日本の妖怪が世界へ。アマビエブームにみる「伝承」の価値

疫病退散にご利益があるという妖怪「アマビエ(歴史的仮名遣:アマビヱ)」が今ひそかなブームとなっています。4月9日には厚生労働省が公式Twitterにアマビエのイラストを掲載し、新型コロナウィルス感染拡大を防ぐ啓発画像として起用しました。江戸期、明治期と過去二回のアマビエブームは、人々の疫病への不安に応える形で、図像が販売されるという、どの時代にも起こり得る「商品ブーム」でしたが、今回は様相が違うようです。その現象とは・・・。

河野 まゆ子

河野 まゆ子 執行役員 地域交流共創部長

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目次

1.アマビエブームと「アマビエチャレンジ」の起こり

(1)アマビエブームの特徴

2020年2月27日、「疫病退散にご利益があるというアマビエの力を借りよう」「コロナウィルス対策としてアマビエのイラストをみんなで描こう」との発想から、妖怪掛け軸専門店が、妖怪ファンを除き一般には殆ど知られていないアマビエの解説とイラストレーションをTwitterに投稿した。この考えに賛同した多くのTwitter利用者が「アマビエチャレンジ」「アマビエ祭り」などのハッシュタグを付けて、イラスト、漫画、動画、ぬいぐるみ、フィギュアなど様々な作品を作り、その写真を次々に投稿した。

このムーブメントは海を越え、3月の半ばには海外のネットユーザーが自作した“アマビエ作品”をTwitterやInstagramに投稿し始め、「疫病退散」や「皆さんの安全を願っています」などのメッセージが添えられている。

(2)アマビエの「すがた」を通じた社会記憶

アマビエ(歴史的仮名遣:アマビヱ)は、日本に伝わる半人半魚の妖怪。光輝く姿で海中から現れ、「当年より6ヶ年の間は諸国で豊作が続くが疫病も流行する。私の姿を描いた絵を人々に早々に見せよ。」と告げたという。江戸時代後期の弘化3年(1846)に肥後国(現・熊本県)でたった一度だけ出現しただけの極めて稀少な妖怪(怪異)だ。この話は挿図付きで瓦版に取り上げられ、遠く江戸にまで伝えられた。予言に忠実に、「私の姿を描いた絵を『瓦版で』人々に見せる」ことを早々に実現したわけだ。

なお、アマビエの資料例がひとつしかない一方、同種の妖怪と考えられる「アマビコ(天彦/天日子)」関連資料数はやや多い。海中からの出現、豊作や疫病の予言、その姿を写した絵による除災、3本以上の足による直立という外見などが共通している。

〔アマビエの出現を伝える瓦版(1846年)。京都大学所有、京都大学附属図書館収蔵〕

アマビエ・アマビコブームは過去に2度起こっている。

最初の出現から約10年後、安政5年(1858)のコレラ(虎列剌)流行時には、コレラ除けの摺物として「猿に似たる三本足の怪獣」(※アマビコと想定される)の絵姿が江戸市中で売り歩かれた。さらに20年以上を経た明治15年(1882)にも、東京の絵草紙屋(娯楽書や浮世絵の店)で「三本足の猿の像」が「コレラ病除けの守り」として販売されたことが記録されており、疫病の流行時に自然と思い出される社会記憶として成立していたことが窺える。

しかし、新聞が一般に流布した明治中期以降2020年まで、社会からアマビエが求められたことはなかった。現代よりも社会の単位が小さかった時代には、社会の数に応じた伝承や記憶があり、口述や絵によって知識や記憶を受け継ぎ、それが肌感覚を持った社会記憶として人々に定着していた。近代化による「新聞」というマスメディアの登場によって、社会の単位が拡大し、コミュニティに依存しない均質化された情報が流布するようになって、生きた「伝承」を個々の力で繋いでいく必要性が薄れたためであろうと推測する。

2.「アマビエチャレンジ」による情報伝播

(1)アマビエの認知度

前述の通り、アマビエは過去にたった一度しか公的な記録がなく、極めて「レア」な妖怪・怪異の類であるため、社会的認知度は極めて低い。今回のブームの端緒となった一度目のTwitter投稿から1か月後の時点で「言い伝えの内容まで知っている」という人の割合は6.5%にとどまり、「聞いたことがある」との合計で23.4%となる(図1)。更に、認知していた人のうち60%弱の人が「1か月以内に知った」と回答しており、SNSによる「アマビエチャレンジ」に端を発した情報が契機になったことがわかる(図2)。

