文化芸術の積極的活用によるインバウンド観光の推進

文化庁の「国際文化芸術発信拠点形成事業」の事例を通して、文化芸術の観光領域における可能性と課題について考察します。

牧野 博明

牧野 博明 主任研究員

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目次

現在、インバウンド誘致は厳しい状況にありますが、我が国の魅力向上や、受け入れ体制整備には、継続的に取り組むことが重要です。本文では、魅力要素の一つとして“芸術文化”に着目し、文化庁の「国際文化芸術発信拠点形成事業」の一つである「Reborn-Art Festival」事業を事例として取り上げます。対象地域での取り組みや、文化芸術に対する想いなどを紹介し、取り組む上での課題について触れることで、インバウンド振興及び地域振興における文化芸術の可能性について考察します。

1.はじめに-日本の文化芸術の海外への普及を目指して

新型コロナウィルス感染症(以下、新型コロナ)の影響により、現在外国人観光客はほぼ来日できない状況にあります。一方で2030年のわが国の訪日外国人旅行者の目標数は、新型コロナによる影響が出始める前の6,000万人のままに据え置かれるなど、インバウンドに対する期待は、今後も変わらないものと考えられます。この目標を達成することは容易ではなく、一層のコンテンツの充実、交通インフラの強化、受け入れ施設の整備、受け入れ体制の強化などが求められます。新型コロナによるインバウンドの抑制は、しばらく続くことが予想されます。after/withコロナ時代を見据えた取り組みを加速・充実させ、将来的なインバウンド誘致につなげるべきと私は考えます。

コンテンツについては、日本には自然資源や文化資源など、インバウンド客を魅了することのできる様々な資源が存在します。その中で、欧米に比べて弱いとされている魅力要素の一つに、文化芸術が挙げられます。森記念財団が発表している「2018世界の都市総合ランキング」によりますと、東京の総合的魅力度は、世界の代表的な都市のなかで3位となっているものの、「文化・交流」分野については、上位のロンドンやニューヨークに加え、下位のパリをも下回る結果となっています(図1)。国際的に日本の文化芸術の認知度が向上し、評価されるためには、内容の高度化はもちろん、分かりやすさ(受け入れやすさ)の向上、国際発信力の強化、地域との一体感などが求められます。

図1 「2018世界の都市総合ランキング」上位5都市の分野別スコア比較

2018世界の都市総合ランキング」上位5都市の分野別スコア比較

出典:「2018世界の都市総合ランキング」森記念財団 都市戦略研究所

文化庁では現在、日本の文化芸術の高度化、及び海外への普及を目指す「国際文化芸術発信拠点形成事業」を推進しています。本事業は、2018年度に始まり、原則として5箇年度にわたって実施されるもので、2020年度においては以下の全国9箇所にて、取り組みが進められています。

  • Reborn-Art Festival(宮城県石巻市など)
  • 六本木アートナイトを中心としたアートの拠点及びネットワーク事業(東京都港区)
  • 社会的包摂文化芸術創造発信拠点形成プロジェクト(東京都台東区)
  • 豊島区国際アート・カルチャー都市推進事業(東京都豊島区)
  • 横浜芸術アクション事業(神奈川県横浜市)
  • 「SHIZUOKA FESTIVALS」の実施によるフェスティバル・シティの構築(静岡県静岡市)
  • 京都アーツ・アンド・クラフツ ワールド発信・流通戦略拠点形成事業(京都府)
  • 瀬戸内国際芸術祭を核とした現代アートによる地域活性化推進事業(香川県、岡山県など)
  • 北九州メディア芸術創造拠点推進事業(福岡県北九州市)

いずれも各地の個性や地域性が存分に活かされている事業であり、今後海外からの集客が期待されます。その一例として、Reborn-Art Festivalの取り組みをご紹介します。

2.文化芸術の振興事例―Reborn-Art Festivalの取り組み

2011年3月11日に発生した東日本大震災は、主に東北から関東にかけての太平洋側地域に甚大な被害をもたらしました。宮城県石巻市も、住宅や交通網などの生活関連施設に加え、漁業や水産加工工場などの産業施設も被害を受けました。地域の復興には膨大な時間と労力を要し、様々な復興策が求められます。その一端を担う形で、Reborn-Art Festivalは構想・実行されることになりました。

Reborn-Art Festivalは、「ART(アート)」「MUSIC(音楽)」「FOOD(食)」をまとめて楽しむことができるお祭り(フェスティバル)です。

「ART」については、石巻市街地エリア及び牡鹿半島エリアにある7エリアを、それぞれ別のキュレーターが担当し、合計70組以上の作家が地域性を考慮した個性的な作品を展開しています。

White Deer (Oshika)

写真1 萩浜地区にあるWhite Deer (Oshika)
(写真 個人撮影)

旧観慶丸商店

写真2 石巻市街地の旧観慶丸商店(インフォメーションセンター)
(写真 個人撮影)

「MUSIC」については、2019年に音楽プロデューサーの小林武史氏が中心となり、石巻市にて“言葉と旋律、場、その汽水域”をテーマとするコンサート「転がる、詩」と、塩竃市、岩手県釜石市及び東京にて岩手の偉人・宮沢賢治をテーマとするオペラ「四次元の賢治 –完結編 -」が開催されました。小林氏による「BGM for the ART」も毎年開催されています。

