映像コンテンツによる観光振興 その課題と展望

映画やドラマのロケ地巡り、SNSで話題の絶景…近年、映像が観光に与える影響はますます大きくなっています。地域の魅力を効果的に発信し、多くの観光客を誘致する映像観光の可能性と、その一方で発生する課題、そして持続可能な地域振興に向けた取り組みについて解説します。

武田 道仁

武田 道仁 上席主任研究員

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目次

1.映像観光の隆盛:誘客効果と地域経済へのインパクト

近年、映画、ドラマ、アニメなどの映像作品が観光誘致や地域ブランディングに大きな影響を与えています。いわゆる「ロケ地ツーリズム」や「コンテンツツーリズム」として知られるこの現象は、国内外から多くの観光客を引きつけ、地域経済に大きな効果をもたらしています。同時に、インスタグラムなどのSNSでは、旅行者による体験談や観光地の紹介動画が数多く投稿されており、旅行先の選択や現地での行動に大きな影響を与えています。観光庁の「訪日外国人消費動向調査」でも、出発前に役に立った旅行情報源として動画サイトやSNSの割合が高いと報告されており、地域を舞台とした映像の利活用は、重要性を増しています。

映画やドラマは、視覚・聴覚への訴求力と感情的なつながりの創出という二つの側面を持ちます。劇中の美しい風景は視聴者に地域の魅力を直感的に伝えます。また、物語や登場人物の魅力を通して、視聴者はその地域に特別な思い入れを抱くようになります。一方、SNSでの動画においては、投稿者の個性的な視点や体験談を通じて、公式な観光ガイドでは伝えきれない地域の隠れた魅力が引き出され、視聴者は、より親近感があり新鮮な情報で、その地域での具体的な過ごし方をイメージすることができます。

2.最新トレンド:多様化する手法と進化するコンテンツ

現在、多くの自治体がフィルムコミッションを設立し、ロケ支援窓口の設置、撮影費用の補助、ロケハン支援など、映画やドラマのロケ地誘致に力を入れています。例えば、長野県の諏訪圏フィルムコミッションでは、多数のドラマや映画の誘致に成功しており、2023年に公開された映画『怪物』の舞台になったことで、ロケ地巡りや企画展を目的に国内外から多くの観光客が訪れました。こうした取り組みは、地域の知名度向上や観光客誘致に貢献するだけでなく、住民のエキストラ参加や関連イベントの開催など、地域の活性化にも大いに貢献しています。

従来、自治体による観光プロモーション動画は、名所旧跡や郷土料理、祭りなどを紹介する内容が主流でした。最近では、ドローンやウェアラブルカメラを駆使した撮影により、視聴者にその興奮や楽しさをより臨場感のあるものとして伝えています。さらに注目すべき傾向は、あえて観光的要素を前面に出さない映像が登場していることです。これらの映像は、地域に根付くありのままの日常の暮らしや、そこに住む人々に焦点を当てており、まるでドキュメンタリー映画のような内容になっています。それは、異日常の体験の中に心の豊かさの探求を求めている顧客のニーズに対応したものといえるでしょう。
 また、SNSの普及に伴い、国内外のインフルエンサーを活用した情報発信に注力している自治体も増えています。特定の年齢層や興味関心に合わせたターゲットへ情報を届けることで、効果的な誘客に成功しています。最近では、観光誘客を目的とした縦型ショートドラマが制作され、多くの視聴回数を記録している事例も見られます。今後の誘客やブランディング効果への貢献に期待が高まります。

映画「怪物」特別展の様子(諏訪湖間欠泉センター(諏訪市))

提供:諏訪圏フィルムコミッション

3.課題と対策:持続可能な発展のために

映像をきっかけに観光客が急増すると、地域住民の生活環境や自然環境への悪影響といったリスクも存在します。コンビニと富士山の構図が話題となったケースや、アニメ映画の世界的大ヒットによる観光客急増などは記憶に新しいでしょう。地域側では可能な限り発信情報を把握し、経済効果の最大化やトラブル回避に向けた受け入れ体制の整備が必要です。
 また、映像作品で描かれる地域イメージと現実との間にギャップがある場合、観光客の失望や不満が生じる可能性があります。これらを回避するためには、映像作品をきっかけに訪れた観光客に対し、その地域ならではの魅力を丁寧に紹介し、イメージとのギャップを新たな発見の機会に変える取り組みが重要です。地域一体となった観光客を歓迎する姿勢や、積極的な来訪者とのコミュニケーションが成功のカギとなるでしょう。

観光映像は、地域の魅力を広く発信する効果的な手段であり、映像を通じて実際の訪問につながるといった直接的な効果も多く報告されています。しかし、必ずしも地域のブランド向上に繋がるわけではないという課題もあります。一時的な話題性や集客だけでなく、地域の本質的な魅力を伝え、持続可能な観光振興につなげる戦略が必要です。映像作品のシナリオへの地域側の関与は難しいと思われがちですが、「自分たちのまちが映像を通してどのようなまちに見られたいか」といったブランドアイデンティティを持つことは、極めて重要であると考えます。

4.新たな可能性:ブランデッドムービーと企業版ふるさと納税

ブランデッドムービーは、企業や地域のブランドメッセージを映画で伝える新しい手法として注目されています。「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」の中のカテゴリー「BRANDED SHORTS(ブランディッドショート)」はその好例です。このカテゴリーの中にある観光映像大賞では、全国各地で制作された地域の魅力を伝える短編映画も募集・上映し、従来の観光プロモーション動画では伝えきれなかった地域の奥深さや魅力を、感動的なストーリーを通じて効果的に伝えています。
 「BRANDED SHORTS」では、企業版ふるさと納税を活用して制作された作品も紹介されています。地域にとっては、通常の予算では実現が難しい高品質な映像作品の制作が可能となります。一方企業にとっては、社会貢献活動の一環として地域振興に参画できるだけでなく、税制優遇措置を受けられるという経済的メリットがあります。加えて、質の高い映像作品に関与することで、従来の広告では得られない効果も期待できます。このように、企業版ふるさと納税を活用した映像制作は、地域と企業双方にメリットがあり、持続可能な地域振興に繋がる有効な手段と言えるでしょう。

山形県金山町「金山の道、百年の道」 第14回観光映像大賞 観光庁長官賞 表彰式の様子

提供:BRANDED SHORTS

BRANDED SHORTS トークショーの様子(2024年実施、筆者登壇)

提供:BRANDED SHORTS

5.まとめと今後の展望

映像制作は、それ単体で考えるのではなく、地域が持つ独自の価値や顧客のニーズを十分に理解し、映像制作や地域活性に取り組む目的を共有した上で、その目的達成に向けた戦略的なアプローチが必要です。同時に、地域の文化や環境を守りながら、観光振興を進めていくためのバランスの取れた施策の立案が求められます。さらに、グローバル化が進む中で、地域固有の価値を世界に向けて発信していく「グローカル」な視点も重要です。
 地域を舞台とした映像は、単なる観光誘致の手段を超えて、地域アイデンティティの確立と継承、そして持続可能な地域発展の基盤となる可能性を秘めています。この可能性を最大限に活かすためには、長期的な視野に立った戦略的な取り組みと、関係者間の継続的な協力体制の構築が不可欠です。