人材育成におけるイノベーション ~若い世代のキャリア開発のポイントとは~

観光庁が発表した「観光産業政策検討会提言」では、若者の早期離職に関して「3年の壁」といわれる定着率の低さ等の課題の改善の必要性が述べられた。将来を見越した個々人のキャリア開発の視点が重要であるが、若い世代のモチベーションを維持し、満足度の高いキャリアを構築していくために大切なポイントとは何か?最近のトレンドを交えて紹介していく。

田中 敦

田中 敦

印刷する

目次

1.最近の若者のキャリア事情

(1)上司が気づかない、大学でのキャリア教育事情

まず、みなさんに質問したい。次の項目のうち、最近実際に書いてみたことがあるものがいくつあるだろうか?

  1. 自分史(自分年表)づくり ⇒ これまでの過去の振り返りと、今後の未来のありたい姿
  2. 自分の強み、弱み、これまでの経験の洗い出し
  3. 自分が5年後、10年後、20年後になっていたい姿、やってみたい仕事の書き出し
  4. 身近な先輩へのキャリア形成についてのインタビュー

次に同じ質問を、入社2~3年目までの社員にしてみて欲しい。恐らく大半の社員が全てにYESと答えるはずである。2011年度から大学設置基準が改正され、全ての大学において、キャリアガイダンスの教育課程への組込みが義務化された。実際にはそれ以前からも、各大学や専門学校においては積極的なキャリア教育が始まり、こうした講座が充実しているのである。しかしながら、こうした大学の支援を受けながら経験した、長く厳しい就職活動と体得した採用コミュニケーション力が就職後のキャリア観に必ずしも良い影響を与えているわけではない。

(2)若い世代の適正なキャリア観の醸成には配属時における配属先の理解が肝心

こうした学校ぐるみの準備を経た後では、過酷な就活が待っている。ある人材会社の調査によれば、2012年度入社の大学生1名あたりのエントリー数は平均110社を超えるという。就職活動はよく結婚に例えられることがあるが、大半の学生は、本命の相手には選ばれない。そして面接のたびにどうしたら好かれるかを考え、自分がいかに「貴方(=会社)との結婚相手にふさわしいか」を必死にアピールをする。その結果ついにゴールインできたのが今、みなさんの近くにいる後輩社員なのだ。

このような就活プロセスを長期間にわたって経験した学生は、面接の中で何度も何度も自分の内省を迫られ、将来の希望の仕事や働き方を語り続けさせられることになる。これにより社会人としてスタートする以前から、極めて限られた情報だけでのキャリア観が醸成されてしまう恐れがある。実体験も知識も乏しい時期に将来のキャリア目標を必要以上に突き付つめて考えさせることは、イメージと異なる仕事や職場に対して無意識にバリアを作ってしまう危険につながる。

このことは、「この会社に入ればやりたいことが実現でき、素晴らしい成長機会が訪れる」という擬製されたイメージを持ったまま社会人となった結果、実際の仕事とのギャップに苦しみ、自分で納得した仕事以外にはモチベーションがあがらないといった、いわゆる「やりたい仕事病」の一因にもなっている。受け入れる側の部署としても、配属された社員が、どのようなキャリア観を持っているのか、先入観なしに聴き取り、しっかりと受け止めることが重要だ。

(3)入社3年目社員のモチベーションの特徴

若者の早期離職は各業界に共通する悩みである。2012年の内閣府の調査によれば、大学新卒者の3割が3年以内に離職すると推計される。この3年間に、新卒社員には、どのような心の変化がおきているのだろうか?

JTBグループの人材コンサルティング会社 JTBモチベーションズは、入社3年を超え4年目に入った社員を対象に3年を超えても高いモチベーションを持つ社員の特徴を分析し、そのような社員を育成に役立てることを目的とした調査を2012年7月に実施した。(出典:「入社3年の離職危機」に関する調査)
(具体的には、1.自分自身として仕事に対するモチベーションが高いと感じている男女206人と、2.自分自身のモチベーションが低いと感じている男女206人のグループに分けて同じ質問を行い、結果を対比してみる、という手法を用いた)

まず、3年目においてモチベーションが高い社員にその理由を聞いたところ、「仕事を通じて成長しているという実感があるから」(38%)、「職場の人間関係がいいから」(36%)が上位に挙がった。またモチベーションが高い社員は、「社内に、尊敬できる社員がいる」(76%)、「自分に合った仕事ができている」(71%)などに対して満足している人が7割を超えている。このことから、モチベーションの高い社員は、「成長の実感」「適職感」などの内から湧き出る「内発的なモチベーション」が原動力となり、高いモチベーションを保っていると推察することができる。

