【寄稿】ワーケーションをしている社員は御社の宝? ~ワーケーション経験者の調査結果からわかる現状と、ワーケーション型人財の特性~

政府のワーケーション推進の発表から間もなく1年。地域でのワーケーション誘致熱が高まる中、企業側の反応はイマひとつなのが現実だ。企業で制度導入が進まないのはなぜ?ワーケーション経験者1000名を対象とした調査結果からワーケーションの実状を紐解く。

田中 敦

田中 敦 山梨大学 生命環境学部地域社会システム学科 教授

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目次

1.ワーケーションの推進と新たな需要拡大への期待

ワーケーションという言葉は昨年7月、菅官房長官(当時)が政府としての推進方針を発表して以来、急速に広まった。「work(=仕事)」と「vacation(=休暇)」の造語であるワーケーションは、旅行中や自分の趣味等の拠点、ボランティア先など、それぞれのライフスタイルに合わせた場所で仕事をすることを可能にした柔軟な働き方である。
 これまで政府は「ハッピーマンデー」による祝日3連休や大型連休の地域別分散化など「まとまった休みを増やす」といった視点で休暇改革に取り組んできたが、時期を選ばず平日に会社を休まず仕事をしながら観光や休暇も楽しむことができるワーケーションは、新たな発想の転換といえる。
 矢野経済研究所の調査(脚注1)によれば、国内ワーケーション市場規模は2025年度には3622億円に達する予測で、withコロナ時代の新たな需要創造としての期待は大きく、観光庁は「新たな旅のスタイル ワーケーション&ブレジャー」と名付けた関連事業促進に5億円を超える予算を新たに設けるなど、支援を強化している。

2.誘致への熱量が高まる受け入れ地域と導入を躊躇する企業との間で埋まらない溝

ワーケーションには、①利用する個人(従業員)②制度を導入する企業 ③利用者を受け入れる地域と行政、さらに④ワーケーションに関連した民間事業者の4つのステークホルダーが存在する。しかし、この4者の思惑や熱量に違いがしばしば問題視されている。
 中でも特に熱心なのが④「地域・行政」である。関係人口を増やし、企業のサテライトオフィス誘致、二拠点居住から移住への導線を作りたいという思いと、地域住民との交流や事業者の活性化につなげたいとの考えが強い。地域によっては、ワーケーション事業の効果に過大な期待を寄せ、地域課題解決の切り札と位置付けているところも散見され、早くも過剰な地域間競争が生まれつつある。
 反対に最も熱量が低いと言われているのが②「企業」だ。「月刊総務」が今年5月に実施した調査(脚注2)によれば、ワーケーション制度を「導入を検討したことはない」企業が85.4%にのぼり、導入に消極的な姿勢が浮き彫りとなった。
 企業がワーケーション制度の導入を進められない「言い訳」として、従来から①テレワーク環境の不備やセキュリティへの不安、②労務管理上の問題の2つがあげられてきた。
 しかしながら①については2021年3月後半の東京都の調査(脚注3)によれば、300名以上の企業のテレワーク導入率は84.3%に達している。また②の労務問題も、今年3月に改訂された厚生労働省テレワークガイドライン(脚注4)の中にワーケーションがはっきりと位置付けられ、労務管理上のグレーゾーン問題はほぼ解消することができた。
 それにもかかわらず、企業におけるワーケーション制度導入が加速されないのはなぜなのか。
筆者はその理由として、「オンとオフの切替え」といった“けじめと分別”を是とする日本の企業文化の中で、仕事と休暇を混在させることに難色を示す人が多い国民性が挙げられる。また、長引く新型コロナ対策など、企業はこれまでになく様々な対応に追われ、ワーケーションといった新しい制度の導入にまで、手が回らないという企業の実状が考えられる。さらに、企業として導入するメリットがはっきりしないことも大きい。実際にワーケーションを行っている人たちの実態や関連するデータがほとんどないため、積極的に導入を推進するうえで、必要となる社内の理解が得にくいのである。

