拡大するワーケーションの可能性と課題

「ワーケーション(Workation)」という言葉をご存じですか?「Work(仕事)」と「Vacation(休暇)」を組み合わせた造語で、「リゾート地や地方等の普段の職場とは異なる場所で働きながら休暇取得等を行う仕組み」です。「個人が主体的に選択する、日常的な仕事(ワーク)に、非日常的な休暇(バケーション)の感覚を埋め込んだ柔軟な働き方」であり、「新たな働き方」(ワークスタイル)として注目されています。

※【関連情報】ワーケーションに関しては、下記の解説コラムも合わせてご参照ください。

コロナ禍で新たに注目されるワーケーション
~生活時間やリズム、自然環境の使い方でヘルスケア価値を生み出す方法~

田中 敦

田中 敦 JTB総合研究所 客員研究員
山梨大学大学院 総合研究部 教授

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目次

「ワーケーション(Workation)(注1)」という言葉をご存じですか? 「Work(仕事)」と「Vacation(休暇)」を組み合わせた造語で、「リゾート地や地方等の普段の職場とは異なる場所で働きながら休暇取得等を行う仕組み」です。「個人が主体的に選択する、日常的な仕事(ワーク)に、非日常的な休暇(バケーション)の感覚を埋め込んだ柔軟な働き方」であり、「新たな働き方」(ワークスタイル)として注目されています。JTB総合研究所は、今年「ワーケーション研究会」を立ち上げ、社外の専門家とともにワーケーションの今後の展開や課題の解決に向けた調査、研究を行っています。本コラムでは、ワーケーションが注目を浴びている背景やメリット、懸念される点などについて触れながら、働くことに対する意識や行動の変化や観光需要へのインパクトについて考察します。
(注1) 海外での英語表記はWorkcationが一般的であるが、国内ではWorcationと記されることもあり定まっていない。

1. 仕事の時間と場所に縛られない「ワーケーション」という働き方

ワーケーションを労務管理の観点から見ると、「休暇中などの一部の時間帯に」「会社に申請し承認を得た上で」「通常の勤務地や自宅とは異なる場所で」「テレワーク等と活用して仕事をすること」となります。実際に企業などで働く人のシーンに置き換えてみると、「従業員が本人の意思において雇用主の承認のもとに、通常指定された勤務先や自宅以外の場所でテレワーク等を活用して仕事と休暇を平行して行うことができる制度」がワーケーションである、ということができるでしょう。
これを図で表すと下図のようなイメージになります。ワーケーションは、まさに働く場所と、規程によっては時間の制約も受けずに仕事と休暇を平行して行うことができるようになるのです(図1)。

(図1)時間・場所とさまざまな働き方の関係

 

2. さまざまな期待が寄せられるワーケーション

ワーケーションに関係する主なステークホルダーは、①制度を導入する企業 ②ワーケーションを利用する社員 ③ワーケーションを受入れる地域とその行政 そして④ワーケーションに関連した民間事業者 の大きく4つに分けることができ、それぞれの立ち位置から様々な期待が寄せられています(図2)。

(1)導入する企業にとって
企業にとっては、働き方改革への対応、特にこの春の法改正で付与日数が10日以上の全ての労働者に対し毎年5日間の取得が義務化されるなど年次有給休暇の取得促進が急務ですが、ワーケーションは社員の休暇取得をしやすくする可能性があります。また、社員の価値観が多様化するとともに、ダイバーシティやインクルージョンの観点から柔軟な働き方への志向が高まる中で、優秀な人材の確保や定着促進のための施策は重要です。ワーケーション導入の前段階として、テレワークの導入や運用のためのインフラの整備、フレックスタイム制度、さらに自由度の高い働き方を尊重する職場の風土作りが重要となります。こうしたベースの上でワーケーションを社内で推進していくことで、企業の魅力度アップにもつながります。また、社員のウエルネスの向上や健康経営の視点、環境を変えることでクリエイティブな発想が生まれやすくなるなど、さまざまな効用が期待できます。実際、テレワーク制度を持つ企業は着実に増えており、BCP対策の強化と合わせ、今後一層の加速が見込まれています(図3)。

(2)利用する社員からみて
社員にとってもワーケーション制度には大きなメリットがあります。ワーケーションは、「休みか?仕事か?」といった究極の選択から解放される可能性があります。また、旅行に行くためだけでなく、ボランティアやプロボノ活動、日常の組織を離れた越境的な学習、副業や複業、趣味の活動まで、自律的で自由度の高い働き方を実現しやすくなり、働き方の選択肢が広がります。

(3)ワーケーションを行う社員を受入れる地域と行政の期待
ワーケーションは現在、国が推進している関係人口の創出・増加や地域創生、地域活性化、テレワークの推進などさまざまな施策とリンクしており、ふるさとテレワーク事業や移住交流促進事業などとの親和性の高いものとなっています。特に和歌山県、長野県はワーケーション先進県としてのブランド化を進めており、2019年11月には両県が中心となり、全国約70ヶ所の自治体が連携してワーケーションを推進していくことを目的に「ワーケーション自治体協議会」の設立が予定されています。

(4)新たな需要を取込むための事業者の動き
シェアオフィスやコワーキングスペースビジネスを展開するデベロッパーや不動産業界、リノベーション関連業界、ICT等のインフラ、通信事業者、ホテル・リゾート業界、 研修や人材紹介、人材斡旋に至る、など多岐にわたる多様な業界が事業拡大のチャンスを窺っています。

