デジタルマーケティングと観光ビジネス、これからの10年

インターネット技術が幅広く浸透したいま、デジタルマーケティングは以前にも増して観光・旅行と切り離せないほど密接な役割を果たしている。そこで近年のトレンドを振り返り、そしてこれから何が起きようとしているのかをまとめてみたい。

鶴本 浩司

鶴本 浩司 客員研究員

印刷する

目次

1. 20世紀から21世紀へ

この世の中にウェブサイト(ホームページ)が登場した20世紀当時、それがやがてコミュニケーションや商取引で中心的な役割を担うことになると誰が予測しただろうか?インターネット利用者がようやく1000万人を突破したのは1997年。人口普及率でみると1割に満たない9.2%だったものの、それだけでもあのころのネット業界は沸いた。今では9462万人と約8割となり、インフラ化したといっていいだろう。

2. ソーシャルメディアと顧客エンゲージメント

インターネットはそれまでの多くの消費者行動を塗り替え生活そのものも変えていった。ウェブサイトやメールはコミュニケーションメディアとしても発達して主舞台となった。さらにここにきてユーザーが参加・関与するメディアであるソーシャルメディアが登場し、また新たな局面を迎えている。

2011年3月に発生した東日本大震災はソーシャルメディアの普及に弾みを付けた。震災当日は、ツイッターの訪問者が急増し、電車の運行状況などの情報がテレビを上回る速度で駆け巡った。世界最大のSNS(交流サイト)のフェイスブックも安否確認に活用され、改めて注目を浴びた(図1)。

図1 PC訪問者数推移

欧米の観光業界では、ソーシャルメディアの活用が日進月歩で進む。KLMオランダ航空は航空券予約で「KLMミート&シート」という独自のサービスを始めた。SNSのプロフィルを共有することで、予約時に他の乗客のプロフィルや座席位置を確認できるのが特徴だ。共通の趣味や話題で隣の座席を選ぶこともできる。商品やサービスのPRより利用者との関係強化に軸足を置いており、同様なサービスは世界で初めてという(図2)。

図2 KLMミート&シート

米国の宿泊予約サイト「エアビー&ビー」では、利用者が自宅の空き室を旅行者に貸し出すサービスを提供している。自宅に見ず知らずの他人を泊めるのは不安が付きまといそうだが、ネットで旅行者の評価を公開して改善を図っている。フェイスブックやツイッターを通じ、事前に貸し手や借り手の情報を人柄まで知ることも可能だ。
「シェラトン」「ウェスティン」を擁する米スターウッドホテル&リゾートはツイッターを活用し、「アクティブサポート」という接客方法を実践している。利用者の照会に受け身で応対するだけでなく、利用者のつぶやきに耳を傾け、必要に応じて自ら応対する。

このように欧米の主だった旅行会社や航空会社では、ソーシャルメディアとの連携が一般的になりつつある。インターネットの進化は観光業界の常識を覆し、既存のビジネスモデルを塗り替えるような変化をもたらしている。
米グーグルが昨年に始めたサービス「フライトサーチ」は米国の観光業界に衝撃を与えた。主要な航空会社の多様な運賃を比較できるだけでなく、利用者は航空会社の公式サイトへ直接移動し、航空券を予約できる。
運賃の透明化に伴い、航空会社は自社サイトでの直販を加速すると予想される。中間に位置する旅行会社は「中抜き」への懸念を募らせる。ホテル業界も同様だ。旅行業の流通が大転換期を迎える予兆が感じられる。

ネットを主力とする旅行会社も安泰といえない。航空会社や宿泊施設はどの予約サイトにも同一運賃を提供するようになった。「レートパリティ」と呼ばれる料金の平準化が進めばサイト間の差は付きにくい。実際、欧米では「最安値保証」をうたったサイトの料金が横並びとなる例が増えてきた。日本でも主要なホテル予約サイトを見比べると、結局は同じ金額という事態が起き始めている。
観光関連企業は価格以外の要素で利用者の定着を図らなければならないだろう。カギを握るのは顧客と深い関係を築く「顧客エンゲージメント(顧客とのむすびつき)」ではないか。そこで重要な役割を果たすのは顧客との対話である。
日本の観光産業では公開の場で顧客との対話を実践する企業がまだ少ない。しかし欧米では顧客エンゲージメントに取り組む企業が増加の一途をたどり、専門部署を設けて人員を増やす動きが広がっている。ネットを生かして顧客の声を傾聴し、一方通行だったコミュニケーションを対話型に変える。日本でもそんな企業が顧客から選ばれるのではないだろうか。

3. これからのテクノロジー

一方でテクノロジーと消費行動という側面に目を向けると、これからは「O2O」(オー・ツー・オー)が話題の中心となりそうだ。「O2O」とはOnline To Offlineの略で、オンライン(ネット)とオフライン(リアル)が購買行動を含め、幅広い意味で連携することを意味する。

10年ほど前には「クリック&モルタル」という言葉で「ネットとリアルの融合」が語られたこともあったが、観念的なためか雲散霧消した。ここにきてO2Oという表現で注目を集めている理由は、当時と比べ劇的に技術やサービスが進化したことにある。まずスマートフォンに代表される高性能携帯端末が本格的に普及しはじめたことがある。そのスマホに備わる機能を活用した位置情報サービスが実用化のフェーズに入ったことや、ユーザーのソーシャルメディアによるコミュニケーションの浸透も挙げられるだろう。

フォースクエアのチェックイン機能でブレイクした位置情報サービスは、グーグルやツイッターも参入して群雄割拠の様相を呈している。スマホの機能もこれからさらに進化し、近距離無線通信の国際規格「NFC」が搭載されはじめることで「かざす」だけのコミュニケーションが増えてくる。
そしてソーシャルメディアのビジネスへの組み込みが加速する。そしてあらゆる場面でソーシャルメディアの新たな活用法が誕生してくる。例えばその場所に詳しくない旅行者を、地元の人が支援する、といったことも考えられる。観光地における情報のあり方や商品流通にも変化を及ぼしそうだ。

上記に加えこれから隆盛すると思われる技術や考え方のキーワードもいくつか挙げておきたい。いずれも確立しているものではないので今後どのような進化を遂げるかは未知数なものの、向こう10年間で重要なキーワードとなっていくことが考えられる。
まず「シェアリズム」を挙げておきたい。文字通りシェア(共有)することをベースにした考え方や指向で、先に挙げた宿泊施設に泊まらない旅行予約サイトとして紹介した「エアビー&ビー」はそのひとつと言えよう。

また「ゲーミフィケーション」も本格化していくと思われる。ゲーミフィケーションはゲームそのものではなく、ゲームのような楽しみを付加したサービスのこと。前述で挙げた位置情報サービスのフォースクエアなどがそうだ。スターバックスやオフィス、公園などで「チェックイン」、つまりスマホのGPS機能を使って位置情報を記録し、最多訪問者がその場所の「メイヤー(市長)」の称号を得るのを競うそれだけのことだが夢中にさせる要素がある。
同じく位置情報を活用したサービスとしてAR(拡張現実)も本格化していくことになりそうだ。スマホを通して見える景観や歴史建造物に観光ガイドが表示される、というのはもうそこまできている。

最後にまとめると、これからの10年は上述のような新しいテクノロジーや考え方を活かしたビジネスやサービスの時代となり、そしてどの場面でも「ソーシャル化」と「顧客エンゲージメント」が不可欠な存在となるのではないだろうか。