「アジアの視点」で考えよ ~成長への道しるべ 観光立国への課題~

政府による観光立国への施策もあり、今後アジアから格安航空の日本乗り入れが増えると、訪日客が一気に増える可能性が高い。一方で、訪日客を増やすために、日本が対応すべき課題も多い。その課題について考察してみる。

野村 尚司

野村 尚司

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3月中旬、マレーシアの首都クアラルンプール中心街の巨大ショッピングモールで、消費者向け旅行商談会が開催された。これは同国最大の旅行会社メイフラワートラベルが創立50周年を記念して実施したもので、テレビ・ラジオでの大規模な宣伝効果もあり、数千人が来場した。

マレーシアでは好調な経済や所得増加から海外旅行市場が成長を続けている。物価の安い東南アジアが人気旅行先である。近年ではエアアジアなどの格安航空会社が低運賃を武器に成長を続け、格安航空便を利用した「バンコク3泊4日1万円」「台北3泊4日2万円」といった安価なツアーが人気を博していた。「既存のマレーシア航空やタイ航空では航空運賃が高く、思い切った格安ツアーを発売できなかった。エアアジア利用によってツアー価格が下がり顧客が増えた。」とは販売担当者の弁だ。

一方、訪日旅行は値段が高く気軽に出かけるにはハードルが高い。ちなみに5泊7日で東京・箱根・京都・大阪を訪ねるツアー価格は約14万円。同等の韓国周遊ツアーで約9万円や中国ツアーの約5万円と比較すると割高である。商談会訪問者に日本への旅行について訊ねると、「興味はあるが価格が高いので・・・・」と言葉を濁していた。先の販売担当者も「日本へのツアーは確実な需要はあるものの、取扱人数はあまり増えていない」と残念そうに答えた。

会場の中央部にはイスラム教徒(ムスリム)向けツアーの特設コーナーが開設されていた。マレーシアではイスラム教徒が約60%を占めている。そこで非イスラム国への旅行では宗教上禁じられている豚肉などの食材を使用しない食事メニューや、旅行中に行われる祈りのための方角明示などの配慮が必要となる。中国・韓国・ヨーロッパへのムスリムツアーは多数販売されていたものの、残念ながら日本のコースは無かった。

アジア各国から見ると日本の観光資源は多様で、魅力的である。また日本への注目度はもともと高い。さらに距離の近さもあってアクセスは良好。受け入れる日本側としては「日本のよさ、楽しさを経験してほしい」ことから、官民挙げてさまざまな観光情報を発信している。しかしそれが必ずしも訪日旅行のきっかけになるとは限らない。その理由として、日本からの視点だけでアピールすると、情報の受け手である送り出し国のニーズとの間にズレが出来る可能性があるからである。その結果日本側の「独りよがり」となって旅行客の満足はもとより、集客さえもおぼつかなくなる。

さらに旅行内容についても同様の課題がある。一口にインバウンド旅行客といっても個人か団体なのか、ビジネス・観光・親族訪問なのか、国内を周遊するのか一都市滞在なのか等の違いにより、そのツアー手配内容は多岐に渡る。また前出の通り、文化的・宗教的な面にも配慮する必要がある。さらに旅行経験が増えるにつれ訪日客のニーズは細かくなる。事実、手配関係者からは「細分化する市場を追いかけても追いかけきれない」との徒労感も聞こえてくる。その解決策としてアジア諸国からのニーズや商取引の方法に合わせるために、民族系ランドオペレータ(地上手配業者)に頼ってきた現実もあった。

政府による観光立国への施策もあり、今後アジアから格安航空の日本乗り入れが増えるとツアーの低価格化が進んで、訪日客が一気に増える可能性が高い。他方、訪日客の満足と長期的な発展のために依然として解決すべき課題は山積している。解決の第一歩としては、まずアジアしかも各国の旅行意識の視点に立つこと。相手側のことをよく理解し、選んでもらう努力をすること。これに失敗すれば市場からの退場が待っている。なぜなら日本はあまたある旅行先選択肢の一部に過ぎないのだから。

出典:日経MJ 2010年5月10日掲載のコラムを加筆したものです。