3.ワーケーション経験者1000名を対象とした調査結果から見えてきたもの

そこで今年3月、山梨大学ではクロス・マーケティング社と共同で「ワーケーションを実際に経験した」従業員(個人)1000名を対象に調査を実施した。併せて、「在宅テレワークのみ経験しワーケーションの経験がない」グループ、「テレワーク未経験者」グループに分けて比較を行った(脚注5)。これまでの同種の調査は「実施意向」を聞くものであったため、本調査結果は注目を集めた。ここでは、その一部を紹介する。

  1. ワーケーション実施時の働き方‐どのように1日を過ごしているのか?‐
  2. ワーケーションは「仕事と休暇のハイブリッド」と言うが、本調査でワーケーション中の過ごし方について聞いてみると、ほぼフルタイムで仕事をしていたという人と、休暇的要素が半分以上であると答えた人が、それぞれ約4割という結果になった。このことから、「仕事中心+α型」と「休暇中心+必要な範囲での仕事型」はほぼ同数であることがわかり、また、1日の平均労働時間が5.4時間という結果から、休暇より仕事中心で過ごす人が多いことがわかった。

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    図1:ワーケーション実施時の働き方はどのようなタイプだったか?
    (出所:山梨大学×クロス・マーケティング共同調査結果)

  3. ワーケーション実施時の業務内容
  4. ワーケーション実施時の仕事の内容としては、9割以上が「普段の仕事の一部」もしくは「普段の仕事と全く同じ」で、「ウェブ会議・問い合わせ対応・メールチェック・事務作業」といった一般的な業務や、「資料/企画書作成・新規ビジネスの策定・データ入力/分析・プログラミング」といった専門的な業務などが散見された。
     また、ワーケーションでは通常の仕事よりクリエイティブな業務や集中力を必要とする仕事を行っているようなイメージを持たれているが、場所を変えて日常行っている業務を行うだけの「サテライトオフィス型」のスタイルが9割を超えていることがわかった。

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    図2:ワーケーション実施時の仕事内容と実施した具体的な業務内容
    (出所:山梨大学×クロス・マーケティング共同調査結果)

  5. ワーケーション実施時と通常のオフィス勤務では生産性に違いはあるか
  6. 図3は、普段、オフィスで仕事を行うときと比べて「ワーケーション」「テレワーク」時ではどの程度の仕事量になるか、会社での通常の1時間当たりの仕事量を「5」とした場合の、1時間当たりの量として最も当てはまる数字を選択してもらった結果である。ワーケーションをしている際には、オフィスでの勤務の場合と比較し36%が通常以上の仕事量をこなしていると認識しており、これはテレワーク実施時と比較しても8ポイント高い結果となっている。他方約3分の1が通常よりも低いと感じている。

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    図3:ワーケーションおよびテレワーク実施時と通常会社で仕事をした場合の生産性
    (出所:山梨大学×クロス・マーケティング共同調査結果)

  7. ワーケーション経験者のワーク・エンゲージメントと志向特性
  8. 図4の結果から、ワーケーション経験者は従業員のメンタル面の健康度を示すワーク・エンゲージメントが高いこともわかった(脚注6)。数値が高いと仕事に対してポジティブで充実した心理状態にあり、周囲の人にも伝染するなど、組織に好影響を及ぼすといわれている。
     さらにワーケーション経験者と非経験者の行動や考え方の違いについて、①自律的な働き方 ②越境学習経験・志向 ③関係人口(地域との積極的な交流)経験・志向 ④副業(複業)経験・希望 ⑤ボランティア経験・希望 ⑥創発・イノベーション ⑦仕事とプライベートを混合した働き方の受容 の独自に設定した7つの志向性の指標を用いて分析してみた。その結果7つ全ての指標において経験者の方が高い値がなった。
     特に、②越境学習(新しい環境自己成長や変化志向)、③関係人口(「移住・多拠点居住志向」「地域活性化に貢献する活動への参加経験等)や、④副業・複業などへの志向性が高く、本業や日常の環境から積極的に自分がカバーできる範囲や交流を広げ、さまざまなことに広い視座をもってチャレンジし続ける行動を継続していることが推察される。

