「文化芸術と観光振興~文化芸術を地域活性化に活かす~」JTB総研・旅行トレンドLIVEより

文化芸術を観光振興や地域活性化に対してどのように活用すべきかをテーマに、2022年3月17日に「JTB総研・旅行トレンドLIVE」を開催し、静岡文化芸術大学 文化政策学部芸術文化学科教授 片山 泰輔 氏、株式会社アートフロントギャラリー 前田 礼 氏にお話しいただきました。文化芸術推進における考え方や課題等について、必要なポイントをまとめました。

牧野 博明

牧野 博明 主任研究員

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目次

1.はじめに -文化資源と観光との関わりについて-

現在、文化資源を活用した観光に注目が集まっています。その主な要因として、文化は地域ならではの自然や歴史などが育んできたものであり地域性を感じられること、価値観の多様化や海外交流の進展によりこれまで注目されてこなかった文化資源も観光対象となりうること、などが挙げられます。国も文化資源の観光活用を後押しするようになりました。文化観光の推進に関しては、2016年3月の「スポーツ庁、文化庁及び観光庁の包括的連携協定」の締結、2020年5月の「文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光の推進に関する法律(文化観光推進法)」の施行などに基づき、様々な施策が展開されています。
 文化芸術についても、様々な施策が展開されており、文化芸術の推進による観光振興・地域活性化に期待が集まっています。但し、多様なステークホルダーが関わる文化芸術に実際に取り組むことは容易ではなく、内容から運営面に至るまで様々な課題があります。どのようにして文化芸術を推進し、観光振興や地域活性化(住民参加、産業振興、経済効果など)につなげていくのか、文化芸術分野の専門家の方々を交えて議論しました。

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写真1 Reborn-Art Festival 荻浜地区(宮城県石巻市)/筆者撮影

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写真2 東京芸術祭 東京芸術劇場(東京都豊島区)/筆者撮影


2.文化観光の発展に不可欠な文化芸術産業の基盤確立(片山 泰輔 氏)

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  1. 文化政策の基本的役割
  2. 観光分野に「観光立国推進基本法」(1963年に制定された「観光基本法」を全面改訂、2007年1月施行)があるように、文化芸術にも「文化芸術基本法」(2001年に制定された「文化芸術振興基本法」を2017年に改訂)があり、文化政策の基礎となっています。一般的には、文化や芸術は「私的な楽しみ」と捉えられており、その意味では好きな人が好きなものにお金を払って楽しめばよく、政府が口出しする必要はありません。一方で、「文化芸術は人々の生まれながらの権利(人権)」とも言われており、文化芸術基本法にもその旨明記されています(第2条3)。そうなると、国や地方自治体に重要な責務が生じることとなります。
     文化権とともに重要なもう一つの側面は、公益(公共財)としての文化芸術です。文化芸術基本法の前文では、「創造性、表現力」「共生社会、世界平和」「アイデンティティ形成」という3つの公益について触れられています。つまり、エンタテイメントとして個人が私的に楽しむことによって得られる利益ではなく、不特定多数の人々に対して幸福を寄与するという側面もあるのです。加えて、文化政策は文化芸術のためだけでなく、観光をはじめとした他分野の政策との「有機的」連携も求めています(文化芸術基本法第2条10)。以上のことから、国は基本理念に則りながら文化芸術に関する施策を総合的に策定し実施する責務を有し、地方自治体は基本理念に則りながら文化芸術に関して国との連携を図りつつ、自主的かつ主体的にその地域の特性に応じた施策を策定し実施する責務を有します。
     

  3. 文化政策にとっての観光の意義
  4. 観光は、前述した3つの公益(公共財)を実現するうえでとても重要な役割を担います。一方、「文化権の保障」を観光の視点から考えてみると、地域住民だけを相手に公演や展覧会等を提供するのではなく、外国や他地域の人を観光客として受け入れる(文化権を保障する)ことで、文化関連の財やサービスの需要が拡大し、供給側にも充実がもたらされます。その結果、規模の経済により価格低下が実現し、また研究開発や経験の蓄積により質的な向上も期待されます。こうした住民の文化享受の機会の拡大は、文化権保障への寄与につながります。
     

