大阪から日本各地へ! ~大阪IRにおける「送客施設」の役割と意義について~
2030年秋頃に誕生する大阪IRは、日本の観光産業を牽引する重要な役割を担います。その中核のひとつをなす送客施設は、国内外の訪問客を大阪・関西から日本各地へ誘うハブとして、周遊観光を活性化し、広範な経済効果をもたらすでしょう。本稿は、大阪IRにおける送客施設の意義、戦略的なポジショニング、具体的な戦略方針を考えます。

藤田 尚希 主任研究員
目次
1.大阪IRが目指す「日本観光のゲートウェイ」構想と送客施設の意義
大阪IR(Integrated Resort:統合型リゾート)の送客施設は、その名の通り、訪問客をIRから周辺地域、ひいては日本各地へと「送り出す」機能を持ちます。この役割は、大阪IRが「エンターテインメントの聖地である『大阪』」と「歴史・文化観光の拠点『関西』」という2つの強力な観光資源を背景に、その魅力を発信することで、自らの価値を一層高めることを可能にします。
この根底にあるのは、大阪IRを日本の観光の起点とし、地域全体の魅力を引き出すための、重要な戦略である「日本観光のゲートウェイ」という構想です。これは、大阪IRを起点に、IR外の多様な観光資源を体系的に捉え、ハブとしての役割を発揮することで、各地域の魅力的な観光資源を最大限に活用することを目指すというものです。これにより、IRを訪れるゲストの旅行体験はより豊かになり、地域外の観光資源が大阪IRへの来訪動機となる一方で、IR自体の滞在満足度向上にも繋がります。送客施設は、この構想の実現において不可欠な存在であり、その機能を通じて地域全体の経済活性化にも貢献していくのです。

大阪 道頓堀の様子(筆者撮影)
2.大阪IRが誇る多種多様で魅力的な観光資源
大阪IRの送客施設は、他に類を見ない豊富な観光資源を背景に、幅広い顧客ニーズに応えることができます。
観光・エンタメ要素が豊富な大阪は、その中核を成します。大阪は「食文化」「ナイトライフ」「エンタメショー」「都市型商業施設」が歴史的にも非常に充実しており、訪日外国人観光客にとって強い魅力となります。活気ある街並み、多様な食体験、世界レベルのエンターテインメント、そして最先端のショッピングは、都市型観光の醍醐味を提供するでしょう。
次に、「関西全体が文化・歴史のテーマパーク」であるという点です。京都や奈良といった古都が持つ神社仏閣、伝統文化、祭りといった歴史文化資源は、日本の和の文化を求める訪日外国人観光客に深くアピールすることが可能です。関西広域には、世界遺産をはじめとする数多くの歴史的建造物や文化財が点在し、それらを巡ることで、日本の奥深い歴史と文化を体験することができます。
さらに、「自然・世界遺産等へのアクセス性」も大阪IRの大きな強みです。瀬戸内海、紀伊半島、福井県など、日本の美しい自然景観や世界遺産の多いエリアが比較的近くに位置しており、IR滞在に加えて、これらの地域への日帰りや短期滞在の旅行プランを容易に組み込むことができます。これにより、都市滞在と周辺観光の両方を楽しみたいという多様なニーズに応えることが可能です。