他方、モチベーションが低い社員に理由を聞いたところ、「給与やボーナスへの不満」(47%)が最も多く選ばれた。モチベーションの高い社員と異なり、自分の成長や適職感を感じないために外的な要因に関心が向き、不満を感じてモチベーションが低下するという「外発的な負のサイクル」に陥っている可能性が高い、と考えられる。早期離職率を低めるためには、こうした外発的な負のサイクルから、いかに内発的なモチベーションを高める方向に持っていけるかがカギとなる。

(4)若い世代のキャリア観の特徴とキャリアリスク意識の高い背景

若い世代のキャリア観の特徴の1つとして、「社会性への意識や使命感が高い」ことがあげられる。2011年5月に行ったモチベーションに関する調査(出典:東日本大震災後のモチベーションに関する調査)によれば、「あなたの仕事の上での目標」について尋ねたところ、「社会に役立つ仕事、社会へ貢献できる仕事がしたい」が20歳代では31.1%(30歳代23.2%)という結果となった。実際、この世代の社員と話をしていて、社会のあるべき姿や正義について熱く語ることに驚いたご経験はないだろうか?

また、「仕事と私生活のバランスを取ることを大切にしていきたい」という回答も20歳代では62.9%(30歳代49.1%)となった。若い世代がワークライフバランスの中でプライベートを重視する、という傾向が強いことは以前から指摘されている。但し、ここで指摘しておきたいのは、このプライベートの「質と内容」である。筆者はこれまで多くのキャリア研修のファシリテーションを行ってきたが、30歳代が家族重視型、40歳代は家族に加え、趣味や飲み会などがプライベートの主たる構成要素となるが、20歳代は、ボランティアやNPOなどの社会的な活動や、自己啓発等の自己投資に時間を使う、というコメントが非常に多い。「プライベート=家族サービスか飲んで遊ぶ」といった昭和的な発想で彼らの「プライベート重視」を理解すると、話が噛みあわない恐れがある。若い世代が「プライベート重視型ではあるが、その概念が旧世代とは異なる」ことは心に留めておく必要がある。

このような若い世代特有の価値観形成には、彼らが大人になる過程で経験をしてきた時代背景が大きく影響している。物心がついたときにはバブル崩壊。小学校時代に、阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件。学生時代にリーマンショックを経験し、そして東日本大震災である。就職活動時のニュースでは大氷河期といわれる就職難やニート、ワーキングプア、派遣村といった報道がなされた。成長・拡大を前提とできない時代に育ってきた彼らの世代は、結果的に安定志向・リスク回避志向となり、頼れるのは自分自身であるため自己成長への意識が高くなる。
「こんな仕事では自分が成長できない」という理由で退職する社員が多いことを嘆く中高年世代は、その原因について「我慢強くない」「わがまま」「ゆとり教育の弊害」と捉える向きもあるが、こうした背景をよく理解しておく必要がある。

2.若い世代を育てるべきミドル層の問題点と課題

一方、若い世代を育てるべき立場にあるミドル層もまた、問題を抱えている。特に、バブル入社組と呼ばれている世代は、バブル崩壊後の急速な採用の抑制から長い間「後輩スタッフ」という役回りに甘んじていたため、新人を迎え、試行錯誤しならがら後輩を育てた経験が乏しく、下の世代への共感力やメンターとしての素養が育っていない。
筆者が2012年度、数回にわたって40歳前後を対象としたキャリアワークショップを開催した結果、次のような傾向があった。

  1. キャリア自律意識が低く、主体的なジョブデザイン行動が少ない。
    事前アンケートの結果、約半数は、キャリアは主体的に自ら切り開くものではなく、受動的かつ結果としてできあがるもの、との認識を持っていた。
    また、お客様(取引先)⇔自分⇔サービスベンダー といった取引上の形態や、上司⇔自分⇔部下、といった「垂直な関係性」における仕事の経験や遂行力は一定のレベルにあるが、複数当事者によるアライアンス型、さまざまな立場の人が集まる共同体型やネットワーク型の組織など「水平な関係性」の中でリーダーシップを発揮し、主体的に巻き込んでいくことについては、経験不足が目立った。
  2. ネットワーキングの重要性に対する意識とネットワーク構築力の不足
    例えば「自分と相手が相互にネットワークしていると思える人(現職場、顧客等の取引先を除く)を5分間でポストイットにできるだけ多く書かせてみるワークをやってみると、80%以上が20名を超えない。逆に50名を優に超え時間切れとなってしまう人も10%程度みられ、両極端となる。また、同年代中心の傾向が顕著で、学生時代からのつながりの人物が多く、直近の5年間程度でみると、半数以上の人が5名以上増えていない。外国人もほとんどおらず、意図的なネットワーキング行動が習慣化されていないのが現状だ。
  3. 自ら課題や問いを設定し、自己投資的に勉強を継続している人の比率は低い。
    (概ね4分の1程度) 社外での越境学習も続けている人も、ごく少数。