塩竈市杉村惇美術館

写真3 「四次元の賢治 -完結編-」が開催された塩竈市杉村惇美術館
(写真 個人撮影)

BGM for the ART

写真4 2019年に網地島で行われた「BGM for the ART」
(写真 個人撮影)

「FOOD」については、“Before We Cook – the nature of food”をコンセプトに、石巻・牡鹿半島の食材や、自然を巡り食することで、自らの体を通して発見や学びを得るイベント「石巻フードアドベンチャー」を実施しています。牡鹿半島の荻浜エリアでは、日本全国のシェフが交代で腕を振るうレストラン「Reborn-Art DINING」、牡鹿半島を味わえる素朴な食堂「はまさいさい」を展開しています。

FERMENTO

写真5 小積エリアにある鹿肉解体処理施設「FERMENTO」
(写真 個人撮影)

Reborn-Art DINING

写真6 萩浜エリアにある「Reborn-Art DINING」
(写真 個人撮影)

なぜ石巻市及び牡鹿半島という、人口規模も限られ、世界的な認知度も決して高くない地域に、このような文化芸術イベントが開催されることになったのでしょうか。それは東日本大震災からの復興を切に願う地元の方々の強い想いと、東北出身で文化芸術に精通する小林氏の情熱、そして小林氏に共感し、活動を共にする文化芸術関係者の存在が重なったためと推察されます。私自身、国際文化芸術発信拠点形成事業に関わる立場として、2019年度に現地を訪れた際、Reborn-Art Festival実行委員会及びスタッフの方々の真摯な対応、作家の方々の「ART」作品への想い、料理人の「FOOD」へのこだわり、「MUSIC」の崇高性を間近で感じ、地域の本気を肌身に感じることができました。

現在は新型コロナの影響で活動が制限されており、またインバウンドの誘致も極めて難しい状況にあります。継続的に取り組みながら内容を一層充実させ、その活動と想いを世界に発信することにより、将来的には文化芸術に造詣のある、海外の人々に訪れてもらえると期待しています。

3.Reborn-Art Festival取り組みにおける課題

一方で、将来的にReborn-Art Festivalへの積極的なインバウンド誘客を実現するためには、克服すべき課題も挙げられます。

① 事業の継続性

冒頭で触れましたとおり、本事業は国の補助事業として実施されています。補助事業終了後は自立的運営が求められますが、人口規模の小さな地方において、安定的な収益の確保は容易ではありません。内容の充実にも費用がかかるため、収支バランスを意識した料金設定が求められます。例えば、「ART」「MUSIC」「FOOD」それぞれの内容にプライオリティを設け、異なるターゲット設定を行ってもよいと思われます。

また、小林氏への依存という問題もあります。今後も継続的に事業を進めていくためには、地元が主体となって積極的に取り組むことが重要です。そのためには、スタッフの人材育成などに力を入れる必要があります。

② 国際情報発信力の強化

内容の充実と情報発信の強化は双璧をなすものであり、どちらかが優れていても、もう片方が伴っていなければ、地域の活性化に貢献はできません。特に海外向けの幅広い情報発信については、強大なネットワークがなければ限界があります。

他方、石巻市は大都市と異なり、受け入れられる人数に限りがありますので、必ずしも多くの人を呼ぶ必要はないと思います。まずは、本地域の特徴を理解し、Reborn-Art Festivalという文化芸術の取り組みに興味・関心を抱く、アクティブな人を中心に誘致する方針でよいと考えます。しかし「言うは易く行うは難し」であり、今後も対応策の検討を重ねていく必要があります。

③ 域内移動手段の設定

各エリアを結ぶ移動手段(公共交通)の確保は、利便性向上のために欠かせない要素です。特に、先端部で行き止まりとなる半島では、来訪客を周遊させることが難しく、コース設定に苦慮することが多いです。加えて、地方部では多くの利用者が見込めるような仕組みがない限り、公共交通の運航頻度を高めることは困難です。その結果、利便性が低下し、来訪者に利用されなくなります。

本事業の対象地である石巻市・牡鹿半島も例外ではなく、移動手段の確保が課題です。道路交通に加え、海上交通を上手に組み合わせるなど、方策の検討が求められます。

4.終わりに-Reborn-Art Festival継続への期待

本事業は「東日本大震災からの復興」が大きなテーマとなっており、事業実施自体が、地域活性化のための重要な役割を担っていると捉えられます。また、地域の魅力要素として、欧米に比べて弱いとされる“文化芸術”を活用する点においても注目されており、インバウンドを魅了するコンテンツの形成・充実が期待されます。そのためにも、本事業は補助事業終了後に立ち消えすることなく、末永い継続的な事業となることを切に願っています。

※参考資料:

Reborn-Art Festival 実行委員会「REBORN ART FESTIVAL 2019」ホームページ(https://www.reborn-art-fes.jp/

文化庁「国際文化芸術発信拠点形成事業」ホームページ(http://www.kokusaikyoten.bunka.go.jp/