出所:「アマビエに関する調査」株式会社JTB総合研究所(2020)

出所:「アマビエに関する調査」株式会社JTB総合研究所(2020)

(2)アマビエ情報と関連する活動の拡散

昨今は、テレビや新聞などのマスメディアが、“ネタ”を探すためにSNSを活用することが通例となっている。今回のケースにおいても、SNSを利用する個々人が拡散していったアマビエに着目した様々なメディアが最新ニュース・トレンドとして取り上げた。調査によると、アマビエを「1か月以内に知った」人のうち約60%が「SNS・WEBサイト」で認知しているが、「テレビの情報番組、ニュース」が34.7%とこれに次いで高い(図3)。

このムーブメントに様々な事業者が呼応し、タワーレコードは、公式ウェブギャラリー上でクリエイターから寄せられたアマビエ作品を公開した。その後様々な企業や個人クリエイターが続々とTシャツやアクセサリー、和菓子など様々な商品を開発していったことで、SNSを駆使する一部の消費者間で起こった密やかな流行が猛スピードで一般社会に広まっていった。

出所:「アマビエに関する調査」株式会社JTB総合研究所(2020)

3.不安定な状況における「貢献したい意識」の発露

(1)現代の流行は「恩恵に預かる」のではなく「貢献する」ため

江戸期、明治期におけるアマビエ・アマビコブームは、市井の人々が抱く疫病への不安に応える形で、民間伝承に基づいた「商材」としてアマビコの図像が販売されることにより起こった。要因はともあれ、どの時代にも起こり得る「(その時代に必要な)商品のブーム」が起こったにすぎない。それらと比較すると、今回の「アマビエチャレンジ」は様相を異にしていることがわかる。

2011年の東日本大震災直後は、「自粛」や「旅行控え」という消費者行動が目立った。全国の消費者が被災地に思いを寄せ共感することによって、被災地以外の地域においても消費や娯楽活動が一時的に停滞した。2016年に発生した熊本地震の際には、「買って地域を応援しよう」という行動が一般化した。大都市圏に所在する被災地のアンテナショップには開店前から行列ができ、「寄付つき商品」も数多く発売された。

このたびの全世界的な疾病という危機においては、被災地とそれ以外の地域という区切りがないうえ、未知の脅威はある一瞬に起こるのではなく、日々状況を変化させながら継続する。そのため、正解がわからない不安定な状態が長く続くことになる。このような社会環境のなかで、「自分も部外者ではない」、「正解がわからない中でも、なにかに貢献したい」という消費者意識の高まりが、今回のアマビエチャレンジに結び付いたのであろうと考える。

(2)不安定な社会状況におけるSNSの役割

SNSは、危機発生時にはデマや風評の元凶となることがある。その一方で、大きな資金や影響力がない一般人が社会に貢献するためのプラットフォームにもなり得る。

今回のムーブメントについては、「少しでも効力があればよい」「効力は期待しないが、人が少しでも明るい気持ちになればよい」と好意的に捉える人の比率が10~20代という若年層で高い(図4)。「質」や「個性・多様性」、「リアルであること」に共感しやすいと言われるZ世代(1996年〜2012年生まれ)を含む若年層が、歴史的かつ土着的な伝承に価値を見出し、賛同していることが興味深い。

SNSの情報は「リツイート」によって原文のまま拡散されることから、第三者によって編集されにくいという特徴を有する。デジタルネイティブ世代がアマビエの「身体的特徴ルール」と「拡散の意義目的」をきちんと守って発信したことによって、キャラクター(外見)が独り歩きすることなく、その存在意義と拡散目的が歪曲されることなく伝えられた。アマビエの伝承に実利的な効果があるわけではないことを理解しつつも、土地に根付いた「伝承」をファンタジーではなく「何らかのリアル」であると捉える視点を持つ世代が、コア層にしか知られていなかった日本のレアな妖怪(怪異)を世界的な潮流にまで押し上げたと言っても過言ではないだろう。

