災害時の観光客への対応のカギは、三つの「不」の軽減
観光危機管理において、災害時の旅行者への負の影響を具体的に想定することは不可欠です。本稿では、停電時のホテルを事例に「不快」「不便」「不安」等の影響を分析。旅行者の安全確保に加え、「安心」を提供するための多言語情報提供や、事業者・行政が備えるべき対応策を考察します。
髙松 正人 客員研究員
観光レジリエンス研究所 代表
目次
観光危機による負の影響とは
「観光危機管理」の定義に、「観光客や観光産業に甚大な負の影響をもたらす観光危機を予め想定し(中略)、危機発生時に迅速な対応を的確に行う」とあります。今回のコラムでは、災害・危機による観光客・旅行者への「負の影響」を具体的に想定し、その影響を解消したり、低減したりする「対応」について考えてみたいと思います。
日本では、自治体ごとに地域防災計画が作られていますが、どの自治体の計画でもその最初の部分に「予想される災害」と災害による「被害想定」が記載されています。どのような災害で、どの程度の被害が想定されるかを踏まえることで、想定される被害を防止したり低減したりするために、予めどのような備えをしておくか、災害発生時には、どのように対応するかなどを検討し、防災計画が作られます。想定が具体的なほど、効果的な災害への備えができるのです。
地域防災計画の「被害想定」には、主に建物被害、火災被害、人的被害(死者数、負傷者数、避難者数等)、ライフライン(電気、ガス、水道、通信)被害、交通・物流被害などの想定が記載されています。これらの想定をもとに、どうしたら建物被害を減らせるか、人的被害を少なくできるか、被害を受けたライフラインを短時間で復旧できるかなどの方策を関係者で検討し、防災計画に落とし込むのです。
観光客・旅行者への「負の影響」
観光客・旅行者への「負の影響」にはどのようなものがあるでしょうか?利用中の宿泊施設や観光施設の建物被害や火災、災害による死傷、ライフラインの被害・障害などによる影響、交通障害による移動・帰宅困難などの「影響」が生じることは容易に想像できます。建物被害がなく、人的被害もない状況であっても、観光客・旅行者はさまざまな「負の影響」を経験するのです。
例えば、あなたが旅行先でホテルに泊まっている夜間に大地震が発生し、停電が発生したことをイメージしてみてください。どのような影響があるでしょうか?
停電していますから、ホテル内の照明も非常照明だけになります。空調が止まり、夏であれば室温が上がります。今年のような酷暑だと、冷房がきかないと室内は蒸し風呂のようになるかもしれません。また、寒冷地の冬であれば、暖房が止まれば室温は急激に下がるでしょう。断水していなくても、屋上の貯水槽に水を揚げるポンプが動かなくなるので、貯水槽の水を使い切れば館内は断水します。家族や関係者に連絡を取ろうとしたり、情報を見るためにスマホを絶え間なく使えば、バッテリーが減りますが、停電のために充電できません。スマートフォンのあらゆる機能が使えなくなります。停電で館内のWi-Fiルーターも落ちてしまい、インターネットのアクセスもできなくなります。ロビーや屋外に避難しようにも、エレベーターが停止しているので、非常階段を歩いて降りなければなりません。
3つの「不」:「不快」、「不便」、「不安」
地震後に停電した時のことを少しイメージしただけでも、本当にたくさんの「負の影響」、すなわち「不快」、「不便」そして「不安」を感じる状況が浮かびます。照明のない暗さや空調が止まることによる暑さ、寒さは「不快」です。水が出ないので、トイレも使えない、手も洗えない「不便」、スマートフォンが使えないことで「不便」感はますます高まります。家族や関係者に連絡が取れない、外国人旅行者であれば地震発生後の状況が全く分からない、しかも余震が絶え間なく起こる状況は「不安」そのものです。
そのうえ、鉄道や道路交通がみな不通になれば、どのような方法で、この場所からもっと安全な場所に移動して、いつになったら自宅や自分の国に帰ることができるのかもわからず、ますます「不安」が募るでしょう。
「安全・安心」と二つのことばが合わせて使われることがよくありますが、「安全」と「安心」は同じではありません。「安全」でなければ「安心」できませんが、いくら客観的に「安全」であっても、本人が「不快」、「不便」、「不安」感じているときは、なかなか「安心」できないのです。旅行先で災害に遭遇した観光客・旅行者は、3つの「不」を経験することで「安心」からほど遠い状況にあります。とりわけ自分の経験したことのない災害に遭遇した訪日外国人旅行者は、「不安」をより強く感じて、パニックになったり、危険な行動をしてしまったりすることがあります。
3つの「不」への対応
災害時の観光客・旅行者の対応では、「安全」の確保が最優先であることは当然ですが、3つの「不」を軽減、解消し、「安心」できるようにすることは同じくらい重要です。
では、どのようにすれば3つの「不」への対応がより確実にできるのでしょうか?