  5. 文化政策と観光政策の現状と課題
  6. 日本の文化政策にはいろいろと課題がありますが、最も深刻なことは、文化権の保障や公益の実現の担い手である文化芸術産業が脆弱であるということです。つまり、十分な雇用や所得が得られる産業になっていないのです。長年、文化芸術は余暇時間の消費活動という需要面だけが注目され、サプライサイド強化の施策が欠如していました。地方自治体における文化政策の所管が長らく教育委員会にあったことも、産業や職業の意識が希薄であった理由のひとつかもしれません。
     しかし、劇場、ミュージアム、フェスティバル実行委員会等の文化芸術産業は、人口流出に悩む地方圏に最も不足している人材、すなわち、若者、女性、(文系の)高学歴者、専門職等の活躍の場となる可能性を持っています。
     一方、日本の観光政策は、運輸業や宿泊業等の「観光手段産業」を中心とした政策推進といえます。ただ、それだけでは不十分で、日本の観光政策は文化や自然環境をはじめとした「観光目的産業」の視点が欠けていることが課題といえます。
     

  7. 今後の目指すべき方向性
  8. 文化観光の発展のために目指す方向は、「持続性、発展性のある文化観光」です。内需(住民)と外需(観光客)をバランスさせ地域の文化芸術産業(非営利及び営利)の成長を促す必要があり、文化芸術を優秀な人材の雇用と所得を生む機会として育てていくことが重要です。質の高い文化芸術を創造・発信できる人材、専門家集団の組織運営及びマーケティング力に長けた人材が質の高い文化発信を行っていけば、地域の文化を理解しそれらに魅せられたリピーターの拡充につながります。このことは、運輸や宿泊等の観光手段産業の需要の維持・拡大にも貢献することになります。

3.アートは地域をひらく-「房総里山芸術祭 いちはらアート×ミックス」の事例を中心に-(前田 礼 氏)

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  1. 大地の芸術祭と地域におけるアート芸術祭の役割
  2. 地域型芸術祭の嚆矢である「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」は、1996年に新潟県の合併政策の一環として構想され、2000年にスタートしました。越後妻有地域は労働力の流出、過疎高齢化、国の農業政策の転換などにより、先祖代々伝えられた生活や文化が崩壊する危機に見舞われています。その一方で、1,500年にわたって農業を通じて育まれた日本の原風景・里山が豊かに残されています。自然や災害と折り合いながら生きてきた越後妻有の人々の暮らしは、地球環境の危機にある時代において近代のパラダイムを変革する可能性があるのではないかとの思いから、「人間は自然に内包される」という基本理念のもと、プロジェクトはスタートしました。
     なぜアートかといえば、まずアートには場を発見する力があります。世界のアーティストはその地域の様々な魅力を発見し、ポテンシャルを掘り起こしていきます。そこで生まれるアートは作品そのものの発信力だけでなく、制作過程、地元との関わり、サポーターとの協働、運営などを通じていろいろな人や要素を巻き込む波及力となり、作品を通して地域により深く、社会により広く浸透させていきます。そして地域の資源(田畑、廃校、空き家など)を活用したアートによって、地域の価値が明らかにされていきます。
     アーティストの妄想を実現し作品を公開・運営するには、地域の人の了解が必要になり、そのための学習や交流が行われていきます。アートを道標に、訪れた人たちは里山を巡り、五感を開放し、土地の人々と交流し、地域の営みや歴史を知っていきます。一方、そこに住む人々は自分たちが住んでいる地域を寿いでもらい、先祖代々の自分たちの営みが意味のあるものとして認められることで、誇りと自信を取り戻していきます。そして地域の食材を活かした料理が開発され、地元のお母さんたちがいきいきとお客様をもてなすという光景がみられます。つまり、芸術祭はイベントだけではなく、芸術祭が触媒となってツアー、食、グッズなどの産業と雇用を生み、サポーターなどの新たな関わりを作り出していくのです。観光施設もほとんどないこの地で、眠っていた地域資源をアートによって活かす持続可能な新しい旅の形を作り出したことで、その後地域型芸術祭が全国に広がっていく契機となりました。
     