出所:「アマビエに関する調査」株式会社JTB総合研究所(2020)

4.「伝承」は「情報」ではなく物語性があるもの

(1)「伝承」のもつ価値

では、「伝承」とは、その価値とはなにか。日本の津々浦々は、土地固有の歴史、神話、妖怪などの伝承の宝庫である。妖怪を取り扱う漫画やアニメが定期的にベストセラーになり、2016年に江戸東京博物館で開催された「大妖怪展」は50日間で20万人を超える大ヒットを飛ばした。日本において、妖怪はその存在を信じられているかどうかを別として、ごく一般的な存在として知られ、幅広い層に支持されている。

妖怪や怪異というものは、「それがここにいた・いる」という情報発信をされるために生きているものではなく、社会にとって必要な場面において存在感を放つものだ。誰かの商業的な創作によるものでなく、口伝によって継承されてきた日本あるいは地域の伝承は説得力を増し、現代に息吹を繋げる。

総務省消防庁は、2004年から2006年にかけて各地に残る災害に関連する伝承の集約を行い、ウェブサイトで情報を公開している。地域に伝わる災害伝承を把握することで、地域住民の防災意識を高めることを目的として掲載されているものだ。河童は水害としばしば結び付けて語られるため全国に伝承が分布しているし、増水した川からの音を「妖怪の声」とする伝承は、川の動きを注視し川から人を遠ざける目的があったものであろう。コミュニティを守るための伝承のみならず、個人の危機に対応するための伝承も多くある。例えば「ヒダル神(ヒダルがみ)」は人間に空腹感をもたらす憑き物とされ、行逢神または餓鬼憑きの一種。これに会うと、急に体が重くなり歩けなくなる。所謂ハンガーノックだ。「山越えをする際にヒダル神に会ってしまったときのために、ヒダル神に供えるためのおにぎりを予め持っていくべき」という伝承は、想定外のハンガーノックへの具体的対応策と言える。余分に持っていくおにぎりで自身の命が助かるという事実が「ヒダル神」をリアルな存在とし、その伝承の信憑性を高める。

(2)地域における伝承の伝えかた

妖怪や伝承を観光誘致に繋げようとする地域は多い。遠野のかっぱ淵、岩手県の座敷わらしなどは有名どころであるし、徳島県西部の山城町には、子泣き爺をはじめとする160以上の妖怪関連の伝承がある。歴史資源の少ないアメリカでは、UFOやUMA、都市伝説などをモチーフにした「クリプトツーリズム」(「化け物ツーリズム」と訳されることもある)という町おこしの概念があり、2010年代に日本でも僅かに話題になったものの、定着には至っていない。大きな要因は、アメリカにおける「都市伝説」と、日本における「伝承」が消費者に“リアルで本質的な価値あるものとして認識されているか”という点に大きな差異があり、アメリカ式の商法との相性が悪かったためではないかとみている。

伝承とそれに登場する妖怪が「愛らしいもの」「親しみがあるもの」としてキャラクターとしての魅力を有することは確かだ。しかしそのキャラクター性は、伝承・妖怪の魅力の半分にすぎない。過去の時代における社会状況や地理的環境、地域の暮らしぶりによって伝承が必然的に生まれたこと、日本人ならではの感性で視覚化されて「妖怪」という実体を持ったことのわかりやすさ、そしてそれが人々に心から求められていた理由があること。これらが揃ったときに、今回のアマビエブームにみるように、伝承が「リアルな価値」を発揮する。

因みに、我が家の台所にはもう10年以上前から、友人に貰ったアマビエストラップが吊るされている。

妖怪や怪異は、なかなか逢うことはないけれども、それがあることで社会や生活がきっと少しだけ豊かになる。日本人が受け継いできたその感性が海を渡って世界に理解されたことを嬉しく思うとともに、これを契機として地域における伝承が持つ資源価値の見直しが図られることを期待する。

「アマビエに関する調査」 概要

調査方法:インターネットアンケート調査
調査対象者:日本国内在住の15~79歳男女 計2974サンプル
調査期間:調査期間:2020年3月26日(木)~29日(日)
※調査協力:株式会社バルク