観光経済新聞再掲  ~マーケットを読む・「自ら育ち成長する」とは~

観光に携わる人材の育成では、専門知識や接遇技術の習得には講義やロールプレイ、商品の開発などにはワークショップといった集合型研修が有益だ。しかしながら型どおりの対応だけでは、真の観光振興にはつながらない。必要なのは自ら課題を見つけ、解決する力であり、それを底支えするのは地域への「誇り」や「熱い想い」ではないか。

岩崎 比奈子

岩崎 比奈子

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「自ら育ち成長する」とは(観光経済新聞 11月16日掲載)

先日、山陰地方のある重要伝統的建造物群保存地区に立ち寄った。その地は初めてで、午後2時を過ぎていたのに昼食をとっておらず、滞在時間はわずか1時間半ほどしかなかった。私は観光案内所へ行き、担当の女性に事情を話して、かねてから観たいと望んでいた美しいまちなみを短時間で楽しむにはどうしたら良いだろうかと相談した。
彼女は地図を開き、最近ユニークなランチメニューを開発したカフェと、美しいまちなみ景観エリアから最後に駅へ向かうバス停にたどり着くコースを、徒歩での所要時間とともに提案してくれた。さらには、ぜひ訪ねてほしいと老舗の竹細工の店を教えてくれた。その後、短いながらも充実した時間を過ごせたことは言うまでもない。

江戸・明治期の暮らしぶりを伝えるまちなみ保存と、そこににぎわいを生み出す商業施設の整備や新たなメニューづくりに取り組むこの町の観光・まちづくり関係者の努力も伝わってくるが、この案内所の女性の、とおり一遍の対応ではなく、旅行者にも自分のまちを心から楽しんでほしいという温かい想いが感じられた訪問であった。

消費者に旅行先として選ばれるためには、地域資源の現状把握やマーケティングを踏まえ、観光施策の立案と商品・サービスの開発、広告宣伝を行わなければならない。加えて、接遇や案内ガイド等の基本的な知識・技術の習得、外国人旅行者を迎える前提としての異文化理解など、取り組むべきことは多岐にわたる。地域であれ、個々の施設であれ、これらを担うのは常に「人」である。この「人」に求められるのは、自らの地域や商品・サービスに対する誇りとその良さを伝えたいという想いである。これがないところに、本当の意味での「観光」は成り立たない。

「地域資源の発掘活動」とは、現場で体感し、その後のアクションに活かすことが目的だ。ここに真っさらな視点として外部の人材を入れるのは良いことだが、最終的に評価し方向性を決めるのは地域の当事者である。決して、単発のモニターツアーの参加者や外部のアドバイザーだけに任せてはいけない。

観光に携わる人材の育成では、専門知識や接遇技術の習得には講義やロールプレイ、商品の開発などにはワークショップといった集合型研修が有益だ。しかしながら型どおりの対応だけでは、真の観光振興にはつながらない。必要なのは自ら課題を見つけ、解決する力であり、それを底支えするのは地域への「誇り」や「熱い想い」ではないか。それらは自らの努力で身に付けていくものである。

外部に頼らず、自身で適正な評価と方向性を決められる力を身に付けるために、自ら旅行者として経験を積むことも一案だ。地域で観光振興に携わる人でも、案外旅行経験が少ない人が多いようだ。それも業務出張ではなく自分の財布を使って移動し、食し、体験や買い物をすることで、旅行者が本当に求めているものが実感として分かってくる。

制約の多い私の要望に応えてくれた案内所の女性は、旅行者の要望を想定し、日頃から役所や郷土史家へ問い合わせて、正しい情報の把握に努めているという。大切なのは、自ら学び成長しようとする姿勢である。