Kansai, the tourism capital of Japan.
関西が担う、これからの観光立国の中核的役割

日本の観光は、数から質への転換期にあります。2025年の万博は、集客の成果と共に構造的な課題も浮き彫りにしました。「アフター万博」のいま、重層的な資源を持つ関西が描く針路は、日本の観光の未来を占う試金石となります。本稿では、関西を「tourism capital of Japan」と捉え、これからの観光立国における中核的役割を考察します。

山下 真輝

山下 真輝 フェロー

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目次

1.「数」から「構造」へ。観光立国の現在地 ー量の拡大から、質の構造改革へー

日本の観光は、いま明確な転換点を越えつつあります。訪日外国人旅行者数は急速に回復し、「6,000万人」という目標も現実的な射程に入りました。しかし、問われているのはもはや人数そのものではありません。どこから入り、どう巡り、どの地域に価値を残すのか。2010年代の拡大期に直面した「特定地域への集中」や「地域間格差」といった課題を乗り越え、観光は量的拡大から、その構造を設計する段階へと移行しています。 この変化は、日本という国のあり方とも重なります。人口減少が進む中、観光は単なる外貨獲得の手段ではなく、地域の持続可能性や国土の使い方そのものを左右する「国の構造」に関わるテーマとなりました。 本来、南北3,200キロメートルにわたる日本列島は、気候の多様性や各地に点在する歴史文化資産を持ち、「周遊」によってこそ深い体験が得られる構造をしています。しかし現実は、効率を優先した「点」の観光に留まり、そのポテンシャルを活かしきれていませんでした。 いま求められているのは、豊富な資源を「点」から「面」へと結び直す構造転換です。移動そのものを価値に変え、特定の都市だけでなく広域に恩恵を行き渡らせるモデルをどこで描くか。地理的条件、資源の密度、都市と地方の近接性――それらを併せ持ち、次なる観光立国のモデルを実装できる舞台こそが、本稿のテーマである「関西」です。

2.関西は「日本の多様性を一気に体験できる」地域である ー総合的デスティネーションとしての構造的優位性ー

関西の観光価値は、単一の象徴的資源によって成立しているわけではありません。むしろその本質は、自然、文化、信仰、都市の暮らしといった異なる要素が、同一の生活圏・移動圏の中で重層的に存在している点にあります。これは「有名観光地が多い」という話ではなく、日本という国の多様性を、比較的短い時間と距離で立体的に体験できる構造を持っているという意味で、極めて重要な特性です。 データも関西の重要性を裏付けています。
 2024年の実績を見ると、関西の外国人延べ宿泊者数は全国の約28.2%、インバウンド消費額も約27.1%を占めています。関西経済全体のGDPシェアが全国の15〜16%程度であることを踏まえると、観光分野における関西のプレゼンスがいかに突出しているかが分かります。関西国際空港の外国人入国者数も全国シェアの約25.7%を占め、まさに関西は日本のインバウンド観光の最重要拠点として機能しているのです。
 自然環境に目を向けると、関西には三つの性格の異なる国立公園が存在します。山岳信仰と原生的な自然が今なお息づく吉野熊野国立公園、地形と地質のダイナミズムが際立つ山陰海岸国立公園、多島海の景観と人の営みが重なり合う瀬戸内海国立公園。これらは単なる景勝地ではなく、日本人の自然観や暮らしの歴史を体現する空間であり、近年注目されるアドベンチャーツーリズムや精神性を伴う旅とも親和性が高いと言えます。
 文化・歴史資産の集積もまた、関西の大きな特徴です。姫路城に代表される城郭建築、京都・奈良の古都の文化財、法隆寺に象徴される仏教建築の源流、紀伊山地の霊場と参詣道が示す信仰と自然の融合、さらには百舌鳥・古市古墳群に見る古代国家形成の痕跡まで、日本の歴史を縦断的にたどることができます。これほど多様な時代の価値が一地域に連続して存在する例は、世界的にも稀です。
 さらに関西には、「食」を通じた文化的厚みがあります。灘・伏見・近江に代表される日本酒をはじめ、発酵文化が地域の暮らしと産業に深く根付いてきました。食は観光資源として即効性が高いだけでなく、地域の日常や産業と直結している点で、滞在価値や消費単価の向上にもつながりやすいと言えます。これは、高付加価値化を目指す現在の観光政策とも強く符合します。 加えて、関西は都市機能と生活文化のバランスにも優れています。
 大阪という大都市圏を抱えながら、その周囲には山、海、里が連なり、都市と自然が断絶せずにつながっています。この距離感は、短期滞在にも長期滞在にも対応できる柔軟性を生み、周遊型・滞在型観光を設計するうえで大きな優位性となります。このように関西は、単なる資源の集合体ではありません。自然と文化、過去と現在、非日常と日常が分断されることなく重なり合う、日本でも数少ない総合的デスティネーションです。だからこそ関西は、日本の観光が次のフェーズへ進む際の「実験場」であり、「実装拠点」になり得るのです。