  3. 瀬戸内国際芸術祭などその他の芸術祭の概要と動向
  4. 瀬戸内国際芸術祭は、ベネッセアートサイト直島を主宰してこられた福武総一郎氏が「第2回大地の芸術祭」を視察された際、理念や取り組みに感銘を受け、「1つの島だけでは瀬戸内の再生はできない、いくつもの島をつなげて行政と力をあわせてやらなければならない」と考えたことがきっかけの一つでした。瀬戸内海は近代化が進むなかで、島と島の行き来がなくなり、農水漁業は衰退し、島の独自性も切り捨てられていきました。そこで、瀬戸内海を舞台に「海の復権」を掲げて、お年寄りの笑顔を合言葉に、瀬戸内国際芸術祭は2010年にスタートしました。人々は海を渡り、島の自然や文化、暮らしと出会う喜びや楽しさを発見し、お年寄りなど島の人々は元気になりました。
     また、2017年からは、能登半島の突端にある石川県珠洲市で「最果ての芸術祭」と銘打つ「奥能登国際芸術祭」が始まり、同年に長野県大町市では「北アルプス国際芸術祭」がスタートしました。その後はコロナ禍に見舞われたことで第2回の開催が延期されましたが、いずれも昨年行われました。
     この地域型芸術祭は日本だけでなく、アジアやヨーロッパにも広がっています。都市と農村の格差が大きな問題となっている中国では、「大地の芸術祭」そのままの名前で複数の地域での開催が計画されています。また、世界銀行では芸術祭の方法論を開発途上国にも適用することを目指し、スリランカでパイロットプロジェクトを計画しています。
     

  5. 「房総里山芸術祭 いちはらアート×ミックス」のコンセプト及び概要、今後の展開
  6. 「いちはらアート×ミックス」は、2014年にスタートしました。この芸術祭が他の芸術祭と異なるのは、首都圏内で行われたことです。市原市は千葉県中部に位置する自治体で、南部地域は田畑が広がる里山地域ですが、過疎化により小中学校の統廃合が進み、古い商店街は弱体化するというまさに日本の縮図といえます。この芸術祭は、高齢化が進む南部地域を活性化することを第一の目的として構想されました。廃校になった小中学校をコミュニティーの核として、アートに芝居、パフォーマンス、スポーツ、食などを組み合わせることで地域を元気にして首都圏のオアシスを目指すというもので、「晴れたら、市原に行こう!」がキャッチフレーズとなっています。
     2021年に開催された第3回では、3年に1度のイベントにするのではなく、継続的なまちづくりのベースとなるべく、アートを活用したまちづくりを目指しました。その軸となったのが小湊鉄道で、全18駅のうち、五井駅から養老渓谷駅までの17駅でアートを展開し、そこから学校、保育所、商店街など作品が集積するエリアへと訪れる人を誘うのが今回の芸術祭の骨子でした。開催当初は広報が間に合わなかったのですが、SNSを中心に徐々に口コミで広がり、結果的に29日間で11万人の来場者数を数えました。来年には次のアート×ミックスが予定されており、こうした地域資源を活かした持続可能な観光へどのように展開していくか、今年開催される瀬戸内国際芸術祭、大地の芸術祭とともに是非とも注目していただければと思います。
     

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    写真3 大地の芸術祭
    イリヤ&エミリア・カバコフ ≪棚田≫2000年
    (写真:Nakamura Osamu)(新潟県十日町市)/写真提供:(株)アートフロントギャラリー

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    写真4 いちはらアート×ミックス
    レオニート・チシコフ 7つの月を探す旅 第二の駅
      ≪村上氏の最後の飛行 あるいは月行きの列車を待ちながら≫2021年
    (千葉県市原市)/写真提供:(株)アートフロントギャラリー


    4.パネルディスカッション-文化芸術をいかにして地域活性化や観光振興に結び付けるのか

    パネルディスカッションでは、以下の3つの議論テーマについて議論を行いました。

    議論テーマ1 文化芸術の内容について

    日本の文化芸術は海外に比べると魅力が劣ると言われますが、日本の文化芸術の弱い点及びそれを改善するために必要なことについて伺ったところ、片山氏は、「一言で言えば、作り手側の人と組織が弱く、特に地方圏においては、現地できちんと作るということがなされていない。特に、コンテンツを直輸入して単なる場所貸しになっている地域では、いつまでたってもその地域の文化的魅力にはならないので、地域でちゃんと作り込むことがとても大事。」と指摘しました。前田氏は、「『文化芸術』はオペラや音楽会など西洋から輸入したものだけでなく、生活文化的なもの、例えば庭、生け花、食などもアートであるはずなので、どの地域でも魅力的なものになりえる。日本の里山や里海は、海外の人たちにとって非常に魅力的なものであり、特に瀬戸内国際芸術祭は来訪者の3割が海外の人で、芸術祭を支えるサポーターも海外の人が多い。」と指摘しました。

