駅が変われば、街が変わる―「駅力」が生み出す地域再生の力

全国各地で駅を核とした再開発が進む一方、ポテンシャルを活かしきれない駅も数多く存在します。交通拠点を超えた「駅力」—観光ゲートウェイ、商業の核、地域文化の象徴としての価値を再評価し、鉄道会社・自治体・住民の「共創」により地域活性化の成長エンジンへ転換する道筋を探ります。

三谷 康人

三谷 康人 主任研究員

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目次

はじめに:「駅力」をどう活用するか

近年、全国各地で駅を核とした再開発により、劇的な変化を遂げる地域が生まれています。しかし一方で、仕事柄全国各地を訪れる機会がありますが、そのポテンシャルを十分に活かしきれず、ただ人々が乗り降りするだけの駅、活気を十分に感じられない駅の姿も数多く目にしてきました。地方創生、持続可能な社会の実現に向けた取り組みに各社、各自治体が力を入れている中で、駅の本来持つ力”駅力”をもう一度見直してはどうでしょうか。
 駅力とは、交通拠点機能に留まらない、観光のゲートウェイ、商業の核、情報発信の拠点、そして地域文化の象徴としての価値を指します。交通手段が多様化し、多くの駅の存在意義が揺らぐ今だからこそ、駅を単なる「通過点」や「維持すべき施設」として捉えるだけではなく、地域に新たな価値と人流を積極的に生み出す「成長のエンジン」へと転換できるのではないか。本稿では、その可能性を紐解きます。

成功の鍵は、関係者の「共創」にある

駅を核とした地域再生の成否を分けるものは、いったい何なのでしょうか。巨額の投資による斬新なデザインや店舗ラインナップの充実か、或いはメディアやSNSを活用した効果的なイベントやプロモーションか。数々の事例を分析する中で見えてきたのは、鉄道会社、自治体、そして地域住民・事業者がそれぞれの垣根を越え、共通のビジョンを描く「共創」の関係性を築けるかどうかです。単なる協力関係を超えた「共創」の関係性を築くためには、鉄道会社は利益追求だけでなく地域貢献を経営方針に組み込み、自治体は縦割り行政を排して横断的な政策を実行し、住民は受益者から参画者へと立場を変える―この三者が共通のビジョンを共有し、それぞれの強みを活かしながら役割を果たすことで、真の「共創」が実現できると考えます。

では、具体的に「共創」はどのようにして生まれるのでしょうか。ここでは、投資規模もアプローチも全く異なる、しかし本質は同じ2つの注目すべき取り組みを第三者の視点から紹介します。

1.熱海モデル:個人発から官民が1枚板となった、新たな顧客層の開拓

かつて新婚旅行のメッカとして栄えた熱海は、バブル崩壊後に観光客数が激減。特に若年層からは「古臭い温泉地」というイメージが定着し、2000年代には年間宿泊客数が300万人を下回り、多くの旅館が廃業に追い込まれるなど、厳しい状況が続いていました。
 この状況を目の当たりにしたのは、熱海生まれで東京のコンサルティング会社に勤めていた市来広一郎氏でした。故郷の未来に強い危機感を抱いた彼は、2009年、熱海再生の志を胸にUターンを決意。どん底の状況下で、街づくりを手掛けるNPO法人atamistaを立ち上げ、ゼロからの地域づくりに取り組み始めます。
 atamistaがまず着目したのは、「地元が地元を知らない」という問題点でした。そこで、住民が地元を楽しむ「熱海温泉玉手箱」プログラムを開始。地域住民がガイド役を務めるツアーを展開したことで、地元への意識に変化が生まれ、ホスピタリティも向上していきます。
 さらなる転機は2016年の駅ビル「ラスカ熱海」開業です。従来の土産物屋中心の店舗構成から一転し、ベーカリーカフェなど若年層からも人気を集める店舗が新たに出店しました。 駅前広場も整備され、さらに、観光ブランドプロモーションやメディアプロモーションを通じて、 梅の名所である熱海梅園や大正8年に建てられ「熱海の三大別荘」の一つと呼ばれる起雲閣などの既存観光資源をSNS映えスポットとして再発信する戦略も功を奏しています。
 結果、“映える”熱海の魅力を打ち出したことで、20-30代女性観光客が急増し、2018年には年間宿泊客数が309万人にまで回復しました。Instagram投稿数も大幅に増加し、「#熱海女子旅」というハッシュタグが定着。宿泊施設のリノベーションや新規開業も相次ぎ、駅の魅力向上も地域全体のブランド再構築につながった成功例といえます。
 熱海駅の事例は、地元の意識の変化からはじまった地域の物語をターゲットに合わせて再編集し、発信する「ソフト」の戦略と、大規模投資という「ハード」の力が両輪となって初めて大きな成果を生むことを教えてくれます。これは、駅を「点」ではなく、地域全体の魅力を高める「核」として捉えた、総合プロデュースの好例と言えるでしょう。