まず災害・危機発生時に観光客・旅行者が経験する3つの「不」をできるだけ具体的に洗い出します。たとえば、以下のような影響が予想できます。
地震によって生じることが想定される事象と観光客への影響(不便・不快・不安)の例
災害時に想定される事象 | 観光客への影響(不便・不快・不安) |
---|---|
建物・施設の倒壊 家具・備品等の転倒・落下 |
観光客の人的被害 施設から退避しなければならない |
住民向けの指定避難所等に観光客が避難 |
収容キャパシティの超過 混雑、水・食料・日用品備蓄が不足 地域住民の避難者との摩擦 |
停電 |
照明が消える、空調が使えない トイレ、風呂・シャワーが使えない エレベーター停止 携帯端末が充電できない テレビやWi-Fiが使えず情報が得られない 買い物・支払いができない |
通信規制:通信輻輳による発信規制 |
電話(固定・携帯)がかけられない 状況を家族や関係者に連絡できない |
交通機関の運休、 道路の不通・交通規制 |
帰宅困難、観光地へ行けない 当地域に来られない |
余震が続く |
帰宅困難者の不安 来訪予定の観光客の不安 |
そして、それぞれの「不」について、どのようにしたらその影響を解消・軽減できるかを関係者で検討し、検討した結果を記述してマニュアル化しておきます。
たとえば、停電による影響を想定すると、次のような備えや対応が考えられます。
停電による影響 | 影響を解消・軽減する対応、備え |
---|---|
照明が消える | 非常用電源・自家発電機を備えておく |
空調が使えない | 石油ストーブ、保温力のあるアルミシート等を備えておく |
断水でトイレが使えない | 非常用トイレを備えておく |
携帯端末が充電できない | 非常用電源からの電力を各客室のコンセントに供給できるよう配線し、客室内でスマホの充電ができるようにしておく |
テレビやWi-Fiが使えず情報が得られない | 停電時にも使えるラジオ等で収集した最新情報を随時ホワイトボードに掲出する |
「情報不足」は「不便」「不安」を増幅する
災害・危機時に観光客・旅行者が経験する影響のなかでも、知りたい情報、最新の正確な情報が入手できないことは、「不便」だけでなく「不安」を増幅します。とりわけ日本旅行中に突然災害に遭遇し「不安」におののく外国人旅行者にとって、自分の知りたい正確な情報が、自分にわかることば(母国語または英語)で手に入らない状況は、不安そのものです。皆さんが海外旅行先で災害に遭遇した際に、あらゆる情報が現地語でしか提供されない状況を思い浮かべれば、どれだけ不安か想像ができるでしょう。
災害などの非常時に訪日外国人の対応に手間がかかる、という現場の声を耳にします。実際、窓口のスタッフに次から次へと質問をし、理解・納得するまで離れてくれないので、対応しているスタッフが他の対応ができずに困惑している場面は容易に想像できます。彼らは自分の知りたい情報がわかる言葉で入手できず、自分がどのように行動したら安全を確保できるか、いつ、どのようにこの場から移動できるかわからず、不安で仕方がないので、わかるまで聞き続けるのです。知りたい情報がわかり、少しでも「安心」できれば、彼らはその情報をもとに自分で適切な対応を判断できるのです。
災害・危機時に観光客・旅行者が知りたい情報をより確実に提供できるようにするには、これまで述べてきた通り、
- 非常時にどのような情報が求められるかを具体的に想定し、
- その情報は、どこの情報源からどのように入手できるかを確認しリスト化します。
- 平常時に情報提供のテンプレートを作って準備しておくと、非常時にも必要な情報が漏れなく提供できます。
- 災害・危機が発生したら、情報リストをもとに最新で正確な情報を収集し、
- 観光客・旅行者にわかりやすい方法(ホワイトボード、デジタル掲示板、口頭等)で提供します。
- Wi-Fiなど通信が利用できる場合は、多言語で情報を提供するサイトやアプリへのリンクやQRコードを提供して、観光客自身で知りたい情報にアクセスすることを促します。
災害・危機時には、観光客・旅行者の安全を確保するとともに、3つの「不」を解消・軽減できる対応を普段から検討し備えておくことで、「安全」・「安心」な観光をより確実に実現できるようにしたいものです。