和菓子がもたらす、文化を味わい、地域を想う旅

和菓子は日本の伝統的な生活文化と結びついており、一升餅や赤飯、柏餅に代表されるように、祝祭や儀礼、日常の節目に必ず登場していました。しかし今、国内消費額は微減傾向にあります。本稿では、地域の物語や季節を伝える和菓子をツーリズムの視点で捉え直し、「体験」を通じた観光資源としての可能性を探ります。

坂本 有希

坂本 有希 主任研究員

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目次

あなたは「和菓子を食べるのは、どのようなシーンですか」と問われたとき、何を思い浮かべますか。誰かから手渡された箱を開ける瞬間でしょうか。それとも、旅先で偶然立ち寄った店先でしょうか。
多くの訪日外客が日本を訪れる中、抹茶や餡といった和の素材を用いた菓子は、日本旅行の楽しみの一つとして、またお土産としても高い人気を得ています。その一方で、国内に目を向けると、祝祭や儀礼に欠かせない存在だった和菓子は、今、消費の減少という深刻な課題に直面しています。
本稿では、伝統文化の継承という課題に対し、ツーリズムの視点から、和菓子が地域の新たな観光資源となる可能性を探ります。

1.和菓子の歴史と現状

(1)古くから旅と結びついていた和菓子の歴史

全国和菓子協会等によれば、奈良・平安期、遣唐使が唐から米や麦、大豆当の穀物を材料にし、油で揚げた「唐果物(からくだもの)」や「唐菓子(とうがし)」を持ち帰りました。これらは、神仏へのお供え物や儀式で用いられ、日本の菓子文化に大きな影響を与えました。現在でも、京都等の一部の和菓子屋では「唐果物」を復元・販売しています。
鎌倉時代初期以降、喫茶文化の流行が和菓子の発展を後押ししました。江戸時代になって、戦乱の終結と社会の安定を背景に、和菓子は大きく花開きます。城下町や門前町ごとに独自の菓子が生まれ、街道筋に茶屋が立ちました。人の往来が活発になる中で、和菓子は旅人の疲れを癒す楽しみや地域の名物として定着していったのです。今日私たちが親しむ和菓子の多くは、この時代に原型が作られました。

(2)消費の現状と文化としての保護

総務省の統計によると、コンビニスイーツの発展などを受けて、菓子全体の消費額は右肩上がりです。しかし、2022年以降の消費額の上昇が主に原材料価格の高騰の影響によるものであるとすれば、和菓子の消費金額は、長期的に微減傾向にあると見受けられます。年長者への贈答品や特別な祭事の機会に和菓子を選ぶことは今も多いとしても、洋菓子が選択肢として当たり前に存在する現代において、和菓子は「使われる用途が限定的なもの」になりつつあるのかもしれません。
この状況を背景に、国も食文化の保護に乗り出しました。2021年、過疎化や担い手不足、コロナ禍で危機的な状況にあった生活文化を保護するため、文化財保護法が改正されます。これを踏まえ、2022年には「菓銘をもつ生菓子(煉切・こなし)生活文化(食文化)」が無形文化財に登録されました。しかし、当たり前にあった生活文化を国が法令で守らなければならないという現実は、その継承が危機的な状況にあることを示唆しており、手放しで喜べるものでもありません。

この課題に対し、私たちは「ツーリズム」にひとつの可能性があると考えます。和菓子は、特に訪日外国人旅行者や、和菓子との接点が減っている日本の若い世代にとって、新鮮で魅力的な観光資源となりうるからです。

【出所】総務省「家計調査(家計収支編、二人以上の世帯、年報)」について、
菓子全体及び和菓子(まんじゅう、ようかん及び他の和生菓子の計)の支出金額をグラフ化

2.旅の魅力を深める「物語る菓子」としての和菓子

では、なぜ和菓子は観光資源となりうるのでしょうか。それは和菓子が、その土地の物語や季節感を伝え、旅の体験を豊かにする卓越した魅力を持つからです。

(1)節目と季節を表現する力

洋菓子が「誕生日・クリスマス・バレンタイン・ハロウィン」など特定のイベントに紐づくのに対し、和菓子は日本における伝統的な生活文化そのものと結びついており、一升餅や赤飯、柏餅に代表されるように、祝祭や儀礼、日常の節目に必ず登場し、祝いを伝える媒体でした。
江戸末期・文久元年(1861年)創業し、巣鴨・中山道筋に店を構え、六代にわたり江戸風味豊かな菓子を作り続けてきた老舗和菓子屋「福島家」の六代目・福島真太郎氏は、現在でも小学校から大学までの記念品として利用される和菓子は「生活の節目に寄り添う存在」と話します。

さらに、和菓子は自然と共に生きる日本人の感性を映し出します。福島氏が「日本の色彩感覚は特別」と語るように、和菓子は二十四節気(春夏秋冬をさらに6つに分けたもの)や草花の季節のわずかな変化までも表現対象としてきました。春は桜の散り際、夏ならば金魚鉢の透明感など、季節によって自然の一瞬を切り取ることも可能です。秋の楓の色のうつろいだけでも「初秋・仲秋・秋麗・晩秋」と表現し分けるなど、その繊細な色彩感覚は、まさに日本の美そのものです。
まず目で見て季節を思う。これは洋菓子にはない、和菓子ならではの楽しみ方です。旅人は、その土地ならではの和菓子を目で見て、味わうことで、言葉以上に雄弁な四季の移ろいや地域の美意識に触れることができるのです。

