人流データの活用による旅行者の行動把握

「どのような」人が「いつ」、「どこから」、「どこに」訪問して「どれだけ」滞在しているかを把握することができる「人流データ」。スマートフォンの普及やアプリによる精度の高い位置情報データの収集が進み、精度の高い人流データが蓄積され、データ処理技術の高度化やAI技術の発達、新型コロナウイルスの流行により、街の人出や混雑状況を示す指標として注目を集めたことも影響し、各社から様々な分析サービスや情報が提供されています。 今回のコラムでは人流データに関する専門的な知識がなくても利用できる分析ツールを使って旅行者の行動を考察してみたいと思います。

蓬田 崇

蓬田 崇 主任研究員

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目次

1. 人流データは旅行者の理解を深めることができる強力なツール

観光計画の策定や旅行者を対象にした事業におけるマーケティング担当者にとって人流データは非常に強力な分析ツールになります。特にGPSの位置情報を基に取得したデータはアンケートや交通量調査では得ることができなかった粒度の情報を得ることができるため、分析の解像度が飛躍的にあがります。
 具体的なメリットとして、精度の高いデータがリアルタイムで収集されているため、旅行者の行動把握に役立ちます。つまり、仮説の検証や施策を検討する初期段階の基礎情報として活用することができます。また、特定の日時指定をすることで、前年と当年、休日と平日、イベント時と通常時の比較など、過去データとの比較による分析にも役立ちます。データの粒度や費用面においても交通量調査とは比較にならないほど詳細なデータがコストを抑えて取得することが可能です。
 ただし、分析時は前提条件としてのデータソースの特性や集計ロジックに留意をすることが必要です。

2. 人流データを使ってわかること

人流データはデータの種類や取得方法、集計方法により分析できる内容が異なります。今回の考察では通信キャリアがスマートフォンのGPS機能を基に取得したデータ(*1)を使用しました。
 人流データにおける代表的な分析軸として時間軸があります。分析対象エリアにおける日別や曜日別、時間帯別の人数を集計し、前日比や前年比、午前や午後等を比較することで訪問者の増減に関する特徴を可視化することができます。
 次に特徴を把握しやすい分析軸として、性別や年齢、居住地の軸があります。年代ごとの訪問者の人数を把握することで分析対象エリアへの訪問者は若年層が多いのか?シニアが多いのか?など、訪問者の年代に関する特徴を可視化することができます。また、今回利用している通信キャリアのデータを利用したサービスの場合、滞在している日数や時間に応じて来街者と勤務者、居住者を推測して属性ごとの分析が可能です。ただし、スマートフォンの契約者の年代になってしまう点や10代のデータが取得できない等の特性がある点については解釈時に留意が必要になります。
 また、人流データにはODデータという、出発地点(origin)と目的地(destination)まで移動した人数を把握する、2地点間の人の流れを示す場合に利用するデータがあります。このデータを利用することで分析対象エリアの訪問者はどこに住んでいる人が多いのか等を可視化することができます。また、2地点を観光スポットなどに置き換えることで回遊状況を可視化することも可能です。
 人流データの分析には様々な分析手法が存在しています。分析の目的とデータの粒度や特性を踏まえた分析設計が重要になります。人流データの種類や活用メリット、使用するデータや分析ツールの選定、分析方法や活用事例については国土交通省の不動産・建設経済局 情報活用推進課が令和4年3月31日に公表している「地域課題解決のための人流データ利活用の手引き」が参考になります。
 弊社でも今回利用する分析サービスとは別の訪日旅行客の人流データを使い、独自ロジックによる行動予測を含む統計解析を用いた分析サービスを提供しています。

3. 具体的な分析事例

①明治神宮の初詣客の事例

明治神宮の3が日の初詣客は過去6年間において2019年が最も多く、新型コロナウイルス流行後の初めての正月となった2021年が最も少なくなっています。2021年以降は年々初詣客が増加していたが2024年は2019年の半数以下で2023年を下回る客数となっています。(図1)
 日別の推移では毎年元旦をピークに減少し、最初の土日が若干増加、2週目の成人の日を含む3連休で再度増加し、3週目以降の土日は平常時の土日と変わらない水準まで減少する傾向となっています。年神様が家にいる期間とされている「松の内(1月7日まで。地域によっては15日まで)」から「小正月(1月15日)」までに参拝される方が多い傾向にあるようです。(図2)

 

明治神宮に来訪する初詣客は伊勢神宮や出雲大社と比較すると20代の構成比が高い点が特徴的です。立地の影響が大きいと推察されます。(図3)
また、大晦日から元旦にかけての訪問者について、20代は0時前後の人数が多いことからも年越しを明治神宮で過ごす方が多く、30代は0時以降の人数が多いことから年越しを別の場所で済ませてから訪問する方が多いと推察できます。
 1月1日の6時以降は年代が高いほど早い時間帯の人数が多く、20代は12時以降に人数が増加する点も特徴的です。(図4)

