変化しつづけることを求められる観光施設

観光施設は、まさに、地域資源であり、多くの人々を地域に呼び込んで、地域に利益をもたらすべき存在であるが、現状では、地域のお荷物になっているとしか言えない施設も少なくない。実際の観光施設を例にとって、観光施設が「稼げる地域資源」になるための手立てを考えてみよう。

松井 一郎

松井 一郎

印刷する

目次

1. 進化を遂げて成功した観光施設

観光施設の成功例と言えば、最初に挙げられるのが東京ディズニーリゾートであろう。1983年(昭和58年)4月15日に東京ディズニーランドがオープンし、目標としていた「入場者1,000万人」を初年度から達成した。正確に言うと84年3月31日までの入場者数は993万人で、1,000万人目のゲストは同年4月2日に迎えたということであるが、「初年度から目標達成といっても差し支えはないと考える。

88年12月にはJR京葉線が開通(舞浜駅開業)し、公共交通による輸送量が増加したこともあって、89年度以降は1,500万人前後の入場者があり、混雑状況に対する配慮から第2パークの検討が始められた。検討の結果は2001年にオープンした東京ディズニーシーでる。現在では、5つのオフィシャルホテルに加えて、4つの直営ホテル、商業施設のイクスピアリ、ディズニーリゾートライン、舞浜アンフィシアターなどを備え、「東京ディズニーリゾート」としている。2012年度のランド/シーを合わせた入場者数は2,750万人と発表されている。

このようにみると、東京ディズニーリゾートは順風満帆で来たように見えるが、運営会社である(株)オリエンタルランドの50年史を見ると平坦な道ばかりを歩んできたのではないことがわかる。オリエンタルランド社が設立されたのは1960年(昭和35年)のことである。当初、浦安沖の広大な浅瀬を埋め立て、年間1,000万人を集められるレジャー施設を開発することとしており、「素晴らしい人間とその世界」をテーマとして、プレイランド、ホールエリア、ファッションスクエア、ホテルなどを備えた「オリエンタルランド」基本計画を立案したが、その後の調査からディズニーランドの誘致へと方向を転換した。誘致のための交渉もさることながら、建設認可を得てからも、1,800億円という多額の開発資金が必要であった。膨大な負債を抱えての出発であり、初年度に1,000万人が来場し、見込みを上回る売り上げを確保するまでの経営陣の奮闘ぶりは眼を瞠るものがあった。

成功した観光施設と言える旭川市旭山動物園の最新の話題は『空駆けるカバ』であろう。「カバが川底を歩く様子を見てもらいたい」という思いから水深3ⅿのプールを造り、飼育上の安全性を確かめながら公開に踏み切った。プールの底の一部が透明になっており、下から見上げていると、軽やかに水底を歩くカバが、まるで空を駆けているように見えるというものである。1967年(昭和42年)開園し、立地上、夏期のみの開園で約46万人を集め、その後も、遊具を充実させることで40~60万人の入園者を維持していたが、90年代半ばには30万人を割り込むところまで落ち込んだ。

ここからの巻き返し策が現在のような成功につながった。「動物たちが輝いて見える瞬間を見てもらおう」を合言葉にした飼育員たちの様々な工夫が次々に実現されて話題になったほか、運営面でも冬期の開園、正月の開園、夜の動物園散策プランなどの積極策を打ち出してきた。その結果、TVに取り上げられることが増えてブーム状態になり、2004年に145万人と100万人を超え、2007年には307万人と最高の来園者があった。その後、漸減を続け、2012年には163万人となっているが、冒頭に述べた『空駆けるカバ』のようなアイデアが出てくるようになって、再び、動向に注目が集まっている。

もうひとつ、規模は小さいがキラリと光るものがある鶴岡市立加茂水族館も成功例である。クラゲ水族館と言った方が知られているかも知れない。1964年4月に鶴岡市が開設した加茂水族館は順調な滑り出しを見せ、67年には年間21万人の入館者があった。その年、水族館の近にある湯野浜温泉の開発を目的として設立されていた第三セクター、(株)庄内公社に売却され、公社の収益源にひとつになることが期待された。しかし、その後業績は低迷し、79年の大改装、82年の海水魚水槽の改装などによる一時的な下げ止まりもあったが、年間の入館者が10万人を割るようになった90年代後半には閉館も覚悟するまでに落ち込んでいた。

そんな時、企画展のために持ち込まれたサンゴに付着していたサカサクラゲのポリプを育てて展示したところ話題になり、入館者にも喜ばれたことで手応えを感じ、クラゲ展示に集中することになった。クラゲ展示は全国でも珍しく、2000年には展示されているクラゲの種類が日本一(12種類)の「クラネタリウム」をオープンさせた。オープンまでは、近隣の浜での採取や研究機関などの協力で種類を増やしていったが、リニューアル資金が不足して、館長の個人借入れに頼ることもあった。それでも、水温調節や繁殖用の機器類にも事欠くなど苦労が絶えなかったとのことである。オープン当初は知名度不足からか、近隣からの来訪が一巡すると伸びが止まってしまう。そこで「クラゲを食べる会」を開催してマスメディアに取り上げられ、知名度を高めるなどして入館者数を伸ばしてきた。苦しい予算の中から現場のアイデアをできる限り実現し、05年にはクラゲの展示種類数世界一を達成した。08年、下村博士がノーベル賞を獲得した「オワンクラゲ」も展示されていたこと、12年にはクラゲの展示種類数世界一がギネスブックに認定されるなどあって12年度の入館者数は27万人を超えた。

