人生100年時代の温泉旅 ~城崎温泉発、心と体を癒やすユニバーサルツーリズム最前線~
高齢者にとって温泉は旅行の最大の目的のひとつですが、身体機能の変化でその願いが叶えられない現実も存在します。この課題に対し、地域ぐるみで支援体制を整えることは、高齢者本人だけでなく、三世代旅行という新たな可能性を拓く鍵となります。本稿では、プロのサポートが家族の旅行体験をどう変えるのか、兵庫県城崎温泉の取り組みからその実像に迫ります。

勝野 裕子 上席主任研究員
目次
1.高齢者が直面する温泉旅行のバリア
JTB総合研究所の調査(※1)によると、高齢者の旅行は「目的志向型」である傾向が強く、その中でも「温泉」は最も重要な目的のひとつとして位置づけられています。温泉は、単なる観光資源にとどまらず、心身の回復や日常からの解放をもたらす体験として、多くの人にとって特別な意味を持っています。
一方で、加齢に伴う身体機能の変化により、その温泉体験自体が困難になるケースも少なくありません。こうした状況は、高齢者の旅行機会そのものに影響を与えていると考えられます。
温泉施設には、高齢者や身体に不安のある方にとって、いくつかの物理的・環境的な課題が存在します。具体的には、滑りやすい床による転倒リスク、手すりの不足による移動や入浴の困難さ、さらには大浴場までの動線に階段しかないケースなどが挙げられます。また、家族旅行であっても、異性間では大浴場への付き添いができないという制約もあり、結果として入浴を断念せざるを得ない状況が生じています。
団体旅行で行ったとしても、添乗員の業務範囲は旅行の円滑な遂行に限定されており、介護や身体介助まで対応することは難しいのが実情です。
このように、「温泉に入りたい」というニーズがありながら、それを満たす手段が十分に整っていないことが、高齢者の旅行参加における障壁となっています。これは、高齢者本人だけでなく、介助を担う家族にとっても大きな負担となり、結果として旅行そのものを諦めてしまう要因にもなっています。
2.城崎温泉での家族の絆と笑顔の理由
こうした課題に対し、地域として具体的な解決策を提示している事例が、兵庫県・城崎温泉です。同地域では、単なる設備整備にとどまらず、「人による支援」を組み合わせた受け入れ体制が構築されています(城崎温泉ユニバーサルツーリズム)。これは、家族だけで頑張る「家族介護の延長」ではない、プロの専門的なサポートを提供することで、旅行における新たな価値を創造しています。
筆者は先日、その取り組みを体験するモニターツアーに同行しました。参加されたのは、車いすを利用する高齢のお父様、娘さん、そして小学生のお孫さんの三世代家族です。到着当初は、移動や入浴に対する不安も感じられ、参加者の言葉数も少ないものでした。

温泉街の散策では、車いすでも着替えやすい浴衣に着替え、移動介助を行うヘルパーがけん引式車いす補助装置を使い散策をサポートし、車いすに座ったまま入れる足湯に浸かったころから笑顔も出始めました。
宿泊施設での温泉入浴に際しては、入浴介助サービスを行うヘルパーが中心となり、安全面に十分配慮したサポートが行われました。特に印象的だったのは、長年温泉から遠ざかっていたお父様が、時間をかけて入浴を楽しまれていたことです。ヘルパーの話によれば、入浴前には歩行が難しかったものの、入浴後にはご自身の足で露天風呂へ向かわれる場面もあったとのことです。温泉による身体的な効果に加え、「できる」という実感が行動の変化につながった可能性が示唆されます。

また、家族の反応も印象的でした。娘さんからは、「専門的なサポートがあることで安心して任せることができ、自分自身も旅行を楽しむ余裕が生まれた」という声が聞かれました。これは、介助の負担が軽減されることによって、家族全体の満足度が向上することを示す重要なポイントといえます。
本ツアーでは、温泉入浴に加え、地域観光や体験プログラムも組み込まれていました。コウノトリの郷公園の見学や出石でのそば打ち体験では、世代を超えた交流が自然に生まれ常に笑顔で、家族の時間がより豊かなものとなっていました。
オブザーバーとして同行した旅行会社社員の、「お客様のこの笑顔のために旅行業に携わっているのだと改めて考えさせられた」という言葉も心に残りました。この一言は、旅行という体験が、参加する人はもちろん、提供する側にとってもかけがえのない喜びであることを物語っていました。
こうした一連の体験を通じて、支援体制が整うことで、これまで参加が難しかった層にも旅行の機会が開かれるだけでなく三世代が共に心から楽しめる旅行の可能性が具体的に示されたといえます。
3.観光事業者と地域が担う新たな役割
今回の事例から、「誰もが旅を楽しめる環境づくり」の重要性が改めて示されました。いわゆるユニバーサルツーリズムの推進は、今後の観光業において欠かせない視点となっていきます。
特に、高齢化が進む社会においては、介護と観光を組み合わせたサービスの需要は一層高まることが予想されます。そして、これは高齢者本人の旅行意欲を喚起するだけでなく、介助負担の軽減を求める家族層、ひいては三世代旅行という新たな市場を創出する可能性を秘めています。
一方で、こうしたサービスの利用には、手配の煩雑さや費用負担といった課題も残されています。今後の普及に向けては、補助制度の整備や、オンラインでの簡便な予約システムの構築など、利用しやすい環境の整備が望まれます。
「旅行が、全ての人にとって身近なものになる」。その実現に向けて、観光事業者や地域が果たす役割は、今後ますます大きくなると考えられます。
(※1)「国内旅行に行くとしたら、どのような目的でいきたいか(日帰り・宿泊含む)」(複数回答)

出所:JTB総合研究所「ユニバーサルツーリズム アウトバウンド・インバウンド調査」 2024年10月実施