3.なぜ「周遊」は進まなかったのか ー京都の混雑が映し出す、観光構造の歪みー

関西の観光を語る際、避けて通れないのが京都市内の一部エリアに生じている局地的な観光集中、いわゆるオーバーコンセントレーションの問題です。混雑やマナーの問題、住民生活への影響は、すでに多くのメディアで取り上げられてきました。しかし、この現象を「京都が人気だから仕方がない」と捉えるだけでは、問題の本質を見誤ります。 京都の混雑は、関西全体に魅力が不足している結果ではありません。むしろその逆であり、関西には京都以外にも多様な自然・文化資源が存在しています。それにもかかわらず、人の流れが一部に集中してきたのは、観光の「構造」がそうなるように設計されてきたからに他なりません。
 実際に数字を見ると、その「構造的な歪み」は明らかです。2024年の関西エリアのインバウンド消費額の内訳を見ると、大阪府(68%)と京都府(27%)の2府だけで全体の95%を占めており、兵庫・奈良・和歌山・滋賀などその他のエリアはわずか5%にとどまっています。関西の宿泊者数に占める外国人の割合は38.0%と全国平均(23.0%)を大きく上回る高い水準にありますが、その恩恵は極端に偏在しているのです。 その背景には、いくつかの明確なボトルネックがあります。
 第一に、行政区分の壁です。特に関西は、大阪・京都・神戸という強力な都市が近接し、個別に集客できる力を持っていたがゆえに、広域で連携する必然性が生じにくかった側面があります。しかし、観光客は府県境を意識しません。行政単位での最適化は、広域周遊の視点とはしばしば矛盾します。 第二に、交通網の複雑さです。「私鉄王国」と呼ばれる関西は鉄道網が発達している反面、事業者間の乗り継ぎや運賃体系が複雑になりやすく、特に二次交通への接続には課題が残ります。移動の煩雑さは、周遊を躊躇させる大きな要因となります。 第三に、データの分断です。人流や混雑に関するデータが地域や事業者をまたいで十分に共有されてこなかったため、混雑回避や周遊提案が効果的に行えていませんでした。 結果として、旅行者にとって「分かりやすく、行きやすい」場所に人が集中し、その他の地域は選択肢に入りにくい状況が続いてきました。
 これは旅行者の問題ではなく、選択肢の提示の仕方、すなわち構造設計の問題です。 この構造的な歪みは、関西全体にとっても機会損失となっています。混雑は観光体験の質を下げ、地域住民との摩擦を生む一方で、周辺地域には十分な経済効果が波及しません。観光立国として「質の向上」を目指すのであれば、この状態を放置することはできません。 重要なのは、京都の混雑を抑えること自体を目的化しないことです。
 必要なのは、関西全域を一つの「面」として捉え、人の流れを意図的に編み直す視点です。府県の境界を越えたデータ連携、二次交通の再設計、情報発信の統合。こうした実装があって初めて、「周遊」という構想が現実のものとなります。 京都の混雑は、関西観光の限界を示すサインではありません。むしろ、構造を変えることで、関西全体の価値を引き上げる余地が大きいことを示すシグナルなのです。