出所:静岡県「静岡県における観光交流の動向 市町別観光交流客数」より筆者作成

2.京終モデル:住民起点のアイデアが「三方よし」の共創関係を生んだ

大規模な投資に頼らずとも、駅を再生させる道はあります。奈良市にあるJR万葉まほろば線の京終(きょうばて)駅は、その可能性を示す画期的なモデルです。
 関西最古級の木造駅舎は老朽化が進み、維持管理がJR西日本の経営課題となっていました。この状況に対し、駅に愛着を持つ地域住民により駅の保存活用を求める機運が高まり、平成28年に「京終駅周辺まちづくり協議会」が立ち上がったことが、プロジェクトの始点となります。
 翌年には、地域の青年たちが運営することが協議会で決定、その後の協議により、JR西日本と奈良市は柔軟な決断を下します。JRは駅舎を奈良市に無償譲渡。市は、運営を地域の青年たちによって設立されたNPO法人(特定非営利活動法人京終(NPO KYOBATE))に委託しました。これにより、JRは維持管理コストの削減、市は文化財の保存と活用、住民は地域活動の拠点確保という、「三方よし」の関係性が実現したのです。これは、従来の鉄道会社と地域の関係性を超えた、新たな公民連携のモデルの一例といえるでしょう。
 現在、駅舎は地域住民の交流の場として日常的に活用されるようになりました。駅を好きになってほしいという思いで運営している観光案内所、駅舎カフェといった観光客も地元客も利用できる機能を備えており、これらの取り組みが地域内外の人々をつなぐ重要な役割を果たしています。
 京終駅の事例は、「駅の所有者は誰か」という問いに対し、法的所有者だけでなく、地域がその価値を育む「実質的なオーナー」となりうることを示唆しています。住民の主体的な活動が、持続可能な価値を生み出すことを証明した好例です。

【画像出所】奈良市ホームページ「奈良市京終駅観光案内所『ハテノミドリ』」オープンデータ(奈良市京終駅観光案内所『ハテノミドリ』1、4より引用、奈良市、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス 表示 2.1(https://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/

事例からの示唆と具体的なアクション

熱海と京終、アプローチは異なりますが、成功の背景には3つの共通項が見出せます。第一に、駅を単体の施設(点)としてではなく、地域全体の価値を高めるための戦略的な拠点(核)として捉え直す視点の転換です。次に、これらの計画を実行し、組織間の調整を担い人々を巻き込む熱意ある担当者やリーダー、すなわち推進役となるキーパーソンの存在が、プロジェクトを前進させる原動力となっている点です。そして最後に、駅や地域の活性化を、鉄道会社や行政任せにするのではなく、地域に住む人々や地元の事業者が、単なる利用者や傍観者にとどまらず、企画・運営に主体的に関わり、共に価値を創造していく関係性が築かれている点も見逃せません。
 これらの考察を踏まえ、各主体が踏み出すべき具体的なアクションを考えます。まず鉄道事業者には、「交通事業者」の枠を超え、沿線価値を創造する「地域プラットフォーム事業者」へと事業領域を拡大することが求められます。例えば、駅構内の空きスペースを地域NPOに貸し出したり、沿線地域のECサイトと連携した物流拠点として活用したりするなど、運賃収入以外の収益モデルの構築は、新たな事業機会となり得ます。
 一方、自治体には、関係者の利害調整役に留まらず、地域全体の未来を描く「プロデューサー」としての役割が期待されます。長期的な都市計画の中に駅を中核施設として明確に位置づけ、駅周辺の用途地域を見直してカフェや小規模オフィスの開業を促す規制緩和や、地域おこし協力隊の活動拠点として駅を活用するなど、主体的な役割を担うことが重要です。そして、取り組みを成功に導くためには、地域住民との対話を重ね、その声を政策に反映させることが不可欠です。
 では、何から始めればよいのでしょうか。壮大な計画は不要です。まずは、立場を超えて関係者が集まり、「自地域の駅が持つ資産と課題」を洗い出す小さなワークショップから始めてみるのはどうでしょう。客観的な現状分析をする、具体的なアクションプランへと繋げることができます。

おわりに

駅は、時代の変化を映す鏡です。地方の多くが人口減少という大きな課題に直面する今、その役割を終えつつある駅もあるのではないでしょうか。しかし、本稿で見てきたように、それは新たな役割の始まりかもしれません。駅は、人と人、人と地域とが出会う「結節点」としての普遍的な価値を活かし、創意工夫と関係者の「共創」によって、地域の文化や交流、情報を生み出す希望の象徴として、再び輝きを放つことができます。その可能性は、各地域の創意工夫によってさらに大きく広がっていくことでしょう。