地域住民の「好きなこと」への想いを束ねる公立文化施設のあり方

地域には文化ホール・美術館など文化振興の拠点となる公立文化施設があります。その運営は、求められる役割、地域における位置づけの変化とともに、変わってきました。ウィズ/アフターコロナ時代における公立文化施設のあり方を考察します。

福永 寛

福永 寛 主任研究員

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目次

日本にある公立文化施設の多くは、1980年代から90年代に建設され、現在老朽化に伴う、改修や建て替えについて議論が行われています。運営面では、多様化する住民ニーズに応えるため、2003年法改正により民間事業者の運営が可能となりました。さらに近年では、地域における文化振興への期待を受け、施設単体での文化振興の拠点ではなく、関連する分野との有機的な連携が求められています。新型コロナウイルス感染症により、利用率が大幅に減少している中、今後公立文化施設はどのようにあるべきなのでしょうか。

1.公立文化施設を取り巻く環境

(1) 施設の設置状況と進む老朽化

公立文化施設とは、地方自治法によって定められた「公の施設」である公立文化施設の中で、音楽、演劇、美術等の事業が行われている「ホール」、「美術館」、「練習場・創作工房」、およびそれらを含む「複合施設」を指します。

2019年時点で公立文化施設は全国に3,442館あります。その多くは、1980年代から90年代に建設され、今後建物の耐用年数(鉄骨鉄筋コンクリート造で47年)の期限を迎えるにあたり、耐用年数を回復させる大規模改修や建替えの議論が各地域で行われています。

設置主体

延べ施設数 開館年別内訳(全施設)

大規模改修の状況

出典:2019年度地域の公立文化施設実態調査(一般財団法人地域創造)

(2) 公立文化施設の運営状況と民営化の流れ

2003年、地方自治法の一部改正による指定管理者制度の導入に伴い、公共施設の民間事業者による運営が可能となりました。指定管理者制度導入の背景には、多様化する住民のニーズに対して効率的に対応するために、民間事業者のノウハウを広く活用することの有効性などが挙げられています。

以後現在に至るまで、その割合は徐々に増加しています。指定管理者による運営は2019年時点において1,589館(全体の46.2%)と約半数を占め、自治体による直営は1,843館(53. 5%)です。2014年度は指定管理による運営が1,526館(42.5%)、自治体による直営が2,035館(56.7%)で、指定管理者による運営はこの5年で63館増え(増加率4.1%)、直営館は192館減少しました(減少率9.4%)。

公募を経た指定管理者は民間事業者、非公募の指定管理は自治体が出捐(出資)した財団法人の場合が多くなっています。自治体別では、都道府県施設は50.5%(111館)、政令市施設は63.3%(190館)が公募による指定管理者の管理運営で、市区町村施設の21.7%(633館)に比べて割合は高くなっています。市区町村施設においては、住民20万人以上の自治体で33.3%(166館)、5~20万人未満で28.3%(302館)、1~5万人未満で14.6%(142館)、1万人未満で6.0%(23館)と、人口規模が大きい市区町村ほど、指定管理(公募)の割合が高い傾向があります。この背景には、自治体の規模が大きいほど施設規模が拡大し、事業の自由度や収益性が高まるため、民間事業者が管理運営を行う経済的メリットが生じやすいためと考えられます。

管理運営形態

資料:出典:2019年度地域の公立文化施設実態調査(一般財団法人地域創造)

2.施設運営に関わる課題と取組み事例

(1) 地域住民の公立文化施設の関わり

公立文化施設は文化祭や成人式など、地域の「晴れの場」の会場として活用されることが多く、地域住民の大半が一度は訪れたことがある場所と言えます。しかしながら、月に何度も訪れる地域住民の数は少なく、限られた一部の人が利用する施設になっている場合がほとんどです。

地域住民による公立文化施設の利用実態を正確に把握するためには、地域住民全体を対象とする調査を行う必要がありますが、そのようなアンケートを自治体が実施することは稀です。よって、地域住民の施設利用割合を把握するためには、各施設で作成する利用登録団体名簿に基づいて推計を行うのが一般的な手段となっています。この手法による推計では、利用登録団体名簿に記載された人数は、多くの公立文化施設で地域住民の総数のうち5~10%程度となります。すべての地域住民を対象とした施設としては低い割合と言えます。

公立文化施設の存続と自律的運営のためには、利用場面や利用者が限定的である現状の改善が必要です。地域住民にとって公立文化施設がより身近な存在になるよう、使途の拡大や情報発信の強化を検討する必要といえます。

(2) 地域における文化振興への期待の高まり

グローバル社会に移行し、更に地方部の人口減少が予見される中で、自国や自地域の文化の維持保存、及び文化による産業連関や経済活性化が重要視され、地域課題・社会課題の解決手段として「文化振興」に対する期待が高まっています。

文化体験を地域住民に供用できる施設が多くなかった時代、地域の文化振興に係る文化体験機会提供の舞台として、公立文化施設がその主たる役割を担ってきました。一方、この15年間で、地域連携または都市をあげたアートフェスティバルが隆盛し、イベントにも「アート」や「地域の伝統文化」を連動させる取組が増加してきました。

2017年に成立した文化芸術基本法では、文化芸術に関する施策の推進に当たって「関連する分野との有機的な連携が図れるよう配慮されなければならない」と明記されています。具体的な分野として「観光、まちづくり、国際交流、福祉、教育、産業その他」が挙げられており、文化政策の対象は大きく拡大し、社会の課題と文化をつなぐ現場は広がりを見せています。今や、文化振興の拠点はかつてのように公立文化施設に限定されるものではなく、街角や広場、遊休地など、様々な空間へと広がっています。

