日本遺産を本当のレガシーへ -資源分類しないからこそ輝く地域価値のリアル-

2020年6月、日本遺産に計21件が新たに認定され、その数は合計104件となった。5年前、文化庁は「100件をひとつの区切りに」として日本遺産の取組を開始したことから、今後はひとまず認定数をこれ以上増やすことはせず、来年からは次のステップに向かうことになる。

河野 まゆ子

河野 まゆ子 主席研究員

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「文化財の保存から活用へ」。文化行政がこのテーマを押し出すようになったのはここ5~6年のことだ。まさに、「日本遺産」の認定が開始されたタイミングがこの時期にあたる。「文化財の活用」という言葉自体はかねてより使われていたが、従来の「活用」手法の多くは資料館や見学施設としての位置付けであり、経済効果よりも「公開し価値を普及すること」により重きが置かれていた。近年の文化庁の施策に照らすと、従来型の「見せる・公開する活用」から、「経済的な価値を生み出す資源としての活用」に一層重点が置かれるようになったことがわかる。

〇市場における日本遺産のポジショニング

日本遺産は、観光振興などに繋げることを目的として2015年に設置された。「世界遺産」とは評価基準も大きく異なる日本国内の枠組みである。日本遺産に認定された地域は、受入体制整備強化等のために3年間は補助金等を活用できることから、観光を主とした施設整備や体験コンテンツの拡充を推進し、日本遺産認定後に観光客が増えた事例もある。

日本遺産の調査、運営を行う(一社)フュートゥラディションワオが2018年に実施した「日本遺産と旅行に関する意識調査」によると、日本遺産を「知っている」と答えた人は3割未満、実際に訪れたことがあると回答した人も12.6%にとどまっている。日本遺産というネームバリューが、まだ「バリュー」として広く浸透しているとは言い難い状況にあると言わざるを得ない。一方で興味関心を示す人は80%を超えており、「なんだか詳しくはわからないがなんとなく興味がある」というポジションにある。

日本遺産と旅行に関する意識調査

出所:フュートゥラディションワオ:報道資料(2018)

日本遺産に感じる価値については、「日本の良さや日本人としての誇りを再認識できる」(41.6%)、「地元や故郷を大切にしたいという気持ちが強まる」(30.4%)など、旅行先・見どころとしての価値のみならず、日本遺産が地元住民の誇りやアイデンティティー形成につながる可能性を示している。

〇観光誘客に向けた課題と事例

日本遺産を活用した地域活性化計画の進捗については、有識者で構成されたフォローアップ委員会によって定期的に評価される。2018年3月の時点では、当時認定されていた54件のうち約7割(39件)が「取組進捗に何らかの課題あり」と指摘されている。全体の傾向としては、「民間連携」「担い手不足」「情報発信」「取組継続のための体制・仕組み」などに課題がみられるとしている。

104件が出揃った段階で、初年度に認定された日本遺産は計画終了年次を迎えたことから、近いうちに再度一斉評価がなされるものと推測される。実際、2020年10月、萩生田文部科学大臣は「魅力的な取組がないところは、入替も含めて考える」と明言しており、認定時に承認された計画がきちんと遂行され、計画倒れになっていないかどうかが厳密に評価される。

実際、日本遺産の観光活用に向けた地域の温度感には大きな差があると言わざるを得ない。104件の日本遺産のうち、シリアル型(複数の市町村にまたがってストーリーが展開されるもの)が23%と約四分の一を占めるが、この場合は複数市町村の熱意の差や予算按分等の調整が困難になりやすく、スピーディー且つ全域的な整備・誘致に繋がりにくいという実情もある。

日本遺産の所在地の内訳

日本遺産の所在地の内訳

出所:文化庁ウェブサイトよりJTB総合研究所作成

旧来からの著名観光地に恵まれない地域では、日本遺産に地域の観光振興を託しているところも少なくなく、目に見える形で取組を進めているケースもある。大谷石をフィーチャーした遺産を有する栃木県宇都宮市(2018年認定)では、様々な取組に共通で使用できるロゴをその年度内に制作。核となる集客施設である「大谷資料館」への誘客を期待するだけでなく、稼働中の大谷石採石場の見学が開始されたほか、地域を周遊するハブ地点となる駐車場や地底湖見学などの体験の出発地点になる場所の周辺に飲食店等の滞留施設が複数オープンした。また、大谷石建造物である旧公会堂をこのハブ地点に移築させ、看板建築として活用しようとする動きが急ピッチで進んでいる。

「大谷石文化」のロゴマーク

「大谷石文化」のロゴマーク

OHYA BASE

OHYA BASE(公式Facebookより)
地下体験の拠点、カフェ、コワークスペース等の複合施設

最終年の2020年に認定された奈良県三郷町・大阪府柏原市の「亀の瀬・龍田古道」は、大谷とは異なりもともと“観光地”を標榜してきていない地域に所在する資源であることから、ほぼゼロからの整備となる。年度末にはウェブサイト上で一定程度の情報発信ができる体制を整え、情報の充実や現地での価値伝達に資する施設の整備、体験コンテンツの拡充を段階的に行っていく予定だ。また、「日本遺産観光」と「インフラツーリズム」を強く連携させていくために、大和川河川事務所と密な連携体制をとっている。大和川河川事務所は、認定前から実施していた「大人の社会見学」の設定日を増やして来訪者のニーズに応えるとともに、明治期のトンネル内においては無料の施設見学にとどまらない有料特別コンテンツの開発検討を進めている。