【出典:近畿運輸局、日本政府観光局、関西エアポート、アジア太平洋研究所公表データをもとに筆者作成】
(本画像は生成AIを活用して制作されています。)

4.「周遊」を実装するということ ー観光SXが示す、変革の具体像ー

周遊という言葉は、これまでも繰り返し語られてきました。しかし、実際には理念にとどまり、十分に実装されてきませんでした。その理由は明確です。周遊は「呼びかけ」では実現せず、 構造を変える意志と仕組み がなければ動かないからです。
 そこで鍵となるのが、筆者が提唱してきた「観光SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」という考え方です。観光SXとは、環境や文化を守るために我慢を強いる観光ではありません。観光を通じて、地域・旅行者・事業者の関係そのものを組み替え、持続可能性と価値創出を同時に実現する変革のプロセスです。
 具体的には、第一に「人流の可視化と誘導」が挙げられます。混雑状況をリアルタイムで把握し、デジタル上で提示することで、旅行者は自ら混雑を避け、別の地域や時間帯を選択できます。これは制限ではなく、選択肢を増やすための仕組みであり、オーバーコンセントレーションへの現実的な対応策となります。
 第二に、「経済循環の再設計」です。地域住民がガイドやホストとして観光に関わり、その収益が文化財の修復や伝統行事の継承、自然保護に直接還元される仕組みをつくることで、観光は消費される存在から、地域を支える基盤へと変わります。高付加価値化とは、単価を上げることではなく、 価値の行き先を明確にすること でもあります。
 第三に、「移動のシームレス化」が欠かせません。広域周遊を前提とするなら、府県境で分断された交通体系や紙ベースの乗車券は足かせとなります。広域パスのデジタル化や交通データの連携により、「点」から「面」への移動を直感的に理解できる環境を整えることが、周遊を現実の選択肢に変えます。
 これらはいずれも、技術的にはすでに実現可能な要素です。課題は、誰が主体となり、どの単位で実装するかという点にあります。だからこそ、観光SXは個別の観光地の努力では完結しません。府県や分野を越えた連携を前提とし、関西全体を一つの実験場として捉える視点が必要となります。
 周遊とは、移動距離を伸ばすことではありません。旅の選択肢を増やし、滞在の質を高め、結果として関西全体の価値を引き上げる行為です。観光SXの視点に立った周遊の実装こそが、関西が抱える課題を可能性へと転換する鍵なのです。

5.関西空港は「人流を編む装置」になれるか ー短期の揺らぎを超えて、観光立国を支える基盤へー

周遊型観光を実装していく上で、決定的な役割を果たすのが「入口」の存在です。入口とは、単に人が最初に降り立つ場所ではありません。旅の期待が形成され、その後の行動が方向づけられる起点であり、観光構造そのものを左右する装置でもあります。その意味で、「関西空港」は日本の観光を組み替える潜在力を持ちます。
 関西空港の最大の特徴は、24時間運用が可能な国際拠点空港である点にあります。時間帯の制約が少ないことは、航空ネットワークの柔軟性を高めるだけでなく、今後インバウンド市場が多様化・分散化していく中で、大きな強みとなります。特定の国・地域に依存せず、新興市場を含めて人流を再設計できる余地を持つ空港は、日本では限られています。
 一方で、インバウンド需要は常に安定しているわけではありません。過去には感染症や国際情勢の変化により、特定の路線や市場が急減する事態も経験しました。こうした外部環境の短期的な変動は避けられませんが、重要なのは目先の便数ではなく、 空港が持つ構造的な価値をどう活かすか です。24時間空港という特性は、短期の需要変動を乗り越え、中長期で観光立国を支える基盤となり得ます。
 また、万博期間を通じて、課題も明確になりました。空港到着後の情報提供の分断、二次交通の分かりにくさ、地域ごとに異なる案内体系です。空港から先の選択肢が十分に可視化されていなければ、人の流れは最も分かりやすい都市部へ集中してしまいます。これは空港単体の問題ではなく、空港を観光戦略の中核として位置づけてこなかった構造の問題です。
 これからの関西空港に求められるのは、「通過点」からの脱却です。到着時点で関西全域を俯瞰した周遊ルートや移動の選択肢が提示され、旅の編集が始まる場所へと進化できるかどうか。関西空港を人流の受け皿ではなく、人流を意図的に“編む装置”として使いこなせるかが、関西ひいては日本の観光の将来を左右します。