(3) 事例紹介:「キセラ川西プラザ」と「かわにし音灯り」の連携

以上のような動きや変化に対応している事例として、兵庫県川西市の公立文化施設「キセラ川西プラザ」における「かわにし音灯り」との連携を例示します。

公共事業を実施する手法の一つに、民間の資金と経営能力・技術力(ノウハウ)を活用し、公共施設等の設計・建設・改修・更新や維持管理・運営を一体的に行うPFI(Private-Finance-Initiative)という手法があります。「キセラ川西プラザ」は、川西市におけるPFI事業の一環として、平成30年から20年間、JTBグループ企業の株式会社JTBコミュニケーションデザインが運営を担っています。本施設では運営開始当初から、毎年11月に隣接するキセラ川西せせらぎ公園で開催される音楽イベント、「かわにし音灯り」における管理者とイベント主催者との連携を行っています。

「かわにし音灯り」は2011年から川西市の市民グループ「街はカーニバル!!プロジェクト(通称:街プロ)」が中心となって開催し、現在はこのグループから派生した「かわにし音灯り実行委員会」が企画運営する音楽イベントです。事前の情報発信や企画打合せ等イベント当日以外でも、キセラ川西プラザを拠点の一つとして活動が進められています。主催者・スタッフ・出演者・出店者・来場者全員が、時間を共有し空間を作り上げることで、まちの魅力を再認識し、愛着や興味を深めることに寄与しています。2011年には1,500人だった来場者は2019年度には8,000人となり、今では「かわにし音灯り」そのものが川西市の「顔」になりつつあります。

2020年はキセラ川西せせらぎ公園をメイン会場にオンライン開催を実施(photo by KOHEY)

かわにし音灯り

3.ウィズ/アフターコロナ時代に公共文化施設が地域で果たす機能

(1) 地域における位置づけの変化

1980年代から90年代に建設された公立文化施設の多くが、法定耐用年数期限を迎えつつあるなか、新型コロナウイルス感染症の流行による影響は、公立文化施設にも及んでいます。JTBコミュニケーションデザインが指定管理者として管理運営する、全31施設の利用率は、コロナ禍前の2019年4月~9月と2020年同期で比較すると、前年比27.5%と大きく低下しています。社会構造の変化にコロナ禍の影響が重なり、短期・長期的いずれの視点から見ても、公立文化施設の地域社会における位置づけは、大きな変革が求められていると言えます。

指定管理者制度の導入により、管理者には導入以前から求められていた社会的意義の創出に加えて、コスト削減との両立が求められるようになりました。しかし文化振興事業は貨幣的視点による事業の価値や有効性を示すことが難しい側面をもっています。多くの場合、3年から5年に一度、指定管理者の選定・見直しが行われますが、その採点基準では価格点(低コスト運営や効率的な営業収益の創出)が大きな割合を占めるのが実情です。設置者である地方自治体において、少子高齢化社会における財政負担が年々増加していく中で、文化振興による社会的意義の創出よりも、コスト削減を優先せざるを得ないという苦しい現状が垣間見えます。

(2) 地域住民の「好きなこと」への想いを束ねる活動の場へ

数年前まで筆者自身、前述のキセラ川西プラザを始めとしたPFI方式による建設運営一体型事業を含め、公立文化施設の指定管理者事業の案件開発や、運営管理に携わってきました。さまざまな現場に触れて実感したことは、文化振興に関わる地域住民の「主体的な活動の輪の連鎖」の力です。

地域には、長年培ってきた趣味の域を超えた「好きなこと」に取り組む地域住民が数多くいます。施設運営に関わる者は、そのような住民の活動や意思を活動者以外の住民に伝える、または活動者以外の住民と混ざり共感・共有する機会を提供することができます。活動者以外の住民が、活動者としての住民を理解・共感し、支えることができるハブとして、公立文化施設が活用することは、施設から文化活動が生まれ、発信され、その活動自体が地域全体を動かすことに繋がります。その過程で、公立文化施設は地域住民の「好きなこと」への想いを束ねる活動の場所として、施設は愛着を持って利用されるようになり、自分たちの地域への愛着を深めていくのではないでしょうか。

4.未来に向けた文化振興とまちのために

人口減少による地方自治体の財政難が解決できていない状況において、今後さらに民間事業者が公立文化施設を管理運営する事例が増えると予見されます。あわせて、比較的小規模な施設では、利用者だった地域住民自身が、主体となって運営することも増えると考えられます。施設そのものの廃止・統合(近隣自治体との共同設置、教育や福祉など他機能との統合)も一般的になるでしょう。ウィズ/アフターコロナ時代に地方へ拠点を移した民間事業者や地域住民が主体となって設置した施設に、公共文化施設としての機能を新たに付与することもあるかもしれません。特定施設の管理運営を行わず、街角や広場、遊休地など、地域の様々な空間をより積極的に活用した「まち全体」を拠点とする文化振興の取組も、これまで以上に注目を集めるでしょう。

地方自治体におけるコスト削減傾向や、民活を促進する潮流は継続すると考えられることから、運営資金の調達方法も変化すると思われます。施設の利用料金を運営事業者が決定するコンセッション方式による運営や、事業単位で受益者から直接資金を調達するクラウドファンディングなどの普及も進むことでしょう。

単に「イベント会場」や「カルチャー教室」としての利用だけでは、人の活動を束ねる場にはなり得ません。公立文化施設は、ひとり一人の地域住民が「好きなこと」を表現し、自分以外の人と共有し共感を得ることができる場所です。管理運営や施設そのものに大きな変化も予見されるウィズ/アフターコロナ時代においても、地域住民の「好きなこと」への想いを束ね、自分たちのまちへの愛着を深める活動の場所として機能することが求められています。