3.世界の主要IRの戦略と地域送客の状況
大阪IRの送客施設が目指す「日本観光のゲートウェイ」としての差別化は、世界の主要IRとの比較において、その優位性が明確になります。ここでは、ラスベガス、マカオ、シンガポールといった世界の主要IRの戦略と地域送客の状況を整理・確認することで、大阪IRの戦略的優位性を検討していきます。
ラスベガス
- 強み:長年にわたり磨き上げてきた娯楽・ショー・ナイトライフ、大規模イベントやスポーツの分野で圧倒的な存在感を誇り、非ゲーミング収益の比率が非常に高いことが強みです。MICE参加者や、ビジネス旅行者、市民、短期観光客といった幅広い集客基盤を有しています。
- 戦略:非ゲーミング部門(宿泊・飲食・ショッピング・エンタメ)の強化による収益の多角化やスポーツ施設の導入、大型イベントの開催、ブランド力とマーケティング力の強化を戦略の中心として推進しています。
- 課題:ゲーミングが下火になった際の依存リスクやインフラ・土地・環境コストの高さ、近年変化する旅行者のニーズ(文化体験・地域観光)への対応の弱さが指摘されます。
- 送客の基本姿勢:公式DMO(LVCVA)がグランドキャニオンやフーバーダム、レッドロックキャニオン等への日帰り・周遊ツアーを積極的に発信し、公式サイトでデイトリップ特集を常設。複数のオペレーターがコンボツアーを供給し、IR群からの送迎でシームレス化を図っています。
マカオ
- 強み:ゲーミング産業の規模と収益性は圧倒的で、中国本土からの来訪者が主力です。ポルトガル植民地時代の歴史文化と近代的IRが融合した独特の魅力を有しています。
- 戦略:政府主導で「非ゲーミング」部門の強化を政策的に後押ししており、「“1+4”産業戦略(観光レジャー、医療・保健、テクノロジー、伝統文化等)」を掲げ、MICE、アート・文化イベント、家族向け・ウェルネス等の体験型施設の拡充を目指しています。
- 課題:中国からの観光客が中心であるため政策リスクや土地・スペースの制約、労働力やサービス品質、体験の多様性における先進地域との差、新型コロナや中国本土の出入国政策の影響が弱みとして考えられます。
- 送客の基本姿勢:行政が非ゲーミング投資と広域周遊を強力に後押ししています。中国本土からの新たな出入境管理措置である「マカオ—横琴マルチエントリー制度」により、ユネスコ歴史市街地区や横琴(長隆海洋王国)への周遊を促進しています。
シンガポール
- 強み:国としての統治、インフラ、安全性、観光サービスの水準が非常に高いことからブランド力も高く、国際水準のサービスを提供することで、MICE・ショッピング・食・観光全体での体験価値による差別化が図られています。
- 戦略:プレミアム化・ラグジュアリー志向の強化や新たな超高級リゾート施設「IR2」の建設、ファミリー層や多世代対応のコンテンツ・アトラクション整備によるマルチターゲティング強化を進めています。
- 課題:自然・歴史文化といった観光資源のスケールや種類が限定的であり、地理的広がりが少ないため、周辺観光との組み合わせが弱い点が課題です。土地コストや宿泊コストの高さも、価格に敏感な層の取り込みを難しくしています。
- 送客の基本姿勢:DMO(シンガポール政府観光局)が政府横断でIRを国全体の観光装置として統括しています。「プレシンクトMOU」により「地区全体の来訪」を狙い、Sentosa Fun Passのような周辺アトラクション一体型パスや、IRから街区・公園への歩行回遊動線を公式に案内し、自然への送客を仕組み化しています。
以上の海外における主要IRと比較して、大阪IRは「大阪の都市観光」に加えて「日本の伝統文化」と「周辺自然景観」を一体的に体験できる「日本観光のゲートウェイ型IR」として、独自の差別化を図ることが可能です。ラスベガスのエンタメ性、マカオの歴史文化、シンガポールの計画性に加え、日本の食文化、自然景観、歴史遺構、伝統文化の多様性、そして地域との深いつながりという点で、スケールと体験の深さにおいて優位性を持っています。
4.大阪IRの送客施設が目指すべき5つの戦略方針
大阪IRの送客施設は、上記の優位性を最大限に活かし、地域全体の観光振興に貢献することが役割となりますが、そのために必要な戦略方針は、以下の5つであると考えます。
・滞在型観光プログラムの充実
1つ目は、単にIR施設内での滞在に留まらず、大阪での都市観光に加え、京都や奈良、瀬戸内海といった周辺地域への日帰りまたは滞在型の観光プログラムの充実です。これにより、訪問客の滞在期間を延ばし、より深く広範な日本の魅力を体験できる機会を提供します。
・文化・伝統体験の融合
2つ目は、日本の豊かな文化と伝統を体験できる施設やプログラムの整備です。祭りや工芸体験、伝統芸能の鑑賞、食のワークショップなどを通じて、観光客の文化的な欲求を満たし、IR滞在をより記憶に残るものにします。これは、日本の「和」の文化を求める訪日外国人観光客にとって大きな魅力となります。
・高品質サービスと安心感の提供
3つ目は、シンガポールIRが確立したような「安全」「快適」「手続きの簡便さ」を保証するサービス水準を目指すことです。これにより、安心して日本での滞在を楽しめる環境を整備します。ここには、言語対応の充実やスムーズな移動手段の提供も含まれます。
・多様な収益源の確保
4つ目は、ゲーミング依存からの脱却を図り、ショッピング、飲食、文化エンタメ、自然探訪、ウェルネスといった非ゲーミング要素を充実させることです。これにより、収益構造を多様化し、IR全体の安定性と持続可能性を高めます。様々なアトラクションや施設を通じて、幅広い年齢層や興味を持つ訪問客を惹きつけます。
・持続可能性の追求や、地域連携の強化
5つ目は、地域社会や地域文化との協働を推進し、環境に配慮した運営を行うことです。例えば、交通インフラの整備等も行い地域全体の観光システムとの連携の強化を目指すこと等ですが、その際、各地のDMO等との連携も通じて、地域全体の観光振興に貢献していき、大阪IRが地域と共存共栄する持続可能なモデルを確立することが重要であると考えます。
5.まとめ
大阪IRにおける送客施設は、その戦略的な位置づけと多角的な魅力により、単なる統合型リゾートの構成要素に留まらない、重要な役割を担います。大阪の都市観光、関西の歴史文化、日本の豊かな自然・世界遺産という独自の強みを背景に、世界の主要IRと比較しても遜色のない、独自の優位性を持つ「日本観光のゲートウェイ型IR」としての地位を確立しようとしています。
上記に挙げた5つの戦略方針を実行することで、大阪IRの送客施設は、MICE参加者から一般観光客、富裕層からファミリー層まで、多様なニーズを持つ訪問客を惹きつけ、その滞在を豊かにし、リピーターを創出することが可能となります。この送客施設の成功こそが、大阪IRを地域全体の価値向上に貢献する「世界に誇る統合型リゾート」へと発展させ、日本の観光産業の新たな時代を切り拓き、観光立国としての地位を一層強固にするための鍵となるのです。