春霞
江戸桜
ひとひら
花いかだ
写真出所:老舗和菓子屋「福島家」

(2)変わる味覚、変わらぬ本質

人々の味覚は時代とともに変化してきました。砂糖が贅沢品だった時代に始まった和菓子は、甘さや餡のボリュームが重宝された時代を経て、近年は、餡と皮の味のバランスや食感を重視する傾向にあります。また、美味しいうちに味わってもらうことにこだわり「日持ちしない瞬間性」そのものを魅力として打ち出す和菓子店も見られます。
こうした変化の中で、福島家では「背骨となる味」は守りつつ、遊び心を加えた「ネオ和菓子」への挑戦を続けています。例えば、バレンタインデーにはアップルプレザーブを含んだ赤い練切を、ハロウィンにはワインやかぼちゃを用いた餡の和菓子を製品化してきたといいます。
福島氏は、これらの取り組みを単なる流行への迎合ではなく、次世代に受け入れられるための挑戦であると位置づけています。

3.「体験」が拓く和菓子とツーリズム

和菓子が文化財として登録されたことは、それが単なる「商品」ではなく、日本の生活文化を体現する「文化資源」であることを示しています。担い手不足という課題があるからこそ、和菓子店は従来の役割に加え、観光、教育、国際交流といった新たな文脈でその価値を語り直すことが求められます。その最も有効な手法のひとつが「体験」です。
例えば、訪日外国人旅行者向けに、東京・北千住でオーセンティックな和文化体験を提供している「路地裏寺子屋rojicoya」では、地元の老舗和菓子店の職人に教わる和菓子作りと、箏の鑑賞を組み合わせた特別なプログラムを提供しています。海外では、イタリアの家庭でティラミスを作る体験が人気なように、こうした料理体験へのニーズは、日本においても確実に見込めるでしょう。
また、香川県や徳島県だけで製造されている和三盆糖を使用した「和三盆」作り体験も、常温で日持ちし、軽くて形も可愛らしく、お土産に最適なことから、旅行者にとって魅力的なプログラムとなっています。
自宅で洋菓子を焼いた経験はあっても、和菓子を作ったことのない人は多いでしょう。自らの手で季節を形にする体験は新鮮で、和菓子そして日本の文化への理解と愛着を深める契機となるに違いありません。和菓子それ自体が旅の目的となりうる魅力的なコンテンツであり、地域活性化に資する観光資源なのです。

4.まとめ:和菓子がもたらす、文化を味わい、地域を想う旅

160年以上和菓子の文化を守り、継承してきた老舗の6代目の福島氏は、「和菓子を食べるシーンを残していきたい。しかし、“だれが”“いつ”“どこで”和菓子を食べるか、という古くからの“和菓子のシーン”を変化させてはいけない、ということではないと思っています。」と語ります。
旅行者が、時間と費用を使って別の土地に移動するのは、その土地でしか得られない体験を五感で味わうことを求めるからです。和菓子は、日本の歴史や地域の魅力を凝縮した、見目麗しい味覚であり、観光や学びの文脈でその価値を再発見する大きな可能性を秘めています。
地域独自に発展した和菓子やそれを取り巻く行事がある地域においては、その菓子が生まれ、継承されてきた気候・風土や生活文化を起点に、行事や景色、工芸といった他の資源と絡めて来訪者に伝達する形に編集していくことが重要になるでしょう。来訪者の手に届かせるためには、和菓子を「買う」だけでなく「手を動かして知る」入口を持つことが効いてきます。和菓子作り体験は、味だけでは伝わりにくい手仕事の価値や季節の感覚を、身体感覚として刻む効果があります。
和菓子は決して派手な存在ではないかもしれません。しかし、自然との共生や手仕事への敬意といった、日本人が大切にしてきた価値観を色濃く反映したコンテンツです。だからこそ、日本文化の深い部分に触れたいと考える、知的好奇心の高い訪日外国人旅行者のニーズに応えることができます。そして、こうしたテーマに関心を持つ旅行者は、地域の文化や暮らしを尊重する、サステナブルな意識を持つ層である可能性が高いと言えるでしょう。多くの観光地が量から質への転換を模索する今、自らの地域の価値観に共感し、住民と尊重しあえる関係を築いてくれる旅行者を惹きつける力は、和菓子が持つ大きな可能性のひとつなのです。
いったん愛着が生まれれば、和菓子は「食べ物」としてではなく「自身の生活のシーンを彩るもの」として選ばれるようになります。さらに、和菓子には季節という強い味方がいます。季節が巡れば、意匠も材料も自ずと変わり、同じ店でも違う表情に出会えます。「別の季節も見たい」あるいは「またこの季節には、あの菓子を味わいたい」という気持ちは自然に芽生えやすく、リピーター獲得の設計は実装しやすいでしょう。
時機を捉えて変化していくことと伝統を守ることは両立します。さまざまなアクターが「和菓子」を切り口に新たな挑戦へ踏み出すことで、和菓子は毎日の暮らしの節目で祈りや祝いを伝える媒体としてだけではなく、ツーリズムの文脈でも、日本文化の普遍的な価値を伝える媒体として機能していくでしょう。

参考文献:
▶︎全国和菓子協会 第1章「和菓子を知る」、その1 和菓子の歴史
https://www.wagashi.or.jp/monogatari/shiru/rekishi/(参照 2026-03-05)
▶︎中山圭子「事典 和菓子の世界 増補改訂版」株式会社岩波書店、2018、p.285-290、p306
▶︎総務省「家計調査(家計収支編、二人以上の世帯、年報)」
https://www.stat.go.jp/data/kakei/index.html(参照 2026-02-27)