このように、若者を育てるべきミドル層のキャリア観と若い世代のキャリア観に大きなギャップが存在することが、若者の成長の芽を摘んでしまっているのだ。

3.今後の若手人材のキャリア構築や人材育成の方向性

これまで概観をしてきた内容から、今後の人材育成の方向性ついて以下のようなことが考えられる。

(1)30歳代、40歳代を対象とし、若い世代とのキャリア観の違いについて考える場を設定する。

これは、参加者本人のキャリアに関する内省と再構築の目的とは別に、今後の産業界を担う若い世代が、これまでどのような教育を受けてきて、就業観や価値観を持っているのか、そしてどのような思考特性、行動特性があり何が強みになるのか、を理解するためのものだ。1度、先輩世代が旧来の価値観、仕事観を棄て(学習棄却=アンラーニング)、白紙で彼らについて学ぶことが必要である。
こうして意識ギャップの存在に気づき、お互いのキャリアに関するモチベーションを意識しながらコミュニケーションの質をあげることによって、ひいては信頼関係が深まり業績や離職率の低下につながっていく。

(2)若年層社員には積極的な「経験学習」の機会を

今の若年層は、旧世代が入社した頃と比較し、ネットワーク構築力やビジネス上の利害関係や上下関係のないフラットな組織での推進力が高い傾向がみられる。しかしながら、実体験、という意味では当然ながらまだまだこれからで、未熟な面も多い。

こうした中で注目されるのは、若い世代のボランティアやNPO等の活動への参加意欲だ。
JTBグループでは、東日本大震災の後で、ボランティア希望者に対して現地への交通と地元が本当に必要とする支援をマッチングしサポートするする「ボランティアサポートプラン」を実施。自主的に応募して参加した約5000名のうち。メンバーの約1/4は、20歳代であった。また、各分野の専門家が、職業上持っている知識・スキルや経験を活かして社会貢献するボランティアであるプロボノ活動や、地域活性化などの場面でも積極的に手弁当で参加する若者が目立ってきている。被災地ボランティアに限らず、こうした体験の人材育成面での効果を理解し、積極的に取組む企業も着実に増えている。例えば、ある大手証券会社では400名の新入社研修の一環として社員を4泊現地に滞在させボランティア活動を行った。この他にも多くの企業が継続して社員を被災地に送り続けている。原体験、という意味では、近年、新入社員研修や新人フォロー研修を海外で行うケースも多いが、現実的な範囲で企業が経験学習の機会や情報の提供を行い、個人参加型の場合には休暇や実費、保険代等の援助を行うことが、将来のキャリア形成の基礎力を造る意味でも有効である。

(3)企業や組織の壁を意識しない「バウンダリーレス」なキャリア開発を

最近の学習のトレンドとして、越境学習という概念がある。これは「組織の境界を飛び越え、組織にいては気づかなかったような新たなアイディアを生みだしたり、組織のなかでは獲得できなかった知識・技能を身につけたり、日々の仕事の中で自明化してしまった自らのキャリアを問い直すことを可能とする学習」を意味する(中原、2012)。
こうした越境学習の効果は、個の成長につながるだけなく、組織へのリターンも大きい。筆者が理事を務める社内発起業推進協議会においても、会員各社の若手の自発的な勉強会の中から、複数の新事業が巣立っている。

観光産業においても、イノベーションを誘発する要素として「需要の創造」「仕組の改編」「多様な連携」がうたわれているが、特に今後は、農工商の3つの産業が連携した6次産業化の推進等、さらに多様な連携をグローバルに展開していくことが求められている。
成長する意欲が高い若い世代に組織の壁を越えた経験の機会を与え、イノベーションの動きに繋げるとともに、地域の担い手も積極的に彼らをパートナーとして受け入れるべきである。

グローバル化や技術革新が加速度的に進む中、想定外の変化が観光業界にも顕著に現れている。自身の業界にとらわれず、観光業界や国の枠も越えた新たな事業展開とイノベーションを推進するエンジンとして「バウンダリーレス(=境界のない)」な若手観光人材の育成とキャリア構築が求められている。

引用:経営学習論:人材育成を科学する 中原淳 東京大学会出版会 (2012)