 

 

②離島への訪問客の事例

石垣島空港利用者の2019年からの推移を確認すると緊急事態宣言が発令されると利用者が減少し、全国旅行支援等の観光振興政策が実施されている時期と宣言解除後に利用者が増加をしています。2023年5月に新型コロナが5類に移行しましたが、2023年においては通常旅行者が増加する夏休み時期においても2019年10月時点の旅行者数の水準までは戻っていない状況が続いています。(図5)

 

石垣島からフェリーで訪問ができる代表的な離島として西表島、竹富島、小浜島があります。(図6)
 各離島における訪問者の年代の違いを確認すると、西表島の北側に位置する上原港は40代未満の構成比が高くなっています。アクティビティを豊富に取りそろえるファミリー向けの大型有名ホテルの利用者が多いと推察されます。一方で西表島の南側に位置する大原港では70代以上の構成比が高くなっています。これは西表島から牛車に乗って海を渡り、由布島へ訪問するバスツアーの参加者が多いことが影響していると考えられます。
 また、石垣港離島ターミナル訪問者が各離島に日帰り観光であったのかと離島に滞在したのか(日別に集計して2回以上訪問者を滞在者として識別)を確認すると大型のホテルがある西表島の上原港と小浜島への滞在者の割合が高い点も特徴的です。(図8)

 

 

各離島間の回遊状況を確認すると、石垣港離島ターミナル訪問者のうち約4割が(石垣島を含む)3カ所以上の港を訪問しています。この3カ所以上訪問者のうち約半数が西表島の南に位置する大原港と竹富島をセットにして訪問をしています。(図9)

 

4. まとめ

GPSの位置情報を基に取得した人流データはこれまでのWeb調査や交通量調査を基にした拡大推計に比べ、自由に分析エリアを設定して人流のボリュームや来訪者の属性、回遊状況等の把握ができるためエリア(訪問者)の特性を理解する非常に有益なツールであると考えます。
 アンケート調査の場合、選択肢が認知度の高い特定の場所に限定され、訪問場所と時間のかけ合わせも調査票が複雑になってしまうため聴取が困難で分析の難易度が高くなってしまいます。しかし、GPSの位置情報を利用した人流データは分析対象エリアに関する選択肢の制限や記憶違いや回答誤りのリスクも回避することができます。データの精度という観点でも優れていると考えられます。
 また、人流データは来訪者と居住者を識別して分析したり、道路毎の通行量を可視化したりすることも可能です。観光分野だけではなく、商業施設の出店計画などの不動産分野、交通需要マネジメントや道路の整備などの交通分野、オーバーツーリズムや災害などの防災・減災分野などにも活用されています。
 ただし、拡大推計値の解釈については注意が必要です。明治神宮は例年初詣に約300万人(推定方法や出典が不明)が訪れると説明されますが、今回の集計結果(2019年の1月1日~3日まで)の推定訪問人数は20万人弱と数値が大きく乖離しています。分析の目的やデータソースの特性、拡大推計のロジックなどを考慮して数値の解釈をしなければならない点には注意をする必要があります。
 人流データを利用した分析ツールは非常に有益なツールではありますが、上記以外にも分析対象エリアが広範囲で流入経路が複数存在する場合や人流自体が少ない(=データが少ない)場合などについては実施できる分析が限定的になってしまいます。また、施策の詳細な効果検証、進捗指標のトラッキング、旅行者の志向や感情等のインサイトを考察するには別の調査・分析手法との組み合わせが必要になります。重要なことは、計画の全体像や前提条件の理解、目的や状況に応じて利用するデータソースや調査や分析を設計することです。

「人流データ」は多くのことが紐解ける貴重なデータであると共に、秘匿処理はされているものの、とてもパーソナルでデリケートな情報ということを実感させられました。データを利用させて頂いているという意識を忘れずに、旅行者や地域住民の生活に還元できるような知見の導出に取り組むことで好循環を生むことが重要だと考えます。
 
(*1)今回の分析は、技研商事インターナショナル社「KDDI Location Analyzer」を使用して行った。その他の代表的な位置情報データサービスとしては、モバイル空間統計、全国うごき統計、人流アナリティクス®、Data wise Area Marketerなどがある。
 
=技研商事インターナショナル社「KDDI Location Analyzer」=
データはauスマートフォンユーザーのうち個別同意を得たユーザーを対象に、個人を特定できない処理を行って集計されている。