6.万博後に問われる、関西観光の「次の一手」 ー熱狂を構造に変えられるかー

2025年に開催された大阪・関西万博は、関西にかつてない国際的な注目と人の流れをもたらしました。会期中、国内外から多様な来訪者が集い、関西という地域が持つ潜在力を可視化した点において、その意義は大きいと言えます。一方で、万博は日本の観光が抱える構造的課題を浮き彫りにした場でもありました。
 象徴的だったのは、万博という「点」に人は集まったものの、その熱狂を関西全域へと自然に広げる仕組みが十分に機能していたとは言い難い点です。二次交通の制約、地域をまたぐ情報の分断、府県境を越えた連携の難しさなどは、万博期間中に多くの関係者が実感した課題でしょう。これは万博の成否を論じる問題ではなく、日本の観光構造そのものが抱える制約を示した実証結果と捉えるべきです。
 重要なのは、万博を「終わったイベント」として総括するのではなく、そこで見えた可能性と限界をどう次につなげるかです。万博を契機に関西を訪れた人々が、会期後も再訪し、あるいは万博を入口として周辺地域へと足を延ばす流れを定着させられるかどうか。その成否は、万博後の取り組みにかかっています。
 関西には、万博の熱狂を一過性に終わらせない条件がそろっています。都市、自然、歴史文化が近接し、周遊型の旅を組み立てやすい地理的条件を持つからです。必要なのは、イベントを終着点とする発想から脱し、万博期間中に蓄積された人流データや、広域連携の枠組みを平時の観光に転用し、万博を通過点として人流を「編み直す」視点です。
 万博後のいま、関西に求められているのは、次の大型イベントを待つことではありません。空港、交通、地域の担い手、デジタルを組み合わせ、日常の観光構造そのものを更新していくことです。万博は終わりました。しかし、関西が日本の観光の中核を担うかどうかは、これからの選択に委ねられています。

7.Kansai, the tourism capital of Japan. ー関西が選び取るべき、観光立国の中核的役割ー

日本の観光は、数の拡大を競う段階から、構造そのものを問い直す段階へと移行しています。滞在の質を高め、地域への循環を生み、住民の暮らしと調和する観光をいかに設計するか。その答えは、個々の観光地の努力ではなく、地域全体をどう編み直すかという視点にあります。
 本稿で見てきたように、関西はその役割を担うための条件を備えています。多様な自然環境、世界的に評価される歴史文化資産、発酵文化や食の厚み、そして都市と地方が近接する地理的特性。さらに、24時間運用可能な関西空港という国際的な入口を持ち、万博という大規模イベントを通じて、可能性と課題の双方を経験してきました。これらは偶然ではなく、関西が「観光の構造」を語るに足る地域であることを示しています。
 一方で、京都に象徴される局地的な混雑や、周遊を阻んできた制度・交通・情報の分断は、放置すれば関西全体の価値を損ないかねません。だからこそ、筆者が提唱する観光SXの視点が重要になります。観光SXとは、守るための観光にとどまらず、デジタルや広域連携を活用し、人流と価値の循環そのものを変革していく考え方です。混雑を適切な分散と循環へと転換し、観光を地域の未来につなげる装置へと進化させることが求められています。
 これまでの関西観光は、どこか「待ち」の姿勢が強かったと言えます。しかし、これから必要なのは、空港やイベントといった装置を使い、人流を意図的に“編む”覚悟です。府県の境界を越え、官民の立場を越え、関西全体で価値を高めていく。その挑戦なくして、観光立国の次のステージは見えてきません。
 Kansai, the tourism capital of Japan. それは称号ではなく、選び取るべき役割です。文化と多様性を強みに、日本の観光の未来像を具体的に示す中核として、関西がその一歩を踏み出すことが、観光立国・日本の可能性を押し広げることにつながります。