(図2)ワーケーションに関連する4つのステークホルダーとワーケーションへの期待

(出所:筆者作成)
 

(図3)テレワーク制度の導入状況(2017年度)

(出所:H29年度テレワーク人口実態調査(総務省))  
 

3. ワーケーション制度の普及と定着に向けた課題

このように、ワーケーションには多くの期待が寄せられていますが、今後の普及に向けてはいくつかの課題を解決していく必要があります。
まず、ワーケーションを企業として導入し制度化する場合、労務管理等のマネジメントの仕組みや規程の整備などが必要となります。例えばワーケーション実施地への移動に伴う場合、 労災保険法における通勤の要件において、通勤の逸脱および中断については、例外となる行為を除いてその対象とはならないため、ワーケーションの場合にはどのような扱いとなることが想定されるのか、制度を利用する社員が十分理解する必要がでてきますし、実施地までの交通費や通信費、宿泊代などに実費負担についても規程やガイドライン等で予め定めておくべきでしょう。また、上司にあたる管理者が、部下のワーケーション期間中の勤怠や業務の進捗などをマネジメントできるよう、普段からの準備やコミュニケーションが重要となります。
また、この制度は、現時点では必ずしも社員全員がウエルカム、といったものにもなっていないようです。
9月にJTB総合研究所(2019) が実施した「進化し領域を拡大する日本人の国内旅行」によれば、ワーケーションに対する期待や評価は、年代や男女によってかなり差が大きくなっています(図4)。また、業種や職種によっても導入の難しさが異なります。社内にテレワークやワーケーションに適さない職種があることも多く、こうした状況において制度導入に対する社内や労組との調整などのハードルが高いことが予想されているのです。
さらに、さまざまな地域で急速にワーケーションを意識した政策やプロモーションを加熱させていることも、若干気になります。現在、都心部や近郊では設備が整ったお洒落で雰囲気も良く、料金も手頃なコワーキングスペースは、急速に増加しています(注2)。また、コワーキングスペースや利用者間でのコミュニケーションを取りやすいカフェやバーを併設した、多様化した新形態の宿泊施設もどんどん増え、賑わいをみせています。
ワーケーションを積極的に行う人たちは、風光明媚な場所や有名な観光地、豪華な施設を求めているわけではありません。彼らが欲しているのは、緩やかな紐帯と居心地の良いコミュニティーの中での非日常感であり、快適なサードプレースであると考えられます。そこでは、お互いに適度な距離感を持った人間関係と、交流の中での新たな価値の発見や学びにもつながる、越境的な学習の場として捉えている利用者も少なくありません。従来のWork&Life Balanceや Work&Life Integratedといった概念を超えた、 Work&LifeにLearningやSocialの要素を織り込み、日常を離れた地域(Local)との関係をも含めた、それぞれのスタイルや価値観に合わせて「ブレンド」する、新しいワークライフスタイルの実現を志向する人たちが着実に増えてきているのです。
こうした動きはミレニアル世代、ポストミレニアル世代を中心にグローバルな潮流として顕在化してきており、実際にワーケーションの制度を積極的に活用していく人たちのマーケティングが不十分なままでの地域における事業の推進は望ましくありません。今後ますます地域間競争は激しくなることが想定される中、都内や近郊からわざわざ時間とお金をかけて来てもらい、リピート化してもらうことを望むのであれば、ワーケーションの「場」としての魅力に加え、「人」や「コミュニティー」の存在がとても重要であることを再認識する必要があります。改めて旧来のハコモノ主導型でワーケーション施策を進めていくことには、一石を投じておきたいと思います。 

(図4-1)ワーケーションに対する考え方 

(図4-2)

(出所:JTB総合研究所調査結果より筆者作成)
(注2)CBRE(2018)の調査によれば、2010年以降コワーキングオフィスの開設数は増加基調にあり、特に2017、2018年に市場規模は急拡大し、2000~2016年の17年間に開設された面積合計33万坪をわずか2年間で超えた
 

4. ワーケーションが生み出す新たな価値とインパクト

ワーケーションはまだ認知されてから日が浅く、導入する企業の増加や実際の運用はまさにこれからです。これまで、国内旅行需要の拡大のためには、祝日の増加やハッピーマンデー(休日の三連休化)、有給休暇の取得促進や休暇の分散化など、あくまで「仕事(労働日)」と「休み(休暇・休日)」は全く別のものとして取り扱われてきました。しかしながら、今後、ワーケーションのような「仕事」「休暇」のハイブリッド型の仕組みが一般的になれば、観光産業にとってもコペルニクス的な発想の転換で平日やオフ期の需要拡大を望める可能性が生まれ、こうした動きが、地域の活性化や交流・関係人口の増加につながっていく道筋が見えてきます。そして何より、休み方改革が進むことで、働く人たちそのものがより健康で活力を生み、生産性が高く創造的な仕事をしやすい社会につながっていくかもしれません。来年のTOKYO2020の期間中は、まさに夏期休暇のシーズンと重なります。大会を円滑に進めるための都内の交雑緩和の面からも、これを契機に一気にワーケーション制度を取り入れる企業や利用者が増えていくことが期待されます。オリンピックレガシーの1つとして新たな「休み方・改革」の時代への幕明けとなり、もっと自由に活き活きと活躍する人が増えていく時代を想像すると、ワクワクしてきませんか!

※【関連情報】ワーケーションに関しては、下記の解説コラムも合わせてご参照ください。

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