    議論テーマ2 財源・費用について

    「文化芸術は費用がかかる」とよく言われます。多くの人が関わることによる人件費や、海外からの招聘に伴う旅費・輸送費などが影響するものと思われます。その結果、自立運営が難しくなり、補助金頼りになりがちなイメージが伴います。
     財源確保の苦労や工夫について伺ったところ、前田氏は、「当初はアートや芸術への税金投入に反対する人が多かったが、やがてそのような人たちも芸術祭を心待ちにするようになった。財源については地方自治体の予算が年々厳しくなっているため、助成金や国の補助金が占める割合が高まってきているが、他の事業などに比べると本当にお金がかかることなのか。旅行者がもたらす経済効果を考えると、作品などに使われる費用は高いと言えないのではないか。」と芸術祭の効果を指摘する一方で、「国の補助金や助成金はもちろん重要で、私たちも手あたり次第取りにいくようにしているが、私どもはチケット(パスポート)収入がとても大事だと認識しており、チケットを売ってファンを増やしていくことは自律的な運営の砦でもある。」と自助努力の重要性も訴えました。片山氏は、「まず大前提として、営利と非営利をしっかり分ける必要がある。営利のショービジネスは投資していくらもうかるかが問われるので、事業収入や入場料収入、スポンサー予算などをもとに黒字にして配当を出さなければならない。ただ、日本も欧米も劇場やミュージアム、フェスティバルの多くは非営利の目的を有しているので、すべてを営利(事業収入など)で賄うのは難しいし、それをやると取り残される人々が出てくる。公益目的で行う場合、事業収入ではない形でファイナンスする必要がある。」と指摘し、さらに「その重要性をしっかりと説明できるようなマネジメントが必要であり、アカウンタビリティ(説明責任)を果たすことで国や自治体の補助、企業や個人の寄付、会費収入が持続されるというポートフォリオをしっかりと確立することが重要。欧米の主催者はこの点をしっかりと説明しており、実は助成収入の比率はヨーロッパやアメリカのフェスティバル・劇場のほうが圧倒的に高い。」と指摘しました。経営に失敗して赤字になったから公的補助金を出すのではなく、公益性に対して公的な費用負担を行うということをもっと明確化していくことが重要といえます。

    議論テーマ3 文化芸術を活用した地域活性化・観光振興について

    文化芸術は観光にとって重要な要素ですが、実際に文化芸術を観光に活用する場合、「何をすればいいのか分からない」「どのように対応すればいいのか分からない」というのが地域側の悩みではないかと思われます。具体的には、施設整備や住民の理解・参加、他産業との連携などが必要と思われ、また認知度を高めるための情報発信も求められると思われます。
     地域活性化や観光振興を目指すうえで取り組むべきこと、情報発信を効果的に行う方法などについて伺ったところ、片山氏は、「まずはリピーターを確保できるようなコミュニケーションが必要で、来てくれた人が地域の魅力を知ることでリピーターになり、次にその人がインフルエンサーになって別の誰かを連れてきてくれる、そのような関係を構築することが重要。日本はそのようなマーケティングが弱いのだが、瀬戸内国際芸術祭のように世界中から人が訪れているものもあるので、しっかりと発信すればリピーター確保の可能性は十分にあると思う。コミュニケーションのできるマーケティング担当者の活用を強化すべき。」と指摘し、前田氏は、「私どももリピーターづくりは重要と認識している。瀬戸内国際芸術祭も大地の芸術祭もリピート率はとても高く、最初はアート目的での来訪だが、その地域の人と交流したり食を体験したりすることにより地域への愛着が湧き、その結果リピーターとなる。来訪者と地域とのつながりをどのように作っていくかが重要であり、私たちがつなげるのではなく、地域の人が媒介者になっていくほうがその地域の観光振興に寄与するように思う。」と指摘しました。

    今回のディスカッションを通して改めて重要と感じたのは、「文化芸術を地域において活用するためにはコンセプトづくりからしっかりと行っていく必要がある」「芸術文化が地域に浸透していくためには長い年月を要するため、長期的な視野に基づく取り組みが不可欠」ということです。今後、文化芸術が一層魅力的なものになり、交流が深まることで地域が賑わい活性化していくことを望んでやみません。