子供たちの自然欠乏を取り戻そう

健康で丈夫な子供たちの心の基盤づくりと、豊かな自然環境の保全のために、メンタルヘルスケアの観点から、自然体験活動の意義とコロナ禍における自然欠乏を取り戻す必要性について考えます。

臼井 香苗

臼井 香苗 研究員

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目次

昨年9月に発表された文部科学省の調査によると、子供の頃の自然・社会・文化的などの体験活動は、自尊感情や外向性、また精神的な回復力といった心の健康の基盤を養う上で、重要な意味を持つことが明らかになりました。
 その中でも、自然環境での体験活動は、人を健康にし、心を丈夫にするだけでなく、後世へ豊かな自然を残す意識の育成にもつながると考えられています。
 健康心理学を学び、健康運動指導士で、かつ3人の子持ちである筆者が、子供たちのメンタルヘルスケアの観点から、自然体験活動の意義を考察し、自然欠乏を取り戻す必要性を問いたいと思います。

1.体験活動は心の健康の基盤をつくる

新型コロナウイルス感染症拡大による1回目の緊急事態宣言以降、感染症拡大の波が訪れるたびに、子供たちは体験活動の機会を奪われてきました。外出が制限され、運動会や修学旅行などの学校行事も延期や取りやめが続出しました。2021年6月に発表された日本財団・三菱 UFJ リサーチ&コンサルティングの調査によると、学校行事の縮小・中止は、特に小学生において認知能力や生活習慣等への悪影響が大きいことが示唆されています。
 文部科学省が2021年9月に発表した「令和2年度青少年の体験活動に関する調査研究」によると、小学生の頃に体験活動を多くしていた子供は、高校生になると自尊感情(自分に対して肯定的、自分に満足しているなど)や外向性(自分のことを活発だと思う)、精神的な回復力(新しいことに興味を持つ、自分の感情を調整する、将来に対して前向きになるなど)などが高くなることがわかりました。一つの経験だけでなく、多様な経験が効果的であることも見えてきています。
 つまり、多様な体験活動は心の強さや回復力に良い影響を与え、ストレス閾値(ストレス要因への耐性)を引き上げる可能性があると考えられます。しかし、コロナ禍により得るべき必要な体験活動ができず、心への栄養が不足していることに加え、心の健康の基盤をつくる機会が奪われていることが心配されます。

2.自然環境は回復力を加速してくれる

英ケンブリッジ大学の研究によると、コロナ禍でのロックダウン中に、「自然の中で過ごす時間が増えた」子供は「自然の中で過ごす時間が変わらない/減った」子供に比べて、行動面および感情面で抱えている問題のレベルが低いということが発表されました。これは自然環境への曝露がストレス状態からの回復を加速させることを示しており、自然によってもたらされる幸福感が影響していると考えられます。
 自然環境では、森の中で森林浴効果をもたらすフィトンチッド(樹木などが発散する殺菌力を持つ揮発性物質)や海からのエアロゾル(マイナスイオンを帯びた海水の細かい粒子)等の「成分」が身体にいい影響を与えることが知られています。加えて、揺らぎのある音や光、温冷といった感覚は、脳幹網様体賦活系を刺激し、脳が活性化されて意識レベルが向上するといわれています。一般的に「五感を活用する」ことで、記憶が鮮明になったり、生産性が向上したりするのはこのためです。さらに目に見えない紫外線は幸せホルモンと呼ばれるセロトニンを分泌させたり、耳に聞こえない超高周波(ハイパーソニックサウンド)は安らぎを与えたりするなど、自然環境で感じられる総合的な「心地よさ」が心身の健康に良い影響を与えると考えられています。どれか単独の要素では得られない「総合的な場」として、自然環境での体験活動は非常に有意義だといえます。

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冬季の自然環境における体験活動の様子

3.自然体験により環境保全意識が向上する

コロナ禍前より、子供たちの自然環境での体験活動の減少は懸念されていることでした。活動機会の減少は自然への関心を下げ、「心身の回復の場」である自然環境の維持を難しくしています。
 イギリスのナショナルトラストでは、2012年に「50 things to do before you’re 11 3/4’ activity list」として、12歳頃までにしておきたい50の自然活動のリストを挙げています。その頃までに体験したことは、後の人生においても再び行い、習慣として続ける可能性が高くなるといわれています。自然環境を守るためにも、家族や友人とのつながりのためにも、体験活動を実践することを推奨しています。
 このように自然環境での体験活動は、心身の健康増進だけでなく、自然への興味や将来的な自然保護への関心を引き寄せ、次世代への継承につながると考えられます。

4.自然欠乏を取り戻して丈夫な心に

一般的に、ストレスへの抵抗力はストレッサー(ストレス要因)から刺激を受けている時間の量によって変化します。ストレッサーから刺激を受けた直後は、一時的に抵抗力が下がりますが、その後心と体は『ストレスと闘う』体制をとります。しかし、このストレス刺激が長引くと、その戦いに疲れ、疲弊していき、様々な心身の不調を引き起こします。そしてコロナ禍が長期化している今、子供たちはこの「疲弊期」に入っているのではないかと感じています。
 しかし、自然の中で体験活動を行うことで、疲弊した心に栄養を与え回復を促進させることが期待されます。また、ストレッサーからの刺激に対して、抵抗力が下がりにくい心の基盤をつくることができると考えます。

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(左)筆者作成 (右)ハンス・セリエ「ストレス反応の3相期の変化」(出典:『現代社会とストレス』)をもとに筆者作成

日本国内には、世界遺産や国立・国定公園、ジオパークなど豊かな自然の中で体験できるアクティビティや、森林セラピー基地、クアオルト(健康保養地)などヘルスケアを意識したプログラムを提供している場所があります。心を育む自然体験として、「非日常」な場所で「ちょっとドキドキすること」、そして「達成感」を感じられるような活動を行うことが望まれます。
 「かわいい子には旅をさせよ」という言葉がありますが、この「旅」は「旅行」ではなく、身をもって体験するあらゆることを指しています。自然環境での体験活動を心身の成長・健康増進の場として利用し、後世に残してくためにも、子供の頃の体験活動をもっと大切にすべきと考えます。

<参考資料>
〇厚生労働省「令和2年度青少年の体験活動に関する調査研究結果報告~21世紀出生児縦断調査を活用した体験活動の効果等分析結果について~」2021年9月8日
https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/mext_00738.html
〇日本財団・三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング「コロナ禍が子どもの教育格差と非認知能力にもたらす影響を調査」2021年6月29日
https://www.murc.jp/publicity/news_release/news_release_210629/
〇英ケンブリッジ大学Center for Family ResearchのSamantha Friedman氏らの研究
https://besjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/pan3.10270