ヘルスツーリズムを活用した健康経営®推進の新たなアプローチ ~楽しみながら健康への気付きを~

日本人の平均寿命は男性が81.25歳、女性が87.32歳でともに世界トップクラスです。しかしながら、健康寿命との開きは男性で約8年、女性では約13年あります。健康寿命というのは健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間のことで、高齢社会におけるQOL(Quality of Life/生活の質)向上には健康寿命を延伸させ、平均寿命との差を狭めるように取り組んでいく必要があり、働き盛りの現役時代からいかに健康に対する意識を高く持つかがポイントです。近年、健康経営®※の注目が多くの企業間で高まっています。将来の健康寿命の延伸もその大きな目標ですが、社員もパフォーマンスをあげること、または健康保険料の負担減への期待もあります。その手段として、ヘルスツーリズム(健康増進型旅行)を活用する企業も少なくありません。新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、テレワークを導入する企業も増えたようですが、社員の働き方が変わる中で、企業が社員の健康を留意することは大きな課題ではないでしょうか。本稿では、企業が健康経営®を推進において、ヘルツーリズムを活用し、楽しみながら健康への気付きを得るという考え方を紹介します。 ※健康経営®は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

西﨑 徹

西﨑 徹 主任研究員

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目次

1.なぜ健康経営®に取り組む企業が増えているのか

会社で社員の健康増進のためのプロジェクトが立ち上がったり、健康経営優良法人の認定を取得したりする企業が増加しているというニュースを見かけるようになりました。健康経営®とは従業員の健康管理を経営課題としてとらえ、戦略的に取り組む経営手法の事をさします。もともとは、アメリカの心理学者ロバート・ローゼン博士によって提唱された「ヘルシーカンパニー」という考えがもとになっております。経済産業省では、健康経営®とは「従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することで、企業理念に基づき、従業員等への健康投資を行うことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながると期待されます。」と紹介しております。

J&Jグループが世界250社、約11万4000人に健康教育プログラムを提供し、投資に対するリターンを試算したところ、健康経営®に対する投資1ドルに対して、3ドル分の投資リターンがあったとされております。

健康経営の投資に対するリターン

引用:平成29年度経済産業省ヘルスケア産業課「健康経営銘柄2018」および「健康経営優良法人(大規模法人)2018」に向けて、を用いて作成

健康経営®に取り組む企業が増えてきた背景としては冒頭に記載した健康寿命の延伸の他に生産年齢人口の減少や介護離職などによる労働力の低下による人材不足と超高齢社会の到来による社会保障費の増加に対する対策としての側面もあります。健康経営®と人財不足の対策とはあまり関連性がないように思えるかもしれませんが、経済産業省の行った「健康経営の労働市場におけるインパクト調査」によると、今の学生は福利厚生や健康への配慮を重要視するという調査結果(図1参照)が出ております。

また、経済産業省の方では、健康経営®の推進を後押しするために、健康経営®に戦略的に取り組んでいる企業の取組を「見える化」させ、「健康経営優良法人」として顕彰することで社会的に評価を受けることができる制度を整備しております。

アフターコロナの社会において、企業における従業員への健康への配慮は、就活生の限らず、ますます注目をされることになりそうです。

図1
Q.「就活生」将来、どのような企業に就職したいか。(3つまで)
Q.「親」どのような企業に就職させたいか。(3つまで)

健康経営の労働市場におけるインパクト調査

引用:経済産業省「健康経営の労働市場におけるインパクト調査」

健康経営®に取り組む企業は徐々に増えてきておりますが、その推進には様々な課題が想定されます。人事部の方で取り組もうと思っても売り上げに直結するわけでないので経営陣が理解を示さない、何から始めたら良いのかわからない、始めたは良いが従業員が主体的に取り組んでくれない、などの声をよく聞きます。なかでも、従業員の健康意識を変え主体的に取り組むようにしない限りは取り組みの成果をあげるのは難しいでしょう。

その理由としては、健康は自分自身が意識をかえ、健康に対する行動変容をしないと、会社がどんな施策を施しても無駄に終わるからです。ひと昔前の事ですが、私の在籍している会社でも健康キャンペーンの時期に万歩計が配られたりもしましたが、そもそも健康に無関心な人は封も切りませんでした。つまり、どんない良いアプリや施策を打っても関心を持ってない方には響かないという事です。そのため、主体的に取り組んでもらうためには、健康に対して関心を持ってもらう事が重要です。

以下の図は人が健康への生活習慣を変える際の行動ステージを示した行動変容ステージモデルといわれるものです。まずは、一番左端の健康に対して無関心な人にどう関心をもたせるか(どう関心気に移行させるか)、ここが最も難しく、最も重要です。

自己効力感

引用:日本健康教育士養成機構「新しい健康教育~理論と事例から学ぶ健康増進への道~」保健同人社 大津一義先生執筆部分より引用改変

2.ヘルスツーリズムの活用

健康への第1歩としては、健康的な生活習慣への行動変容が重要ということを述べましたが、解っているけど変えられないのが、生活習慣です。そこで注目をされているのがヘルスツーリズムです。ヘルスツーリズムは直訳をすると、健康旅行となりますが、1度や2度旅に出ただけで健康にはなりません。では、なぜ旅で健康なのでしょうか。

“解っているけど変えられない”といった類の事をやり遂げるのは自己効力感(セルフエフィカシー)が重要です。自己効力感とは、何かを成し遂げる際の自信・確信のことで、ヘルツーリズム研究所では、非日常空間である旅先のシーンは、自己効力感が高まりやすい傾向があるとみています。この背景には、旅先での新しい体験や挑戦、取り組んだことによる達成感などが影響していると考えられます。
当然、自信を持って事を進めるのと、いやいやながら事を進めるのとでは成果は大きく変わってくる事は想像がつくと思います。

【全国のヘルスツーリズム推進地】

全国のヘルスツーリズム推進地

引用:日本ヘルスツーリズム振興機構

また、旅先という非日常での出来事は印象に残りやすいという側面があります。
このように、自己効力感が高まりやすい旅のシーンで仲間と一緒に楽しみながら健康体験をすることで強い印象を与え、行動変容を促す効果が期待出来るのがヘルスツーリズムであり、健康経営®推進においては、最も手ごわい、無関心期のステージにある人を関心期のステージに引き上げるきっかけづくりの場になりえるのです。そのようなヘルスツーリズムに取り組む地域は全国に広がってきており、地域と企業がヘルツーリズムを通じた健康保養地としての連携協定を締結するなどの動きも始まっています。

また、このような動きが広がるにあわせて、経済産業省の方では、「旅と健康」という新しい視点でサービスの品質を客観的に評価する「ヘルスツーリズム認証制度」を立ち上げ、2018年度よりヘルスツーリズム認証委員会による審査の受付を開始し、2020年5月時点で37のプログラムが認定を受けています。評価のポイントは、「安心・安全への配慮」、「楽しみ・喜びといった情緒的価値の提供」「健康への気づきの促進」という3つの柱からヘルスケアサービスを評価・認証し、利用者がその品質を一目で分かるよう「見える化」されています。

ヘルスツーリズム認証ロゴマーク

ヘルスツーリズム認証ロゴマーク

引用:ヘルスツーリズム認証委員会

このように、健康経営®を推進するソリューションとしてヘルスツーリズムを活用する環境が整ってきています。今は、コロナで旅に出るのは難しいかもしれませんが、自然のなかでストレス解消や免疫力を高める点でも自然環境に親しむヘルスツーリズムを今後活用されてはいかがでしょうか。