局面打破のために

これからの観光は、本来の「観光」、国の光を観るものに、人づくりや心を一層輝かせるためのものになっていくことと思います。こうした意義のある「観光」を充実進化させていくためにも、改めて「心」ある観光人材づくりの必要性が求められているのです。

山口 祥義

山口 祥義

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公益財団法人ラグビーワールドカップ2019組織委事務総長特別補佐
山口 祥義

サッカー日本代表に優れたFW(攻撃的な役割を果たす選手)が育たないと言われて久しくなっています。現在でも、世界では、ファンペルシー、スアレス、アグレロなど一人で突破できる魅せるFWが活躍しています。香川や本田など優れたMF(中盤の主にゲームメイク的な役割を果たす選手)は多く輩出する日本ですが、真のエースストライカー不在が続いています。サッカーは点を取るゲームなので、いくらパス回しに優れていても、ボール支配率が高くても、得点に至らなければ勝利することができません。Jリーグを観ていても、ヨーロッパリーグに比べて、中盤のボール回しが長く、ゴール前の緊迫したシーンが少ないように思えます。そこはパスでなくて、縦に勝負してシュートだろと叫んでしまうことはないでしょうか。

皆さんは、どのような時に勇気づけられたり、励まされたりするでしょうか。例えば、なでしこジャパンがワールドカップサッカーで優勝、佐賀北高校の8回裏満塁ホームランによる逆転劇などなど、筋書きのないドラマが生まれるスポーツが多いと思います。「勇気をもらいました。」「元気をもらいました。」私もそうした一人なのですが、実は、私が心の底から勇気が湧いてくることがあります。それは、子どもたちや中高生の透き通った歌声なのです。けれん味のない真っ直ぐな声で、「前を向こう」「仲間でいよう」的な歌詞でうたわれるともうダメです。涙腺が緩みながら、「俺も頑張ろう」と大の大人が思ってしまうのです。

これを観光の世界、地域や組織に置き換えてみるとどうでしょう。皆で心を同じくし、一定の約束事の中でパス回しをしていくことも大切ですが、単独でシュートを打てるタイミングで打てる人材を抱えていく必要があるように思えます。着地型の魅力ある商品づくりを行うために、地域の素材や人を活かした魅力あるプログラムを企画するために、地域や組織の課題をくみ取り、皆で手を取り合い目標に向かうことは大切ですが、携わっているその人自身が魅力的であることがとても重要であるように思うのです。例えば、ディズニーリゾート®のキャストも、研修による組織的な品質管理を行ったうえで、実践の場では、情緒的案内業務とも言える個性発揮が推奨され、状況に応じた優れた対応がなされているようです。地域振興においても、基本は研修や教育で学ぶ機会を持ちつつも、実践の場で、その活動や立ち振る舞いに魂を吹き込み、多くの人々を感動に導くのは、携わる人自身の熱い想いや人間力によるところが大きいのではないでしょうか。

最近は、国や自治体そして民間企業などが、地域活性化に観光を活用し、より多くの人々に「わたしたちの地域」を訪問してもらうことを目的に、多種多様な側面で観光に関わる人材育成の研修会を設定する機会が多くなりました。参加者は講師の説明を受け、知識を身に着け、時にはプレゼンテーションの方法も学ぶこともあります。それはそれで重要な内容ですが、何より大切なのは、参加者一人一人が、実地における体験・経験の場を持ち、さらに研修で得たことに基づき行動に移していくことだと考えます。では研修では何を得るべきなのでしょうか。

研修の参加者は普段から地域振興について真剣に悩み、取り組んでいることは言うまでもありません。ただし研修では、他の地域で観光振興を成功に導いた人の話を聞く際には、事業化例や手法といった観点だけではなく、その人自身の人となり、志、取り組む「心」、何を大切にしているのかといったことも含めて聞いて欲しいと思います。また、研修を主催する側も、そういったことを学びとることも大切にするべきではないだろうかと思います。この着眼点を大切にしないと、他者の成功事例に焦り、目先の事業化に捉われ、本来地域振興に必要な「心」が欠けたものとなってしまいます。地域づくりは人づくり、そして人づくりは「心」づくりなのだと思うのです。

人は、様々な想いを持って生きています。外から見て感じることの100倍以上は考えているのではないでしょうか。喜び、苦しみ、希望、失望。そうした人の数々の想いに敏感な社会が出来たなら、どんなに素晴らしいことでしょうか。
日本は、終戦後、どん底の状態から経済復興を遂げてきました。右肩上がりの経済成長に、国民の願いは「物質的豊かさ」でした。これからの時代はどうでしょうか。経済も成熟したものとなり、様々な価値観が生まれるようになった昨今、再び「心」「つながり」といったものを大切にしなければならない、大切にすべき時代が来るように思います。

ここ数か月、ラグビーワールドカップ2019組織委員会の活動に携わってきました。10月末で14の自治体に開催地立候補をいただき、嬉しく思っています。また10月25・26日には熊本県相良村で開催された第3回全国村長サミットで分科会コーディネータを務め、11月4日にはふるさと財団地域再生セミナーで基調講演講師といったように、地域再生に関すること、地域で課題となっていることに加えて、地域再生には「交流」が大切なキーワードとなっています。

こうして考えてみると、右肩上がりの時代の観光は、会社人間が多いことからも休養や息抜き中心の法人旅行でした。これからの観光は、本来の「観光」、国の光を観るものに、人づくりや心を一層輝かせるためのものになっていくことと思います。こうした意義のある「観光」を充実進化させていくためにも、改めて「心」ある観光人材づくりの必要性が求められているのです。