MICE分野における「Cの世界」・Convention

MICE分野における「Cの世界」Conventionの話をしよう。日本では国際会議と訳され、その他には大会、代表者会議、慣習や約束など様々な意味もある。Conventionにまつわる会議の呼び方、新聞等から垣間見える各種の国際会議に日本がどう関わっているか、また国際会議を開催するということがどういうことか等を異文化コミュニケーションの立場から見てみたい。

太田 正隆

太田 正隆 客員研究員

印刷する

2015年11月21日からフランス・パリにおいて「気候変動枠組条約締約国会議・COP21」が開催される。これは、1992年に関係諸国で締結された「気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCCC)」United Nations Framework Convention on Climate Changeによるものである。実際に開催する英文の会議名は「UN Climate Change Conference」といい、会議名のあとに「COP21」と表示される。これは、「Conference of Parties」の略である。従って、「UN Climate Change Conference COP21」は、「気候変動枠組条約第21回締約国会議」の意味である。身近な例として、来年2016年の伊勢志摩サミットがある。これは「主要7か国首脳会議、サミット」と通常言っている。英語では単に「G7」この場合の「G」は、「Government」を指す場合もあるが、サミットの場合には「Group」である。あっさりとしたものである。1975年に始まったSummitは、当初のG5(仏、英、独、米、日)からイタリアを加えたG6、そしてカナダを入れたG7、冷戦以降ロシアを加えG8となった。昨年から再びロシアをはずした「G7」となってはいるが、唯一無二のブランドであることには違いない。

10月中旬に発表された新聞等の記事やその他の報道からピックアップした年内の安倍総理外交日程を整理してみた。既に10月下旬には中央アジア六ヶ国の歴訪が終わり、帰国直後には日中韓サミットをこなし、この会期中には日中、日韓の個別の首脳会合・二ヵ国間会合を済ませている。

2015年10月以降の安倍総理の外交日程

中央アジア歴訪の場合には、訪問先の首脳との1対1の首脳会合となるため、通訳は現地の言語に精通した外務省の職員が「逐次通訳方式」で行う。逐次通訳方式とは、ワンセンテンスごとに言葉を区切って通訳する方式である。例えば、英語で通訳する場合「お会いすることが出来て大変嬉しく思います」、(通訳)「I am very pleased to be able to see you.」というように、こちら側と相手側がこの順番で会話を続けることとなる。従って、会話するには日本語の他に英語に置き換える必要があり、実際の時間は約二倍の時間が掛かることになる。門外漢には案外この時間への認識は薄いが、話し合いにかかる想定時間×二倍を見ておかなければならない。1時間分の話があるとすれば「日本語1時間+英語への訳1時間」である。よく新聞に「首脳同士が立ち話で話をした」等の報道がある。立ち話であるため所要時間を10分程度とすると、双方が同じ時間を使って会話をした場合、実際の話はわずか2分30秒しかないことになる。英国と米国の首脳が母国語の英語で立ち話をする場合とは、同じ「首脳同士の立ち話」でも意味が大きく異なる。

11月に入り六回目となる「日中韓首脳会合」が開催されている。三カ国以上の会合になった場合、「逐次通訳方式」は困難である。日本語、中国語、韓国語と三言語の逐次通訳方式では所要時間が約三倍になる。これでは設定した時間が三時間としても、首脳一人当たりの発言時間は、なんと30分程度しかない。これでは自分の意見等を伝えるだけで終わってしまい、とても意見交換までには至らない。

ここで活躍するのが同時通訳者である。それぞれの言語による発言者の音声を聞きながら、次から次へと他言語に訳していくという凡人には夢のようなスーパーコミュニケーターである。職業集団として昔から通訳は存在するが、「同時通訳方式」は、近年の音響システムが開発されてからの技術であり、記録では第二次大戦後の戦争裁判である「ニュールンベルグ裁判」で初めて同時通訳システムを導入した裁判が行われている。日本に於いても同様に市ヶ谷の旧陸軍士官学校講堂(現在の防衛省市ヶ谷記念館で行われた「東京裁判」において、IBM製同時通訳装置をいれた裁判が行われた。同時通訳者とシステムをいれた会合としては世界初の試みである。ちなみに日本に於ける通訳の職業集団は、江戸幕府化で世襲役人として「通詞(つうじ)」とよばれており、鎖国政策の中で蘭語(オランダ語)、中国語、ポルトガル語等が主であった。ようやく英語、ロシア語等が出現したのは江戸中期頃である。

