックが終了する2020年度に計画策定、2021年度よりスタートする予定であったが、新型コロナにより策定作業に着手できず、2023年度にスタート、2025年度に終了する3年計画となった。
主な目標は、訪日外国人旅行者数および日本人の海外旅行者数が2019年水準超え(それぞれ3188万人、2008万人)、訪日外国人旅行消費額5兆円、訪日外国人旅行消費額単価20万円、国内旅行消費額22兆円となっていたが、コロナ禍からの急速な回復による旅行需要の高まりやさらなる円安の進行により、日本人の海外旅行者数を除いて大幅に目標値を上回る結果となった。
2026年5月13日に財務省が発表した2025年度の日本の輸出総額は111兆3451億円となっており、この数字と比較をしても訪日外国人旅行消費額の大きさが理解できる。日本の基幹産業である自動車の2025年輸出額(完成車)は、約17兆6500億円前後とされており、訪日外国人旅行消費額(9.5兆円)はその53.8%にまで迫っている。

第5次観光立国推進基本計画の概要
2026年3月に閣議決定された第5次観光立国推進基本計画は、2040年の産業構造ビジョンで述べられている観光の基幹産業化へ向けた第一歩となる計画となり、大きな期待を背負っている。その一方で、オーバーツーリズムなど住民生活へ最大限の配慮を示した計画となっている。施策の柱を「インバウンドの戦略的な誘客と住民生活の質の確保との両立」「国内交流・アウトバウンド拡大」「観光地・観光産業の強靱化」としたうえで、目指すべき2030年の姿は「戦略産業として、日本の魅力・活力を次世代にも持続的に継承・発展させていく観光」と明記している。

宿泊業の付加価値向上への大きな課題
観光が基幹産業化を果たすうえで、その中核に位置する宿泊業の生産性向上は言うまでもなく最も重要な目標である。第5次観光立国推進基本計画では、宿泊業が創出した付加価値額を6.8兆円に目標を定めつつも、「従業員の労働環境について、付加価値額の伸びが従業員にも還元されていることを確認する観点から、宿泊業の平均賃金の推移も注視していく」としている。
宿泊業は、訪日外国人旅行者の増加のよる宿泊料金の上昇に伴い消費者物価指数や付加価値額が全産業平均より大きな伸びを示している。2020年を基準とした消費者物価指数が2025年は全産業平均111.9%に対して宿泊業164.6%、付加価値額が2024年は全産業平均130.6%に対して宿泊業338.3%となっている。その一方で従業員の月間賃金の伸びは、2020年を基準とすると2025年全産業平均111.9%に対して宿泊業が132.4%と上回っているものの、消費者物価指数や付加価値額の伸びからは物足りない数字となっている。2025年度の求人有効倍率は、全国平均が1.2倍であるのに対して、例えば宮古島市は1.56倍と観光産業が主力産業である地域は高くなる傾向がある。宿泊業を中心に人手不足が深刻であるにも関わらず十分な労働分配が行われておらず、人手確保ができない状況が続いている。果たして、他産業からの十分な労働移動なくして、第5次観光立国推進基本計画に掲げられている宿泊業が創出する付加価値額6.8兆円は実現するのだろうか。
カギを握るフィジカルAIの実装化
これまでに筆者は、観光産業の最大の課題は労働力の確保であることを各方面に訴えてきた。第5次観光立国推進基本計画では施策の3本柱の一つである「観光地・観光産業の強靭化」で観光地・観光産業の担い手の確保や観光DXによる省力化を掲げつつも基幹産業化の実現が見通せるほどの大きな転換とは感じ取ることができない。
観光産業の基幹産業化のカギを握るのがフィジカルAIである。産業技術総合研究所は「フィジカルAIとは、身体を持ち、実世界の中で行動する人工知能(AI)のことであり、ロボットやヒューマノイドだけでなく、自動運転車や工場内で稼働する産業機械も、その一例にあたる。これまでのAIが主に情報を認識し、判断する役割を担ってきたのに対し、フィジカルAIは判断を実際の動きとして実行できる点が大きな違いである」としている。
経済産業省のAIロボティクス検討会では、フィジカルAIの主軸となるヒューマノイドを含む多用途ロボット(汎用ロボット)の市場は2030年頃から急拡大し、2040年には世界で約60兆円規模に達すると予想している。つまり観光が基幹産業の地位を獲得すると明記されている2040年の産業構造ビジョンと同時期にはフィジカルAIが日常業務に定着していると考えられる。先日筆者が意見交換を行ったフィジカルAIの研究者から見せてもらった動画には2体のヒューマノイド(人型汎用ロボット)がホテル客室のベットメイキングを完璧に行っていた。
フィジカルAIの実装化は、これまで労働集約型産業の特徴である生産性の低さが弱点とされた観光産業の歴史的転換点になる。さらにヒューマノイドの量産化により世界の産業構造が大きく変化し、私が子供の頃の空想の世界がいよいよ実現する。2040年まであと15年、観光産業にとって第5次観光立国基本計画がその第一歩になることを願わずにいられない。
出典:株式会社不動産経済研究「不動産経済Focus & Research No1578」
https://www.fudousankeizai.co.jp/
*本コラムは、「不動産経済Focus & Research No1578(不動産経済研究所)」に掲載された原稿を、許可を得て再掲するものです。