旧大阪鉄道亀瀬隧道

昭和7年(1932年)の地すべりで圧壊したと思われていた旧大阪鉄道亀瀬隧道。2008年に再発見された。(筆者撮影)

亀の瀬地すべり見学会

「亀の瀬地すべり見学会」大和川河川事務所ウェブサイト

観光地タイプとしては全く異なるこの両地域に共通することは、庁内の横連携や業務分掌がきちんとなされていることと、庁外の組織や企業との連携を密にして足並みを揃えている点である。宇都宮市には「大谷振興室」というテーマ横断の大谷振興担当部局があり、ここが観光・誘客・整備・商工等に係る取組を一手に担っていることから、スピード感のある取組が実現している。

一方、三郷町と柏原市は、2地域によるシリアル型であるため、一般的には合意形成や費用負担調整等に時間を要し、取組が遅れる傾向にあるタイプと言えるが、庁内では文化財の維持保存担当と商工担当部局が緊密に連携しているうえ、河川事務所や観光関連施設等との調整も細やかだ。さらに、複数の取組に横串を刺して一貫性のある整備やプロモーションを行っていくために、自立に向けた長期的なプランを描くための外部アドバイザーを招致し、計画実行に向けて地域内外のプレイヤーの役割をうまく分掌し、業務効率及びコスト効率の最適化を図っている。

〇日本遺産特有の「ごちゃまぜのリアル」をどう楽しむか

日本遺産のストーリーを概観すると、「産業・工芸」「食・一次産業」「土着信仰・風土」「近代遺産」「道・交易」などに関わるテーマが目を引く。特に「産業・工芸」に類するストーリーは20を超え、「土着信仰・風土」に関するものも20弱程度ある。日本遺産は、地域の有形・無形の文化財を組み合わせて魅力を発信してストーリーを構築するという点が従来の文化財保全を目的とした文化財指定の考え方とは決定的に異質である。「天然記念物」や「史跡」「重要伝統的建造物群」などのように、その遺産(レガシー)のジャンルが固定化されないことが日本遺産の最も大きな特徴と言え、これまで「ジャンル別」でしか地域資源を説明できなかったことを打ち破れたという大きな利点がある。さらに、未指定の文化財をストーリーに含むことで、これまでスポットが当たってこなかった資源に光を当てることもできる。指定文化財を並べただけでは語り得なかった地域の特色を、より正確に、面白く伝えることができる仕組みだ。

しかし一方で、その複雑性と個性の豊かさが、「日本遺産とはなにか」を市場が認知する際の難解さにも繋がっている。従来の文化財がジャンル別に優れた商品を並べたショーケースのようなものであったことと比べると、指定文化財でない資源も含めた様々なジャンルの資源を繋ぎ合わせたストーリーは、お寺や神社の境内に山車や舞台や様々な出店が並んで「お祭り」というひとつの世界を構成する屋台空間のようなもので、従来の文化財観光を想定していた消費者にとっては異質であり、その価値を直感的に認めることに不慣れである。

価値を具体的な体験価値としてイメージさせ、そのストーリーをひとつの世界観として理解してもらうためにどのように観光体験に結び付けていくかにあたっては、地域における「素材の編集力」と「演出力」が極めて重要になる。ストーリーの訴求によって、点としての歴史や物産、地質、生態系等の紹介にとどまることの多かった「文化財紹介」の枠を超えて新しい地域ブランディングができることは、地域のイメージや魅力刷新のよい機会にもなり得、新たな来訪ターゲットを拡大していく契機にもなろう。そしてそこを訪れる人には、日本遺産を通じて、整理整頓されていない「ごちゃまぜのリアル」を探検する愉しみを味わってほしい。一見複雑なストーリーの中に、現代に繋がる生業や風習などの息遣いを発見し、単なる歴史観光とは異なる地域理解ができるはずだ。

〇日本遺産を地域で活かしていくために

日本遺産を通じた文化財の保全・活用の目的として、「誘客」が最大のゴールというものではない。観光誘客によって地域が外貨を獲得し、関連する雇用が増え、地域内における資源価値への認知が高まり、保全活動に参画する人や域外のファンが増えて「それを守り継承すべき」という機運が高まっていくというスパイラルを生み出していくことによって、「大切なローカルの資産をまもる」ための仕組みが地域経済に組み込まれて自走していくようになることが本来のゴールであり、観光誘客はそれに向かうための通過点だ。

現時点では、観光誘客を主とした整備促進を行うべしという事業の建て付けとなっているものの、この最終ゴールを目指すための手法は観光にとどまるものではない。ものづくり産業に関わるクリエイターの育成や工芸・産品のブラッシュアップ、食文化を現代の生活に適した形で再解釈していくことなどを通じ、レガシーを現代の生活とマッチさせていくことによる新たな商業の成長、新たなカルチャーの創出に繋がっていくことを個人的には期待したい。

日本遺産がきっかけのひとつになって、まだ「レッテル」のない新しいストーリーが現代の産業・経済の中に自然に組み込まれ、紡がれていくこと。そのことが、日本遺産が目指していくべき未来ではないだろうか。