※同時通訳方式(日、中、韓)で、仲介する言語(キー言語)を英語とした場合
共通するキー言語を決めることで、必要な言語通訳者を調達さえすれば、同時的に各国語への通訳が可能となる

11月15日からは「G20・20ヶ国・地域首脳会議」がトルコで開催される予定である。ここには、G7(日、米、仏、英、独、伊、加、EU)の他に、露,アルゼンチン,豪,ブラジル,中国,インド,インドネシア,韓国,メキシコ,サウジアラビア,南アフリカ,トルコ。招待国として、スペイン,ASEAN議長国,アフリカ連合(AU)議長国、アフリカ開発のための新パートナーシップ(NEPAD)運営委員会議長国,シンガポール,ニュージーランド。その他、国際機関として金融安定理事会(FSB),国際労働機関(ILO),国際通貨基金(IMF),経済協力開発機構(OECD),国際連合(UN),世界銀行(WB),世界貿易機関(WTO)等が参加予定である。実に多くの国や機関が参加するが、言語だけをみても多様で、逐次通訳方式では到底間に合わないことが容易に想像できる。したがって多くの国が参加する場合には、どの言語を使用して国際会議を行い意思の疎通を図るかを決める必要がある。これを解決する方法として「公用語」がある。

例えばG7の場合、参加国が少ないため参加者に合せて「日本語、英語、仏語、イタリア語、独語」が公用語となっている。G8ではこれにロシア語が入る。ちなみにEUでは、全加盟国の言語を尊重し合計23ヵ国語となっている。(別表)これにAPECやASEAN等の国際会議が入ると相当な国数となる訳だが、国連では「中国語、英語、仏語、ロシア語、スペイン語、アラビア語」の六カ国語が公用語となっている。

EU公用語:23言語

組織機関、目的等に応じて公用語が決まっており、日本での開催が決まればこれら言語に必要な会議通訳者、同時通訳システム、翻訳や首脳や随行者、プレス等多くの参加者のために必要な準備を行う必要がある。こうした国際会議の誘致、準備、運営に至る各種のサービスを行う職業集団がある。これがPCO(Professional Congress Organizer)である。主に欧州にある国際機関への支援企業として発達し、日本でも東京オリンピックを契機に会社組織が出来ている。国際的組織としてIAPCO(International Association of Professional Congress Organizer)があり、日本での業界組織としては、JCMA(日本コンベンション協会)がある。また、会議通訳者の国際組織もあり国際機関が多く設置されているジュネーブに本部をおいている。(国際会議通訳者協会・AIIC・The International Association of Conference Interpreters)

今回は、この秋の総理大臣外交日程に掲載された国際会議の出席予定リストから、それぞれの会議の特徴や、呼称、多国間の意思疎通に不可欠な言語や通訳手法等について雑感を述べた。国際会議は政治的な会合だけではなく、学術団体や民間の各種団体が開催する会議まで分野も幅が広い。また、日中韓首脳会合やG7サミット等のように各国首脳が集まるレベルのものや、環境、観光、エネルギー等の目的別の国際会議、また、開催の順番が決まっているものもある。G7は2016年日本開催だが、次回は2023年の見込みである。日中韓首脳会合は、三年振りに韓国で開催されたが、前回が中国であり順当にいけば来年は日本開催の予定である(2008年福岡、2011年東京)。このように順番にくることが決まっている場合と、オリンピックのように開催地として立候補する国際会議もある。20世紀までは欧州、米州、アジアでは日本の三極で決まることが多かったが、近年では中国、韓国を始めシンガポール、香港等で開催されるケースが多い。アジア内での開催国競争、都市間競争が激化している。経済力だけの優劣でこうした国際会議分野でのイニシアティブがとれた時代は終わった。

前述してきたように、国連だけではなくEUをはじめ地域連合や経済・環境その他の枠組みによる連携が加速度的に構築されている。ASEANでは、政治・経済的な地位向上を目指し、FTAをさらに進化・高度化した『ASEAN経済共同体(ASEAN Economic Community)を本年末までに発足することとなっている。文化等の融合よりも政治的・経済的な融合が加速度的に進む中、MICEを推進する立場として国際会議Conventionを通じたビジネス展開を行うためには、言語といったコミュニケーションツールやスキルもさることながら、新聞報道の行間から異文化への理解、多様性への対応、高度な知識とスキル、国際理解が必要である。

参考URL

参考図書

  • サミットクライシー(船橋洋一・朝日文庫)
  • サミット主要国首脳会議(高瀬淳一・芦書房)
  • 東京裁判における通訳(武田珂代子・みすず書房)