現在、加茂水族館は休館中で、14年6月に新加茂水族館としてオープンする。その総事業費30億円の一部は「住民参加型市場公募債」で賄われる。公共の観光施設の多くが補助金に頼った運営を続けている中、加茂水族館は経営的に自立する公共観光施設の好例と言えよう。

2. 観光施設のリニューアル、イベント

これからの観光施設は、成功事例でみたように、現場の創造力を活かして創意工夫を凝らし、常に目新しさを出して来訪者を引き付けておかなければならない。ウォルトディズニーが最初のテーマパーク「ディズニーランド」をオープンする時に言ったと伝えられている『このパークは永遠に完成することはない』という言葉は正しい。≪いつでも新しく≫は「いつもできたばかりのように」という意味と「いつ来ても新しい発見がある」という2つの意味を持っている。そのためには、不断のリニューアルと施設イメージを高めるイベント(特別展、企画展を含む)の開催が必要であり、思い切ったことを仕掛けるには経費が掛かるのもやむを得ない。民間の事業者であれば、事業効果という判断基準で実行に移せるが、公的観光施設の場合、旭山動物園や加茂水族館の例でもやりくりの苦労がしのばれるように、財政難を抱える自治体が多く、リニューアルもままならずに不振のスパイラルに落ち込んでしまっている観光施設の例を数多く見ている。

『観光施設』をキーワードにしてネット検索すると「(社)国際観光施設協会」がでてくるが、協会の会員を見ると設計、建設、内装など施設を造る側の協会であることがわかる。その他では「観光施設財団抵当法」というものが検索で出てくる。『財団抵当』とは、事業者が保有する様々な資産を一括して抵当を付け、資金供給を容易にするための方式である。観光施設の場合、土地・建物・機械器具・展示物(動植物を含む)・温泉利用権などをまとめて観光施設財団を設定し、これらを抵当として融資を受けるということである。財団抵当という借入方式は、1905年に工場、鉱業、鉄道に抵当法として公布され、それぞれの財団抵当が行われるようになった。これは、日露戦争後にこれらの事業を振興するための資金需要の増大に応えるために採られた措置である。その後、軌道、運河、漁業、港湾運送事業、道路交通事業と時代の要請に応じて範囲が広がり、観光施設は1968年に抵当法として公布されている。

この法律の対象となる観光施設は、第2条に「観光旅行者の利用に供される施設のうち遊園地、動物園、スキー場その他の遊戯、鑑賞又は運動のための施設であって政令で定めるものをいう」と規定されている。その政令には、遊園地、動物園、水族館、植物園その他の園地、索道が設けられている展望施設、索道が設けられているスキー場、冷凍設備が設けられているアイススケート場、水質浄化装置が設けられている水泳場の8つが示されている。

この法律では、一般的に観光施設とみられている博物館、美術館、資料館、日帰り温泉施設などが漏れているが、省庁間の管轄に関わることと考える。先述したように、公的観光施設はそのリニューアル資金の手当てに苦労しているので、財団抵当という方式を活用することも考えてよい。また、現在では観光施設とされていない美術館、博物館なども対象となることを期待する。もちろん、抵当によって担保されているとは言え、融資を受けるからには、施設の収入から返済する計画が示せるリニューアルであり、イベントであることは言うまでもない。

3. 収益を求められる公的観光施設

観光施設には、東京ディズニーリゾートのような民間事業者の投資によるものもあるが、行政が主体として関与しているものも少なくないし、第三セクター方式によるものも多い。自治体の財政状況が厳しくなっている近年は、多くの施設で経営の見直しが行われている。詳細にみると様々な問題を抱えているが、最も大きな原因が、鶴岡市立加茂水族館の例でみるように、資金不足によってリニューアルもままならないこと、行政からの申し入れ事項によって経営・運営の自由裁量部分が制約されることなどである。勿論、制約を受ける事柄は人事運用、料金政策、運営方法、展示内容などにも及ぶことがしばしばある。そのような面で縛りをかけられては収益を上げることが困難になる。冒頭の「日本再興戦略」が求めているように、「地域資源で稼ぐ地域社会の実現」を果たすには、『集客できる観光施設』を育成することがポイントである。

リニューアル費用の資金については前項の財団抵当も活用できる。開発費用については、新加茂水族館にように「住民参加型市場公募債」もある。さらに、民間の資金を活用するPPP/PFI方式も考えられる。変則的なようであるが、PFIを利用して民間の資本で開発し、指定管理者制度によって施設の運営あるいは経営を民間事業者に委託することも可能である。その他にも、公設民営方式、包括的民間委託方式など、自治体業務のアウトソーシングの様々な形態を検討する必要があろう。

そのような場合、ヴァリュー・フォー・マネー(VFM)が求められることは当然であるが、計画の比較的早い段階から委託する民間事業者を決めて、開発計画に巻き込んでおくことが成功への道である。行政主導で計画したものが、完成してみると実際の運営では利用しにくいことや、来訪者のニーズにそぐわないものになっていたということは、しばしば聞かされることである。PPP/PFIなどを活用するには、民間の参加意欲を掻き立てる必要があり、魅力的な施設であるとともに、説得できるだけの計画者(自治体)の熱意も必要である。