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    図4:ワーケーション経験者と非経験者とのワーク・エンゲージメントと志向特性の比較
    (出所:山梨大学×クロス・マーケティング共同調査結果)

4.企業におけるワーケーション導入の効果とは何か?
‐調査結果から紐解くワーケーション型人財の可能性‐

本調査から、ワーケーション経験者の多くは通常の業務を中心に自分にとって仕事のしやすい環境で、通常と同じかそれ以上の高い生産性をあげていることがわかった。また、ワーケーション期間中にリフレッシュできた、リラックスできたとの回答もあり、ワーケーションの満足度の高さが推察される。
 こうした効用を感じているものの、本調査で「勤務先でのワーケーション制度の導入状況」について、実に半数以上が勤務先からの許可を得ずにワーケーションをしていることがわかった。さらにそのうち約2割は、勤務先に制度が導入されているものの、あえて制度は利用せずに実施していることも明らかになった。この要因としては、職場の同僚や上司の理解を十分に得にくいことや、ワーケーションを公言することへの遠慮や罪悪感などの呪縛が考えられる。本来ワーケーションは、テレワークを行う場所の自由度を高め、多様な働き方や価値観を認め合い、それぞれが成果を上げて新たな価値を創造していくことにある。しかし、社内制度として認められていても実施しづらい空気感の中でこっそりと行い、より快適かつ効率的な環境やコミュニケーションを求める姿が透けてみえる。
 また今回の調査で明らかになったことは、ワーケーション経験者のワーク・エンゲージメントの高さや志向特性などから、こうした『ワーケーター型人財』は、社会やビジネスにおいて、将来の予測が困難になっている状態であるVUCA(ブーカ)時代の中において、企業において最も必要とされる人材像と重なる可能性を大いに秘めていることだ。
 筆者はこれまで多くのワーケーターから話を聞いてきたが、総じて彼らは自律志向で成長欲求、チャレンジ精神が強く、柔軟で自由な働き方ができないことに不満を持てば、会社や仕事を変えることも厭わないといった性質を持っているという印象を持つ。
 こうした志向性を持つ優秀な従業員に寄り添ったマネジメントを行い、さらに外部からも積極的に「ワーケーター型人財」を迎え入れることで、「社内越境学習」的な効果をもたらし、自律的・創造的な人財の育成やオープンイノベーションにもつながっていくであろう。実際、コロナ禍以降の新卒、転職市場では、働く場所を選ばないテレワークやフレックスプレイスなどの柔軟な働き方ができる企業の人気が高く、情報サイトではこれらのキーワードを含むか含まないかで、閲覧数に大きな差が出始めているという。
 加えて地方でのワーケーションが増えると、交流する地域、都心での働き手の双方が交わることによる化学反応を生み出す。こうしたワーケーションのリピーターを確保し続けるために、受け入れ地域においても先手を打ったマーケティングと拡張型のサードプレイスとして滞在していて魅力的なコミュニティーを育てていく努力が必要である。
 このようなワーケーションの多様な拡がりを目の当たりにすると、今後企業に求められることは、これまで述べてきたような「ワーケーション的働き方」や「ワーケーター型人財」の特性やメリットを十分に理解し寄り添い、従業員の都合や希望に合わせて働く場所を柔軟に選択できることをスタンダードにしていくことであろう。御社のワーケーター型人財は、新たな価値を生み出す宝やその原石なのかもしれない。

<脚注>
1:「ワーケーション市場に関する調査を実施(2020年)」(株式会社矢野経済研究所)
https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/2677
2:「ワーケーションに関する調査」(月刊総務)
https://www.g-soumu.com/linkage/2021/06/workationquestionnaire.php
3:「東京都テレワーク導入率調査」
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2021/04/02/11.html
4:「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/shigoto/guideline.html
5:「ワーケーションに関する調査(2021年3月)」
https://www.yamanashi.ac.jp/31189
6:ユトレヒト・ワーク・エンゲージメント尺度(9項目版)を用いて調査を行った

<参考文献>
田中・三科(2020)コロナ禍以前の従業員のワーケーションへの評価と利用意向に関する考察 日本観光研究学会全国大会学術論文集 35, 313-316, 2020-12